異世界潜入捜査官 乱葉黄太郎
水道代12万円の人(大吉)
はじまり
プロローグ
「お願いします!! トイレの漏水のせいで今月の水道代12万円もするんです~~!! この契約が取れないと死活問題なんです~~~!!」
「ええい、五月蠅いわ!! お前のような三下企業と契約なぞ するか!!」
サイズの合っていないブカブカのスーツに身を包んだ気弱そうな青年が、目の前の中年男性に怒鳴られていた。
どうやら青年のほうは商談を成立させたいようだが、しかし どう見ても取り付く島がない。
「ねぇ~、社長。そんなの放っておいてアタシと遊びましょうよ~」
中年男性の隣に座る派手な服装の女性は、猫なで声で甘える。そんな彼女に対し、厳めしい顔をしていた男性も破顔し、彼女の腰に手を回して立ち上がった。
「そうだねぇ。じゃあそろそろ部屋に戻ろうかな~」
「ま、待ってください! もう少し話を――」
「くどいわ!!」
「うああッ!!」
歩き去ろうとした男性を止めようとした青年は、男に突き飛ばされ無様に床に転がった。男は口元に嘲笑の笑みを浮かべると、女性を伴って自分の部屋に戻っていき、背後に待機していたSP2名がそれについていく。
一人残された青年は、空しそうな様子で自分のカバンを拾い、トボトボとと歩いてホテルの外に出ていった。
しかしホテルの敷地を出てから、青年の足取りは徐々に軽くなり、歩幅が大きくなっていく。いや、歩幅だけではない。背骨がパキパキと音を立てるにつれて、彼の背丈はドンドン伸びていき、それに伴って脚や腕までもが伸びていく。やがてブカブカだった彼のスーツは、まるでフルオーダーで誂えたようにピッタリのサイズになった。更に彼が自分の顔を手で覆うと、先ほどまでの気弱そうな顔はどこにやら、そこには長い睫毛が特徴的な凛々しい顔立ちの好青年の顔があった。まるで顔の骨格自体が変化したように、顔立ちが一変していた。
そこに居たのは、身長180センチを優に超える体格に、分厚い筋肉の鎧を纏った屈強な青年であり、一見すると総合格闘家のような体格をしていた。
ただ道行く人々は、誰も青年の変化に気付いていなかった。
そして彼はジャケットの内ポケットから、
青年はスマートフォンが開かれたことを確認すると、そのまま小型端末ごとカバンの中に放り込んだ。しばらく人ごみの間を縫うようにして歩いていると、やがて自分の正面から歩いてきていたスーツの男性に対し、擦れ違いざま互いに立ち止まることなく流れるような自然さでカバンを手渡した。
その後、青年は自分のジャケットの内ポケットから、今度は自分のスマートフォンを取り出すと、歩きながら電話をかけた。
「どうも、終わりました。指定の物品ですが、そちらのエージェントにカバンごと渡しました」
『はい、お疲れ様です。こちらでも確認しました。ありがとうございます。これで、
「いえ、こちらこそ後のことはお願いします。では、次の仕事もあるので。これで失礼致します」
そう言って彼は電話を切ると、スマートフォンをジャケットの内ポケットにしまった。それとタイミングを同じくして、彼の隣に一人の少女が歩み寄り、並んで歩きだした。
その少女は見たところ、十代前半だろう。しかし彼女の纏う雰囲気は単なる子どもには見えない。触れれば折れてしまいそうな儚さと、筋の通った芯の強さが同居しているような、そんな雰囲気がある少女だ。鮮やかな黄色の着物に黄太郎のスーツと同じ鉄色の袴を合わせ、足元はショートブーツ。艶のある黒髪を簪でまとめている。
「お疲れ、もう終わったの?」
「はい。まぁ、これは繋ぎみたいなものですから」
少女の言葉に青年は柔和な笑みを浮かべて言葉を返しつつ、サングラスをかける。
すると、そのタイミングで青年達の目の前にリムジンが止まった。2人は躊躇うことなく、それに乗り込んだ。
車の中で彼を待っていたのは、スーツもネクタイも革靴も何もかもを黒で統一したオールブラックファッションの、白髪交じりの男性だった。
「やあ、お疲れさん。といっても、もう一仕事あるんじゃがな」
「むしろ、そっちが本題でしょう? 俺としては、一休みしたいんですけどね」
その言葉に青年――いや
乱葉黄太郎、それが彼の名前である。彼はリムジンのシートに座ると、置いてあった箱を開け、その中に入っていた黄色い革靴に履き替えると、更にベルトも黄色いものに替え、加えて鮮やかな黄色いポケットチーフを胸ポケットに挿した。
最後にジェルで髪をざっくり後ろに流し、手に付着したジェルをウェットシートで拭うと、彼は人心地付いた様子で、鏡で自分の外見を確認していた。
「……へへっ。やっぱ俺の素顔カッコ良すぎて笑いが込み上げてきちゃうな」
「黄君さぁ、鏡を見て笑うのやめた方がいいと思うんだけど」
自分がナルシストであることを隠そうとしない黄太郎の言葉に、少女は眉根にしわを寄せて返し、その光景を見ていた白髪交じりの男性は快活に笑った。
「まあ、男なんてそんなもんじゃ! ……ワシが若かったころは黄太郎よりももっとカッコ良かったけどの」
「はぁ? 俺が中学生のころは道行くおばちゃんに『あらハンサムやねえ』って声かけられまくってましたけど?」
「なんじゃぁ? こちとら小学生の頃から眉目秀麗な天才イケメン少年で名が通っておったんじゃぞ! 中学校では通じなかったけど」
「だから何ですか! 俺なんて幼児のころは あまりの可愛さに乳幼児界のス〇ィーブ・ジョブズと呼ばれてたんですよ!」
「おい! 話が意味の分からないことになり始めたぞ! お姉ちゃんは疲れてるんですけど!? 余計なツッコミさせないでくれる!?」
訳の分からない張り合いを始めた男性陣に対しツッコミを入れた少女は、リムジンの中の冷蔵庫を開けると、瓶入りのオレンジジュースを取り出し、ラッパ飲みし始めた。
「ああ、
「鉄雅音さんは近くのゲームセンターで遊んでただけですよ」
「……む、失礼なことを言うね、黄君は。お姉ちゃんは待機していただけさ、命令通りに。ただ、その待機場所がゲームセンターだっただけだよ」
「はいはい、分かりましたよ。……ああ、それと。顔、戻しておいたらどうですか?」
「ああ、忘れてた」
そういうと、少女は自分の顔を一瞬だけ手で覆い隠し、やがて手をどけると――、そこには2本の角と大きな1つしかない眼球が目立つ、妖怪が居た。
少女の名前は
「で、
黄太郎はリムジンのテーブルの上にあったドライマンゴーをかじりつつ、白髪交じりの男性に尋ねた。
その男性の名前は、
「うむ、じつはのう。最近、人外でしか抜けなくなってきた黄太郎君には朗報なんじゃが――異世界がマジであるかもしれんのだ」
その言葉に黄太郎は顔をしかめた。
「……ハァ? 馬鹿も休み休み言ってくださいよ。異世界とか意味わかんないんですけど。あと俺は別に人外以外の熟女でも男の娘でも抜けますね。最近は俺の中で人外がキテるってだけです。ストライクゾーン広いんですよ、俺は」
「いやストライクゾーンの偏りが大きすぎるじゃろ! むしろ悪球打ちじゃろがい! ド〇ベンの岩鬼〇美か!」
「他人に迷惑かけてないからいいでしょ。むしろケモナーがバレて別れた印尾先生に言われたくないですよ」
「ハァ!? ケモノは一般性癖じゃろが!!」
「そーやって、何もかも一般性癖っていうのはオタクの良くないところですよ」
「いや、お前もじゃからな。お前も変態のオタクじゃからな。なに自分だけノーマルみたいな顔をしとるんじゃ。大体、人外の中にメスケモも入るじゃろ!」
「違うんですよ! 俺の言う人外は、もっとこう! 一見すると人間に見えるけど実際は異物感が凄いとか、目が昆虫みたいな複眼とか、腕が四本あるとか、そういう感じのやつですよ!」
「知らねえよ! なんじゃそのこだわり!」
「っていうか、そもそも何で俺が最近 人外にハマってるの知ってたんですか!? 俺のPCハッキングでもしたんですか!?」
「Twi〇ter見てれば分かるわボケ!」
「……そういうのは良いから。早く話を進めようよ。お姉ちゃん退屈なんだけど」
話が脱線し続けるのを見かねて、鉄雅音が口を挟んだ。
黄太郎と有九郎は、このように話が脱線することがままある。
「ああ。そうじゃったな。すまん、鉄雅音さん」
「ん。謝ったから許してあげよう。お姉ちゃんは寛大だからね」
鉄雅音に頭を下げた後、有九郎は一つ咳ばらいをしてから本題に戻った。
「じゃ、いい加減に本題に入るが――ワシがここに来たのは、
今から2か月前、交通事故で一人の少年が撥ねられた。
トラックの運転手を含め、その事故を見ていた人は大勢いたが、しかし轢かれたはずの人間は消えてしまったかのようにいなくなっていた。
その後すぐに、轢かれたのは近くの高校に通う男子高校生であることが分かった。
しかし、それ以上は分からなかった。必死の捜査もむなしく、男子高校生の足取りは全くつかめなかった。
だが、事件はこれで終わらなかった。
その1週間後に同様の事件が起き、その後さらに2件。
合計で4件の怪事件が発生した。
現在、分かっているのは被害者がすべて十代半ばから後半の少年であることと、トラックに轢かれたことでいなくなってしまったこと、血痕などは見当たらないこと、などである。
「表向きは、な。報道されないようにワシらのほうでマスコミには情報統制、被害者家族や目撃者には簡単な記憶操作を施してある。表向きは全員 病気で入院という扱いじゃ」
「……異世界、ね。まあ確かにアニメとか漫画だと最近こう言うの多いですよね。トラックに轢かれて異世界に……みたいな。でも、この少年たちが異世界に行ったとは限らないのでは? 神隠しとかの可能性は?」
「うむ、確かにな。……ただ、この件はそんなに簡単なものではない。詳細はこの紙袋の中にある。後ほど確認してくれ。時間もないし、ワシが口頭で伝えるよりもそっちが確実だ」
そう言って有九郎はテーブルの上に紙袋を置いた。
「――ただ、もう一つ。君らには実験に参加してほしいんじゃ」
「実験、ですか?」
「えー、お姉ちゃん。ややこしいことキラーイ」
有九郎の言葉に、鉄雅音が面倒くさそうに舌をベェっと出した。
そんな彼女に対し、有九郎は「まぁまぁ、そう言わずに」と言いつつ、長方形の電子機器を取り出すと、黄太郎の前に差し出した。その機器は何やら赤いライトが点滅している。
「悪いが、セキュリティレベルの問題で、黄太郎達にも詳細は言えん。が、これは今回の仕事では非常に重要になるものだ。電源を入れると、ライトが青に変わる。お前さんらには、この端末の電源を入れたまま持ち歩いてほしい」
「……それだけですか?」
「ああ。じゃが今はまだじゃ。電源を入れるのは車を降りてからじゃ」
「なるほど……。だいたい分かりました。これは
「……現状では何とも言えんな」
「はー。面倒な仕事ですね、印尾先生」
「はっはっは。ワシがお前さんらを名指しで指名するときは、例外なく厄介ごとじゃろうが」
「そう思ってるなら、もう少し楽な仕事も回してくれないかな、印尾君」
「善処したいとは思っとるんじゃが」
「それ、絶対に結果に反映されないタイプの返しですよね。……まあ良いですけど。仕事ですし」
2人は文句を言いつつも、その仕事を引き受けることにした。そもそも断るつもりもないが。
紙袋と電子機器を受け取り、車の中にあらかじめ置いてあった黄太郎のダレスバッグ――書類を大量に持ち運ぶことのできる容量が大きめのバッグ。ドクターズバッグとも――にそれらをしまった。
と、どうやらそこで目的地である黄太郎達の事務所の入った雑居ビルについたようだ。
「さて、それじゃ俺らはこの辺で」
「そうか。それじゃあ、……くれぐれも気を付けてくれ」
「分かってますよ、それじゃ」
「ばいばい、印尾君」
そう言って、2人はリムジンを降りて行き、その様子を見送った印尾はリムジンで独り、呟いた。
「……すまんな、2人とも」
ただ、その声は二人には届かず、車を降りた彼らは雑居ビルの一階にある『乱葉探偵事務所』という看板が掛かる事務所に戻った。
「ただいまー。……あ、これに電源を入れないと」
事務室に戻った黄太郎は、テーブルの上にバッグを置き、有九郎にもらった電子機器の電源を入れる。言われた通り、端末のライトが赤から青に変化した。
これだけで良いのか、と思いつつも黄太郎はそれをバッグにしまいなおし、サングラスを外してカバンの中の眼鏡ケースにしまうと、ジャケットをバッグの上に乗せた。ジャケットをすぐにハンガーに掛けないのは黄太郎の悪い癖だ。
その足でキッチンに向かってお湯を沸かしつつ、紅茶の準備をする。今からデスクワークをするので、そのための飲み物を用意しているのだ。
その間、鉄雅音はソファに横になると、イヤホンを付けてタブレット端末で音ゲーを始めた。
いつもと変わらない日常。
だが、日常の崩壊はいつだって突然だ。
黄太郎の耳に僅かな異音が届いた。
「鉄雅音さんッ!! そこから離れ――」
その瞬間、事務所の壁をぶち破って、一台のトラックが突っ込んできた。
20XX年、10月14日、午後15時44分。
本組織の所有する不動産の一つである乱葉探偵事務所に大型トラックが突っ込んだ。
運転手曰く、急にブレーキもハンドルも動かなくなったとのことで、そのまま減速することなく衝突したため、かなり規模の大きな事故になったが、当時そのビルには本組織の構成員を除けば誰もいなかったため、他に怪我人はいなかった。運転手もケガはしたが命に別状はなかった。
ただ、この事故に巻き込まれた本組織の『
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