第52話 ビッグ3

 たてがみを刈り上げ丸坊主となった獅子族の長、ベンが広間の中央でひたすら頭を下げていた。誇り高き獅子族の男にとって鬣を刈り上げるというのは何よりの恥辱であるらしい。それを謝罪の誠意と言う形で示していた。

 そのベンを取り囲むのは三人の女、オオスズメバチの女王イザベラ、クロアリの女王シルフ、そして赤アリの女王であるソフィアである。それぞれが俺よりも頭一つ大きな2m近くある巨体。しかもみな、鎧姿である。


「議長、どのような決断を下されるのか、わたくし、非常に興味がありますの。ゼフィロスはわたくしの娘婿。それをエルフに差し出した、当然その罪に見合う罰を下されるのですよね?」


「当然だろう? イザベラ。ゼフィロスは我が赤アリの大佐、いわば族長と言っても過言ではない。生ぬるい判断は私が認めん」


「二人とも熱くなるんじゃないよ、とはいえお父ちゃん、コイツらがしたことは評議会全体への裏切りだよ? 娘のあたしが言うまでもなく、お父ちゃんは判っちゃいるとは思うけど」


 そしてその後ろにはヴァレリア、メルフィ、セリカと言うそれぞれの娘たちが人殺しの顔で控えていた。

 その正面、小さく縮こまるのは俺と議長であるカルロス。何しろ相手はこの地域におけるビッグ3。三人が三人とも驚異的な戦闘力を持ち合わせている。そう、インセクト最強、そう名乗って見たもののそれは完全に錯覚、それを悟らせる迫力が三人にはあった。


「ほら、カルロス、ちゃんと言わないと。何しろ議長閣下なんだから」


 そう耳元で囁くとカルロスは表情をフードで隠したまま俺の太腿をサイボーグ化した手でつねった。


「痛えな! 何すんだよ!」


「あんちゃんが場を納めるべきだろ! ベンたちはやむを得ない状態だった、そう言ったのはあんちゃんじゃないか!」


「そうだよ! あんた、あの時納得して!」


 そうベンが口を挟んだ時、ビッグ3は「あ?」と一声発し、べンを黙らせた。


「貴様に発言権はない。今話し合っているのは貴様の殺し方。一族丸ごと殺すのか、それとも主だったものを見せしめにするか、議長閣下、そうだろう?」


「そうですわね、ソフィアの言う通り、誰をどう殺すか、問題はそこ。わたくしは皆殺しにすべきだと思います」


「うっとおしいね、あんたたちは! 今お父ちゃん、いや、議長閣下が言ってただろ? ベンたちにだってやむを得ない事情があったって。それを鑑みて何人殺すか、そう言う話じゃないか」


 結果はどれもデストロイ。後ろに控えるヴァレリアたちは武器をその手に作り出し、それでかつかつと床を苛立たし気に鳴らした。


「ほら、議長閣下、何とかしろよ! 母ちゃんはアンタの娘なんだろ!」


「あんちゃん! そんな理屈が通るならとっくに!」


 こっちはこっちで俺とカルロスでつかみ合い。ベンはばっちゃばっちゃと目を泳がせていた。


「そもそもイザベラ、あんたがゼフィロスを甘やかすからこんなことになるんだろ! だらしない顔で蜜を吸われて、あろうことか子まで。アンタは母親失格だよ!あの子はあたしの子、いいね?」


「…何を言っているの? ゼフィロスはわたくしの子。愛しい我が子と結ばれる、それは当然ではなくて? ああ、そう言う事、うふふ、あなたはいささか魅力に欠けますものね。あの子のお相手は務まらなかった、そう言う事ね」


「ふっ、下種どもが。大佐殿は私が居ればそれでいい。そう言ってくれた」


「はっ?」


「はっ?」


「は?」


 次の瞬間、ベンの頭の上でビッグ3はガシャンっと兜をぶつけ合う。空気の割れる音、そしてその衝撃が俺たちの肌をビリビリと震わせた。「ひぃぃ!」と頭を抱え、べンは爆心地からの脱出を図った。


「ちょっと! どうなってんだよ! ゼフィロス、あんた、あの時言っただろ!」


「うっせーな! それどころじゃねえんだよ! カルロス、早く止めろって言ってんだろ!」


「あんちゃんが止めろよ! 私はね、パーツが劣化して、あんなのに巻きこまれたら死んじゃうの!」


「議長閣下もそう言うこと言ってる場合じゃないでしょうが! 俺、このままじゃ!」


「「うっさい!」」


 俺とカルロスは同時にベンを殴りつけた。


「もう、お母さん?」


「口を挟むんじゃないよ! このバカ娘!」


 仲裁に入ろうとしたメルフィはシルフの裏拳を受け、壁まで吹っ飛び気絶。それを見た俺たちは掴み合ったまま「「えっ?」」と顔を見合わせた。あのメルフィが、丈夫さだけが取り柄のメルフィが一撃。ジュリアやヴァレリアは過去の経験に学んでいいるらしく、一切口を挟まない。赤アリのセリカは安全な位置に避難していた。もちろんキイロスズメバチ、アシナガバチ、そして同行してきた狼族もすでに避難完了である。


「いいかい、あんた達。あの子は肉親を切り捨ててまであたしたちに同化してくれた。だったらその代わりを用意するのは当然だろ? あの子には妻がいる。必要なのは母親さ、イザベラ、アンタは色に溺れてあの子と繋がっちまった、だから母としてあの子を叱ってやれずに甘やかして! あたしはね、その事をいつか言ってやろうとずっと思ってたんだ!」


「何をおっしゃいますの? わたくしは母の務めはしかと。その上で女としてぬくもりを与えてもいるの。わたくしの愛、そして我が娘、わたくしたちオオスズメバチがいたからこそあの子は私たちに同化してくれた。後から出てきて母親づら? お笑い種ですね」


「ふっ、順番など関係ない。母親が必要ならば私がママとなる。つまり貴様らは不要、そう言う事だ」


「自分の欲も抑えられないだらしない女が良く言う! あの子の母ちゃんはあたし!あんたらは蜜を吸われてよがってるだけの淫乱女さ!」


「聞きましたソフィア? これだから働く事しか能のない女は。シルフ、はっきり言ったら? あなたは、ゼフィロスに、求められるだけの魅力がなかった。それが判っているから母、そう言う立場に逃げ込んだと」


「まあ、面白みのない女だからな、シルフは。ババくさいし」


「あ? あんた達とはどうやら話が通じないようだね。ちなみにあたしはあの子をずっと抱っこして、おっぱいだって吸わせてる。あの子もさ、大人のくせに甘えっぱなしで。こっちもついついその気になっちまいそうだけど、色香に迷っちゃ母親は務まらないからね」


「あら、わたくしなどいつも朝まで、寝かせてくれないほどに求められて。あの子ったら娘の前でもわたくしを」


「ふふ、知らぬとは罪深き事だ。あの子は私の作った食事が気に入っていてな。なんでもかんでも私が世話をしてやらねば納得せぬのだ。当然ベッドの事も」


「「「……」」」


 一瞬の空隙のあと、ガン、ガンっと音がして三人は無言で殴り合い。空気のはじける音、そして衝撃波、「ひぃぃ!」っと俺とカルロス、そしてベンは抱き合いながら机の下に身を隠した。


『ちょっといい加減にしなさいよ!』


「眷属の分際で口を挟まないでくださる?」


 そのイザベラの言い草にカッチーンと来たのかジュウちゃんはヴァレリアたちを煽り始めた。


『ヴァレリア、あんた妻なんでしょ? あんなババア共に舐められてんじゃないわよ! ジュリア、あんたもよ!』


「…ふむ、そうだな。お母様とは言え聞き捨てならぬ。アリの二人は容赦する必要を認めない」


「そういうこった、姉貴、行くぞ!」


『メルフィ! 寝てる場合じゃないのよ! あんただけ出遅れていいの?』


「ええわけないやろ! くそババアども、ウチが全員しばいたるわ!」


 メルフィは鎧を装着、その複眼は赤く光っていた。


『ほら、セリカ、アンタも行きなさいよ!』


「無理、無理です!」


『無理もヘチマもないのよ! 早く! 殺すわよ!』


「あ、あああ、うわぁぁ! 逃げちゃダメ、逃げちゃダメなのよ!」



――だが、現実は非情である。十数秒の後にはヴァレリアは壁に頭を埋めて気絶。ジュリアの鎧は砕け、壁に頭を打ち付けた格好で停止。メルフィは天井を突き破りぶら下がり、セリカは鼻血をたらして倒れていた。


『なによ! あたしは譲らないわよ! あたしはこの人の眷属なんだから!』


 そう匂いを発しながらジュウちゃんは俺の背中に隠れていた。


「ふふ、わたくしたちは争っている場合ではないようですね」


「そうね、ウチのせがれにはあんな立派な眷属が」


「そうだな、眷属と志を共に出来ねば我らインセクトは成り立たぬ」


「あたしたちの子には立派な眷属がついてる。だったらあたしたちは母親としての務めを。お父ちゃん、獅子族の事はそっちで判断を」


「そうですわね。そのような下らぬ事に関わっている暇はありませんもの」


「ふふ、大佐、これからは私のことはママと呼ぶがいい」


 ビッグ3に引きずられ俺は別室に。そこでシルフを母ちゃんと呼び、イザベラをお母さんと、そしてソフィアをママと呼びながら三人の蜜を吸わせてもらった。


「いいかい、ゼフィロス。アンタには母ちゃんたちが居る。何を失っても必ず埋め合わせをして見せるよ」


「そうですわね、お母さんはいつでもあなたのもの。辛いときは抱きかかえて差し上げますし、寂しい時は私に甘えていいの」


「ゼフィロス、あなたにはママがいる。だけどママも寂しい。だからいっぱい甘えてくれなきゃダメよ?」


 そう言いながら交代で俺を抱っこしておっぱいや蜜を吸わせてくれた。


 それはそれとして、獅子族の処分は評議会議長、カルロスの名において、評議会における席次を末席、そうすることで片をつけた。キイロスズメバチ、スセリのコロニーからほど近いこの城を空にすればクマなどの強靭な野生生物たちの住処となりかねない。そうなればそれを狩るのも一苦労。そう言う判断もあってのことだ。


 そして蜂族男子チームによるエルフの尋問も終了する。アシュリーはエルフの町や機甲兵の数、そう言う事を洗いざらい吐いたという。高貴な身分、そう言う矜持より初めて体験する責め苦に音を上げたらしい。勇者グランはアシュリーの尋問役に奴隷のレナを用いたという。このあたりは流石である。



 そして翌日、天気のいい日だった。全てを供述し、用済みとなったエルフたちの処刑、その処刑役に選ばれたのは俺だった。


「ゼフィロス、無理をする必要はない。辛ければ私が」


「何言ってんだよ姉貴、ここはゼフィロスがやるべきところだ。だろ? メルフィ」


「ええ、あなたの覚悟は存じています。わたくしたちを選んでくれたことも。だからこそ、皆にそれを示すべき」


「ジュリア! メルフィ! 何を言ってる! ゼフィロスに、自分の夫にこれ以上負担を! 彼は私たちを選んでくれた、それで十分! なにもこのような事で証明せずとも!」


『ダメよヴァレリア。これはいい機会なの。ベンたち獅子族、それに狼族、ミュータントたちはエルフとも馴染めてしまう。だけどあたしたちは絶対に無理。…そしてゼフィロス、あんたが自身の手であたしたちの同族、インセクトであることを示すべきなのよ。エルフはあたしたちにとっては不倶戴天。存在するだけで害になる。あんたにとってもそうだという事を示しなさい! あたしの主、そして蜂族の王、それは見た目だけじゃない、そう言う事を!』


「…ジュウ、お前の言い分はわかる。だが、」


「良いんだヴァレリア。いつかこういう日が、そして俺はこうなった事に一片の悔いもない。全てこれで良かった。こうなるべきだった。お前と出会ったあの日からこうなることが決まっていた」


「だが! それではあまりにも!」


「姉貴、何べんも言わせんな。ゼフィロスはそれでいい。あたしたちの家族なんだ。ゼフィロスの家族はこの世であたしたちだけ。アイリスなんてのはもう、遺伝子的にも同族ですらねえ。それでも過去に苦しむ事があればそれを埋めんのはあたしらの務めだ。妻としてのな」


「…ジュリア」


 ともかくこういう事は残酷に、そう言うジュウちゃんの主張で処刑方法が決定する。この城に飼われていたハムスター、数日エサも与えられず腹をすかせたその集団の中にエルフたちを落しこむ。


「う、嘘ですよね、私、ちゃんと協力したじゃないですか! やだ、死にたくない!」


 そう言うレナを突き落とす。表情は見せたくないので鎧をまとった。


「きゃああ! 来ないで! 嫌ぁぁ! 痛い! ぎゃあああ!」


 レナの断末魔がこだまする。それを見た他のエルフたちはガタガタと震えた。俺の見せたくなかった貌、それは害虫を始末出来た薄ら笑い。エルフたちはそうされるだけのいわれはあった。そう、これは正しいこと、こみ上げる笑いを抑えながら次の男を突き落とす。


 三人の女王、その娘たち、眷属のジュウちゃんやアイちゃん、キイロスズメバチやアシナガバチ、そして獅子族のベンやレイチェル、狼族のジュロスやそのせがれのゼル、そして蜂の男たち。みんなが見守る中、俺は次々とエルフをハムスターの群れの中に落としていく。インセクトはそれを愉快そうに見ていたがミュータントは何ともいえない顔をしていた。


「ゼフィロス様、あなたは本当に魔王となられてしまったのですか! 私に咎があるならいくらでも罰をお受けします! ですが、あなたの為に全てを、すべてを捧げたアイリス様のお気持ち、それだけは!」


 後ろ手に縛られたアシュリーは俺に縋りつくようにそう言った。だが、アイリスの名を聞いても心は揺るがない。アイリスの招いた結果、それは許してはならぬ事。自らは変わらず相手だけを、周りを自分の都合のいいように変えていく。人類、ヒトである俺たちがたどった滅亡への道、それをアイリスは再び。


「お前がどう思うかは知らない。だけどお前は俺に殺されるだけのことをした」


「あれは! あれはあなたが! 私は司祭として職務に、アイリス様の意思を果たしただけ!」


「それで俺を処刑した訳だ。だから今度は俺の番。当然だろ?」


「なぜ、何故わかってくださらない!」


「おとなしく俺が殺される、それを受け入れ理解しろと?」


「…すべては、あなたが招いた災厄。私を受け入れてさえくだされば!」


「話にならないね。ジュウちゃん、コイツを空からぶら下げて。すぐに死なないように足から」


『いいわね、コイツはそれだけのことをした。あなたを殺そうとしたんだもの』


 ジュウちゃんに吊るされたアシュリーはハムスターに足から食われ、長い苦しみの声のあとで息絶えた。


「ゼフィロス! もういい! 全ては終わったんだ!」


 そう言ってヴァレリアは俺を抱きしめる。その感触を味わいたくて鎧を解くと、ガクッと力が抜け、ヴァレリアに体を預けた。


「ゼフィロスの妻として宣言する。夫はその責を果たした! これより夫に疑いを持つ者があればそれが誰であろうと私は許さない!」


 三人の女王を前にして、ヴァレリアは涙ながらにそう言った。


「…当然ですわね。お見事な覚悟、母として見届けました。十分に」


「ああ、母ちゃんはあんたのやった事、あたしたちを選んでくれたことを生涯忘れない。こいつを忘れ、あんたを疑う奴はあたしの敵さ」


「ママは嬉しい。あなたは誰よりも大切な人。…同志たちよ、我らが大佐殿に敬礼!」


 それぞれの種族、その礼式にのっとった敬礼を受けながらヴァレリアは俺を抱えて歩いて行った。



「あっ! だめだ、そんなに、…強く吸っては! あ、んんっ!」


 鎧を解くとものすごく消耗する。栄養補給には蜜が一番だもんね。


「あんっ! らめぇ、らめなのぉ! そこペロペロらめぇ!」


 ヴァレリアの次はメルフィ。そして最後はジュリアである。


「んっ! バカ、そんなに強く吸われたら、アタシ、んあああっ!」


 栄養補給、生き物としては一番大切な事。くどいようだが性描写などしていない。


 その夜はヴァレリアの柔らかい胸に抱かれて眠りについた。

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