第46話 急転



「折角とっ捕まえたと思ったら分身が霧散したからね。何が起きたかと思ったけど……まさか こんなにもあっさり勝つなんてね」


 そう述べてメアジストは肩をすくめた。

 ケッパンを捉え結界も解除された今、犯行・戦闘の中心現場になった美術館にはメアジストやリンボーン、そしてオリバーズらの主要人物が結集し、それ以外にも警備兵たちが状況の確認・整理に奔走していた。


「そんなにあっさりでもないですよ。俺の能力をここまでバラす気ではなかったですし」

「ああ、そうだな。まあ私たちに能力を隠していた点に関しては不問にしよう」

「……わ、分かってますよ。とはいえ、流石に軽々にここまでバラしたくはなかったんですよ」


 自分の体内に様々なものを隠し持てる。

 それは大きなメリットだが、周囲の者からすれば不安材料でしかない。

 なにせ何を持っているのか分からないのだから。


「とはいえ、俺達の能力にも限りがないわけじゃないんですよ。具体的には一体化させれば体内に取り込めはしますが、重さは残る。ものを一体化させ過ぎると重くて動けなくなるんですよね」


 黄太郎の実体重は約九十八キロだが、実際に体重に乗ると百三十キロほどある。

 つまり、彼の体内には三十キロほどのものが入れられているというわけだ。

 三十キロというと、かなりの重さのように思われるが、しかしかつての中世の騎士たちのフルプレートメイルは同等かそれ以上の重さがあり、また現代の軍人でも場合によってはそれ以上の重さの荷物を持って行軍することがある。

 となれば、本来の人間ならばあり得ないレベルの身体能力を持つ黄太郎にとっては、これくらいありえない重さではないのだ。

 とはいえ、何を隠し持っているのか分からないというのは、メアジスト達にとっては大きな懸念材料だ。

 それ故に能力を隠していたのだが、ケッパンを倒すために能力を見せたのだ。メアジスト達もある程度は信頼してくれるだろう。

 むしろ、今ここで隠し過ぎるのも得策ではない、という判断で黄太郎は情報を打ち明けた。

 そしてメアジストを初めとする異世界の者たちも、それを理解していたので ここで必要以上に責めるつもりもなかったのだ。


「ま、もっと言うなら俺の能力は初見殺しに特化してるところありますからね。最初からフェアな状況でやってれば負けてましたよ」


 話を本題に戻し、そう答える黄太郎は、既に鉄雅音を解除し、かつ彼の足元では意識を回復したケッパンが両手を拘束した状態で座らされていた。

 

「……負けは負けだ。もう少しうまく立ち回れると思ったが、焦って視野が狭くなったな」


 緊張で視野が狭まるということは実戦では珍しくない。

 実際、実戦下にあった警察や軍人は視野狭窄など戦闘に不必要な情報を体が勝手にそぎ落としてしまう。

 それは戦うための生物の本能であり、体の仕組みであるのだが、場合によってはそれが邪魔になることもある。

 そのため、黄太郎は戦闘状況にあっても自分の心拍数が百四十前後に落ち着くように訓練している。

 これは いわゆるスナイパーなどの微細な動きや判断を求められるものの戦闘時の心拍数だ。これ以上 上がると動きが粗雑になるので、黄太郎は基本的に この程度の興奮状態までに落ち着くようにセーブしている。


「ねえ、ちょっと聞きたかったんですよね。ケッパンさん、アナタかなり武術 使いますよね? 専門的な訓練と実戦を積んだ人の動きをしていた。なのに、何で怪盗なんて? ……あと何でケツ丸出し何ですか?」


 あ、それ訊くんだ。

 と、そこに居る誰もが気になってはいるものの聞けずにいた質問を、黄太郎は率直にぶつけた。

 彼の言葉に、ケッパン一呼吸おいてから、答えた。


「……吾輩は元々、コアントロ式武術の門徒で、上級の帯を持っていた」

「えっ!? コアントロ式武術と言えば、古くから伝わる名門ですぞ!」

「それって そんなに凄いの? お姉ちゃんにも分かるように言って」

「コアントロ式なら中級でも取れれば そこらへんのゴロツキくらい物の数にもならんよぉ。それこそ上級にでもなれば、他の小さい流派の頂級くらいの実力があらぁな」


 鉄雅音の言葉に、無精ひげを撫でながらリンボーンが応える。

 彼の言う通り、コアントロ式武術は厳しい訓練と、それでいて合理的な修行法によって裏打ちされた名の売れた流派だ。

 そんな流派で上級にまで上り詰めた人間が、何故こんなことに。


「いつものように厳しい修行を終え、吾輩はシャワーを浴びて寝ようと思っていた。しかし、ふと鏡に後姿を向けると……凛々しく発達した自分の大殿筋に目を奪われた」

「おっと何だか毛色が変わって来たね」


 ケッパンの言葉に、思わず鉄雅音がツッコミを入れた。


「元々 吾輩はより強く美しい肉体を手に入れるために鍛えていた。大胸筋の張り、上腕三頭筋の肥大、ハムストリングスのしなやかさ。そうした筋肉の美しさを得るために鍛えていたのだ、吾輩は。しかし、大殿筋の美しさに気付いてからの吾輩は、ひたすら大殿筋の美しさに固執するようになり、やがては大殿筋の美しさを知らしめたいと思うようになった」

「うん、そろそろ分からなくなってきたね」

「だが周りの仲間や師範は『いや言わんとするところは分かるがケツ以外にも美しいところはあるだろ』『もっと別の筋肉にも目を向けるんだ』と言ってきた。……そのとき、俺はここでは自分の大殿筋の美しさを追及できないと思うようになり……。やがて、自分の大殿筋の美しさを広めるために自分のケツを丸出しにして怪盗をするという決意をすることとなった」

「論理の飛躍が著しいわ!! どういう状況で そんな結論に至るの!?」


 とうとう鉄雅音が大声でツッコミを入れた。

 他の者たちも、周囲で作業しながら聞いていた者たちも含めて、『俺たちはこんなアホに良いようにされていたのか……』と言わんばかりに疲れた表情を浮かべていた。

 しかし、そんな中。

 たった一人だけ彼の言葉に感銘を受けていたものが居た。


「……くッ!! 分かる、分かりますよ その気持ち! 自分の筋肉への愛を周囲に理解されない気持ちッ!!」

 

 まあ予想できたことではあったが、黄太郎脳筋だった。

 鉄雅音は『ああそう言えばコイツも筋肉バカだったな』と思い出し、一人で頭を抱えていた。


「お、おお。分かるのか! 誰にも理解されない筋肉への愛を!」

「ああ、分かるともさ! 誰しも細マッチョが良いだの腹筋が割れてるのが良いだの言うが、違うんだ! より分厚く、より大きな筋肉こそが美しいんだ! 誰に何を言われても、俺たちが自分の筋肉を信じるんだ!」


 先ほどまで戦い合っていた二人は、今や筋肉という共通のテーマで互いに認め合っていた。

 その周囲の者たちは冷ややかな視線を浮かべていたが。


「しかしな、ケッパン。お前は一つ間違っている」

「……何?」

「筋肉の部位に貴賤はないということだ!!」

「はッ!?」

「お前は大殿筋を愛しているのだろう? それは分かった。なら他の筋肉は? 三角筋は? 広背筋は? 上腕二頭筋は? 腹斜筋や腹直筋は? ……筋肉に貴賤はない。だが、お前は大殿筋を愛するあまり、他の筋肉をないがしろにした! それがお前と俺の勝敗の差だ!!」

「違うんじゃないかな」


 小さな声で放った鉄雅音の言葉は、しかし黄太郎達には届かなかった。


「そ、そうだ……。吾輩は何時からか、他の筋肉たちを蔑ろにしてしまっていた。吾輩は、吾輩は……」

「ああ、確かにお前は間違っていたさ。……なら、もう一度やり直そうぜ」

「やり……直す……?」

「ああ、そうさ。もう一度 筋肉を信じてやり直そう。だって――」

「「筋肉は裏切らない」」


 声を揃えて二人はそう言った。

 そして熱い涙を流すケッパンを、黄太郎は強く抱きしめ支えていた。

 その光景を見る周囲の者たちの心は、一つだった。


『――何この茶番?』


 意味の分からない友情を築いている二人を放置し、誰もが自分の仕事を進めようと思った その時だった。

 メアジストはケッパンのマントの裏地の端に、小さな黒い虫のようなものがついていることに気が付いた。


(あれは何――)


 僅かな間、思考を巡らせて彼女は気が付いた。

 あれは――。


「転移魔法のマーカー!!」


 彼女が叫ぶと同時に、マーカーから黒い稲妻のようなものが走り、そこから真っ暗なゲートのようなものが出現し。


「――絶好のタイミングだな」


 側頭部からヤギのような角を生やした魔族が姿を現した。




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