伯爵令嬢と婚約者 9

 俺達はカイル達と臨時パーティーを結成した。

 目的は、ダンジョンの深層にあるマナマリーの花。

 レスター領は鉱山を始めとした資源が豊富な領地だが、ダンジョンは存在しない。それゆえに俺達は馬車で移動し、以前潜ったことのあるダンジョンがある街へとやって来た。


「本当によかったのか?」

 街の表通りを進む馬車に揺られながら、俺は隣に座るシャルロットに視線を向ける。

 シエルの監視が付いていたので、婚姻のことを親と話し合うために戻ると告げて屋敷を出た。シエルはシャルロットが折れたと思っているだろう。


「たしかに、今回の計画が破綻したら大変だよね」

「それが分かっててどうして、あんな言い方をしたんだ?」

「ああでも言わないと、帰してくれそうになかったんだから仕方ないじゃない」

「だけど……っ」

 自由は得られたが、今回の計画が破綻したら間違いなく窮地に立たされる。


「大丈夫、きっと上手くいくよ。それにもしダメだったとしても、なんとかしてみせるから」

「おいおい、そこは俺を頼るところだろ?」

「アベルくんは、私がお願いしなくても助けてくれるって知ってるもの。だから、私は出来るだけ、アベルくんに迷惑を掛けないようにがんばろうかなって」

 シャルロットはイタズラっぽい笑みを浮かべた。


 向かいの席に座ってるカイルが「イチャイチャしやがって」とか呟いている。

 俺を罵ったのはバッドステータスの影響だったけど、シャルロットやエリカを狙っているっていうのは、わりと本心だったのかもな。

 二人の告白に対する答えを保留している俺にとやかくいう権利はないんだけど……隣に座ってるプラムが、凄く複雑そうな顔をしてるぞ、大丈夫なのか?


「なぁ、プラム」

 俺は少し気になってプラムに声を掛ける。

 プラムはなんやのと顔を向けてきた。


「プラムは俺の代わりに、パーティーに入ったんだよな?」

「うっ、そう、やよ。うちはアベルはんの変わり、やよ」

 ……なんか、複雑そうな顔で胸を押さえ始めた。


「……俺、なんか悪いこと、言ったか?」

「い、いや、そんなことはないよ。それはそれでアリやと思うし、シャルロットはんとは争うより、共闘できた方が頼もしいし」

「はぁ……?」

 なに言ってるのか良く分からない。そんな風に思った俺の横で、シャルロットが「え、そういうことなの!?」と素っ頓狂な声を上げた。

 そして俺の腕を掴み、自分の胸へと抱き寄せ――


「アベルくんは、渡さないからねっ!」

 いきなりの宣戦布告。……いや。いまの流れで、どうしてプラムがライバルになるような勘違いをしたんだ? むしろ、共闘とかいってたぞ?


「うちだって、カイル様は渡さへんからっ!」

 そして、なぜか対抗するプラムだが――そのセリフもよく分からない。シャルロットは一言も、カイルを狙ってるなんて言ってないぞ。


 あと、プラムの視線がシャルロットじゃなくて、俺の方を向いてるのもよく分からない。

 本気でよく分からない。

 分からないことだらけだけど……分からないのはいつものことだから気にしてもしょうがないよな――と、俺は流れる街並みに視線を向けた。



 その後、俺達は一度冒険者ギルドに立ちより、ダンジョンについての情報を集めた。

 といっても、しばらく通っていたことのあるダンジョンで、構造は良く知っている。目的は狩り場の流行などを調べて、マナマリーが残っていそうな場所を探すためである。

 その聞き込みの甲斐あって、比較的不人気な階層を見つけた。


 ただ、遠征パーティーの狩り場になるような街から離れたダンジョンとは違い、街に隣接したダンジョンは冒険者の出入りも激しい。

 深層の不人気エリアとはいっても、冒険者がまったく出入りしないなんてことはありえない。見つかるかどうかは、運も大きく影響してくるだろう。

 俺達は念のためにマナマリーの買い取り依頼を出して、ダンジョンの深層へと突入した。


「まずは連携の確認と肩慣らしだな。プラムはアーチャーなんだっけ?」

 エリカがいない代わりに、遠距離火力を加えた構成。

 殲滅速度は上がっているけど、代わりに後衛にタゲが飛びやすくなっている。それに、もし怪我を負ったら、回復の手立てが少ない。

 酷い怪我なら、復調まで何日もかかるなんてこともありうる。

 まずは、プラムの実力を確かめるべきだろう。

 なんて考えていたんだけど、カイルが「俺ならここにいる全員の実力を知っている。俺に指示をさせてくれ!」と名乗りを上げた。


 カイルは優秀なアタッカーだが猪突猛進型で、周囲に気を配ることは出来ない。だから、カイルにリーダーを任せるのは不安だ。

 けど、ここでダメだと言っても聞かないだろう。そう思ったから、カイルに任せることにしたのだが――


「アベル、右の奴らを止めろ、そのあいだに俺とプラムで左をやる! シャルロットは、アベルが止めている奴らに、攻撃魔法を叩き込めっ!」

 カイルは最前線で鬼神のごとくに剣を振りながら、指示をガンガン飛ばしている。

 しかも、ただ命令してるだけじゃなくて、的確な指示を、的確なタイミングで飛ばす。まるで、前線にいながら周囲をすべて把握しているかのようだ。


 俺達とパーティーを組んでいた頃なんて、『うおおおおおっ!』と雄叫びを上げて突っ込んでるだけだったのに……この短い期間に一体なにがあった。


「アベル、ぼさっとするなっ。そっちに一体抜けるぞ!」

「お、おぅ。任せろっ!」

 我に返った俺は、慌てて剣を構え直す。

 だが、余裕を持って指示をくれていたのだろう。俺の反応が遅れたにもかかわらず、前線を抜けて来たオークが剣を振るったのは俺が迎撃態勢を整えた後だった。


 即座にオークの攻撃を剣でいなし、体勢を崩したオークを斬り伏せる。指示のタイミングが的確すぎて、物凄く対応が楽だ。

 俺はカイルの指示に感動すら覚えた。



 その後も、カイルの指示は的確だった。

 次々に遭遇する魔物との戦いで、カイルは素早く的確な指示を出す。正確で的確な指示だから、俺もカイルの思惑が理解できるようになってくる。


「アベル、次は――」

「側面の敵を抑える、任せろ!」

 カイルの意思を読み取り、回り込んで後衛を狙おうとしていたゴブリンアサシンの一団に斬り掛かる。そのあいだにカイルが正面の敵を叩き――


「アベル――っ」

「おうっ!」

 カイルの声を聞いた瞬間、俺は真横に飛んだ。

 その直後、カイルの放ったスキル攻撃が、俺が寸前までいたところを駆け抜け、ゴブリンアサシンの一団に直撃した。

 低威力の範囲スキルだが、撃たれ弱いゴブリンアサシンが一斉に怯んだ。


 その瞬間、俺とカイルはアイコンタクトをかわし、それぞれが受け持ったゴブリンアサシンの一団を壊滅させた。

 それから他に潜んでいる敵がいないか周囲を警戒。どうやら、見える範囲の敵は殲滅したらしい。それを確認して、二人同時に剣を鞘に収めた。


「カイル、しばらく見ないうちに成長したな」

「そういうアベルこそ、相変わらず良い仕事をするじゃねぇか」

 互いに向き合い、拳を付き合わす。

 いままで、こんな一体感を抱いたことはなかった。

 パーティーを追放されたときは嫌な奴だって思ったけど、いまのカイルはまるでずっと連れ添っているパートナーのようだ。


 なんて思ってたら、シャルロットが俺の腕にしがみついてきた。そしてそれとほぼ同時、カイルにはプラムがしがみつく。


「ア、アベルくんは渡さないからっ!」

「そうやよ、カイル様は渡さへんからねっ!」

 いや、だから、なぜそういう発想になるんだ?

 あぁでも、さっきのカイルは格好よかったからな。シャルロットがカイルに惚れるかもって、プラムが心配するのはちょっと分かる。

 とか思っていたら、シャルロットに腕を抓られた。……解(げ)せぬ。

 

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