第15話 機械の体

 セントラル・シティ。名前の割にはそれほど大きくなく、栄えてる、と言う印象ではなかった。どこかの田舎町、そんな感じ。


 その街に着いた俺たちはヴァレリアの号令で隊列を組みなおす。ヴァレリアの姉妹、女王アエラの娘たちが槍をたずさえ前後に別れ、中央にうちのソルジャーたちが俺とヴァレリアを囲むように配された。眷属のスズメバチたちは上空で警戒。大きな彼女たちが空を埋め尽くしていた。そしてジュウちゃん。彼女は地上に降り、羽を畳むとその体に俺を跨らせた。もちろん、ヴァレリアの指示だ。


『もう、もう、あたしはアリじゃないのよ! ほんっとあの女、むかつくんだから! けどあんたならいいわ。我慢してあげる』


 いきり立つジュウちゃんを宥めるように、頭を撫でてやる。


「ん、どうした? 何か不服か?」


『いいえ、ヴァレリア、光栄、って間違えちゃったじゃない! 』


 俺にはわからない匂いでジュウちゃんはヴァレリアと会話する。ジュウちゃんの黒い所を見ちゃった感じだ。


「ふむ、ならいいのだ。ゼフィロスは我らの一族。そう見せるためにはいろいろとな」


 蜂の軍勢は通りを我が物顔で進んでいく。道端で遊んでいた子供を親が抱きかかえ、逃げるように家の中に入っていった。あっという間ににぎやかだった街は静まり返る。


 ちなみに、ここの住人、動物っぽい人がほとんどだった。けれど、猫耳とか、そう言う感じじゃなくて、顔が普通に狼だったり、ライオンだったり。なんでそうなっちゃったかなぁ、と言いたくなるような変化を遂げていた。


 ザッザッと足を踏みならして軍勢は進み、町の中央にある巨大な木の前で左右に分かれ、立ち並ぶ。


「私たちが戻るまで、ここからは一人も出すな」


「はいっ! 伯母上」


 アエラの娘たち、それにうちのソルジャー、そしてジュウちゃんは木に設けられた入り口の前を封鎖する。ヴァレリアは荷物を持って、俺をその中に連れて行った。


『ガツンと言ってやればいいのよ。あんたはあたしたちの一族なんだから。頑張って』


 ジュウちゃんの励ましを受け、ヴァレリアと共に中を進む。階段を上がると大きな扉があり、そこには黒い鎧で身を固めた女が二人いた。


「オオスズメバチ、イザベラの娘ヴァレリアだ」


 そう名乗ると黒い鎧の二人は大きな扉をぎぎぎっと開けた。


 中にはコの字形に机が配され、様々な種族の代表、そう思わしき人たちが座っていた。ライオンに狼。そのほかにも先日出会ったキイロスズメバチや少し細身の蜂族、黒いのもいれば、茶色いのもいた。そして反対側には鎧を着けた女たち。こっちも黒もいれば赤もいる。

 そして真ん中には魔法使いのようなローブを着て、フードを目深にかぶった人がいた。その両脇を扉のところにいたのと同様、黒い鎧の女が護衛のように固めていた。


 恐ろしいのはフードをかぶった男以外、全員が完全武装。ライオンの夫婦も狼たちも、金属製の鎧を着け、何らかの武器を携えている。昆虫種のインセクトは蜂族同様、武器はいつでも生み出せるのか、鎧姿に丸腰だった。


「その方が、例の?」


 つかつかと前に進み出た黒い鎧の女が上品な声でそう言った。それを無視してヴァレリアは俺の手を引いて中央に進む。


「最初に言っておく。私たちはこの件について何一つ引くことも妥協もしない。彼をここに連れてきたのはあくまでも筋を通すためだ。不服とあらば申し出ろ」


 あ、あはは、もうそれ宣戦布告と変わらないからね。話し合いってそう言う事じゃないですよね。


 きつい視線でじろりと辺りを見回すと皆、顔を下に向ける。ライオンも狼も、他の蜂族も、鎧姿の女たちも。ただ、黒い鎧の女とフードを被った人を除いて。


「イザベラの娘。そのような横暴、通るわけがありませんよ? そちらの方の事は皆にとっても感心を持たざるおえぬ事」


 フードの人の両脇を固めていたうちの一人、先ほど前に進み出た黒い鎧の女がヴァレリアと対峙する。


「彼は私の一族。その彼に手を出す者とは戦う。それが我が女王イザベラの判断だ」


「つまり、オオスズメバチ、女王イザベラは、自身のコロニーでその方を独占する、評議会の決定を無視して。そういうことですか?」


「無視はしていない。だからこそこうしてわざわざ赴き、彼も連れてきた。我らはトゥルーブラッドたる彼を保護し、一族に迎え入れた。その報告に来たまでの事」


「ヴァレリア、それが通らぬということくらいわかりますよね?」


「メルフィ。通らねば通すだけ。わかるな?」


「ほう、ならばあなたはここにいるすべての種族を敵に?」


「望むならばそうしよう。『メタモルフォーゼ』」


 ついにヴァレリアが鎧姿に変化した。それを見た皆さんがばっと立ち上がり、身構えた。まずい、まずいですよね、どう見ても!



「イザベラの娘、ヴァレリア。頼みがあるのだが」


 緊張が飽和に達しようとしたその時、フードの男が口を開く。えっ? 機械音声? 


「なにかな、議長閣下」


 敬意のかけらもない声でヴァレリアが答える。


「少し、その彼と話をさせて欲しい」


「ゼフィロスが良いというのであれば。だが万一」


「判っている。彼の無事は私が請け合う。すまぬが別室で。みなは、しばしゆるりと交流を深めておいてくれ」


 議長は両脇を黒い鎧の女に抱えられながら移動していく。


「ヴァレリア、少し話してくるね」


「ああ、気を付けて。私もここのみなと話をしておく」


「うん、仲良くね?」


「ふふ、判っている」


 本当にわかっているのかははなはだ疑問であったが、黒い鎧の一人、先ほどヴァレリアがメルフィと呼んだ人が迎えに来たので、それについていく。


「わたくしはクロオオアリ、女王シルフの娘、メルフィ。お見知りおきを」


「あ、どうも。ゼフィロスって言います」


 なるほど、この人たちがクロアリか。とすると同じような鎧姿の人たちはその亜種。赤アリとかそんな感じなのだろう。とにかく、とにかくだ、クロアリがライオンや狼みたいな感じじゃなくてよかった。蜂族と同じで、口元は美しい女性の形。最大の懸念は解消された。


 メルフィさんに連れられて奥まった一室に。そこで、フードの人とテーブルをはさんだ椅子を進められ、そこに腰を下ろした。メルフィさんは俺に紅茶を用意してくれるともう一人のクロアリの人を連れて、部屋を出た。


「ゼフィロス、聞き覚えの有る名だ」


 機械音声でそう言って、フードの人はそのフードを外し、顔を露にする。俺は思わずあっ、と声を上げた。その顔は人工皮膚が劣化してかなり剥がれ落ち、一部、中の機械が露出した顔。内骨格型のアンドロイド? 


「ふふ、私はアンドロイドではないよ。元は君と同じ人間。今風に言えばトゥルーブラッドさ。と、言ってもほぼすべてがサイボーグ化しているがね。君の目覚めたシェルター。あそこのサイボーグパーツは全て私が使わせてもらった」


「と、言う事は」


「そう、私はエルフの始祖たちとともに目ざめた。そしてそのままこうして生きている、と言う訳だ。だが、長い事はあるまい。パーツの劣化はもう限界。整備しようにもその技術も、機材も失われている。活動を止める前にあなたに会えたのは僥倖だよ。……あんちゃん」


「えっ?」


「私はカルロス。覚えているだろう? アイリスと同い年で隣の家に住んでいた」


「あ、あーっ! 悪ガキのカルロス!」


「ふふ、そうだったね。だが、その悪ガキももう数百歳。こうして人の形を失い、醜い姿を晒している。嬉しくても涙一つ流せないこんな体になってまでね」


「カルロス、それじゃ、他の連中は? アイリスは何だってエルフの始祖なんかに?」


「あんちゃん、私はね、アイリスとたもとを分かったんだ。彼女たちの考えについていけなかった」


「どういう事?」


「この、今の世界の事はどのくらい?」


「ああ、蜂族の男の人にある程度は聞いてる」


「そうか、ならば私の知っている事を。最もそれほどには多くないけどね」


「頼む」


 カルロスの語るところによれば、無事目覚める事が出来たのは40人程度だったという。当時はまだ、放射能の影響も色濃く残っていて、彼らにとってこの地でどう生き残るか、それが問題だった。備蓄された食料も限りがあるし、外に出るには危険すぎる。まず、彼らが行ったのがまだ目覚めていない俺たちの処分だった。


「数が増えては食っていけない。それが理由。あんちゃんについてはアイリスと私が、数百年タイマーを延長するから、とようやく見のがしてもらったんだ」


「うわぁ、えげつないね」


「仕方がなかった。食料の備蓄は持って数年。数が増えればそれだけ圧迫される訳だからね」


 そして同胞を処分した彼らは外に出る為に自らを改造する。放射能に強く、長命な体。シェルターに残っていた数々のデーター、それに機材を使い、ともかくも、外には出れる体となった。だがそこで、一つの問題が発生する。遺伝子に手を加えたことによりインプリンティングできない個体が現れたのだ。カルロスもその一人だった。


 できるものと出来ないもの、そこで新たな派閥が発生し、できるものはできないものを置いて、外に出る。移動用のビーグル、情報を集めるゴーグル、そしてギミック付きの武器、そうしたものは出来るものしか扱えず、できないものは必然的に差別された。

 そのうちに外部、異人種との接触があり、それらとの交渉の結果、彼ら、目覚めしものたちはこのシェルターを退去する。何故ならこの一帯が、異人種となった様々な種族の中で最も強く、好戦的なオオスズメバチのテリトリーだったからだ。


 シェルターから必要なものを持ちだして、誰も住んでいない未開の地へ。だがそこにはアンドロイド工場と言う彼らにとって何よりもの宝が眠っている場所だった。もちろんそれは十分に下調べが成され、その上での移住。そこに住み着いた彼らはアンドロイドを掘り起こし、インプリンティングを試みた。だが、結果は惨憺たるもの。アンドロイドにアクセスできたのはただ一人、妹のアイリスだけだった。


「この事でアイリスは私たちの女王、そう呼ばれる存在になった。アイリスは自らの卵子を提供し、人工授精で数を増やす。それでもアンドロイドにアクセスできたのは生まれた子の半分だった。ともかくも、アンドロイドを手に入れた私たちはなんとか独力でこの世界に暮らせるだけの力を得たんだ」


「けど、それならなぜ、エルフは他の種族を迫害するのさ。うまく行ったならそれで、共存すればいい話だろ?」


「あんちゃん、人はね、誰かに見下されるのを好まない。そして誰かを見下したい。そんな根源的な性質を持っているんだ。エルフとなった私たちはそれでも、まだまだ他に劣る種族だった。動物種のミュータントはもちろん、硬い外殻と圧倒的な力をもったインセクトには手も足も出ない。弱肉強食、それがルールのこの世界で弱いという事は罪であり、そのままそれが立場の優劣にもつながるんだ。

 さっきヴァレリアがあれだけの事を言ってのけたのも、その表れ。オオスズメバチに対抗できる種族はクロアリを除けば誰もいない」


「それは、判るけど。迫害なんて」


「女王となったアイリスには目的もあった」


「目的?」


「あんちゃんの事だよ」


「俺?」


「そう、女王となり、誰にも遠慮が必要が無くなったアイリスは、カプセルで眠るあんちゃんを確保しようと行動する。しかしあそこはオオスズメバチの縄張り。送り出した者たちはすべて殺された。交渉も試みたけれどそれも不調。そしてアイリスはついにアンドロイドを武器として使った」


「それで?」


「オオスズメバチには銃は効かない。実弾であれ、空気圧縮銃であれね」


「うん、エルフが撃った火薬式のピストルの弾はヴァレリアに弾かれてた」


「そして、単分子カッターなどの近接武器はエルフの身体能力では彼女たちに当てる事すら敵わなかった」


「だろうね」


「かと言ってアンドロイドは数が揃っていない。一人二体。アイリスの家のメイドで一枠、となると稼働できるのは一体だ」


「と、いう事はカエデは?」


「うん、稼働してる。あんちゃんが生きている限りは大丈夫のはずさ」


「…それで、アイリスは?」


「蜂族の家族愛の強さ、それを利用してアンドロイドで娘の一人を攫い人質に。女王と交渉してあのシェルターを取り戻すつもりだったようだ。だが、結果としては最悪。蜂族に同胞を殺されたエルフたちは交渉に現れた女王を殺してしまう。そしてその娘の目の前で死骸を晒した。それに憤った蜂族、それに他の種族も敵対を」


「よく潰されなかったね」


「人質の娘は生きていたからね。そしてまだ子供、そう言っていい年頃のアイリスの子たちにアンドロイドを起動させて防戦を。そこからかな、エルフと他の種族が相容れなくなったのは」


「で、カルロス、お前はなんで?」


「私はね、そういうのにうんざりしていた。アイリスの狂ったようなあんちゃんへの執着も、他の連中の他種族を見下す考え方も。だから私はエルフをやめて外に出た。そこをクロアリに拾われたのさ」


「って事は、クロアリの夫?」


「僕は改造はしたけれど、エルフ、と言えるほどには構造は変わっていなかった。だから彼女たちとの間に子を儲ける事も出来たし、その子たちは優秀だった。今の女王、シルフも私の子だよ。そして私には持ちだしたデータがあった。それを元にクロアリは他の種族よりもたくさんの物が作れる。金属加工、ガラスの生成、他の種族にはできない、できたとしても技術が違う。元々の身体的優位に加え、技術でも。クロアリ族は他種族の中でも強い立場にあるんだ」


「あー、そう言えば葉巻もなにもクロアリの行商から手に入れてるって言ってた」


「スズメバチの一強、それを変えたくてね。均衡する力がなければ彼女たちを抑えきれない」


「抑えてどうするの?」


「この評議会、こうしたまとまりを作り、皆でエルフの暴虐に対処する。アイリスから数世代を経た彼らはより頑迷になってしまっている。数多くのアンドロイドを手にした彼ら。それに対抗するには他種族がより強固にまとまるしかないんだ」


「なるほどねえ」


「スズメバチは確かに強い。けれども彼女たちはその家族愛の強さゆえに決して家族を見捨てない。エルフはそれを知っている。だから数十年前にも同じことが。あんちゃんも聞いたんじゃないかな? 女王イザベラの母はエルフによりなぶり殺しに。アイリスが使った手と丸々一緒さ」


「うん、聞いた」


「そう言う悲劇をこれ以上繰り返さないためには団結が必要。彼女たちは自分たちの強さが絶対、そう信じているから妥協しない」


「それで、どうするつもり?」


「あんちゃんにはスズメバチとクロアリの架け橋になって欲しい。具体的には両方の婿に」


「スズメバチの男の人もそんなような事言ってた」


「あんちゃんが両方に妻を持てばその縁で二つの種族は繋がれる。オオスズメバチにクロオオアリ、この二つの種族が手を組めば他はいやとは言えないからね」


「正直さ、ライオンとか狼とかだったら無理かなって」


「あれはないよね。私もあれはちょっと。いくら体が人でもね」


「うんうん、なんでああなっちゃったの? 普通さ、猫耳とかそんな感じじゃない? 獣人って」


「うん、私もそう思う。けどね、ライオン、それに狼のメインウエポンってなんだと思う?」


「爪と牙?」


「そう、かみつくってのが一番の武器さ。それを十全に生かすにはあの顔の形が必要だった。そう言う事みたいだよ」


「けどさあ、クマだってなんだってびっくりするほど大きいじゃん。かみついてどうこうなる相手じゃないよね?」


「そうだね、それは彼らにとっても想定外だったみたい。ただ、人間に比べれば圧倒的に身体能力は高いし、狩りの本能っていうのかなそう言うのが残ってる。原始人がマンモスを狩るみたいにクマでもなんでも仕留めるらしいよ」


「へえ、すごいね」


「それでも彼らミュータントはスズメバチやクロアリみたいなインセクトに大きく劣る。だから立場も弱いんだ」


「まあ、同じ大きさなら虫の方が強いだろうしね」


「そう言う事。それはともかくあんちゃん。さっきの話、受けてくれるよね?」


「それはいいけどヴァレリアがなんていうか」


「少なくとも嫉妬はしないはず」


「なんで?」


「種類が違うからさ。クロアリといちゃついてても、スズメバチからすれば、そうだね、飼い犬と遊んでるくらいにしか見えないだろうね。その逆もしかりさ。人間の女が動物の雌に妬かないのと一緒だね。安心だよ。多分ね」


 表情のない顔でカルロスはそう言うと機械音声でひゃっひゃっひゃっと笑った。

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