第45話 決着




「……何だ、それは?」


 困惑したように、ケッパンが尋ねる。

 それもそうだろう、黄太郎はあのまま締め落とされていくはずだったのに、突如としてという異常な事態が発生したのだから。


「……格闘漫画って、俺はあまり興味がないんですよ」


 質問には答えず、黄太郎は首回りを擦るながら、不思議なことを言い始めた。

 意味が分からない彼の言動に、ケッパンだけでなくアザレアも困惑していた。一体どうしたというのか。

 もしや首を絞められた所為で意識が混濁したのか?

 とも思ったが、彼の視線はしっかりしている上、もし意識の混濁ならば彼の手に握られる鉄雅音が何らかのリアクションを起こすだろう。

 しかし彼女は、先ほど驚愕の声を上げはしたが、今では落ち着いて何も言わない。


「面白いんですけどね。つい思ってしまうんですよ。『いや刃のように鋭い一撃とか言うなら、実際に刃で裂いた方が良いじゃん』って。これ言うと元も子もないんですけど」


 そんなことを言いながら、彼は歩みを進める。

 これまでとは違う気配を漂わせる彼に、ケッパンは何か異様な雰囲気を感じ取っていた。


「……何が言いたいんだ?」

「猫を被るのを止めたってことですよ」


 そう言いながら、黄太郎はケッパンの分身体の方に飛び込んだ。

 つま先で強く地面を蹴り、腹を空かせた猫科の肉食獣のような しなやかさで猛然と襲い掛かる。


「うおッ!?」


 分身体は いきなり突っ込んできた黄太郎に対し、腰を落として身構える。


(こいつの能力は……! 最初の分身体が やられたときには地面から現れていた。てっきり何かに潜る能力かと思っていたが、喉から刃が現れるということは もっと別の能力か!?)


 分身体は必死に思考を巡らせるが、答えは出ない。

 だが、答えを出すために自分が犠牲になるという決断は出来た。


(分身体の吾輩はどうなってもいい! それよりも本体に繋ぐ道を作ればいい!!)


 そう考えた分身体は、自分が犠牲になるために前に出た。

 少しでも黄太郎の手の内を引き出すために。

 そして それを理解していた本体のケッパンも距離を取って戦いの様子を観察しようとしていた。

 だが、そんな中で。

 黄太郎と鉄雅音の能力について既に多少 知っていたアザレアだけが、先に答えを推測し終えていた。


(まさか、乱葉さんの能力は……!?)


 その時点では、まだ分身体と黄太郎には三メートルほどの距離があった。

 拳も蹴りも何も届かない。

 そのはずなのに、黄太郎は助走をつけて その場で右脚のミドルキックを放った。


(馬鹿な!? 届くはずが――!?)


 そう思ったが故に、分身は一瞬だけ動きが止まった。

 するとその間に――黄太郎の右脚の膝から下が黒い金属製の柄に変化し、更にその先には美しく光る白刃があった。

 それは、薙刀だった。

 黄太郎の右脚が二百五十センチほどの薙刀に変化し、分身を襲ったのだ。


(なん――!?)

 

 咄嗟に動揺した分身は避けきれず、薙刀の長さと黄太郎の足のリーチを加えた その斬撃は、分身の腹を横一文字に切り裂いた。

 内臓の代わりに、分身体の中に詰まっていた魔力が溢れ出し、あまりの魔力の流出過多によって分身体は霧散していった。


(……まさか! 奴は地面に溶け込むのでなく、何かの対象と一体化する能力なのか!?)


 黄太郎の能力に気付いたケッパンは、薙刀でも届かない距離にまで退こうとした。

 しかし、彼の認識は甘かった。


「俺の中にあるものが薙刀だけとは限らんでしょう?」


 黄太郎は空いた左手をケッパンに向けつつ、そう呟いた。

 すると、今度は彼の左手が鈍く輝く金属製のツメのようなものに変化し、低い発射音とともに高速で発射された。


「何――!?」


 ケッパンは知らないが、それは悪郎機関で使用されるワイヤーガンと呼ばれる道具だった。

 見知らぬ武器――正確には武器ではないが――に驚愕し、ケッパンの反応が遅れ、ワイヤーガンのツメは彼のスーツを捉えた。

 更にワイヤーガンの巻き取り機と黄太郎の強靭な腕力で以って一気に引き寄せられた。


「うおぉおおおお!?」


 ケッパンは動揺したが、これはチャンスだ。

 黄太郎の左手は得体の知れない何かに変化している所為で、それ以外の用途には使えない。

 全身のどこから武器が出てくるかは分からないが、引っ張られる力を利用して全体重を乗せた右ストレートを放つ。

 それによって黄太郎の意識を完全に刈り取る。

 という判断の下、ケッパンの右拳が黄太郎のボディに――。


(と見せかけての顔面!!)


 フェイントを混ぜて放たれたケッパンの右拳が黄太郎の顔面を貫いた。

 ――ただ、ぐしゃりと音を立てて壊れたのはケッパンの右拳の方だった。


「……え?」

「巧いフェイントでしたが……俺の顔面の方が硬かったようですね」


 打ち抜かれたはずの黄太郎の顔面は、鈍く輝く黒に変色していた。

 どう見ても人間の皮膚の色ではない。

 それは金属だった。

 黄太郎の顔面が、金属に変化していたのだ。


「……痛ぁあああああ!?」


 一拍 遅れてケッパンの拳に激痛が走る。

 指の付け根の部分が骨折してしまったのだ。骨が折れたことで、赤く腫れあがり熱を持ってジワジワと痛みが昇ってくる。

 想定外の事態と痛みに困惑し、ケッパンが痛苦の声を上げた。


 その光景を見ながら、アザレアの考えは単なる推測から確信に変化した。

 

(そうか、乱葉さんの能力は別のものと一体化する能力。そして一体化できるものは二つに限られると言っていたけど――)


「――ほいっと」

 

 そして痛みに動きを止めたケッパンの顎を、黄太郎は鉄雅音の柄で小突いた。

 側面から顎を打ち抜かれたことで、ケッパンは目を回し、そのまま膝から崩れ落ち、やがて地面に倒れ込んだ。


「……一体化できるのは基本的に二つまで。つまり、例外があるのですね?」

「ええ。本体である俺のみ数に制限なく様々なものを一体化し、体内にストックさせることが出来るんです」


 軽い笑みとともに、黄太郎は自分の能力について全て話した。

 そして それと同時に、ケッパンとの戦いにも全ての決着が着いたのだった。





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