第47話 覚醒
「あれ?」
なぜか意識があった。痛みもない。あ、そっか俺は死んだのか。だから痛くもないし意識も。ざまあみろ、そう思った人は腕立て伏せ20回ね。
恐る恐る目を開ける。するとそこには驚愕の顔のアシュリーが。
ふと自分の手を見ると固そうな鎧、と言うか外殻で覆われていて、その厚みで手枷がはじけ飛んでいた。何となくすべてが違う。その自由になった手で顔を触ると固い感触。そして首に振り下ろされたはずの大斧は俺の外殻に弾かれ、処刑人はしりもちをついていた。
ゆっくりと立ち上がり、己の姿を確認する。俺はいつの間にかヴァレリアたちのような鎧姿になっていた。
「ははっ、なるほど。俺はついに人を辞めた、そういう訳か」
その時ピピッっと小さな電子音がして俺の剣と銃の場所をスキャンする。俺は建物の壁を突き破り、自分の剣と銃を手にする。その剣と銃は鎧となった皮膚に吸い込まれるように同化していった。
そしてアラームが鳴り、振り返るとそこにはアシュリーが乗り込んだ軍事用アンドロイドがいた。
『ま、魔王め! 私が滅してやる!』
そう言っていきなりアサルトライフルを発射した。ほかのエルフたちも次々に自分の機体に乗り込んでいった。パンパンパンと俺の鎧に触れた弾丸はその鎧の表面をわずかに削った。直撃した弾も鎧を貫くことなくポロポロと落ちていく。すっげー!
俺はメルフィの使っていた斧槍をイメージする。すると、もこもこと掌の外殻が変化して、俺の剣と同じ材質の斧槍が完成する。それを手に携え、一歩、また一歩と進んでいく。アシュリーの乗る軍事用アンドロイドからは内蔵武器のバルカン、そしてアサルトライフルから無数の弾丸が発射されたが、それはパチパチと音を立て、俺の鎧に弾かれた。ならば! とアンドロイドは左腕に仕込まれた近接戦闘用の爪を出し、それで俺を貫こうとする。だがその腕は俺の左手一本で止められてしまった。俺は斧槍を片手で振るい、そのアンドロイドの爪の生えた左腕を切り落とした。
『ば、バカな! 』
アシュリーのアンドロイドはシュイィィンンと音を立て、雪の積もる庭を後ろ向きに走り距離を取る。その間に別のアンドロイドが俺に殴り掛かってきた。
それを右腕一本で受け止める。そして両手で斧槍を振り回すと快い感触が手に伝わった。重たい中華包丁で肉を叩き切った感じ、とでもいうのだろうか。ズン、と音がしてアンドロイドは中のエルフごと斜めに割れた。そしてすぐに分子分解が始まり、アンドロイドは土になる。半分にちぎれたエルフだけがそこに残った。
ばっと一歩を踏み出すと自分でも驚きの速さ。一気に次のアンドロイドと距離を詰めた俺はその勢いのまま斧槍を突き刺した。ぽろぽろとアンドロイドが土に代わり、残ったのは斧槍に貫かれたエルフ。よく見れば片腕を吊ったキースとかいう男だった。それをアシュリーのアンドロイドに投げつける。べたっとした音がして死体はアンドロイドに張り付き、『嫌ぁぁぁ!』とアシュリーの声が内臓スピーカーを通して漏れた。
自分だけが速く動ける世界、まさに俺はそんな中にいた。元々鈍重な作業用のアンドロイドの動きはスローモーションにしか見えない。どれもエルフの乗り込むコクピットを貫くとポロポロと土に変わっていった。
7体のアンドロイドをすべて土に還した俺は、腰をぐっと落とし、力をためる。そして地を蹴って一気にアシュリーのアンドロイドと距離を詰めた。アシュリーはそれでも下がりながら攻撃を続け、胴体部分に張り付いたキースの亡骸は内蔵バルカンによってミンチに変わる。俺はその銃弾をよけながら少しづつ距離を詰めていく。だがそこでアシュリーは一気に速度を上げると肩のミサイルを全弾発射した。
そのミサイルは当然追尾型。俺は方向を変えてエルフたちの集まるところに駆けていく。そして窓から建物の中に飛び込んだ。ミサイルは建物の外壁に着弾。大きな爆発を起こした。
もちろんそこにいたエルフの領民たちも大半は黒焦げだ。
アシュリーはそのまま逃げたらしく、ゴーグルのアナライズではどんどん距離が遠ざかっていった。
領主に捨てられた領民たちはそれでもけなげに武器を取り、俺に立ち向かう。レナも弓もって俺に矢を射かけていた。こつん、こつん、と矢が鎧に当たる音がした。俺は再びダッシュを決め、斧槍を振るう。そこにいたすべてのエルフが体を二つに分割されて黙り込んだ。
最後に残ったのはレナ。涙目で震えながら俺に矢を向けていたが、急にくるりと後ろを向いて走り出す。斧槍をパンと消滅させ、右腕の手首、ヴァレリアたちであれば毒針が仕込まれているところに代わりに装着された空気銃の筒先を逃げるレナに向ける。そしてゴーグルの予測が示した場所に撃ち込んだ。レナはぎゃんっ! と声を上げて前につんのめり、そのまま坂を転げ落ちていった。
全員の死亡を確認した俺は屋敷の中を徘徊し、俺の軍服を回収して適当な袋に詰めた。鎧姿でいると寒くないのだ。あのコートも一緒に同化してしまったようなのでその機能だろう。そして背中に羽を広げて空に飛び立つ。飛び方も羽の広げ方も何となくだがわかるようになっていた。
蜂とアリ、両方の特性を持つ新種。そういう生き物に俺は変化した。さらに単分子剣、それに空気銃とゴーグル、それにコート。俺の遺伝子情報を読み取らせた道具までも一体化しているのだ。軍事用アンドロイドでも敵わない、そんな最強の生物になったかと思うと思わずにやけてしまう。最強ってフレーズ、いいですよねぇ。
だがそんな喜びも夜が明けるまでだった。ひたすらに南に向かって飛んでいた俺は朝日に照らされた己の姿を見て愕然とする。姿形こそスズメバチの女王の鎧に近いが、その色は禍々しい黒と赤。恐らくはクロアリと赤アリの融合した色なのだろう。そして池の上を飛んだ時、水面に映る自分の姿を見た。頭からは触角が二本。鞭のようなスズメバチのものを長くしたものが生えていた。そして顔は口元が露出したスズメバチ。だが色はやはり赤と黒。うーん、その姿は見かけたらすぐに殺虫剤をかけられそうな生き物だった。
そのままひたすら飛び続けた俺は夕方近くにセントラル・シティに到着する。腹も減ったし喉も乾いた、それに何より眠たかったし、疲れてもいた。だが、俺はそのまま我がコロニーに帰らずに、評議会のある木の上に着地する。
なぜかって? 勇気がないのだ。この禍々しい生き物になった俺の姿を愛する妻、そして子供や家族にさらす勇気が。嫌われたらどうしよう、拒まれたら? そんな思いがぐるぐると巡る。だが、その一方でこの最強の姿を誇らしく思い、見せてやりたいという気持ちもあった。変身をあえて解かず、驚かしてやりたい、そんないたずら心も。
そう思ってわがコロニーの方を見ると4階の窓が開き、そこからヴァレリアが顔を出した。北のエルフの領地と違いここはまだそれほどには寒くない。それに天気も良かった。だから地下ではなく上にいるのだろうか?
なぜか俺は慌てて身を隠す。この黒と赤と言うカラーは夕闇に紛れるにはもってこいだ。そしてゴーグル、いや、今はわが目となったそれを拡大する。
ヴァレリアは切なげな顔で窓の枠にもたれかかり、何やら独り言を言った。残念ながらそれが聞こえるほどの聴力を持ってない俺は何を言ったのか気になってたまらない。視線チェックの機能で俺が見つかっていないことは確定。しばらく愛する我が妻を眺めているとヴァレリアはベットに横になった。
むう、ここからでは見えない。そう判断した俺は木をよじ登る。この鎧にはスズメバチ同様、どこにでも引っかかる細かな爪が生えていて木登りなどはお手の物。
角度を変えて上から見下ろし、さらに倍率を上げる。ベットに横たわったヴァレリアは、そこで悩ましい動きのストレッチを始めた。頬を赤く染め、着衣を乱し、呼吸を荒げながらのストレッチ。しばらくすると足先をピンと伸ばし、小刻みに震えた。
うんうん、足の筋を伸ばすのはストレッチの基本だもんね。そりゃあ喘ぎ声くらい出るさ! ヴァレリアのストレッチをこんなところで見ているのはもったいない。是非お声も。無論やましい感情は一切ない。
羽を広げ見つからないように飛んで、わがコロニーの樫の木にとりつく。そしてカサカサと窓のところまで体を進めた。
「あんっ! ゼフィロス! どうして私を一人に! んんっ!」
ヴァレリアのストレッチは絶好調である。
(※本作品は健全な青少年の育成に配慮しています。性描写? そんないかがわしい事を掲載する作者は私が許しませんよ! )
気づかれないように窓から覗き見ると生えたばかりの触角がコツン、と窓に接触。音を立てた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ストレッチを中断し、はっと身を起こしたヴァレリアと目が合った。
「うおぉぉぉぉ!」
俺はヴァレリアに部屋に引きずり込まれ、ぼっこぼこにぶん殴られる。軍事用アンドロイドの銃弾に耐えきった俺の鎧がミシミシと音を立てて少しずつ破片を飛ばす。完全に人殺しの目で、俺を殴り続ける。ヴァレリアの拳はゴーグルと同化した俺の目をもってしても追いきれなかった。そして逃げようにも馬乗りになったヴァレリアの体はピクリとも動かない!
「やめて!」
「うるさい! 乙女の秘密を覗き見た貴様に慈悲はない! 死ね! 死ね! 死ね!」
ピシッ、ピシッと視界にヒビか入りついに俺の兜が砕け散った。ヴァレリアはけげんな顔で俺を見て、鼻先で拳を止める。そしてスンスンと鼻を鳴らし、匂いを嗅いだ。
「ゼフィロス?」
九死に一生を得た俺は、うん、と頷いて、鎧を解いた。パンと小さな音がして俺の体に張り付いていた鎧が空気に溶けていく。
「うん、ただいま」
務めてにこやかにそう言うとヴァレリアの顔はみるみる真っ赤に染まり、「嫌ぁぁぁ!」と叫んで俺の頭を殴った。俺はそこでプツンと意識が途切れた。
「目が覚めたか?」
う、ううん、と痛む頭をさすりながら目を開けると三人の妻の顔があった。
「聞いたぜ、ゼフィロス。いきなり姉貴の部屋の窓から飛び込んできたんだって? ま、飛びなれねえうちはそう言うこともあるさ」
「ええ、しかも美しい鎧姿でと言うではありませんか。実に誇らしいですわ」
「う、うむ。私が愛しかったのはわかるがああいう帰宅の仕方はどうかと思うぞ? たまたま私が部屋で編み物をしていたからよかったものの。しかも三日も寝込んだままだったのだぞ?」
とりあえず身を起こした俺はそうしれっと嘘をつくヴァレリアの蜜を存分に吸ってやった。だらしない顔で動かなくなるまで。
「もうさ、いろいろあって。メルフィ、とりあえず飯食いたい」
「はい、すぐにご用意しますね」
まだ少しふらつくからだをジュリアに支えられながらリビングのソファに腰を下ろす。あれだ、変身すると消耗がすごい。鎧を解いた時に一気に来るのだ。
メルフィとジュリアに世話されながらしっかりと飯を食った。やはり飯もここのが一番、心底そう思う。そして食後のコーヒーを味わいながら、意識を取り戻したヴァレリアも加えた三人の妻たちにこれまでの経緯を語り聞かせる。
「なるほどな、新型の機甲兵と言う訳か」
「んで、そいつはアタシやメルフィでも手に負えねえ、そういう事か?」
「んー、困りましたねえ」
「一体なら俺が何とかできる。実際に戦ったしね。問題は数多く出てきたときだね」
「だな、ところでさあ、ゼフィロス。アタシたちにも鎧姿を見せてくれよ。姉貴しか見てないんだろ?」
「そうですね、わたくしも是非」
「もう、しょうがないなぁ」
俺はにやにやしながら立ち上がり、ぐっと足を開いて右拳を顔の前で握った。こういうことはポーズも大事だよね。
「変身!」
そう叫ぶと機械音声の返事はなかったが、俺の体から粒子状の物が浮かび上がり、それが密度を増して鎧になっていく。もしカメラがここにあるのならぐるっと一周、きれいなカメラワークをしてもらいたいところだ。
「お、かっこいいじゃねえか!」
「ええ、実に素敵です!」
メルフィが鏡をもってきてそこに俺の姿を映した。ははっ、完全に毒虫だよね、これ。
「ふむ、だが実戦で役に立たねば意味はない。ひとつ、私が相手を務めよう。メタモルフォーゼ」
ヴァレリアがやはり鎧姿に変化する。女王の鎧。装飾が多く、普通のよりもややいかつい。だが、色のせいか、俺のような禍々しさはなかった。
「蜂と言うのは空で戦えねば意味がない。行くぞ?」
そう言ってヴァレリアが窓から飛び出したので俺も羽を広げてそれについていく。ジュリアとメルフィは布団をかぶって窓から俺たちを見ていた。
「一つ聞こうか。ゼフィロス、あなたはあのことを覚えているのか?」
「あの事? あ、オナ、いや、ストレッチしてたこと?」
「ふはははは! それだけ聞ければ十分だ。その記憶がなくなるよう、しっかりと!」
首を斜めに傾げたヴァレリアがその手に槍を作り出す。そしてそれを俺に向かっていきなり投げた。
「うわぁ!」
「ははっ! どうした、手加減はいらんぞ?」
ヴァレリアは巧みに距離を取りながら次々に槍を放ってくる。当たれば即死、とまではいかなくても結構なダメージがありそうだ。離れてはまずい、そう判断した俺は手に斧槍を作り出し、それを左手で持って、右手の空気銃を発射しながらヴァレリアを追った。
速度は俺が上、だが旋回性能はヴァレリアが圧倒的に上だ。体の使い方がうまいのだ。それにゴーグルの予測照準をも回避するカンの良さがある。よけ損ねた槍をいくつか食らう。さすがに痛みはなかったがすごい衝撃だ。その槍が刺さったところを見ると鎧が砕かれ地肌が顔を出していた。げっ! と思った俺は急いでそこを修復する。アンドロイドのアサルトライフルやバルカンを食らっても表面が削れただけだったのに!
それに以前ヴァレリアはアンドロイドに苦戦していたはず、なのに、なぜ? ああ、なるほど、これが女王の強さって奴か。イザベラとかシャレにならないくらい強いもんね。
投擲では効果が薄いと判断したヴァレリアは一転して、槍を構えて突撃してきた。俺がすんでのところでそれをかわすと今度は横薙ぎに振ってくる。それを斧槍の柄で受け止め、つばぜり合いの形になった。
「うぉぉぉぉ! わーすーれーろー!」
「ぐぁぁぁぁ!」
俺も唸りを上げて押し切られないように背中の羽を全力で動かした。ぎりぎりと音がして、素材の差でヴァレリアの槍がばきっと折れた。
「まだまだぁ!」
その反動すら利用してヴァレリアが俺を蹴り飛ばす。俺は地面に向かって一直線。だが、あと数センチで激突、と言うところで何とかうまく着地した。そして天空から一直線に槍を抱えて降ってくるヴァレリアに対し、俺も地面を蹴って飛び上がる。数度の交錯があり、互いの鎧の一部が削れていく。ヴァレリアが槍を捨て、拳での超接近戦を挑んでくる。俺も斧槍を霧散させてそれを受ける。
「忘れろ! 忘れろ!」
そう言いながらヴァレリアは俺を殴りつける。俺はその腕をぎゅっとつかんで羽を全力で動かし、樫の木に押し付けた。力だけなら多分俺のほうが上だ。
「離せ!」
そう暴れる鎧姿のヴァレリア、その地肌の露出している唇に、俺はちゅっと唇を押し当てた。そしてそのままぎゅうっと押し付けるとヴァレリアの力が不意に抜け、俺をぎゅっと抱く。
「あー、はいはい、解散。行こうぜメルフィ」
「そうですわね。ふんっ」
窓から見ていた二人がそんなことを言ってあきれ顔で去っていく。俺たちは抱き合ったまま、木の枝の上に移り、互いに鎧を解いた。
外は小雪がちらついていたが、俺たちはアツアツだった。
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