第50話 家族と責任

 翌朝、俺はヴァレリア、アエラ、キイロスズメバチのミサとジュン、そしてそれらの娘たちや眷属と共に北の元エルフ居住地、現在ではキイロスズメバチが巣別れし、新たなコロニーとなった場所に向かう。俺にも羽が生えたので軍師役として同行するイザベラの夫、シュウさんやカシムさん、それにアエラの夫やミサの夫と共に集団の

中ほどを飛んだ。


「やっぱ外は良いよなぁ、羽を伸ばして飛ぶのも最高だし」


「そうだよね、こうして飛んでいると僕たちはそう言う生き物なんだって実感させられるよ。」


 シュウさんとカシムさんの話に他の男たちも大きく頷く。暮らしに困らず、愛し合う相手が居ても人は自由への渇望を捨てきれない。そう言うものらしい。


「そうですな、エルフの討滅、それがなった暁には護衛さえあれば我らもこうして」


「そういうこった、蜂はゼフィロスのおかげで一つにまとまれた、他の虫や鳥たちはウチの娘らには敵わねえ。エルフの機甲兵さえこの世から消えりゃ俺たちは外にだって出ていける。もっとも俺らはすげー弱いけどな」


 シュウさんのその言葉にみんな「あはは」と笑いを漏らした。蜂の男たちは見た目のタイプこそ違えどみんなインテリ。あれこれ話題は尽きないし、喧嘩になったりもしないのだ。


「…それで、ゼフィロス、僕たちはあれから始祖アイリスについて調べを進めたんだ。すでに亡くなって数百年。彼女の威厳がなぜ今でもああも大きく保たれているのか、そこが気になってね」


 途中、休憩の為地上に降りるとカシムさんは男たちを集めて口を開く。アエラの娘が俺たちに飲み物を。それに礼を言い、男たちはひと固まりに。ヴァレリアたちもお茶会をしているようだ。


「俺を監禁したエルフは聖書がどうの、教団がどうのって言ってた」


「うん、偉人の神格化、僕たちがヒトであった遥かな昔から行われてきた事だね。だけどそれだけではないと思うんだ。始祖アイリスに対する絶対的な畏れ、それは何かしらの懲罰を伴うからこそ。そしてその懲罰の執行者、それが誰かと言う事」


「ああ、ゼフィロス、お前が家で召し使っていたというアンドロイド、そいつはまだ健在、俺たちはそいつが、そう睨んでた。」


「睨んでたって事は違うってこと?」


「真実は判らない。あくまで推測の域を出ないけどね」


 カシムさんの語る仮説、それにはアンドロイドの成り立ちが大きく関わっていた。


「アンドロイドはヒトが産み出した究極の道具。自我を持ちつつもヒトにとってどこまでも有益でなければならない。AI、いわゆる人工知能はその判断基準からヒトを害する、そう言う事が除かれている。軍事用アンドロイドにしても敵の設定、そう言うものは使用者の指示があって初めて。まあ、僕たちはヒトではないから容赦しないのだろうけど」


「そう、同胞たるエルフに対する懲罰行為、そう言う事は出来ねえはずだ。普通ならな」


「まして始祖アイリスの側に居るアンドロイドはメイド用途なのだろう? それが同胞にそこまでに威厳を保つ行動をする、それは本来の使用目的から大きく逸脱することだからね」


「…まあ、カエデは古い型のアンドロイドで、ジャンク屋で投げ売りされてた素体にいろいろ修復を施して作り上げたものだからね」


「どういう事だい?」


「えっとね、すごく言いづらいんだけど、その違法機体? 法で禁じられた廃棄品でね。その、愛玩用って言うか、いわゆるセックスドロイド?」


「ふふ、お前は昔からスケベ野郎だったって事か。」


「…愛玩用アンドロイドに関してはいくつか資料があったね。僕も興味を覚えたので色々と調べた記憶があるよ。通常のAI、そこに女性らしさを出すためにいくつかの感情表現、つまり自我を持たせてる」


「ってことは、判断基準が他のアンドロイドとは違うってことか?」


 シュウさんがそう言うと他の男たちからも色々な意見が。みんな愛玩用アンドロイドには興味深々だったようでそこに関しては大きな知識を持っていた。


「かっ、どいつもこいつもスケベ野郎って事だな、ははっ!」


「それは仕方がないよ、婿入りするまで僕たちは性的に抑圧された環境で暮らしていたんだ。文献の中でも風俗史、とくに性に関する事柄は念入りに調べるに決まってるよ」


「そうですな、理想の異性、そう言うものを演じてくれる愛玩用アンドロイドに関する記述はそれこそ何度も」


「今となってはなぜそれほどに、そう思わないでもないですけどね」


 アエラ、それにミサの夫たちはそう言って笑った。抑圧された独身時代と違い、今は最高、そう言える女王蜂との睦言が苦痛になるほどに満たされているのだ。


「ま、こいつは純粋な学術的興味からなんだが、ゼフィロス」


「何です?」


「具合はどうだった?」


 シュウさんがそう言うと他の男たちもずいっと身を寄せた。どの顔も真剣そのもの。男にとってエロ話はそれほどに価値がある。


「それがですね、その、肝心のパーツが劣化してて、探し回ったんですけどそもそも違法品じゃないですか。それに妹も口うるさくて」


「何だそりゃ、じゃあ、やってねえのかよ!」


「医療用パーツで代替を、そう思ったんですけどそっちは高くて。だからおっぱいもあそこも固いままで。俺もね、努力したんですよ?」


「なるほど、んじゃヴァレリアが初めてって事だ」


「そうなりますね」


「まあ、僕たちにしてみれば僥倖ってやつだね。ゼフィロスが勇者グランのように姉妹に、そうなっていれば恐らく、」


「そうだな、俺たちとこうして同化することはなかったかも知れねえ。やっちまえばこだわりってのが出来るからな」


 そのあとも蜂の女はどこがいい? とか、アリと比べてどうか、とか色々質問攻め。


「ああ、ごめん、大きく話がずれたね。そのカエデというアンドロイドが何者であれ、結局ロボット三原則、 人間への安全性、命令への服従、自己防衛、それをAIは遵守する。ヒトであるエルフに懲罰などは行えないはずだよ。そこから導き出される推論は、」


「はい、」


「始祖アイリスは何らかの形で生きている。そう考えるのが最も無理のない話となるね。初めて君が、ヴァレリアと共に遭遇したエルフ。身の危険を顧みず僕たちの領域まで侵入してきた。君の目覚めた施設、そこを聖地だと言っていたのだろう?」


「そうですね」


「その聖地巡礼、それを功とし、栄誉とする、そう認めてくれる相手がいるからこその冒険、そう思わないかい?」


「でもそれは、教団が」


「そうだね、その可能性も、だけどその教団の権威は何故保たれている? それこそ軍事用アンドロイドを手にしたエルフがクーデター、そうなってもおかしくない。だけどエルフはこの地に姿を現して以来ずっと始祖アイリスの野望を実現する為に動いている。宗教的な信仰、それだけでは少し根拠が薄い」


「今はどっちにしても推測に過ぎねえ、だがゼフィロス、お前にはその覚悟を。万が一、カシムの言うように始祖アイリス、それがどんな形か知らねえが生きていたとする。その時、」


「…うん、話ぐらいはするかもね。カエデとも。だけど折り合う事はない。俺は既にヒトではないし、イザベラの母にしたことや赤アリのソフィアたちにしてきた事は許しがたい事だと思います。そして、」


「そして?」


「今の俺の家族はここに、アイリスではなく、ここのみんな、そう選択した。そしてその事に後悔はありません」


「だけど、血筋の繋がり、そう言うものは中々に。僕たちはね、君の家族さ、だからこそ君にキツイ想いをさせたくない。そう思っている」


「…少しばかり本音を言えば、お前とアイリス、なんとか、そう思ってもいる。エルフは無理にしてもアイリスはもう、恐らく人のカタチを留めちゃいねえ。だったらって。だからカシムに推測を語らせた」


「ありがとうございます、けどね、俺はどうしようもないほど今の家族が、今のこの世界が好きなんです。俺は元々孤児で、アイリスと力を合わせて生きて来た。ずっと不満ばかりで、コールドスリープ、政府からそう言われた時もいらない俺たちだから、失敗しても悲しむものがいないから、そう考えてました。カルロスもそう、ずっと家族と言うものが欲しくて。アイリスだってそうだったはず、だけど」


「うん、いいよ、それ以上は。君は僕たちの家族で友達。僕たちは君に出来るだけの事を。後悔のないよう、助言を」


「だな、俺らの出来る事はそれしかねえ。なんせびっくりするぐらい弱いからな」


 あははっとみんなで笑い、葉巻を吸った。この世界には俺の欲しかったものが全てある。アイリス、何故お前はそれに気が付かなかった? お前だってわかってたはずだろう?


 休憩を終えて再び空に。男たちは愛玩用アンドロイドの話で盛り上がっていた。



「ようこそおいでくださいました、ゼフィロス王」


 恭しく膝をついて出迎えに立ったのはコロニーの女王蜂、キイロスズメバチのスセリ。伯爵ミサの娘である彼女は男爵位を授けられていた。ちなみに居候の女王蜂となったジュンは寵姫、そんな立場。とは言えそれも表向き、中に招かれ一息つけば王妃であるヴァレリアも公爵のアエラも立場など関係なく仲良くお茶会。元はエルフの拠点であったここは地上にいくつかの建物、地下に頑丈なコロニーが築かれ、それはキイロスズメバチらしく派手な装飾で飾られていた。


 スセリの夫を交えた俺たち男子チームは早速風呂に。基本的に蜂族の男は体力がない。ここまで飛んできてすでにいっぱいいっぱいだった。


「あー、たまんねえな、羽を使って飛ぶのは良いが、いささかきついもんがある。その分今夜はゆっくり寝れそうだけどな」


「そうだね、文字通り羽を伸ばしてってやつさ。何しろイザベラは別行動だしね」


 シュウさん、カシムさんはそう言って湯につかり気持ちよさそうに体を伸ばした。


「ねえ、ゼフィロス様、ちなみに今夜は誰を?」


 アエラの夫がそう口を開くと他の男たちも俺に詰め寄る。


「えっ?」


「当然アエラですよね?」


「何言ってるんですか、今夜はウチのミサでしょ?」


「いやいや、礼儀として今宵はわが女王のスセリが!」


「何言ってるんだよ、こういう時の為の爵位じゃないか! ここは公爵であるアエラが!」


「いや、やはりここはミサが! 我が王もお疲れのはず。疲れをいやすには熟女系のミサこそ!」


「待ってくださいよ! こちらだってすっごく楽しみにしてたんですよ?」


「お前たちは婿なんだから我慢しなさいよ!」


「横暴です!」


 わーわーと蜂の男たちは喧嘩を始める。だけど手が出たりはしないのだ。だってみんなすっごく弱いからね。オオスズメバチもキイロスズメバチも男は弱いからこそ紳士的。暴力沙汰など起きるはずもなかった。


『ちょっとぉ何やってんのよ、早く上がりなさい。あたしがお世話してあげるから』


『ジュウ、貴様の出番はない! ここは妻である私が! ゼフィロス、早く上がれ! 長風呂はダメだといつも言っているだろう?』


『なによ出来損ない! 今日はあたしが!』


『ふざけるな! 眷属の分際で!』


『じゃじゃーん☆ ここはアエラちゃんが』


『うっさい! ぶち殺すぞ!』


『そうよ、図々しい!』


『もう、喧嘩しないでください、ここはまず、寵姫たる私が!』


『『『死ね!』』』


 触角を通して伝わる大乱闘。あ、ジュンがぶっ飛ばされた。ミサとスセリは年の功か乱闘には参戦していないようだ。


「なんか大変な事になってる。ジュンが殴られたみたい」


「あの子も空気読めないから。仕方ありませんね、私たちはあきらめましょう」


『アエラ! 頑張るんだ! 私たちは君を応援してる!』


 ミサとスセリの夫たちは肩を落とし今宵の睦言の為、風呂を上がった。アエラの二人の夫は懸命に念を飛ばし、アエラを応援。だが。


『いったーい! もう信じらんない! いいよ、今夜は夫クンたちにいっぱい慰めてもらうんだから!』


 あーあ、とアエラの夫の二人は肩を落とし、風呂から上がっていった。


 風呂から上がるとボロボロになったヴァレリアとジュウちゃんがそこに居て俺を宛がわれた部屋に連れていく。


『ホント図々しいわよ、アエラの奴』


「そうだな、だが、私たちにとっては敵ではない。子供のころから弱虫だしな」


 そう言いながらヴァレリアは飲み物を用意してくれる。ジュウちゃんは俺の湿った髪を舐めて整えてくれていた。まあ、二人にタッグを組まれたら勝てるのはイザベラくらいしかいないもんね。


 その夜はヴァレリアとみっちり睦言、そのあとジュウちゃんともなんやかんやあった。


 翌日、すっかり上機嫌なヴァレリアは朝から迎えに来たアエラに俺の世話を任せ、他の女王蜂たちとお茶会。ジュウちゃんもここの眷属たちと色々話をすると言って外に出かけていった。


「あー、いつもながらアエラのコーヒーは最高だね」


「もう、嬉しい事言ってくれちゃって☆」


 そのあとは昼までたっぷり睦言。これは公式ネトリ、彼女の夫たちも推奨だ。


「あは、インセクトになって益々良くなってるぅ! すっごく気持ちいい!」


 何がって? もちろんマッサージ技能の向上を訴えているに過ぎないのだよ。触覚を駆使し、アエラが気絶するまでマッサージ。最後にとろんとした蜜を吸ってやる。これは正当な対価だからね。

 びくっ、びくっとアヘ顔で痙攣するアエラを置いて部屋をでる。マッサージを待っている女たちは他にもいるのだ。


 ミサ、スセリ、それにジュン、三人のキイロスズメバチたちのマッサージを終え、対価として蜜を吸わせてもらう。地上に出て沈む夕日を眺めながら葉巻を吸った。今ある幸せ、それを維持するには妹のアイリスを。


 ――その事にもう、躊躇いは感じなかった。

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