第23話

 沈黙を破ったのは美津さんだった。

「で、その勇人はどこにおるの?」

 語尾が微かに震えを帯びている。成隆氏の口調に不穏な気配を感じ取り、うち続く沈黙に不安の的中を予感しているのか。

 兄弟はぎこちなく顔を見合わせる。

 凍てついたような時間の後、正隆氏が成隆氏から視線を外して例の亀裂を指差し、かすれ声で静寂を破った。


「勇人は……あそこに落ちた」


 落ちた?

 底なしの、亀裂に?


 落とした?

 殺した? 正隆氏が?


 姉妹が身体を震わせている。

 地下空間に充満した瘴気を介して高感度なセンサーのように戦慄が伝わり、悪寒となって俺の背筋を這い上がる。

 美津さんの、息子を奪われた母親の表情が凍りついている。表情を失った能面のように……危うい美しさ。

「美津さん、すまん!」

 成隆氏が美津さんの足元に這いつくばった。

「わしがそばにいながら……止められんかった」

「……成さん、あ、あなた、何という……」

 かろうじて声を絞り出した美津さんは、すぐさま絶句し、耐えきれなくなったように口元を袖で覆った。

 さすがにやや神妙な顔で正隆氏が話を引き取る。

「薬の取引が軌道に乗るにつれて、勇人はだんだん増長しての。ネットを使って販路を広げるとか、とんでもないことを言い出した。あいつにしてみりゃ、自分が主導権を握って仕切れるのが愉快じゃったんじゃろうけど、そんなことしてみい、自分から発覚の種を蒔きよるようなもんじゃ。

 薬を売るルートはわしが管理しておかにゃならん。勝手なことをしたら、みんなが危のうなる。緋劔神社も栞梛の家もただじゃ済まんので、と何回も説教したんじゃ」

 正隆氏は、ネット活用によって発覚の危険が増し、関係者の身に司直の手が伸びるのを恐れていたように強調しているが、要は自分が販売ルートと利益を独占したいだけではなかったのか。

「あいつは、あくまでネットを使うと言い張った。万一、事が発覚して自分が罪に問われることになっても構わん。どうせ自分はカスみたいな人間じゃ。もし捕まるようなことになったら、その時は神社も家も道連れにしてやる。六条神社も六条病院も共倒れじゃ──そううそぶいて憚らんかった。もうこいつはこのままにしておけん、と思うた」

 そして……八月六日の夜、ここに呼び出し、隙を見て底なしの亀裂に。


 永久に一条の光も差すことはない闇の中に。

 骸と成り果てた勇人さんが横たわっているのだ。


 一度も会ったことのない人とはいえ、その情景を思い描くに、あまりの寒々しさ物悲しさに胴震いを抑えられない。ましてや母親や妹たちにしてみれば、たとえ不肖の息子・兄であったとしても、血を分けた肉親。その胸の内を荒れ狂う激情がどれほどのものか想像もできない。

 堪えきれなくなったのか、声にならない声を漏らして結依がむせび泣きを始めた。舞依は放心状態で立ち尽くしている。その頬を涙が一筋、二筋、伝わり落ちる。

 二人の警察官は苦々しさを露わにして正隆氏の告白を聞いていたが、原塚巡査がやや遠慮がちに問いを発した。

「ということは、咲宮駅前で見つかった勇人さんのバイク、あれは……偽装工作?」

 正隆氏は巡査に無遠慮な一瞥を送りつつ、無言で二度三度と頷いた。

 ここ、つまり殺害現場から離れた場所で姿をくらましたという状況を作るため、自動二輪の免許を持っている正隆氏が、咲宮駅前まで勇人さんのバイクを運転して行き、乗り捨てたのだという。

「勇人がバイクのキーを身に付けたままで穴に落ちとったら、そんな細工はできんところじゃったが、あいつはキーを自室に置いておったけん」

 それがさも幸運だったと言わんばかりの響きが、正隆氏の口調に込められている。問題はそういうことじゃないだろうに……この男、どこかズレている。

 ともかく彼の供述は、現在解析中だとされる咲宮駅前の防犯カメラの映像で裏付けられることだろう。

 正隆氏の受け答えに対して俺と同様の思いを抱いたのか、原塚巡査は暗然たる面持ちで伏し目がちに頭を振っていたが、突然弾かれたように顔を上げた。

「そ、それじゃ、あの、も、もしかして……」

 何かに触発されて感情が高ぶっているらしく、舌がもつれている。

「紫乃巫女も事故死じゃなくて、まさか、あ、あなたがたが……」

 巡査の詰問を耳にした瞬間、細萱警部補を除くその場の全員が身体を硬直させるような反応を示したが、わけても舞依と結依の動揺ぶりは顕著だった。

 来るべき時がついに来た。お祖母さんの死にまつわる事実が明かされる時が。

 真相解明を目指して悪戦苦闘しながらも、俺たちは、あの夜の経緯について触れることを努めて避けてきた。舞依と結依にとってはまぎれもない弱みだし、その弱みに塩を塗るような真似はしたくなかったのだ。二人が死体を遺棄したことは間違いないのだから。

 しかし、お祖母さんを死に追いやったのは彼女たちではない。

 それは、あの晩、二人より先に緋籠堂を訪れ、姉妹が立ち去った後も秘かに現場に留まっていた人物。そして、行方不明になっていたお祖母さんの“本物の”草履が再び現れるように細工を施した人物の仕業だ。

 もはや彼ら以外に考えられないのではないか。

 俺たちの視線が正隆・成隆兄弟に集中する。

 それを知ってか知らずか、成隆氏は力なくうなだれていたが、ややあって面を上げ、陰鬱な目を地下空間の暗がりに向けたまま低く答えた。


「確かに紫乃巫女を手にかけたんは……わしじゃ」


 半ば予想されたこととはいえ、本人の口から決定的な台詞が吐き出されたことで、改めて衝撃が伝わる。

 美津さんは口元に袖を当てたまま天を仰ぎ、舞依と結依はむせび泣きを再開し、細萱警部補は憮然とした顔で二度ばかり咳払いをした。

 本来、部外者である俺たち三人は、ため息を洩らすばかりだ。

「どうして紫乃巫女を?」

 今や完全に質問役を担う形となった原塚巡査が問い、少しの間を置いて応答したのは正隆氏だった。

「薬に手を出してはみたものの、あの婆様はわしが薬を扱うのを快く思っておらんかった。ま、勝手なもんじゃな。自分はさんざん幻覚キノコをヤマガミ様信仰に利用しながら、汚れたカネを神社の運営に投入しよったくせに……」

(あんたはその汚れたカネを病院経営に投入しているじゃないのか?)という台詞が脳裏をよぎる。

「ただ婆様も歳のせいか、ここ数年でかなり気弱になってのう、薬から手を引くと言い出した。自分がやめるだけなら勝手にしてくれという話じゃが、こっちにまで干渉してきて、幻覚キノコや薬と手を切れと吐かしやがる」

「あなたがたが薬を扱い続けることで、跡を継ぐ舞依さんや結依さんに禍が及ぶことを、紫乃巫女は恐れていたのでは?」

 風早青年の問いに対し、今度は成隆氏が口を開いた。

「いや、紫乃巫女に限ってそれはない。あの人にとっては、血を分けた孫娘の将来よりも神社の存続の方が遥かに重要なことじゃった」

 酷薄な響きを帯びた台詞の後、成隆氏は少しの間、逡巡するかのように口をつぐんでいたが、深く息を吐き、わずかに震える声で続けた。

「美津さんの前でこんなことを口にするのは心苦しい限りじゃが、紫乃巫女は狂信者じゃ。常々『緋劔神社とヤマガミ様信仰あっての栞梛家じゃ』と口ぐせのように言うておったが、娘や孫や、それから自分自身さえも信仰を守り続けていくための道具としかみなしてなかったんじゃ。実際に、神社とヤマガミ様のためなら、肉親でも平気で犠牲にできる人じゃったけん。そうじゃなかったら、娘にあんなことを強要できりゃせん」

 次第に厳しさを増す口調で、成隆氏は吐き捨てるように言った。その顔は激しい憤りに歪んている。

 その娘──美津さんはうなだれたまま、母──紫乃巫女を糾弾する成隆氏の言葉をじっと聞いていた。

 氏の言う「あんなこと」とは〈種受けの儀〉を指しているのだろうか。だとすれば、彼の弾劾はもっともだ。

〈種受けの儀〉を「一概に奇異とは決めつけられない」とする風早青年も、「現代の倫理観・道徳観からすると許されざる制度」だと言ったように、今の世の中でそんな人権無視の所業が許されるものか。

「よしんば、二人のことを考えたとしても、それは孫娘に対する思いやりなんかじゃない」

 成隆氏は続ける。

「あの婆様は、舞依さんと結依さんには“畑”のことは打ち明けんと言うとった。幻覚キノコやハカマオニゲシをひっくるめて、薬に関わることは自分の代でお終いじゃと。若い孫娘を否応なく犯罪に関わらせて苦しませるのは酷じゃという、婆様なりの情かと思ったが、違っておった」

 いったん退いていたかに見えた怒りの色が、再び成隆氏の面をドス黒く染めていく。

「あの人はこう言うた。『舞依も結依も、美津に似てやわな性格をしとるから、とてもじゃないが秘密を守り切れんじゃろう。いずれボロを出して官憲に目を付けられるに決まっとる。すべてぶち壊しになるぐらいなら、危ないことから手を引いて、せめて細々と神社を存続させる方がええ』と。要するに、あの人の頭の中は一から十まで神社と信仰に埋め尽くされておったんじゃ」

 意図したことか無自覚なのかわからないが、成隆氏の口から発せられる「紫乃巫女」の呼称が、いつの間にか「婆様」や「あの人」に変わっていた。

 憤りも露わにお祖母さんを批判していることといい、どうやら成隆氏は彼女に対して面従腹背を貫いてきたらしい。結依の話によると、長年にわたってこの家に同居し、お祖母さんを支える立場だったそうだが……。

 それにもうひとつ気づいたのは、成隆氏が栞梛家の家族の名前を口にする際、「美津さん」はともかくとして「勇人君」「舞依さん」「結依さん」と、若年者にも「さん」付けしていること。

 傲岸不遜でどこか人間性の欠落を感じさせる正隆氏と比べて、成隆氏はまだしも一般的な理解と感覚の通用する穏やかな常識人であるように思われる。その常識人がどうしてこのような犯罪に手を染めてしまったのか。

「とにかくあの婆様は、一度こうと決めたら他人の言うことなんか聞きはせんかった」

 語り手はまた傲岸不遜な中年男に交替した。

「しまいにゃ、畑もキノコも全部焼き払うてしまうとか、洞窟の入口を封鎖して二度と入られんようにするとか、とんでもないことを言い出したんじゃ」


 そこで、兄弟は婆様を亡き者にしようと決意し──

 月に一度の緋籠堂での夜籠りの機会を狙って──

 祝詞の奉唱に一心不乱のお祖母さんを成隆氏が背後から棍棒で──


 その結果、三十年の長きにわたって緋劔神社と栞梛家と、そして緋剣村を支配してきた“絶対君主”は、あっけなくこの世を去った。


「婆様の死体は、近くの崖から滑り落として事故を装う計画じゃったけん、成隆と一緒に死体を運び出そうとした時……こっちに近づく懐中電灯の明かりが見えてのう。慌てて納戸に潜り込んだら、入れ替わりに御堂に入ってきたのが、舞依と結依じゃった」

 正隆氏は、業務報告でも行うような口調で、淡々と姉妹の関与を暴露した。

 俺たちが思わず息を呑むと同時に、美津さんが弾かれたように姉妹の方を振り返る。

「あなたらが……?」

 一枚一枚ベールが剥がされるように、触れられたくない、しかしもう隠しておけない事実が露わになっていく。

「何で緋籠堂へ? よりによって巫女様の夜籠りの最中に……」

 母親に問い詰められた二人は、お互いに惑乱の表情を見合わせ、半開きの唇をわなわなと震わせるばかり。

 事ここに至っては下手な言い訳や弁解は無用だし、舞依や結依だってそんなことは百も承知だろう。

 ただ、あの晩の正隆・成隆兄弟の所業が明らかになったことで、今さらながら自分たちの行動とそれにまつわる巡り合わせの妙に、改めて戦慄しているのかもしれない。姉妹の方が一足先に緋籠堂を訪れていたとしたら──祝詞の奉唱に一心不乱のお祖母さんを、背後から棍棒で──撲り殺していたのは彼女たちだったはずなのだから。

 俺たちには口を挟める余地などなく、祈るような気持ちで舞依と結依の一挙一動を見守ることしかできない。その口から語られるのは、釈明か懺悔か、それとも告白か。

 しかし、窮地に追い込まれた姉妹は身をこわばらせて、ひたすら母親の次の言葉を待っているようにも見える。薄暗がりの中で結依の両手が舞依の左腕を探り当て、すがるようにしっかりと掴んだ。

「ま、まさか……あなたら……」

 二人の娘と中年兄弟の様子から忌まわしい真実の一端を察知したのか、美津さんは息を弾ませながら、

「巫女様……ば、婆様を……」

 俺は思わず目を閉じ、嘆息とともに天を仰いだ。美津さんの脳裏にはおそらく真実の映像が映し出されている。

「母様……ごめんなさい!」

 突然、舞依が地面にひれ伏し、身を固くして母親に許しを乞うた。

 結依も引きずられるようにしゃがみ込み、姉をかばうかのごとく両手でその肩を抱えた。そして母親を見上げ、かぶりを振りながら訴える。

「儀式……種受けの儀だけは、どうしても……」

 瞳からあふれた涙が、首の動きに合わせてはらはらと地面に散った。

 思いもよらない展開に、二人の警察官も驚きの色を隠せない。それなりに場数を踏んでいるであろう細萱警部補はともかく、原塚巡査の方は完全に度を失っているようだ。

「ま、舞依さん……ど、どういうこと……? 種受けの儀って……結依さん?」

 落ち着かない目で舞依や結依、それから美津さんの顔をきょろきょろと見回し、上ずった声で問いかける。

 細萱警部補も口には出さないが、その鋭い視線は説明を求めているかのように、真っ直ぐ姉妹に向けられていた。

 しかし当の姉妹が、自分たちの行為を冷静に振り返り、筋道立てて説明できるような状態だとは思えない。

 現に、二人とも脱力してしまったかのように地面に這いつくばり、あるいは座り込んだまま、立ち上がることもできないのだ。さっき美津さんに問い詰められた時と同様、唇を震わせるばかりで意味のある言葉は発せられない。

 しばらく沈黙が続いた後、見かねた成隆氏が助け舟を出した。

「わしから話をするわ。舞依さんに結依さん、ええな」

 さすがに、二人の煩悶を見るに忍びなくなったのだろう。

 姉妹は涙に濡れたお互いの顔を見合わせ、覚悟を決めたようにこくりと一つ頷く。

 それを確認して成隆氏は、三日前の夜の出来事を記憶から引き出すようにとつとつと語り始めた。

 緋籠堂に入ってすぐお祖母さんの死を確認した姉妹が、恐慌状態に陥ったこと。

 二人の会話を聞いて、彼女たちが〈種受けの儀〉から逃れるためにお祖母さんを襲うつもりだったと知ったこと。

 姉妹がお祖母さんの亡骸を緋籠堂から運び出し、崖下に投げ落としたこと。

 そして、成隆氏たちは御堂の格子窓から、月明かりに照らされた一部始終を透き見していたこと──

 その内容は、俺が目撃した事実にほぼ合致するものだった。

 結果として舞依と結依は、正隆・成隆兄弟の凶行の後始末をさせられた形である。

(お祖母さんの死を認めた時、家人に知らせるという発想は姉妹の頭になかったのか)

 それは、舞依と結依の告白を聞いた時から拭いきれない疑問だが、二人は実際にお祖母さんを害する動機と意思を持って御堂に足を踏み入れた弱みがあるだけに、自分たちの行動を絶対に秘匿しなければならないという強い思い込みに囚われていたのだろう。

 皆、姉妹の心情を推し量っているせいか、そのあたりのことをわざわざ指摘する者は誰もいない。

 満面に憂いをたたえて、美津さんは成隆氏の回想に聞き入っていたが、話が終わった途端、骨を抜かれたように力なくその場にへたり込んでしまった。

 慌てて姉妹が身を起こし、母親の両脇を抱えて岩の寝床の端に座らせようとしたが、それに気づいた美津さんはどういうわけか激しく頭を振って拒絶の意思を示す。

 仕方なく、寝床の脇にある台座状の岩に腰を下ろさせた。縞模様の着物に包まれた華奢な肩が上下に揺れている。

「……ひと言、私に……言ってくれとったら……」

 乱れた呼吸の下で、あえぐように美津さんが漏らす。

 それを耳にした結依の面を、驚きと憤りと悲しみの入り混じったような感情がかすめた。が、彼女は意志の力で情動を抑えつつ、ぎこちない声音を絞り出す。

「だって、母様は……心の具合が良くないんだから、相談なんてできるわけ……」

「それに結局、婆様には逆らえない。それは母様も同じでしょう」

 みなまで言わせず、舞依が穏やかに、しかし決然として結依の言葉を遮った。立て続けに精神的な痛手を受けた娘が、心の病を抱えた母親を語気荒く詰る──結依にそんなことをさせたくないという一心からなされたような、舞依の振る舞いだった。

 一瞬、美津さんは胸を突かれたような表情を見せたが、すぐに力なくうつむいてしまった。横顔が悲嘆に暮れている。

 痛ましさをたたえた目で母娘のやり取りを見つめていた翔吾が、あたりを憚るような小声で、

「お祖母さんの死体、どうして勇人さんと同じようにあの穴に落とさなかったのかな?」

と、俺に耳打ちした。

「そうすれば、事故に見せかけるとか、草履の小細工とかする必要なかったのに……」

 なるほど、その疑問はもっともだ……けど、舞依と結依に関して言えば、彼女たちはついさっきまでこの洞窟のことは知らなかったんだから、それは無理というもの。でも、正隆・成隆兄弟の場合は──

 俺が翔吾に向かって自分の思うところを口にしていると、それを小耳に挟んだらしい風早青年が後を継いだ。

「紫乃巫女の場合は、逆に事故に見せかける必要があったんじゃないかな」

 どういうことだ? 俺は青年の顔を見つめる。

「勇人さんは家を空けることが多かったというから、しばらく姿が見えなくても、その所在がすぐに問題になることはないだろうけど、紫乃巫女の場合はそうはいかない。年齢のこともあるけど、緋劔神社の主という立場上、丸一日行方がわからなかったら、騒ぎになるのは目に見えている。だから、妙な言い方だけど紫乃巫女の亡骸は堂々と人目に晒し、早々に事故として結着をつけなければならなかったんだと思う」

 風早青年の説明に対して、正隆・成隆兄弟は肯定否定どちらの意を示すこともなかった。おそらく青年の言うとおりなのだろう。

 翔吾の耳打ちから始まった一連のやり取りに便乗して、俺もかねてからの疑問を口にしてみた。

「結局、お祖母さんの本物の草履はどこにあったんだろう?」

 誰にともなく質問を投げかけるような口ぶりで、風早青年をはじめ一同を見回す。

 青年がお祖母さんの死因に疑問を抱いたのは、履いていたはずの草履が亡骸と一緒に見つからなかったからだ。その理由について、この洞窟に入る直前、俺の頭の中に一つの可能性が浮かんでいた。それは──

「婆様の草履は、ここの入口……納戸の階段を降りたところに脱いであった。たぶん夜籠りの途中に婆様がここに入ったんじゃろう」

と、俺が予想したとおりの答えを返してくれたのは、やはり成隆氏だった。

「あの晩は、わしらも気が動転してしもうて草履のことなんか頭になかった。じゃけど次の日の朝、婆様の亡骸のそばで、おたくが……」

と、風早青年を目線で示して、

「足袋とか草履とか言っとるのを聞いて、これはまずいと思ったのよ。詳しく調べられたら、他にも事故を否定するような痕跡が見つかるかもしれん、と。で、その日の晩にここ来て草履を探して、入口の階段の下で見つけたけん、それを持ち去ったんじゃ」

「そして翌朝、偶然草履を発見したように装ったわけですね。おそらく事前に草履をうち捨てておいて、神社参拝に訪れた村人を巧みに現場に誘導して……」

 青年が後を引き取ってまとめ、成隆氏が観念したように目を閉じて二度三度頷いた。

 一つずつ真相が露わになり、疑問が解消されていく。そして──

「し、紫乃巫女が亡くなった経緯は、それで大体わかりましたけど……」

 おずおずと口を開いた質問役・原塚巡査が、取ってつけたような空咳を一つした後、遠慮がちに問うた。

「紫乃巫女を……その、何とかする動機になった〈種受けの儀〉というのは?」

 ──事件の根底に蠢く忌まわしい核心に、少しずつ近づいていく。

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