伯爵令嬢と婚約者 8
ラニスさんの反応から予感は抱いていた。
そして――
「ちょっと、どうしてあなたがここにいるのよ?」
別室で待っていた相手を目の当たりにして、シャルロットが半眼になった。引き合わされたパーティーのリーダーがカイルだったからだ。
「アベル、帰りましょう。あいつと臨時でパーティーを組むくらいなら、ギルドで適当に探した方がマシよ」
シャルロットは当時の怒りを思い出したようで、さっさと踵を返す。
俺としても、俺を蔑んでいる奴とパーティーを組むつもりはないし、カイルだって俺とは組みたくないだろう。
そう思ってシャルロットの後に続こうとしたのだが――
「待て、待ってくれ。まずは俺の話を聞いてくれ!」
意外にもカイルが食い下がってきた。それが意外で足を止める。
「話って……今更なにを言うつもりだ?」
「俺は……俺は! アベル、お前に憧れている!」
「「…………はい?」」
これっぽっちも予想していなかった言葉に、俺はもちろん、シャルロットまでもが間の抜けた声を上げてしまった。
「ええっと……いま、憧れてるって聞こえたんだけど、気のせい……だよな?」
記憶にあるカイルは、エリカと一緒に俺のことを散々と扱き下ろして高笑いしていた。それなのに、憧れていたと言われても意味が分からない。
だが、カイルの顔は真剣だった。
「嘘じゃねぇよ! 俺はお前の戦い方を見たときからずっと憧れていた。誰よりも強くて、誰よりも優しい剣士。だから、俺はそんなお前に憧れて、だから――ぐぼあっ」
カイルがいきなり腹を押さえて膝をついた。
というか、カイルの隣にいた妖艶な女の子が、カイルにボディーブロウを叩き込んだから、なんだが……いきなりなんなんだ?
ちょっと、状況について行けない。
「あなたはたしか、プラムさん、だったわね」
「覚えててくれましたんやね。シャルロットはん、お久しぶりです」
シャルロットに対して、プラムと呼ばれた女性が会釈をする。
「……知ってるのか?」
「アベルくんの代わりにパーティーに加入したアーチャーだよ」
「そう、なんや。うちは、アベルはんの代わりで……ホロリ」
なんか呟いてるけど、よく分からないのでスルーしておく。
と思ったら、プラムがコホンと咳払いをした。
「まぁそれはともかく、カイル様に任せてたら話が進みそうにないから、うちが説明させてもらいますね?」
「……よく分からんが、頼む」
ひとまず、任せることにする。俺の周りは説明をしない奴ばっかりだから、説明をしてくれる存在は貴重だ。
もっとも、説明が理解できるかどうかは別問題なので、もし分からなかったら……素直に冒険者ギルドに行って臨時の仲間を探そう。
「結論からいうと、カイル様はアベルはんのことを嫌ってなんておらへん。憧れているっていうてたんが真実や」
「いやでも、思いっきり扱き下ろされたんだが……まさか」
口に出してみて、なんか似たようなやりとりをした記憶があるなと気がついた。
「気がついたようやね。カイル様はバッドステータスを所持してるんよ」
「ま、まさか、ツンデレのバッドステータスか!?」
俺はその可能性に思い至って戦慄した。
「いや、ツンデレやないよ」
「そ、そうか。よかった……」
俺は安堵の溜息をついた。
「……アベルくん、なにをそんなに安心してるの?」
「い、いや、なんでもない」
エリカのツンデレは恋愛感情を抱いている相手限定である。シャルロットはその事実を知らないはずなので、俺は慌てて誤魔化した。
「と、とにかく、カイルはバッドステータス持ちってことなんだな?」
「そうやよ。カイル様のために詳細は伏せさせてもらうけど、かなり重いバッドステータスなんや。せやから、カイル様がアベルはんに言ったことは、本心やないんよ」
「そうだったのか。それじゃ……仕方ないな」
シャルロットのバッドステータスは軽めだけど、エリカのはかなり重い。エリカ級のバッドステータスだとしたら、俺をあんな風に罵っても仕方がない。
「……なんや、思ったよりあっさり納得してくれはるんやね」
「まぁ……こっちにも色々とあってな」
滅多にないバッドステータスが、パーティーに二人もいると分かったときは驚いた。
だけど、俺以外の全員がバッドステータス持ちだったと聞かされたいまは、カイル、お前もかって心境なのだ。
俺以外の三人が称号持ちで、その三人はバッドステータス持ち。
なんか、偶然じゃない気がする。
実はエリカ以外の二人も、異世界転生者とか……さすがにないかなぁ? この世界、記憶が断片しかない転生者とかはわりといるらしいし、ちょっと否定できない。
「話を戻そうか。カイルがバッドステータス持ちなのは分かった。そういうことなら、謝罪を受け入れることに異論はない。けど、俺達とパーティーを組む必要はあるのか?」
いま俺達としゃべっているのはカイルとプラムの二人だけど、彼らの背後にはもう二人、冒険者らしき男と女がいる。
仲間がいるのなら、わざわざ俺達とパーティーを組む必要はないはずだ。
「それについては俺に説明させてくれ」
腹を押さえてうずくまっていたカイルがフラフラと立ち上がった。
「実は他の素材は俺達で集めてたんだ。だが、仲間の二人が負傷してしまってな。もちろん、傷はポーションで治したんだが、まだ本調子じゃないんだ」
「あぁ、なるほどな」
大怪我を負った後は、怪我を治してもしばらくは不調が続くことがある。カイルの仲間はいま、まさにそういう状況なのだろう。
「カイルさん、俺達が不甲斐ないばっかりに、申し訳ないっす」
「ごめんなさい、カイルさん」
カイルの説明の後、仲間らしき二人が悔しそうな表情を滲ませる。
その直後、俺はカイルがまったくだ――みたいなことを言うのかと思った。けど、そんな俺の予想に反して、カイルは気にするなと首を横に振った。
「お前達はよくやってくれている。今回怪我をしたのだって、俺の判断が遅れたせいだ。だから、お前達が謝る必要なんてねぇよ」
誰だこいつといいたくなるくらい良い奴になってる……
俺とシャルロットは思わず顔を見合わせた。それから、シャルロットと視線で意思疎通を図り、あらためてカイルへと視線を戻す。
「そういうことなら構わない。今回の目的を果たすまで、四人でパーティーを組もう」
「……俺のこと、許してくれるのか?」
「許すもなにも、あれは本心じゃなかったんだろ?」
「ああ、もちろんだ! あのときのことは本当に悪かったと思ってる」
「なら、もう良いよ」
「ありがとう。よろしくな、アベル!」
カイルが手を差し出してきたので、俺はその手を握った。
カイルは更に反対の手を添えて、ぶんぶんと手を振ってくる。カイルってこんなに熱い奴だっけ? なんて思っていると、プラムのボディブローが炸裂した。
カイルは俺の手を離して、その場にくずおれる。
ついでに俺は、なぜかシャルロットに引き寄せられた。
「だ、だから、拳で従わせようとするのは止めろと、言ってるだろうが……っ」
「カイル様が口で言っても聞かへんからしゃーないやん? それとも、聞いてくれるん?」
「はっ、だが断るっ!」
両膝を地に着いた状態なのに、妙に威勢が良い。
やっぱりよく分からない……けど、カイルはどことなく嬉しそうだ。
……って、嬉しそうで良いのかねぇ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます