僕たちが叶えたい極上の夢

山いい奈

第1章 ミーコさんイキイキダイビング

#01 突風の様な彼女

 柚木ゆのき蛍馬けいまが自宅マンションの自室でベランダに繋がるドアを開けると、心地良い風がふわりと吹き込んだ。


 フローリングの床の一部に敷かれたベージュのラグの上では、柚木武流たけるが気持ち良さそうな表情で寝転がっている。


 ふたりはほぼ同じ顔の造りをしていた。同じ苗字なので、兄弟である事が察せられる。蛍馬が兄で、武流が弟。歳の差はない。一卵生の双子である。


 大きな違いと言えば、まずはヘアスタイル。武流の方がやや長めにカットしている。それと、武流の頭に着いている犬耳のヘアバンドだ。


 日常において不自然にも映るそれは、すでに蛍馬と武流の間では当たり前だった。


 さて、開け放たれたドアからは、まだ風がそよがれていた。その気持ち良さに蛍馬が眼を閉じる。


 スキンケアに気遣っている訳でも無いのに、奇跡的に綺麗な頬を風が撫でる。


 いや、蛍馬の頬を撫でているのは風だけでは無かった。


「綺麗な肌ね! 羨ましいな〜」


 マンションの11階、そのベランダに訪れた若く見える女性の全身は、蛍馬から見たらはっきりと人の姿だが、女性の声に反応して上半身を起こした武流からは半透明に見える。


「ありがとう」


 蛍馬の頬を優しく撫でる、文字通り地に足が着いていない女性に対し、蛍馬は驚く素振りも見せず、にっこりと笑った。


「ねぇ、死んじゃって幽霊になっちゃった人の話を聞いてくれるって、ここで良いのかな〜」


「そうだよ。ようこそ」


 蛍馬が女性を迎え入れる様に、室内に向かって手をかざす。すると女性幽霊は遠慮する様子も無く入って来た。そしてきょろきょろと室内を見渡す。


 その時女性幽霊の視線が一瞬武流の頭で止まったが、何も言わず視線を逸らした。


「普通の部屋なのね〜 何かこう、魔法陣とかそういうのがあるのかと思ってた〜」


「まさか。僕たち普通の人間だもん。魔法とか使えないからね」


「そっか〜 魔法見せて貰おうと思ってたのにな〜残念」


「幽霊と話が出来る人間を何だと思ってんだよ」


 ここでようやく武流が口を開いた。呆れた様な口調だ。そもそもこの世界に魔法と言うものが存在するのか否かすら、蛍馬たちは知らない。


「だって、幽霊が見えて喋れる人自体が珍しいじゃ無ぁい〜? 私、ここに来るまで生きてる人誰にも気付かれなかったよ。寂しかった〜」


 女性幽霊が拗ねた様に頬を膨らませる。


「そしたらね、その辺を漂ってた自縛霊の人が、幽霊見えて話聞いてくれる人間がいるって教えてくれてね。来てみたって言う訳。あ、私の名前は梶浦かじうらミーコ。よろしくね!」


 梶浦さんは勢い良く上半身を折り曲げてお辞儀した。礼儀正しいのかどうなのか、何とも判断の難しいところだ。


「僕は柚木蛍馬。あっちは弟の武流。話も聞くし、僕たちに出来る事ならするよ。よろしくね」


「え、願いとか叶えてくれるの?」


 蛍馬の言葉に梶浦さんは前のめりになった。


「俺たちに出来ること限定な。厄介事は御免だぜ」


 武流が釘を刺す様に言う。それでも梶浦さんは蛍馬に詰め寄った姿勢を崩さない。


「聞いて聞いて! あのねあのね〜 私、警察には自殺で片付けられちゃったみたいなんだけどね、違うの〜 誰かに落とされたの!」


「え?」

「は?」


 息せき切って言う梶浦さんに、蛍馬と武流の反応が重なった。


「どういう事?」


 蛍馬が問うと、梶浦さんは自らを落ち着かせる様に深呼吸し、ゆっくりと口を開いた。


「私、ワンルームのマンションでひとり暮らしだったの。いつもはドアの鍵ちゃんと閉めるんだけど、その日はうっかり忘れてて〜」


 始めは落ち着いて話をしていた梶浦さんだが、次第に身振り手振りが加わって来ている。そもそも大人しくしているのが苦手な、活発な女性なのだろう。


「ベランダでね、洗濯物取り込んでる時に入り込まれたみたいで〜 後ろに人の気配がして咄嗟とっさに振り向いたら、ふっと身体が浮いて、気付いたらもう地面に墜落してたの。高さはさほどでも無かったんだけど、頭から行っちゃったみたいで、ぱっくり割れちゃって、多分脳味噌とか出ちゃってた〜」


「言うな言うな、気持ち悪くなる」


 光景を想像してしまったのか、武流が僅かに顔を青ざめさせて手で口を押さえた。


「だからね、犯人に復讐とかしたいの! 協力して!」


 言うと梶浦さんは、胸の前で手を合わせた。


「お願い! です!」


 蛍馬と武流は目を見合わせる。どうするよ。どうしようか。警察に任せた方がいいんじゃね? その警察が自殺だって片付けちゃったんでしょ? けど俺ら一般市民が何出来るってんだよ、犯人とか探すにしたってよ、どうしたら良いってんだよ。それこそ探した後は警察にお願いするしか無いよね。


「ところで梶浦さん」


「ミーコで良いよ〜」


「じゃあミーコさん。犯人は誰か判ってるんですか? 知ってる人とか」


「ん〜 それがね〜……」


 ミーコは困った様な表情で、大いに首を傾げる。


「顔を見た筈なんだけど、記憶がすっぽりと抜け落ちちゃってるんだよ〜」


「だったらどうしようもねーじゃん」


 武流が顔をしかめると、ミーコはしょんぼりと項垂れる。しかしそれも束の間の事。ミーコは顔を上げると、今度は武流に詰め寄った。


「でもねでもね! ほら、その時と同じ状況を作ったら記憶が戻るって聞いた事があるのよ〜」


「あ、ああ、確かにそんな話聞いた事あるけどよ、ありゃフィクションじゃねーのか?」


 武流は表情を強張らせ、け反りながら答える。


「だからね〜それをやってみたいの!」


「じゃあ、やればいいじゃん」


 すると、ミーコは首を振る。


「出来ないよ〜 だって浮いちゃうんだもん、私」


「あ、そっか」


 蛍馬が合点がてんいったと頷く。武流もあー……と上を向いた。


「よし、じゃあここは武流の出番だね」


 蛍馬がにっこり笑って武流を見ると、武流はうっと呻いた。


「……何させる気だよ」


「うん、まぁまぁ」


「まぁまぁじゃねーよ答えになってねーよ!」


「まぁまぁ」


 蛍馬は楽しそうに言うと、スマートフォンに手を伸ばした。

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