人類が1つ2つ滅んだぐらいで、勝手に地球最後の図書館とかどんだけ偉そうなんだよ

@taku1531

人類が1つ2つ滅んだぐらいで、勝手に地球最後の図書館とかどんだけ偉そうなんだよ

 地球に小惑星が衝突するとなったとき、人類は映画のように手を尽くすことはなかった。


 NASAが衝突を予見した際にはアルマゲドンよろしく隕石を核で吹き飛ばすアイデアも出されたが、接近につれ詳細なコースがわかってくるとそういった突飛な考えはおおよそすべて下火になった。

 落下地点は太平洋のど真ん中。NASAからは「チリ沿岸や島嶼にお住まいの方は、一時的な津波にご注意ください」という声明が出された。

 人工衛星などを利用した隕石衝突の瞬間はライブ中継されたが、ちょうどその時間帯にアメリカではスーパーボウルが行われており、石が海に投げ込まれるのを気長に待つ人間よりも、その年をもって活動停止を宣言していたレディ・ガガのハーフタイム・ショーを見るのを選ぶ人のほうが多かった。


 衝突した隕石は予想通り太平洋沿岸の国々に津波を引き起こし、人類はあまりにも巨大な大波に尽く――といったことは一切なかった。

 隕石の落下地点に比較的近かったイースター島は冠水で数日間空港が使えなくなる被害が発生したが、被害らしい被害といえばその程度で、あとはランドクルーザーが発生した大波をかぶり中はずぶ濡れになったが、何事もなくエンジンがかかって発進、流石ランクルだぜ! という動画がインターネットで1億回再生されたぐらいだろうか。


 あの隕石の衝突によって異常が引き起こされた、と報道されたのは半年ほど後。


 皆様ご存知の通り、地球は太陽の周りを周回している。この周回軌道がほんの少し歪んだ。それだけ? そう、そのときはそれだけだった。

 起きていることは、つまりこういうことになる。

 コロコロと転がるビリヤードボールに小石がぶつかった。ビリヤードボールは頑丈だ。傷がつくはずもない。だが、ほんの少しコースが変わった。それだけだ。

 ただし重大な違いがある――ビリヤード台のラシャほど、宇宙には摩擦力はない。


 ほんの少しの公転軌道の歪みは、年を追うごとに拡大していった。

 地球に四季をもたらしている地軸もそれを追うように傾き始めた――いや、"校正"された。といったほうが正確だろうか。

 地軸の傾きが公転軌道に対して垂直に近づいていった結果、各地の気候は極端に偏っていく。

 フィンランド人は、1年の8割以上の間暖炉を燃やし続けるようになった。カナダ人は、朝も夜もわからないような長い白夜の中で大麻を楽しむようになり、グリーンランド人はいなくなった。

 高緯度の国に訪れた冗談ではない寒さを、人々は冗談で紛らわせた一方、冗談ですまない地域もあった。

 赤道直下だ。


 地軸の傾きが校正され、夏も冬もなくなりつつあった地球において、低緯度の国は、本当にどうしようもない程の暑さの世界に変貌した。

 メキシコでは人は朝も夜もモデロ・ビールやコロナを浴びるように飲み、クフ王のピラミッドはアフリカ大陸の暑さに慣れていない観光客の滝のような汗で激しい損傷を受け、非公開になった。インドネシアでは鶏肉を目の前で捌いて新鮮さをアピールするチキンスープ屋が食中毒者を出した。比較的涼しい公共施設に身を寄せるようにして凌いでいたエクアドル人だが、過密さが祟り深刻な疫病の発生源となった。食料の保管がまともに成立していないコンゴ民主共和国では各地で暴動が発生した。が、暴力は食料を産むことはないので、インフラがより破滅的になった結果大量の餓死者を出した。


 この時点でも地獄のようなありさまだったが、どうやらビリヤードボールはまだ動きを止めていないようで、気候はより極端になっていった。


 日本では、寿司屋の9割が廃業を決めた。タイでは、高温で発火した車が道を塞ぐのは日常茶飯事になった。ルーマニアでは高温と乾燥した気候が山火事を度々引き起こし、ドイツの誇るアウトバーンは熱でコンクリートやアスファルトが劣化し、立て続けに崩壊した。


 そうして時は経つうちにいつしか傾きの変動は収まり、何事もなかったかのように地球は月を引き連れて太陽の周りを動いていたが、その頃にはそれを観測する文明はもはや存在しなくなっていた。たぶん、ホモ・サピエンスも。



 "彼ら"が地球に降り立ったとき――そうした過程も、あるいは地球という星の名前も彼らは知らなかったが、文明の残渣を見つけることはできた。


「送信信号、イデソプラン――率直に言って、ここはあまり美しい星ではないですね……ですが良いニュースです、文明の痕跡を発見しました。着水推奨ポイントはC20-142 / 271」

「信号受信、アミヘボ―――了解した。ところでこの送信信号は増幅したものか?」

「イデソプラン――いや、生体電流によるものです。機械による増幅はなし。それがどうかしました?」

「アミヘボ―――大したことではない。あまり美しい星ではないとのことだが、生体電流も絶え絶えな私の地点に比べればマシそうな環境だと思ってね。了解、急行しよう。私が衰弱死する前に」


 イレデフ人はコミュニケーションに生体から発生させた電流を用いる種族である。これは広い宇宙でもかなり珍しい性質で、その能力を活かして宇宙の星々を開拓している――というのは彼らの言い分で、実際のところは『不気味な電気で内々でしかわからない会話を行う根無し草の種族はどこにいっても嫌われる』といったほうが正確だろうか。皮肉にも宇宙空間において生体電流での会話は使い勝手がよく、彼らは今日も根気強く安住の地を探し続けている。


 イデソプランが示した着水地点である巨大な湖に、六角柱型の宇宙船が着水した。アミヘボだ。


「イデソプラン、流石だな。私が60昼夜の間死にそうな思いでこの星を周回していたというのに、君はたったの5昼夜で居住適地の可能性のある地域を見つけてしまった」

「とんでもない、先任のあなたが与えてくれた美しい信号の助けのおかげです。ところで、そんなにここ以外の場所はひどい状況なのですか?」

「ああ。私はこの星の気候を3つに区分していたが……どこも酷いものだった。まず、極地にほど近い、私が『冬』と呼ぶ地域」

「はい」

「一見、無の世界のようにみえる。雪で覆われた殺風景な世界――だが、ときたま『穴』がある」

「穴、ですか」

「ああ。『冬』の地域は陸地と凍結した水面の上を雪が覆っているのだが、この2つの区別がつかないのが厄介なのだ。知らず知らずのうちに水の上を歩いていると、気づかないように穴が開けられておりそのまま水中に引きずりこまれる」

「ふむ……自然現象でしょうか?」

「いや、おそらく私の足音かなにかから移動ルートを予測した水中の生物が開けているものとみたね。実際、水中に落ちた途端大型の水棲生命が一斉に群がってきた。電流で追い払えたが、相当エネルギーを支払ったよ」

「災難でしたね、我々にとって定住できるところとは思えませんし……一番危険そうな地域なんでしょうか、『冬』の地域は注意深く避けるようにします」


 『一番危険そう』と聞いたイデソプランは深くため息をついた。


「私もそう考え――比較的気温が高いと見込まれる赤道の方へと向かった。だが、これも失敗だった」

「……どうやら、私も先任であれば同じ過ちをしたでしょうね。いや、もっと酷いかも知れません」

「そこは乾燥した灼熱の大地だった。ここを、私は『夏』と名付けた――高温と乾燥、それだけならば生体維持装置でどうにでもなるのだが……いやはや」

「暑いだけではなかった、と?」

「ああ。もしかしたら我々の天敵といえる生物が育っていると言えるかもしれない……奴らは電気を食うのだ」

「そんな、恐ろしい話が!」

「小型の、飛行する外骨格の生物が群れをなしていてな。数は……わからない。なにせ、現れた途端に日の光が遮られ暗闇になるほどの数だったからな」

「ちょっと、想像ができません」

「エネルギーなしで小隕石ベルトに漂う感じに近いかね……そしてその生き物は非常に硬い殻を纏っており、どうも普段は乾燥した気候を活かして摩擦による静電気を利用しているらしい。正確には、食うというよりは同族で集まるために同族間での衝突で発生する静電気をセンサーとして感受している可能性もあったが、ともかく私は格好の獲物として群がられた」

「見てみたかったです、それ」

「君も行ってみれば間近で見られるだろうよ。ともかく、私はできる限り放出電流を抑え、振り払いながら駆け出したが、数時間彼らと格闘するハメになった」


 だが、とイデソプランは前置きして語り続ける。


「最悪なのは、その夏と冬の間の気候――『春』だった」

「春ですか。まあ、極地が寒冷地で赤道が灼熱地帯なら、どこか間に住みよい場所があるかもと考えるのは自然ですよね」

「ああ。確かに『春』は生命の楽園だった――だが、外から来た他の生物にとっては地獄だった」


 イデソプランは映像データをアミヘボに送る。


「おお、すごい……緑色の生命で覆われていますね。生物の多様性も非常に高い」

「ああ。彼らは恒星からの光エネルギーを利用しているらしい。表皮を採取したところ光エネルギーの変換素子が共通して見受けられた。この素子が緑色ゆえのようだな。一見乱雑で無秩序に思えた位置取りも高さの違いなどを利用して効率よく光エネルギーを受け取れるよう工夫されている。私は感動すら覚えたよ」

「なるほど……ですが、光エネルギーだけでは生物の構成は不可能です。必要な化合物はいかにして……?」

「わからない部分は多い……だが、摂取経路について一つはわかっている」

「なんですか?」

「他の生命だ」


 イデソプランは保護手袋を外して手首の部分を見せると。打撲、切り傷、溶解……ありとあらゆる怪我の跡が見受けられた。


「ここに着水する前、どうせ軌道外にでるのだからと母船に寄り装備の交換と修復は行ったのだが……体のほうは完全にはいかなくてな、自然治癒に任せるしかない」

「こ、これをさっき映っていた緑の固定型生物が?」

「……その、固定型という観念も間違いだった。ものによっては私の動きに反応して罠のように脚部に絡まり、消化液を出すものもいた。上部から破裂音がしたと思えば猛毒の気体を広がった。と、同時に種子が降り、毒で弱った私を苗床にしようとするものいた」


 アミヘボは絶句した。だが、他にもイデソプランには危機が訪れていたようだ。


「私の表面に棘で張り付いたかと思えば恐ろしい勢いで成長し肉体を突き破ろうとするもの。わずかな湿気さえあれば隙間に入り込んでびっしりと群れを作るもの。悪意を煮詰めてつくったとしか思えん! 私は『奴ら』が怖い!」

「そ、そんな……みたところこの辺りも似た気候です。『奴ら』の巣になっているんじゃ」

「ああ、警戒は怠るべきではない。だが、今のところ『奴ら』のような強力な緑色生命は見受けられない。内陸側で、比較的乾燥しているのが功しているのか? もし気候的に安定していて、かつ『奴ら』がほとんどいないのであれば……ここは居住が可能かもしれん。この気候地帯を『秋』と呼ぶことにしよう」

「ええ! それがいいですね……とりあえず、私の発見した文明の痕跡を調べませんか?」


 すっかり話に夢中になってしまい、本題を忘れるところだったアミヘボは、もとの話に水を向けた。


「ああ。もちろんそのつもりだ。痕跡というと?」

「単なる地下の空洞かと思ったのですが……ところどころ幾何学的な空間が成立しています。調べたところ明らかに工業的な建材が見受けられましたので、イデソプラン先任を待つ間侵入ルートを採掘していました。既に確立済みです」

「よい仕事だ、では行こう」


 簡易的に作られた侵入ルートは坑道のようになっており、明かり一つ無い暗闇だ。

 だが、電気信号を頼りにして進む彼らにとって明かりなど不要のようだ。


「ここがその空間です」

「これは……驚いた。間違いなく文明意図が存在している。これは建築物だ」

「でしょう!」

「アミヘボ、これを一発見つけるとは……ふふ、次に行く星はお前に先任をさせてもいいかもな」

「……! ありがとうございます! 先任に褒められるなんて光栄の極みです、では、しっかりと探索してみせますよ!」

「その意気だ……だが警戒は怠るなよ」

「はい! 早速ですがこれは……表面は酸化していますが、非常に精度の高い鋼鉄が組み合わされた……棚、ですかね。 なにが積まれているので……」

「アミヘボ! 離れろ!」


 イデソプランが怒号をあげた。アミヘボは体を震わせ、とっさに離れる。


「警戒は怠るな、と言っただろう! 未知のものに触れる前の鉄則を忘れるな、ちゃんとスキャンはしたか?」

「す、すみません。忘れていました……こ、これは! 先ほど頂いたデータと!」

「そうだ。『奴ら』と同じ構造を示すデータだ」


 アミヘボはさっきまで触ろうとしていた棚に積まれた物体を恐ろしげな目で見つめる。

 先程映像でみたような鮮やかな緑色ではなく、積まれている物体によって表面色は大きく違うが、確かにスキャンしたところ同じ構造を示しているようだ。


「もちろん、わかった上で手に取るのはいい。採集に危険は付き物だからな、だが……リスクを意識しないのは一番危ない」

「はい! 先任!」

「よろしい、では私が……ふむ、なにも起きない。どうやら死んでいるようだな」


 イデソプランは恐る恐るながら棚に積まれた大量の物体のうち、一つを取った。

 幸いにも何事も起こらなかったようだ。イデソプランは安堵の息をついた。


「死体ですか……ではここは、もしや墓場……?」

「その線もある。だが、『奴ら』には知性は残渣さえ感じられなかった。私を襲うのもそう設計されているからのようで、意識さえあるとは感じられん。『奴ら』と墓を立てた文明の担い手はまったく違うと考えたほうがいいだろう」

「では、その担い手はどこに……?」

「まあ、現状を考えれば……『奴ら』に滅ぼされたと考えるのが妥当だろうな」


 イデソプランは悲しげな目で建築物を見回した。


「これだけの物が作れるのだ、先宇宙文明に達していてもおかしくない……だが、知性が最大の武器となるとは限らない残酷な運命を私は呪いたくなるよ」

「そうですね……」

「さて、では先程の疑問に立ち戻ろう。見たところ、これは『奴ら』の死体を加工したもの。それも恐ろしい数があることを考えると――」


 ごくり、とアミヘボは息を呑んだ。


「ここは『奴ら』に対する抵抗拠点だった、と考えるのが自然だろう。強敵である『奴ら』を倒したことをアピールして威信を高めるために携帯できるサイズに加工したアクセサリー、もしかすれば、宗教的な意味合いも含むのかも知れない」

「な、なるほど……確かにサイズ的にはそれぐらい……いや待ってください、ものによっては明らかに携帯が困難な大きさのものもありますよ!?」

「ほら、元は携帯するためという名目で開発されたものが、多機能化とかなにやらで巨大化することはあるだろう、しばしば」

「ありますね! しばしば!」

「おそらくはそうした経緯をたどって巨大化したのだろう。あるいは、より強敵だった『奴ら』を倒した際、個人の威信よりもコミュニティの結束を優先するべく携帯性のない公共物としたのかもしれない」

「つじつまはあいますね! しかし、これだけ『奴ら』を倒したということは……この文明はさぞ強力だったんでしょうね」

「ああ、彼らに敬意を払おう。追い詰めたこともあっただろう。もしかすれば、あと一歩というところまで来ていたのかもしれない……だが、結果は……」

「……」


 彼らは口をつぐみ、もしかしたら相まみえていたのかもしれない「彼ら」に対して祈りを捧げた。


「……これで、この星のことがだいぶ掴めたな」

「ええ。前宇宙文明級ですら『奴ら』によって崩壊させられたとなると、脆弱な基盤しか持たない私達では歯が立ちようもないですね」

「彼らの無念を晴らすことができないのは悲しいが……そろそろ我々も行くとしようか」

「ええ、残念です」


 こうして、彼らは手にとっていた「本」を棚に戻して、ヒトによって作られた地球最後の「図書館」を去った後再び飛び立っていった。まだ見ぬ安住の土地を得るべく。

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