第2話 登場人物紹介

1.恭司の変化


「ヌエモリゴンベエ」は言った。


 ここは、君たちだけの世界だ。

 存分に楽しんでくれたまえ。

 なに不自由なく楽しく生きていけるはずだ。

 仲間と一緒に、楽しんでくれたまえ。

 欲しいものがあれば、お世話ロボットに言ってくれ。

 わからないことも含めて、だ。

 必要なものはほとんどのものを用意できるはずだ。

 そして、君たちのいる大地はどんどん広くなっていくはずだ。

 思う存分、冒険してくれたまえ。

 どこかで逢えることを楽しみにしてるぞ!


 ではっ さらばっ!!


 あーはっはっはぁっ!!  はーはっはっはぁ~~~!


 ひぃ、ゴホッ ゴホッ ……



『栄底府傘浜市役所付近で爆発があったと、

 市役所から連絡を受けた消防が周囲を確かめたところ、

 裏手にある路地の中央付近に何かが燃やされたと思われる焦げ跡を発見しました。

 それ以外、現場には何も残されておらず…』


 恭司はテレビのニュースを見ながら、ひとつあくびをした。

 ―― 眠いなぁ、もう6時かぁー… ――

 恭司はいつも午後7時に寝てしまう。

 宿題を残り一時間でやらないと、先生にしかられてしまうことになるのだ。

 ―― 算数、きらいなんだよな。

    数字を見てるだけイヤんなってくるよぉー… ――

 などと思いながらも、恭司はテレビを消し、重い腰を上げて、

 勉強机の前に座った。


 恭司は11才、傘浜市立の小学校に通っている五年生だ。

 好きな教科は、国語と社会、それに体育。

 きらいな教科は、算数と図工だ。

 恭司は、今時の子供らしくないほどの短髪だ。

 ―― うっとうしいじゃん ――

 という理由で散髪屋に行ったら、必ず5ミリのバリカンで刈ってもらっている。

 スポーツも、野球が好きだったので、少年野球クラブに入っていたが、

 夏休みになる前にやめてしまった。

 理由は規則正しくない時間の寝起きができないからだ。


 恭司は、午後7時に寝て午前7時に起きる。

 起きている時間は、朝の7時から、と限定されてしまう。

 夏休みは練習時間が朝の6時からだったので起きられるはずもなかった。

 恭司はこの野球クラブに入ってすぐ、レギュラーに抜擢されていた。

 元々スポーツは得意だった。

 恭司の子供らしからぬ身体の動きをを見て、

 チームの監督はいつもいつもごきげんだった。


『ここからプロ野球選手が出るぞ!』


 などと、期待してたのだろうか。

 特に隠しておくことでもなかったので、

 恭司が父親といっしょに監督に野球をやめる理由を聞いてもらった。

 監督は信じられないという顔をしたが、

 この親子の真剣な顔を見て納得した。

 それから監督は、きげんが悪い日が多いそうだ。


 ―― みんなに悪いことしちゃったかなぁー… ――

 幼なじみや学校の友達も多いクラブだったので、少しさびしかった。

 恭司にあわせたメニューを組めるはずもなく、監督も納得したわけだ。

 ほかのみんなからヒイキだ、と思われてしまうことも、辛かったのだ。

 当然、両親と姉も承知していることである。

 一度、病院に行って診てもらったことがあるが、わかるはずもないことだった。


 ―― そうだ、病院! 西国さんが、怪我で野球ができなくなった。

    事故に巻き込まれたようで、今も入院しているんだ ――

 一度、恭司はお見舞いに行ったのだが、意識が戻っていなかった。

 恭司のライバルだった先輩が、もう野球ができないことに、

 恭司は残念で、悲しい思いをしたようだ。

 ―― またお見舞いに行こう ―― 

 恭司は思った。


… … … … …


 夏休みが明けた8月25日、2学期を迎えることになった。

 クラスのみんなは夜更かしの後遺症なのか、なんだかいつもより静かだった。

 恭司はいつもと変わらない。

 今日は夏休み明けの2日後、8月27日だ。

 嫌いな算数の答えをなんとか導き出したのが6時50分。

 いそいそとトイレに行った。


「キョウちゃん、宿題終わった?

 今日はお手洗いで寝ないでね」


 母親がいつものように恭司に声をかける。


「うん、気をつけるー」


 恭司が眠りにつく7時には必ず誰かがそばに来る。

 家族全員が恭司のベッドを囲んだ時はさすがに参ったようだ。

 とっても照れくさかったようだ。


 家族が心配するのは、どこで寝ているのか、わかったものではないからだ。

 下手をすると危険な場合もある。

 トイレでいきなり寝てしまうことも危険でだろう。


 昨日、恭司がトイレに入ったのが、6時58分だった。

 なんとか用をたしてパンツを上げたところまでは覚えている。

 右側の壁に身体を預けた状態で寝ていたそうだ。

 恭司も家族もいつものことなので大して気にしていない。


 ―― 少し急がないとっ! ――

 身なりを整えて手を洗って、ベッドに入ったら6時58分だった。

 勉強机の上段に大きなデジタル式の時計を置いてある。

 ひと目で時間がわかるようにと、

 姉がアルバイトをしたお金で買ってくれた。


 ―― お姉ちゃんは大好きだ、とってもやさしいからっ! ――


 恭司の姉は真衣という。

 恭司とは少しばかり年の離れた、16才の高校1年生だ。

 学校でも文武両道で、なかなかの美人。

 学校でもかなり人気があるそうだ。


 ―― 当然だよ、ぼくのお姉ちゃんだもんっ! ――


 ついに恭司が、眠りにつく時間になったようだ。



 恭司がこのような身体になったのは、3ヶ月前。

 大きい工場の近くの児童公園に友達と行った。

 遊んでいたら急に眠くなった。

 眼が覚めると、ガラス張りの、テレビとかでも見たことがないような部屋。


 そうしたら、ヘンな叔父さんが現れて…

 おじいさんなのに、

 「…じゃなぁーい」とか、へんな言葉を使ってた。


 気が付くと、家のベッドで寝ていたようだ。

 恭司は児童公園のベンチで寝ていたところを発見されたのだ。

 その日の夜、恭司がテレビを見ていたら、急に眠たくなったのか、

 意識がなくなったようだ。

 恭司は少女と出逢った。

 少女はいきなり恭司に飛びついてきたので、恭司は驚いたようだ。

 この少女は、アリサといった。

 実は恭司は、これから目覚める、と言っていい。


 ―― 今日はどこに行くんだろう… ――

 

 これからすぐに体験する世界のことだ。

 今いる世界とはまるで違う場所。

 今日はアリサが決める番だ。

 この世界も好きだけど、あっちの世界もおもしろい。

 恭司の家族はみんな、恭司の話を信じていた。

 恭司の魂は、別の世界と繋がっているのだと…



2.キョウジの第2の目覚め



 キョウジは目覚めた。

 いつも寝起きはいい方だ。

 いつも通りの場所、なにも変わらない。

 少しまぶしいくらいの陽射しだが、心地いい目覚めだ。

 みんなも起きているけれども、ベッドの上でごろごろして、

 夢うつつを楽しんでいる。

 キョウジよりも先に、ベッドを降りている子は誰もいない。

 いつもキョウジが一番だ。


 今ここには、キョウジを含めて8人いる。


 アリサ

 シンジ

 コウタロウ

 ユリア

 アリス

 ユリエ

 ユキヒロ


 男女4人ずつの8人だ。

 みんなはキョウジと一緒で、

 ふたつの世界を持っている仲間なのだ。


 そして、ここにはふたつの世界を持っていない人間は誰もいない。

 キョウジたち8人が眠りに着くと、この世界も眠りにつくようだ。

 キョウジは一度だけ変な夢を見た。

 ヌエモリゴンベエという、おじいさんのような人が、

 なにやら言っていた記憶がある。

 キョウジはその夢の内容を信じている。

 キョウジがみんなに話したら、みんなも同じ夢を見たと言った。

 だがキョウジは深くは考えなかった。

 そういうもんなんだ、と納得したようだ。


 今、キョウジたちがいる部屋は休憩室と呼んでいる。

 その理由は部屋の入り口に、学校の教室にあるような、部屋の名前を書いてあるプレートがあるからだ。

 そして、廊下などで寝てしまったとしても、必ずベッドの上で眼が覚める。


 キョウジたちが夜を過ごすのは、ほんの一握りの時間、いや、一瞬だ。

 こっちの世界も目覚めると朝、あっちの世界も目覚めると朝なのだ。

 朝起きて、疲れたとか起きられないとか体調が悪いことはほとんどなかった。


 この部屋にはベッドのほかに勉強机が置いてある。

 今は8人分だ。

 ちなみにベッドも8台ある。

 キョウジがこの世界に始めて来た時、ここにいたのはアリサだけだった。


 アリサはキョウジに気付くと抱きついてきた。

 7日間ほど、この世界にひとりぼっちだったそうだ。

 キョウジが最初に目覚めた時、キョウジはベッドの上にいた。

 アリサに聞くと、前の日に寝た時はなかったそうだ。


 勉強机も同じようにして増えていた。

 キョウジの次に来たシンジの時も一緒で、

 誰かがこの世界に来るとと、ベッドと机が増えるようになっているようだ。


 タンスなどはなくて、壁に収納するタイプのものだった。

 この部屋の廊下側の壁一面が収納庫のようになっている。

 今は8人なので、まだまだ空きはたくさんある。


「…うーん…」


 アリサが起き出すようだ。

 いつもなにか言ってから必ず起きあがる。

 キョウジが起きてから5分経った。

 いつもより早いとキョウジは思ったようだ。


 みんなの年齢はキョウジとほぼ同じで、10歳から12歳だった。

 あっちの世界のことも話したが、みんなの話しがよくわからなかった。

 キョウジはあっちの世界に戻った時に調べてみたけれど、

 みんなが言うような地名がなかった。

 みんなも調べたけれど、結果は同じだった。

 だれひとりとして、同じ世界から来た人はいなかったのだ。

 でも、子供たちはそんなことは気にもしなかった。

 みんながどんな世界から来ていても、一緒に生活するとわかっているので、なにも問題はなかったからだ。


 洋服などは、出入り口から窓に続く収納棚に入っている。

 これだけは、誰かが来ると増えるのではなくて、この引き出しから出すと増えるようになっていた。

 汚れた服などは、『使用済み洋服入れ』という、フタの付いたダストシューターのようなもの中に入れることになっている。

 靴や帽子や手袋もいっしょだ。


 しかし、お気に入りの服はダストボックスに入れずに、自分たちで洗濯をした。

 洗濯機のようなものもあるのだ。

 今着ているものはパジャマで、大体みんな毎日ダストボックスに入れている。


 勉強机には、ここ専用の勉強道具があった。

 学校の授業で使う教科書とよく似ている。

 中身はほとんど変わらないようだった。

 他の子達も同じように感じたそうだ。

 たった8人の共同生活だが、不自由することはなかった。

 この部屋には、これくらいしか置いていない。


 アリサが起き出すようだ。

 身体を起こす前に必ず眼をこする。


「アリサ、おはよう!」


「うーん、キョウジ? おはよう」


 アリサは一度身体を起こしたものの、また転がった。

 いつもはこれを2回か3回繰り返す。


 大きい部屋はあと、ふたつある。

 食堂と娯楽室だ。

 この世界では、ほとんどないのだが、雨の日がある。

 その時はあまり外には出ない。


 この娯楽室は広くて、学校の体育館の半分くらいはある。

 体育で使うような道具がたくさんあって、室内のスポーツはどんなことでもできる。


 食堂には、『受付』と書いてあるところに、ボタンがたくさん並んでいて、そのボタンの上に食べ物の名前が書いてある。

 みんなにも聞いてみたが、別の世界でも食べるものは、ほとんど同じようなものらしい。


 食器などは全てプラスチックのようなもので、落としても割れることはなかった。

 使った食器とかは、『返却口』と書いてあるところに入れると、吸い込まれていくようになっている。


 この食堂には、『調理室』という部屋もあって、自分たちで料理を作ることもできる。


 そしてもうひとつ、『図書館』もある。

 いろいろな本があるのだが、歴史の本だけは置いていない。


 具合が悪くなった時は、『保健室』と書いている部屋に行く。

 そこにドーム式の治癒カプセルあり、どんな痛みや傷もすぐに治す。

 アリサが風邪を引いた時、そのカプセルに入れると、すぐに治った。

 キョウジが転んでひざをすりむいた時も、同様だった。


 最後に『購買』という受付窓口がある。

 ここで自分の好きなものが買える。

 ここの世界にも、お金はある。

 ここで生活すると、自然にもらえるようになっている。

 みんなのお小遣いのようなものだ。


 この建物は、娯楽室の大きさの倍くらいある、白い箱のようなものだ。


 建物の外は、もうひとつの世界と同様、空もあり、川もあり、山もあり、森も池も海もはらっぱも空き地もあるが、住んでいる建物以外、ほかの建物はない。


 人間はキョウジたち8人だけなのだが、動くものがふたつある。

 『お世話ロボット』の『ユウマクン』と『アヤメサン』という、見た目は全く人と変わらないものだった。

 しかし、みんなユウマクンとアヤメサンを人間として扱っている。

 あちらの世界のオトナと全然変わらない。

 それどころかみんな、厳しいけどやさしいユウマクンとアヤメサンが大好きなようだ。


 今は、ユウマクンとアヤメサンは食堂にいるようだ。

 キョウジはテーブルなどを拭いていたり、床を掃除しているふたりを見たことがあった。


 ――ロボットなんだけど、結婚しているのかな?―― キョウジは思った。

 それは聞いたことがなかった。

 ――あのふたりなら結婚とかしていても、いいんじゃない?―― などと思っているようだ。


 この世界では、ユウマクンとアヤメサンが、子どもたちの親代わりのようなものだ。

 アヤメサンは照れ屋で、ほめるとすぐにモジモジする。

 ユウマクンのことを褒めてもアヤメサンはモジモジする。

 だから、――結婚してもいいんじゃなかな?―― などと思ったようだ。


 ついに、アリサが本格的に、起き出すようだ。



3.アリサの第2の目覚め



 アリサは目覚めた。

 起きたので、午前7時ということはわかってる。

 ―― でも眠い… もう少しこのままで… ――


「うーん」


 と、つい口から言葉が出た。


「アリサ、おはよう!」


 ――キョウジ君の声だ―― アリサはゆっくりと起き上がった。


「おはよう」


と、アリサはいったが、でもまだこのままでいたかったので、またベッドに転がった。 ―― キョウジはあきれているのかな? こんな私だったら、結婚してくれないかも。結婚したら、ちゃんとするからね。でも今は、このままゴロゴロしていたい… ――


 アリサは自分で自分のいいわけをした。

 何度かベッドの上に座ったり、また寝たりしていたが、寝るのが飽きてきたので、本格的に起きることにした。

 キョウジは、服を着がえているところだった。


「キョウジ、おはよう!」と、またあいさつしてしまった。


 キョウジは、別に気にすることなく、「おはよう、アリサ」 と言った。

 ―― やっぱりやさしいわ、キョウジ… ――

 アリサも着がえて、顔を洗いに行くことにした。

 ベッドを見ると、みんなはもう起きていて、洗面所に行っているみたいだった。


 キョウジは起きて先に洗面所に行ってから着替える。

 アリサも、ほかのみんなもそうしていた。

 着替えた服に歯磨き粉がついたり、濡れたりするからだ。

 

 キョウジに、「洗面所に行ってくるね!」と言った。


 アリサは、よだれの跡をくっきりと残して、満面の笑みで言って廊下を出た。

 洗面所に行くとみんな歯をみがいていた。


「みんな、おはよう!」と、言った。


みんなも、「おあよー」と、言った。


 アリサも歯を磨きだした。

 さっぱりといい気分になったので、部屋に戻ることにした。


 みんなも服を着替え始めた。

 ――今日は、どのお洋服にしようかな?――

 などと思いながら、かわいいワンピースがあったので、これに決めたようだ。

 みんな、アリサが着がえ終わるのを待ってくれている。

 急いで着がえて、みんなで食堂に行った。


 食堂には、ユウマさんとアヤメさんがいた。

 ふたりに、「おはよう!」と言ったら、「おはよう!」と返してくれた。

 ロボットだが、普通のオトナと何にも変わらない。

 普通のオトナよりも、アリサたちのことを大事に思ってくれている。

 ここに来て7日間さびしかったけど、ユウマさんとアヤメさんがいたのでなんとか過ごしていけた。

 アリサにとって、ふたりはこっちの世界の大恩人でもあった。


 ―― 今日は何にしようかな? ――

 キョウジは、和食定食にしたようだ。

 ―― 私もキョウジといっしょにしよ! ――

 と思い、和食定食のボタンを押した。

 すぐに、下にある扉が開いて、おいしそうな匂いのする和食定食が出てきた。

 両手でしっかりと持って、キョウジの隣に座った。

 みんなが座る席は決まっていたので、キョウジの隣はいつもアリサが座るのだ。


「アリサ、今日はどうする?」


 キョウジが言った。

 毎日交代で、今日の行動を決めることにしている。

 今日はアリサの番だった。


 今までアリサたちがお願いして作ってもらったものは、この家の隣にある、児童公園。 少し離れたところにある、ハイキング用の山。

 外で勉強ができるように、森の中の教室、そしてアスレチック。

 球技などができるように、グラウンド。

 道をアスファルトにしてもらったサイクリングロード。

 まだできていなが、海沿いに遊園地。

 そして、山と森と草原が広がる、ゲームみたいなダンジョン。


 ―― 遊園地って、どうなってるんだろ… ――

 

 アリサは、ユウマクンに聞いてみた。


「ユウマさん、遊園地はまだできてないの?」


「あと1週間くらいはかかるそうだよ」 ユウマクンは答えた。


 ―― そっかぁー、残念! でも楽しみだわっ! ――


「それじゃ、ダンジョンは?」 アリサはユウマクンに聞いた。


「あと10日ほどらしいよ」 ユウマクンは答えた。


「うん! ありがとう!」 アリサはユウマクンにお礼を言った。


 山などは、次の日にいきなり現れた。

 不思議に思うけど、ここではそんなものなんだと思った。


「それじゃ今日はハイキングに行こうよ! そのあと森の教室でお勉強会、これでいいかな?」


 アリサはみんなに聞いた。


「うん! さんせーい!」


「アヤメさん、お弁当作ってもらえないかなぁー」と、


少し申し訳なさそうな顔をしてアリさが聞いた。


「はーい、もちろん」と、アヤメサンは答えた。


 ―― アヤメさんの手料理も楽しみだわ。今食べている朝ごはんもおいしいけど、アヤメさんが作ってくれるご飯もおいしいっ! ――



4.こっちの世界のアリス



 今日もいい天気! 気っ持ちいい! わたしは、背伸びをした。

 みんなもわたしをまねるように背伸びをしている。


 わたしたちのリーダーは、キョウジ君とアリサなんだ。

 わたしたちはほとんど、ふたりについていくだけだった。


 でも、一日の行動は、毎日交代で順番に決めているんだ。

 やりたいことがあったら、8日に一度はできるの。

 だからだれも、わがままは言わないよ。

 だれも決め付けることはしない。

 こっちの世界のルールなんだ。


 アリサとキョウジ君が、先頭で歩いている。

 わたしとみんなも、ふたりについて歩いていった。

 山道に差しかかった。

 ここでは、男子の出番だよ。

 女子はなにも言わないのに、いつも手助けしてくれる。

 やさしいみんながわたしは大好き!


 見た目で好きなのは、やっぱりキョウジ君かな?

 話しをしやすいのはシンジ君、なぜか話がはずんでしまう。

 ほかのみんなも、きらいな人はいないな。

 今は、シンジ君がわたしの手を引いてくいる。

 もう慣れてしまったので、恥ずかしいことはない。

 それに、だれも照れたりしていないと思う。

 特に男子は、頼もしいと思う。

 あっ! 頂上が見えてきたわっ!


「みんな! もう少しだ! がんばろー!」


 キョウジ君が叫んだ。

 

 みんなが一斉に、「おー!」 と、応える。


「アリス、もう少しだ!」シンジが元気付けてくれる。


「うん! がんばるね!」


 シンジの言葉で、私はもっとがんばれる。

 そして、やっとのことで頂上の展望台についた。

 みんなで一番大きい屋根のあるベンチに座った。

 風が最高! 気持ちいー!

 みんなは、なにもしゃべらない。

 わたしと一緒で、風を感じているみたいだ。



5.こっちの世界のシンジ



 さあ! ごはんだ!

 みんなを見ると、ボクと一緒でお昼ゴハンを待ちわびている。


 アヤメさんが、「さあみんな、これで手をふいてね」と、

 おしぼりを手渡してくれる。

 やさしいアヤメさんが大好きだ。

 みんなもそう思っているはずだ。


 今日のお昼はサンドイッチだ。

 どれもこれもおいしそうだ。

 たまごサンドを取ろうとしたら、ユリアと手がぶつかってしまった。


「あ、ユリア、ごめんね」


 シンジはすぐに手を引っ込めた。


「シンジ君ごめん、ありがとう」


 ボクがたまごサンドをゆずったから、ユリアはお礼を言ってくれた。

 あっちの世界の友達だったら、『ひゅーひゅー、あついねぇー』とか言ってからかわれるんだけど、今ここにいるみんなはそんなことは言わない。

 みんなニコニコして見ているだけだ。

 冷やかそうとか考えたりもしていないと思う。

 ボクはみんなが大好きだ。


「ここまでのごほうびは、45コインよ、大事に使ってね」と、アヤメさんが言った


 楽しいのにごほうびがもらえるのでうれしい。

 でも、このコインがないと、欲しいものが買えない。

 大事に使わないとね。

 コインは、直接もらえるものじゃなくて、購買に行って手をかざすだけで、今持っているコインの数がわかるようになっている。

 そのコインで買い物をする。

 別に欲しいものがなかったら、買う必要もない。

 だから、貯めておけばいいだけだ。

 おもちゃやゲームとかもあるけど、みんなと何かをしている方が楽しいので、ほとんど買うことはしない。

 文房具とかは、初めに一式もらったけど、鉛筆や消しゴムとかがなくなったら、自分のコインで買うことになっている。

 小さいものだったら、どんなものでも1コインくらいなので、なくなっても必要なものは、すぐに買えた。


「そろそろ森の教室に移動するけど、みんなトイレは大丈夫か?」と、ユウマさんが言った。


「大丈夫でーす!」ボクたちは一斉に答えた。


「よし! それじゃ、しゅっぱーつ!」


 ユウマさんがみんなを元気付けるように言った。

 ユウマさんもアヤメさんも大好きだ。

 ユウマさんは、みんなに一斉に話す時は頼りになるお兄さんみたいだけど、ふたりで話す時はとってもやさしい。

 みんなには必要な人だ。


 危ないので、男子は女子の先頭に立って、ゆっくりと坂を下りていったんだ。



6.BPC超未来研究所



 BPCのCEOである鵺森権兵衛は、超未来研究所の視察にきた。

 何日か前に、傘浜市役所の地下にある『不老不死研究所』の試験体が逃走する事件があった。


 詳しい内容は届いていて、対応策も打っている。

 ここを含めて数ヶ所ある、孤立した研究所のチェックをするために今日は来ている。

 孤立したというのは、外部からの通信など物理的な接続は全くない、と言う意味である。


 不便なように思えるが、機密漏えいを防ぐためにはこの方法しかなかった。

 もし内部でなんらかの事故などが発生した場合、内部だけの処理班がその対応にあたることになる。

 外部への連絡方法は、施設外のオフィスから行うことが原則となる。


 ここ、近未来研究所の所長は、犀川という。

 主にタイムトラベルやパラレルワールドの研究に従事している。

 タイムトラベルについては、パラレルワールドの解明が済んだ後に行われるようだ。


 このふたつには、根本的に繋がっている事例がある。

 タイムトラベルから研究していたが、ある壁にぶつかってしまった。

 それを乗り越えるための鍵が、パラレルワールドにあるようだった。

 すでに、8事例のパラレルワールドの探索に成功し、それぞれのパラレルワールドから選抜された子供たちを使い、共同生活をさせている。

 しかし、連れ去るのは忍びないので、不老不死研究所で開発した、ソウル自動転送装置を使い、子供たちの魂を別の肉体に決められた一定時間、送りこむように設定されている。

 実はこの装置、犀川にもまるっきり不明の代物である。

 だが鵺森が創りだしたことはわかっている。


「時間は、半々でいいんじゃなぁーい」

 という、鵺森の言葉に従い、午前7時から午後7時までは元の世界、午後7時から午前7時までは別の世界を行き来するようになっている。

 ここまで出来てはいるものの、まだタイムとラベル、タイムワープの手がかりは見つかっていない。

 しかし、研究する材料としては、一番適当であると鵺森が判断した。


「子供たち、元気にしてるぅー?」


 鵺森は、年齢の割りには変な言葉をよく使う。


「はい、なにも問題はありません」


 鵺森の甥、佐伯祐馬にそっくりの人物がモニターの中にいる。

 もちろん本人ではない。

 そして、魂もこっちだけにある。

 今モニターにいる佐伯祐馬は、クローンである。

 そして、子供たちのあっちの世界の身体もクローンである。

 子供たちの魂のみを取り出し、転送を繰り返しているのだ。


「ところでぇー、遊園地とダンジョン? ちゃんとできるのぉ?」


 鵺森は犀川に聞いた。


「はい、予定よりも早めに完成予定です」


 犀川は最敬礼で、鵺森に言った。


「子供たちがぁー楽しみにしているんだからぁー、いいものを作ってあげてねぇー」


「はい! 承知いたしました!」


 深々と鵺森に頭を下げた。


「それじゃぁー事故のないようにぃー、きちんとやってねぇー」


「はいっ! かしこまりましたっ!」


 犀川は、最敬礼をして鵺森を見送った。

 鵺森は、相変わらずの変なしゃべり言葉を残し、研究所を去った。


 そして、この研究所では、大きな事故が起こることはない。

 ファンタジーには、殺伐とした設定は必要ない! という創造した者の考えがあるからだ。

 ワクワクは、超科学研究所で作られた、パラレルワールド内でのみ、体験するべきものなのである。


『ワクワク、ドキドキは外で起こるんじゃない、パラダイスで起こるんだ!』


 どこかで聞いたことがあるようなセリフだ。



7.こっちの世界のユリア



 ああ! 毎日が楽しい! ずっとこっちの世界でもいいよ!

 わたし、あっちの世界では軽いイジメにあっているんだ。

 みんな、何が気に入らないのか、よくわからない。

 でも、こっちの世界で、思いっきり遊べば、耐えられるからいいもん!


 男の子はとっても頼りになるし、女の子はみんなやさしくて、寝る時間が惜しくなるほど、ずっと話していたくなる。

 そんなみんなが大好きだ。

 それに、ユウマさんとアヤメさんも優しいけど厳しくて、本当のお兄ちゃんとお姉さんだったら、とってもうれしいと思う。


 今は下り道、とってもいい気分!

 言ってないけど、わたし、コウタロウ君が大好きなんだ!

 チカラが強くて、でも乱暴じゃなくて、ユリアさんが昔の言い方で『ガキダイショウ』っていってたかな?

 強いんだけど弱いものイジメはしない、仲間のために戦う。

 そういうコウタロウ君が好き。

 今は、私の前を歩いてくれている。

 

―― あっ! ――


「キャ!」 ―― 転んじゃうっ!! ――


 すぐにコウタロウ君がかばってくれたので、少しお尻を軽く打っただけで済んだわっ!


「コウタロウ君、ありがとう」


「大丈夫か?」


「うん! 大丈夫!」


「そうか」


 でも気になったみたいで、わたしの横について手を繋いでくれてる。

―― キャーキャーキャー! わたし、ドキドキしちゃうっ!! ――

 コウタロウ君は、必要なことしかしゃべらないけど、そういうのも、『ガキダイショウ』らしいんだ。

 ずっとこの時間が続けばいいのに…

 もうすぐ森の教室だ!


「あと少し、がんばろう!」


「うん!」


 コウタロウ君の声が、とっても嬉しかった。



8.こっちの世界のコウタロウ


 ボクは、ユリアのことが大好きだ!

 おとなしくって、ボクがいったことを無視なんてしないし、守ってあげたいという気持ちだ一杯だ。

 でもうまく話が出来ないし、なにを話したらいいかわからない。

 こうやって手をつないでたら、うれしそうにしてくれるので、ボクのことは嫌いじゃないと思ってる。


 ボクは、あっちの世界は、あまり好きじゃない。

 家に帰っても誰もいないし、進学校に入れられちゃったから友達もできない。

 みんなとこうやって毎日身体を動かして、楽しい12時間を過ごしてる。

―― こっちの方が、ぜんぜんいいよっ! ――

 あ、そろそろ、森の教室だ。


「ユリア、足、大丈夫か?」


「うん、なんともないよ」


 ずっと手をにぎってたら嫌われるかもしれない、そっと放そうとしたら、ギュとにぎられちゃった。

―― まあ、いっか! このままで ――

 ユリアは、なんか赤くなってる。


「ユリア、顔、赤いけど具合、悪いのか?」


「全然全然、大丈夫っ!」


「そうか、つらかったらすぐに言えよ」


「うん、そうする!」


 なんともなくてよかった。

 ここまで歩いてきて気が付いたけど、みんな男子と女子が手をつないでる。

 ユウマさんとアヤメさんも…

 みんな、マネ、したのかな?


「よし! 到着! 少し休憩したら、勉強、始めるぞ!」


「はーい!」


「返事は、『はい!』だ!」


「はい!」


 ユウマさんはこういうところは厳しいけど、でも、ボクたちのきびしい先生みたいで、優しいお兄さんみたいだから大好きだ!


「今日は国語と算数をやるぞ! 教師はアヤメ先生だ!」


 アヤメさんは眼が悪いのか、勉強の時だけはなぜかメガネをする。

 ロボットなのにメガネがいるのかな?

 でも、教育ママみたいで、なんだかおかしい。

 

 ユキヒロが、「はい、ジュース」といって持ってきてくれた。


「ありがとう!」


 ボクがいうと、にこっと、笑顔で返してくれた。

 ユキヒロは4人の男子の中では、ううん、8人の男子と女子の中で、一番の世話好きかもしれない。


 男子も、娯楽室の自由時間だったら大暴れするけど、ケンカにはならない。

 とってもいいライバルだと思ってる。

 気が付くと、ユリアがこっちを見てる。

 ボクは気になった。


「なに?」


「うっ! ううん、なんでもないよ!」


 といって、アヤメさんみたいに、モジモジしてる。


 やっぱり、ボク、ユリアが大好きなんだなぁ~! あー! ジュース、うまいっ!



9.こっちの世界のユキヒロ



 ジュース、みんなに行きわたったかな?

 ふう、ボクも飲もう!

 今日もいい天気だ!

 やっぱり外が最高だあーっ!

 みんなといつも一緒に、遊んだり、勉強したり、ご飯食べたり、いつも楽しいんだ!


 あっちの世界だったらボクのことを『ウザい』とかいうけど、こっちのみんなは、『ありがとう!』って、いってくれる。

 あまりでしゃばるのはよくないけど、少しくらいだったらいいじゃん!

 そんなにしつこくしてないもん!


 それにしても、ユリエちゃん、かわいいなぁ~

 ボクのこと、どう思ってるんだろ?

 さっき、手をつないだときは普通だったけど、なんだかいつもそっけない。

 嫌われてるのかなぁ~

 とか考えてたら、ユリエちゃんがいきなり、ボクに顔を寄せたんだ。


「ユキヒロ、このジュースと代えて」


「これ、飲みかけだよ」


「いいの!」


 う~ん、嫌われてはいないように思うけどなぁ~

 兄ちゃんが言ってたな。

 いつもはツンツンしてるけど、好きな人とかにはあまえるような人。

 なんだったかな。

 『ツンスキ?』『ツンアマ?』なんか違う。

 あとで、ユウマさんにでも聞いてみようかな?

 知ってるかなぁ~?


「それじゃ、授業、始めるわよっ!」


 教育ママのアヤメさんの登場だ!

 厳しいけど、「ユウマさん、助けて!」というとモジモジするので助かるよ。


「国語の教科書、開いてね。58ページだよ」


ボクは真剣に、アヤメさんの指し棒に注目した。



10.こっちの世界のユリエ


 ユキヒロは何であんなに鈍いのかしら!

 プンプンッ!!

 飲みかけのジュースを取り替えたら、間接キッス、とか思ってよね!

 まったくもうっ!


 ユキヒロはここにいる8人の中で一番、『シャコウセイ』があると思う。

 とってもみんなに気を使ってくれている。

 でも、自分のことは二の次なのが、タマにキズだよ!

 何もしてない時は、ぼーっとしちゃって…

 でも、いつもそばにいてくれるから、それだけでもいいんだけど…

 いつの間にかアヤメさんみたいにモジモジしてたわ。

 気をつけなきゃ…


「ユリエさん、59ページの先頭から読んで」


 いっけない!

 ページをめくって、59ページ、はぁー、驚いちゃった。平常心、平常心。


… … …


 ……なんとか、読み切ったわ!


「はい、いいわよ。続けてキョウジ君読んで」


 ユキヒロに、うちから告白とかしてもいいかしら?

 でも、ユキヒロが好きな人がいたりしたら。

 ユキヒロを好きな子もいるかもしれないし。

 今はほとんど相手は決まってるように見えるけど、実は違うかもしれないし。

 気まずくなったら、ここで過ごす時間が嫌になっちゃうかもしれない。

 自分勝手に考えちゃいけないと思うの。

 それに、好きな人とだけずっと一緒にいたら、よくないように思うの。

 となりにいつもいてくれるのならそれでいいじゃん!

 うんうん!

 それでいいんだよ!


 またジュース取り替えて、こっそりと楽しんだらいいだけなんだから。

 いつも起き出すのは、ユキヒロよりうちのが早いから、チューとかしてもいいかも!  きゃ―きゃ―きゃ――!


~ ~ ~ ~ ~


 いろいろと、アブナイ考えを持つ子はいるけど、基本、みんなはいい子である。

 やっぱり、人間関係は信頼が一番だよねっ!


 8人の子供たちのちょっとした自己紹介はできたので、遊園地編とお待ちかねのダンジョン編にお話を進めてみようっ!


 ダンジョンを創造している間に、ほかのお話も考えなきゃね!

 この世界は果てしなくどんどん広がっていく。

 子供たちの考え出したことが現実になる、そういった世界なのです。



11.BPC超伝導科学研究所



 またまた、鵺森権兵衛ぬえもりごんべえの登場である。(爆

 そうしないと、このお話の根本的な説明にならないからなのである(汗

 別に創造者は、鵺森権兵衛が好きなわけではない。(フフフ…

 ナイスキャラではあるが…(ウーム…

 まぁ、このお話を含めて、

 必ず鵺森が根本的原因なのだから仕方のないことなのである。(笑

 こういう注釈も、ファンタジー小説だからこそできる演出なのかもしれない。(爆

 それでは彼に登場していただこうか!(ペコ


 鵺森は、超伝導科学研究所の視察に来ている。

 傘浜市役所地下にある、「不老不死研究所」で起こった事故を真摯に受け止め、全国行脚の世直し旅に出ているのであった。


 ここ、超伝導科学研究その所長は、内海という。

 この研究所の名前からして、専門知識のないものには立派に聞こえるかもしれないが、専門知識のあるものは、別に普通のネーミングである。


「ねぇー内海くーん、超未来から依頼を受けてたあれ、ちゃんとできたのぉー」


 内海は太っている。そして緊張しいである。

 なので、いつもハンカチを手に持っている。

 今も汗をフキフキ鵺森の質問に答えてる。


「はい! 完璧に仕上がりましたでごさいます」


「きみぃー、話し方、ヘンだよぉー」


 鵺森の方がヘンだと思うが、内海は緊張しているので気になったりはしなかった。


「は! 申し訳ごさいませんでござる!」


「まぁー、いいんだけどぉー…」


 ここでは、現在の科学技術の粋を集めて圧縮させ、ビッグバンを起こしたような、数ある研究所の中でも一番重要な場所である。

 それぞれの研究所の機材などは、ここで作られている。

 施設も、どの研究所よりも膨大で、傘浜ショッピングタウン100個分ほどの広さがある。

 傘浜ショッピングタウンの大きさが理解できない諸君には、大きさは伝わらないが…

 なにしろ、大きいのである。


「瞬間転移装置ぃ、だったっけぇー、あの、『ドコデモどあ』みたいなぁ?」


「はい、超未来研究所で開発したものをフィードバックして、こちらの技術に組み込みました」


 内海は、そろそろ落着いてきた様である。


「でもそれだけでいいのぉー、空を飛べちゃうとかもできるんでしょぉー」


「はい、もちろんです。

 簡易無重力装置と非熱推進装置を組み合わせ、自在に空を飛ぶことができます」


「でもそういうのってぇ、故障とかしたりしないのぉー?」


「当然セーフティーは万全です。

 もし故障した場合は、0.1秒で場所を検知し、瞬間転移装置を用い、瞬間的に対象物を転移させます」


「なるほどねぇー、セーフティーはそれだけぇー?」


「エアバッグシステムを装備の内部に組み込んであります。

 もし危険が伴う場合は即検知し、エアバッグが開くようになっています。

 50メートルほどの高度から落下しても、身体に傷ひとつつきません」


「うんうん、いいねぇー、それでこそだよねぇー…

 大切な子供たちに傷を付けないことだけ、考えて作ってねぇー」


「はい! 承知いたしました!」


「ほかにぃ、何かおもしろいことってないのぉー」


「現れるモンスターは基本、さわれないようになっています。

 ごく普通のホログラムです。

 ただ、戦っている本人にとっては、臨場感あふれるものになるでしょう。

 ここで必要なアイテムとして、彼らの乗り物が必要だと思いました。

 そして、このホログラムに触れることができるモノを開発いたしました」


「実際にさわれちゃうんだぁー、それはすごいねぇー!」


「はい! ありがとうございます!」


 内海は、小さな箱を取り出した。

 そしてふたを開けると、トラが出てきた。

 10センチほどの小さなトラである。

 見た目にはホログラムとは思えない、見事に小さなトラだった。


「CEO、触っていただけますか?」


「噛まないのぉー?」


「はい、大丈夫です!」


 実際に、内海が触ってみると、トラは気持ちよさそうな顔をした。


「おおぉー、かわいいねぇー!」


 そして、鵺森がさわると、急にお座りをして、一声、「にゃーん」と吼えた。

 確かに手触りは、毛があるように感じるようだ。

 軽く押してやると、存在感があるように見て取れる。

 手に乗せて移動しても、消えることはなかった。

 瞬間転移装置を応用し、常に転送し続けるようにしたとのことである。

 鵺森の眼が光った!


「これぇー、持って帰っていいぃー?」


 内海は困った。

 ここのものを持ち出すのはどうかと思い、鵺森に伝えた。

 しかし…。


「この研究所、閉鎖するぞっ!!」


 鵺森はいきなり年相応に豹変し激怒した。

 内海はまた汗が噴出したようだ。


 鵺森は上機嫌で、「トラ」が入った箱を小脇にかかえ、スキップを踏んで帰っていった。


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