伯爵令嬢と婚約者 7

「あぁもう、どうしてこんなことになるのよ! 見合い話はさっさと断って、アベルくんと観光を楽しもうと思ってたのに!」

 与えられた客間でシャルロットが地団駄を踏んでいる。

 それを見た俺は、思わず笑みを零してしまった。


「……なによ? どうして笑うのよ? このままじゃ私、結婚させられるのよ?」

「それは困るけど、シャルロットはわりと余裕そうだなって思って」

 本当に追い詰められていたら軽口を叩く余裕はないはずだ。


「まぁ……それはね。ブルーレイクにダンジョンが発見されたわけだし、エリカが前世の知識を使って、様々な商品を生み出してくれてる。素材の流通が止められるのはそれなりに面倒だけど、新しい取り引きルートの開拓は難しいことじゃないわ」

「つまり、言いなりにならなくても良いってこと、だよな?」

「ええ、言いなりになる必要はないわ。でも、腹立たしいって感情だけで関係を絶つわけにも行かない。……でも、あんな風に言いたい放題言われて悔しいわ」

「それは……同感だ」


 物凄い上から目線が気に入らない。もちろん、実際に格上なのかもしれないけど、だからって見下す必要はないはずだ。

 なにより、シャルロットを物扱いしてるのが腹立たしい。

 突っぱねて難を逃れるだけじゃ痛み分けだし、もう二度とシャルロットが脅されるようなことがないように、手を打っておきたい。

 なにか方法はないかな……と、話し合っていると扉がノックされた。そうして姿を現したのは、メイド姿の女性だった。


「……わたくしになにか用かしら?」

 シャルロットが貴族令嬢モードで応対する。

「わたくしはラニス様にお仕えするメイドです」

「たしか……トーレス様のご子息の名ですね?」

 シャルロットの口調が険しくなった。それで俺も理解する。そのラニスというのが、シエルの言っていた結婚相手のことだ。

 こいつの主が今回の元凶かと、胸の内で怒りがわき上がった。


「お怒りは重々承知しておりますが、ラニス様はあなた方の敵ではありません」

「……へぇ、それは興味深い話ね。詳しく話してくれるのかしら?」

「詳しくは、わたくしの口からは申し上げられません。ラニス様が部屋でお待ちですので、どうかご足労いただけないでしょうか?」

 メイドが丁寧な口調で告げる。

 予想に反した温和な態度に、俺とシャルロットは顔を見合わせた。


「アベルくん、どうしたら良いと思う?」

「そうだなぁ……もし敵ならその思惑を知っておきたいし、そうじゃないのなら手を組めるかもしれない。一度会ってみても良いんじゃないか?」

 まあ……会ったらいきなり、では、お見合いを開始しよう――なんて展開がないとは言い切れないけど、力尽くで来るのなら望むところだ。

 問題は、俺の同行を認めてくれるかどうかだけど……と、俺はメイドに視線を向けた。


「もちろん、あなたも同席していただいて構いません」

 こちらの考えを読んだのか、メイドは迷わず言い放った。その態度はさきほどの執事とはまるで違い、こちらを見下しているような素振りがない。

 それで、俺達の行動は決まった。



 メイドに連れてこられた部屋。アンティークな家具で揃えられた部屋の真ん中、ソファ席の向かい側に青年が座っていた。

 その青年は俺達を見て立ち上がる。


「シャルロット嬢とアベルくんだな。俺が当主の息子、ラニスだ。よく来てくれた。いまの俺は表立って動くことが出来なくてな。こうして呼びかけに応じてくれて感謝している」

 ラニスさんは胸に手を当てて感謝の意を表した。

 どんなのが出てくるかと思ったけど、予想外の好青年だった。


「お初にお目に掛かります。わたくしに話があるとのことでしたが?」

「あぁ、そうだ。まずは座ってくれ。アベルくん、キミもだ」

 さっき名前が出たのでもしかしてとは思ってたけど、この人は平民の俺に対しても対等に接してくれるようだ。敵じゃないという言葉に実感がわいてくる。

 俺とシャルロットは素直にソファに腰掛けた。


「まずは、シエルの件を謝罪する。だが、誤解しないで欲しい。あれは父の後妻でな。俺も扱いに難儀しているのだ」

「難儀、ですか?」

 シエルの時は傍観しか出来なかったので、今回は俺が主導で話を伺う。


「うむ。これから話すことは、レスター家にとっての恥だ。だから、この件は内密にして欲しいのだが……約束してもらえるだろうか?」

「もちろん、俺は約束します」

「もちろん、わたくしも約束いたします」

 俺に続いてシャルロットが了承する。


「その言葉、信じてもよいだろうか?」

「貴方は敵ではないと言った。俺達は敵でない相手にだまし討ちはしません」

 ラニスさんの目を見据えて告げる。真実であるという訴えと同時に、敵であるなら容赦はしないという意思も込めた。


「信じよう。それに、手を取り合えると信じている。シエルは俺にとっても敵だからな」

「シエルが、ラニスさんにとっても敵、ですか?」

「そうだ。シエルはおそらく、レスター伯爵の地位を簒奪しようとしている」

「――なっ」

 平民の俺にだって分かる。

 貴族の地位を簒奪するなんて、口にするだけでも重罪だ。もしシエルが本当にそんなことを企んでいるのなら、極刑に値するだろう。


「……証拠は、あるんですか?」

「もしあれば、あれにレスター家の実権を握らせたりはしない」

「まぁ……そうですよね。なら、疑わしきところがある、ということですか?」

「あるというか、疑惑まみれというのが正しいだろうな」

 ラニスさんが苦々しい表情で答える。そして、ラニスさんの口から語られたのは、疑惑という言葉すら生ぬるい状況証拠だった。


 まず、ラニスさんの母、つまり前妻はレスター伯爵と同じ症状の末に死んでいる。

 それを不審に思ったラニスさんが調べたところ、レスター伯爵は病ではなく、呪いに冒されていることが発覚した。

 そして、レスター伯爵の信を得ていたシエルは、レスター伯爵が倒れた直後に実権を掌握し、前妻の息子であるラニスさんを排除しに掛かったとのこと。

 それが、シャルロットへ婿入りさせる計画だそうだ。


「つまり、シエルが次期レスター伯爵の座を狙ってるってこと、ですか?」

「いや、自分の息子に跡を継がせるつもりのようだ」

「そう、ですか……」

 ありそうな話だが、たしかに状況証拠でしかないな。

 少なくとも、自分の息子に跡を継がせようとしているのは間違いないのだと思うけど、それ自体は別に犯罪じゃない。


「アベルくんの考えていることは分かる。だが、俺はなにも、自分の地位が脅かされているから、こんなことを言っているわけじゃない。もう一つ、捨て置けぬ疑惑があるのだ」

 ラニスさんは前置きを一つ。

「シエルは密通している疑いがある」と静かに告げた。

 密通、つまりは浮気だろう。

 シエルの子供がレスター家の血を受け継いでいない可能性があるという意味。それが事実であれば、たしかに簒奪といえる。


「無論、それを証明する手段はないのだが……」

「それは分かりますが……結局、俺達にその話をして、どうしたいんですか?」

「父を助けて欲しい」

「……呪いを解け、と?」

「その通りだ。現在の父は昏睡状態にあり、意思の疎通を図ることが出来ない。それをなんとか出来れば、父に事情を話して実権を取り戻すことが出来る」

 なるほど、ね。

 実権を取り戻せば、ラニスさんが婿に出される話も白紙になる。ラニスさんを助けることが、そのまま俺達の問題を解決することに繋がる、と。


「話は分かりました。身内に高位の治癒魔術師がいるので、協力を頼みましょうか?」

「いや、従来の治癒魔術では治せない類いの呪いだそうだ」

「……では、どうするつもりですか?」

「実は、呪いを解くのに必要な素材は既に分かっている。おおよそは手に入れたのだが、残り一つの入手が難航しているのだ。それを取ってきてもらいたい」

「どんな材料ですか? もしかしたら在庫に在るかもしれません」

「残すはマナマリーと呼ばれる花だ」

「あぁ……」


 思わずそんな声を零した。

 魔力素子(マナ)を吸収して咲く花だと言われていて、ダンジョンの奥深くでしか生息しない。

 しかも、時間を止めることの出来るマジックボックスの中でも、なぜか数週間で枯れてしまうという性質があるため、保存も利かない貴重な素材だ。


「任せてくださいって言いたいところですけど……二人では厳しいですね」

 マナマリーはかなり深い階層でしか咲かない。運がよければすぐに見つかるけれど、そうじゃなければ強敵のいる階層をうろつく必要がある。

 遠征の資格を持つパーティーなら余裕だけど……二人では厳しい。


「それなら問題ない。密かに依頼していたパーティーがあるのだが、メンバーが負傷していてな。その負傷者の代わりに、二人に入ってもらいたいんだ」

「……急造のパーティーでは厳しいかもしれません」

 俺のしごく当たり前なはずの指摘に、ラニスさんはニヤリと笑った。

 

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