第38話 蜂の王国

 翌日、俺はキイロスズメバチのコロニーで歓待を受けていた。うまそうな食事と酒。女王ミサが俺の前で話し相手を努め、ジュンは俺とその横に座るジュリアの給仕を努めていた。


 キイロスズメバチはこのあたりには女王ミサのコロニーのみなのだという。なにせこの一帯は基本的にオオスズメバチの勢力が強く、生存競争が厳しいのだ。女王ミサもはっきり言えばイザベラのお目こぼしで生きているに過ぎない。

 なので積極的に評議会に関わったり、イザベラに対しては下手に出たりしてなんとかここまでのコロニーを作り上げた。そんな彼女たちにとって、今回の話は渡りに船。なにせこの地域で自分たちの立場が認められるのだから。


「イザベラを女王として上に戴こうとも、アエラの下風に立たされようとも構いません。少なくとも彼女たちの気分一つでどうこうされる、ということは無くなりますもの。ゼフィロス様に頂いた伯爵の地位、それは私達にとって、大きな意味合いがありますのよ?」


 まあ、確かに。アエラは皆殺しにすればいい、と言っていたし、イザベラだって志向は大して変わらないのだ。


「ま、少なくとも母様も姉さんもあんたらの話は聞く。巣を分けるにしても話を通せば文句をつけられることもねえだろうさ」


「ええ、ジュリアさん。貴女がいてくれて本当に良かった。ヴァレリアさんではこうは行かなかったでしょうから」


 女王、いや伯爵となったミサの話ではこのコロニーにはすでに成人したプリンセスとその婿もいて、いささか飽和状態。巣分けをしようにもいつオオスズメバチの機嫌をそこね、襲われるかと思うと中々できなかったのだという。そして話をしようにも聞いてくれる相手ではなかったのだ。


 前に、勇者グランは言っていた。クロアリとだけは戦いたくないと。裏を返せばそれ以外なら戦ってもいい、そういうことなのだ。


「あとは、アシナガバチだけ?」


「ああ、けったくそ悪いが、奴らにだけ声をかけねえってわけにも行かねえからな」


「ジュリアはアシナガバチが嫌いなの?」


「ったりめえだ! このアタシの面の傷は奴らにつけられたんだからな。今思い出しても腹が立つ!」


「ジュリアさん、貴女とてアシナガバチのコロニーを一つ。向こうからすればもっと」


「けどよ、奴らはモノ作りが上手だからってアタシたちを小馬鹿にしやがった。スズメバチであるアタシたちをだ!」


「ええ、たしかにあの人達は鼻持ちならぬところが」


「だろ? あんたらはなんだかんだと言ってもおんなじスズメバチだ。けどあいつらは違う」


「ですが、蜂族としてまとまるのであればあの人達の技術は」


「まあな」


「いかがでしょうか、ジュリアさん。因縁のある貴女が訪ねてはまとまる話もまとまらぬ物かと。そこで、あちらには娘のジュンを」


「たしかにそうかも知れねえかが、ゼフィロスになにかあったらどうすんだ?」


「私達とてスズメバチ。あなた達には及びませんがアシナガバチなどには。まして、今のジュンはプリンセス。心配はいりませんよ」


 ジュリアは腕組みして考え込んだ後、ふーっと息を漏らした。


「そうだな、そのほうがいいかもしれねえ。ジュン、頼めるか?」


「おまかせ下さい」


 そんな話になって、ジュリアと別れ、ジュンとともにアイちゃんにまたがって進んでいく。ジュリアは伯爵ミサとその夫たちを連れて女王イザベラのコロニーに出向くらしい。アシナガバチとの話が纏まれば、その女王と夫も連れてくるように言われた。


「ゼフィロス殿、いや、ゼフィロス様」


「ん?」


「私もすでにプリンセスです。事が落ち着いたら志願して、獅子族のいる北の城に赴こうかと思っています」


「けどあそこ、寒そうだよ?」


「石造りの建物の中にコロニーを作れば寒さはかなり和らぐかと。それに」


「何か目的が?」


「冬の間、貴方に来てもらえるかもしれない。その間だけでも私がお世話を」


「あはは、そりゃ助かるけど、きっと危ない目に合う。おすすめはしないね」


「それでも! セリカは、いや、赤アリはあそこに巣分けを。アリ族だけに守りを任せれば我ら蜂族の名折れともなりましょう」


「まあね、評議会としてもそっちのほうがいいんだろうけど」


 そうまでしてあの城と獅子族を守る必要があるの? という言葉をぐっと飲み込んだ。エルフもそうだけど性的魅力を感じないんだもん。なんかわがままだったし。


 まあ、ジュンとなんやかんやしたりしながら夕方にはアシナガバチのコロニーについた。俺は例によって、マフラーでぐるぐる巻き。ジュンは自分が話をするから安心して、と言った。ま、キイロスズメバチの人たちは温厚だから大丈夫だよね。


「キイロスズメバチが何用だ!」


 鎧姿で槍を携えた門番がそう誰何する。アシナガバチは少し細身でスタイリッシュ。だがその門番はジュンの裏拳一発で沈んだ。


「用があるから来てやった。女王の部屋に案内しなさい」


 ですよねー。ジュンもやっぱりスズメバチでした。


 何事か! と慌てて出てきた連中をジュンは鎧もつけずに殴り倒していく。一騎当千もいいところだ。


「さ、ゼフィロス様、こちらに」


「えっと、案内する人いなくなっちゃったよね?」


「大丈夫です。何処かに女王がいますから」


 うん、カルロスって偉大だよね、こんな人達集めて評議会作っちゃうんだもの。


 ジュンに連れられてコロニーの奥へと進む。咎めるものは全てジュンが殴り倒した。


「何事ですか、ここをどこだと」


 広い部屋に出ると尻尾の大きな女王らしき人が顔をしかめて立ち上がる。そりゃそうですよね。


「一度しかいいません。ゼフィロス王の下、我らにはあなたたちを蜂の仲間として受け入れる用意がある。従うか、それとも戦うかここで返答を」


「――従う、というより他の選択肢が無いだろうが!」


 女王の悲痛な叫び。今まではなんか甘い感じだったのにここだけハード。これ、ジュリアのほうが良かったんじゃね? 


「ならば我が王、ゼフィロス様に跪きなさい」


 アシナガバチの細面の女王は俺の前に膝を折った。


「さ、ゼフィロス様、お言葉を」


「あの、こんなことしておいてなんですけど、仲良くできればなって」


 アシナガバチの女王はキッと俺を睨みつけた。あはは、当然ですよね。


「ゼフィロス様、そうではありません。こう、」


 と、ジュンは俺の足を持ち上げてアシナガバチの女王の頭を踏みつけさせた。


「あーっ! 何! 何! なんで私踏まれてんの? イヤぁぁ! けど、ちょっといいかも」


「えっ?」っと心配そうに周りを取り囲んでいたアシナガバチたちがびっくりした顔をする。そして誰かが「はいはい、解散」と声を上げるとぞろぞろと引き上げていった。


 そして残った夫たちは一斉に俺の前に跪く。


「ゼフィロス王、とおっしゃられましたな。我らに是非、ご教授を」


「えっ、なんの?」


 そんなやり取りがあって、アシナガバチの女王、フリルは蜂の王国の男爵となった。


 とりあえず儀式とばかりにフリルの頭を踏んだまま、大きな尻尾を手繰り寄せその先から蜜を飲む。フリルはひとしきり大騒ぎした後満足そうな顔で気絶した。


 翌朝、俺達はフリル、そしてその夫たち。そしてそれを守る大勢のソルジャーを引き連れてジュリアの待つ、イザベラのコロニーへと帰還した。そこにはすでに、アエラとミサ、それにその夫たちも来ているらしく、コロニーの周りにはその護衛たちがひしめいていた。


「やあゼフィロス、実に素晴らしい働きだよ。さすが我が王だね」


「もう、そういうのいいですから。で、うまく行きそうなんですか?」


 出迎えに出た勇者グランは俺に抱きつき、その喜びを全身で表した。痩せこけた体もいつの間にか元通りになっていた。


「ま、細かい話はこっちで。あ、キイロスズメバチのプリンセス、君もご苦労だったね。みんな女王の間にいるからそっちに」


「はい、勇者グラン」


 俺と一緒に来たアシナガバチの夫たちはグランさんに連れられて風呂に入った。そこにはアエラの夫、それのキイロスズメバチのミサの夫もいて賑やかだった。


「ほらみんな! 僕らの王のご帰還さ!」


「「おぉぉ! ゼフィロス王! 万歳!」」


 皆は湯を跳ね上げて満面の笑みで俺を迎えた。


「なあに、これ」


「ははっ、睦言から開放されし男の喜びの声さ!」


 俺が湯に入るとみんな代わる代わるに冷たいお酒を注いでくれたり、肩を揉んでくれたりと大した歓迎っぷりだ。一人寝が嬉しい、外に出れたのが最高、朝からずっと本を読みまくれた。などと喜びの声が次々と上がった。アシナガバチの夫たちもすぐに溶け込み、外は最高だったと皆に告げた。


「やっぱりさ、男に必要なのは友! これは間違いないね。みんな、仲良くやっていこうよ!」


「「おー!」」


「そうだ、俺達は女王を喜ばせる道具じゃねえ!」


「「おー!」」


「僕達にも外に出る権利を!」


「「おー!」」


 なんだかんだ言ってみんなストレス溜まってたのね。


「僕の計算によればね、我が王ゼフィロスと交わった女王は十日、下手すれば半月はその満足に浸ってられる。つまりその間僕らは自由ってことさ!」


「いいですよねぇ、自由って」


「あ、あの、うちの女王は交わってもらってないんですけど」


「「えっ?」」


「そのですね、うちの、アシナガバチのところだけ、そういう感じじゃなくて、普通に制圧された、的な? 交わるどころか頭踏まれて蜜吸われただけですし」


「いいじゃないの、細かいことはさ。君たちだって一人寝を楽しんだんだろ?」


「そりゃそうですけど。踏まれただけで十日も満足が続くのかなって」


「それは、ねえ。大丈夫、僕の計算によれば大丈夫だから。多分」


「それならいいですけど」


 盛り上がるみんなをよそに、グランさんはひと足早く俺を風呂から上がらせた。


「さて、我が王。これで蜂の王国は形になった。後は実を得なけりゃね」


「実って?」


「王国としての統一した意志の元での行動さ。形だけ作っても王国としてみんなで動けなきゃ意味がない、そうだろ? 都合のいいことに、我が王国の端にはエルフの集落がある。みんなで行ってザクーっと皆殺しにしてみよっか」


 勇者グランはとんでもないことを言い出した。


「あの、ですね。その集落は獅子族だか、狼族だがが交流があるとかで、評議会でも保留って事になってたんですけど」


「いや、これはね我が王。この王国の核心的利益に関わることだよ? そもそもこの世にエルフはいらない。エルフを討滅することで王国の権威が高まる。そして、狼族や獅子族の言うことなど聞く必要がない」


 あ、この人もなんだかんだ言ってスズメバチだもんね。


「作戦の方は僕達に任せてよ。よーし、やっるぞー!」


 こうして勇者グラン主導による、エルフ撲滅作戦がスタートした。

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