第14話 街にお出かけ(戦闘仕様)
コツコツ、とガラスの窓を叩く音がする。その音で俺は目を覚ました。目の前には俺に絡みつくように寝ているヴァレリア。隣には、普段の態度とはまるで逆に、上品な寝姿のジュリアがいた。
「ふふ、起きたのか?」
「うん、ガラスを叩く音が」
「ああ、もう来たようだな。まったく、もう少し遅くてもいいものを」
ヴァレリアから解放され身を起こすと窓の外にはでっかいスズメバチ。思わずうわぁ! と声を上げる。
「うーん、なんだ、うるっさい」
ジュリアが目をこすりながら身を起こした。ヴァレリアは立ち上がって窓を開け、なにやらスズメバチと会話している。
「ああ、もう来たのか。ほら、この間のあいつだよ」
ジュリアは俺を後ろから抱えるように抱いて、耳元でそう言った。
「あはは、ゼフィロス、そこが大きくなってんぞ。早くトイレに行ってこい。流石に漏らしちゃかっこ悪いからな」
「ははっ、そうだね」
俺は苦笑いをして頭を掻きながらトイレに向かう。この認識の差の壁はとてつもなく厚い。
用を足して部屋に戻ると外にいたスズメバチは正確に俺が寝ていたところに身を置いて、触角を忙しく動かしていた。それを見ながら顔を洗い、歯を磨く。ヴァレリアもジュリアもトイレかなにかに行ったようで、部屋には俺とスズメバチの二人きり。彼女が何をしているのかはものすごく気になるがなにせ言葉が通じないのだ。
とはいえ彼女は俺に危害を加えない事は判っている。謎の行動をとる彼女を横目に、身支度を終えた俺は窓から顔を出して葉巻に火をつける。ふぅぅ、っと紫煙を吐き出して晴れ渡った空を見上げた。そう、今日は評議会とやらに向かうのだ。
この世界で初めて見る他の種族。ヴァレリアたちのように人に近い姿とは限らない。驚いたり、いぶかしげな顔をしては失礼だろう。そんな事を考えていると頭の中に、声が響いた。
『良い匂い。素敵な匂いね。あたしの言う事届いてる?』
ふと振り返るとスズメバチが俺をじっと見ていた。
「えっ」
『あたしたちは匂いで意思を通じるのよ。あなたの匂いを解析して、あなたにだけ、判る匂いを作ったの』
「この声、というか、頭に直接伝わるのは君の?」
『そうよ、あたしの匂い。あなたにだけ伝わる匂い』
「すげー、そう言う事も出来るんだ!」
『あんたはゼフィロスでしょ? あたしは十番目の娘』
「十番目の娘か、ならさ、ジュウちゃんって呼んでいい?」
『いいわよ。けど、みんなにはこうして話せる事は内緒。ヴァレリアにもジュリアにもね』
「なんで?」
『蜂族は嫉妬深いのよ。あたしがあなたにだけ通じる匂いを作ったって知ればなんだかんだうるさく言うに決まってるわ。あのクズどもはね。だから内緒』
「あはは、結構辛口だね。でもさ、ジュウちゃん。俺は他のスズメバチと君を見分けることができないんだ。みんな一緒に見えちゃう」
『ひどーい、あたしは他の姉妹より綺麗だとおもうんだけど。ほら、ここの前肢の模様なんて素敵でしょ?』
「ははっ、流石にそれだけじゃ。ねね、あとでさ、ヴァレリアたちにスカーフかなんか用意してもらうから、首に巻いて良い?」
『そうね、仕方ないわ』
俺は何か楽しくなって、葉巻を灰皿でもみ消すと、ベットのジュウちゃんの横に寝転がった。
「ふふ、なんかうれしいな。こうして言葉が通じるなんて」
『あたしもよ。苦労してあんたの匂い解析したんだから。古の種族で雄のあんたに興味があったの。あ、クズどもが帰ってくるわ。いい? くれぐれも内緒にね』
扉が開いてヴァレリアとジュリアが朝飯を持ってきてくれた。
「ゼフィロス、朝飯を、なんだ、そいつと仲良くなったのか?」
「あ、うん」
「姉貴、ゼフィロスはそいつと知り合いなんだ。こないだのクマ退治の時にね」
「ああ、そう言う事か。それにしてもずいぶんと仲がいいのだな」
じとっとした目でヴァレリアが見るとジュウちゃんはそそくさと俺から離れた。
「あはは、ヴァレリア。彼女は俺の友達なんだ」
「そうか? ならばいいが。さ、飯だ。今日は遠出をしなければならないからな」
パンに卵、それにハム。ジュリアがはちみつをパンに塗ってくれたのでそれを食べ、ヴァレリアが用意してくれた紅茶を飲む。
「ねえねえ、ヴァレリア」
「ん? なんだ?」
「俺さ、彼女と他のスズメバチの見分けがつかなくて。何か布をくれないか? それを首に巻いてもらおうかなって」
「ふむ。それは構わぬが、本人が嫌がるのではないか? な、十番目の娘よ」
ジュウちゃんは俺にはわからない匂いで会話しているのか、
「そうか、かまわぬのであればいいが。ジュリア、ルカに言って何か布を貰ってきてくれ」
「あいよ。そうだなあ。赤か黒? どっちがいいと思う? 姉貴」
「どっちでも構わん。ゼフィロスに見分けがつけばいいのだ。ぼろ布だろうが何だろうがな」
『ね? こういうクズなのよ、こいつは。ジュリアはこいつに比べたら全然マシよ』
「あはは、ジュリア、折角だから可愛いのを頼むよ」
「そうだね。ちょっと待ってな」
食事を終えるとヴァレリアは鼻歌を奏でながら、楽しそうに俺の髪を整えた。そして何着かの服を持ってきて俺に合わせながら顔をしかめた。
「うむ、やはりこれだな。さ、ゼフィロス着替えを済ませるぞ」
そう言って俺の寝間着をはぎ取ると、今選んだ服を着せていく。ハイネックの黒いシャツ。それに、少し赤みがかった皮のズボン。なんの皮かは知らないほうがよさそうだ。それに靴下を履かせられ、元々履いていたブーツとコートを着せられる。
「この上着は暑いかもしれんが、いざという時の備えだ」
「うん。大丈夫だよ」
俺のコートは温度調節機能が付いている。だから多少の寒暖の差は気にならない。もっとも照り付けるような暑さや、吹雪の中ではどこまで役に立つかは怪しいが。そのコートの上にベルトを撒き、そこに剣を吊るした。銃は懐に収め、ゴーグルを装着する。試しにそれでジュウちゃんを見てみたが、やはり答えはunknown。ただのスズメバチとは違うらしい。ま、サイズが普通じゃないからね。
そのあとヴァレリアは自分の着替えを始め、俺とおそろいのシャツを身に着ける。そしてスパッツの上に短いスカート。腰にはすこし無骨なベルトを巻いた。それが済むと俺のバックパックにあれやこれやといろんな物を詰めていく。そのバックパックに二振りの単分子剣を巻き付けると、はい、と当たり前のようにジュウちゃんに差し出した。
「なんだ、その顔は。供をさせてやるのだから荷物ぐらい持て」
『な、な、何よこいつ! ねっ、ねっ、腹立つ女でしょ?』
そう言いながらもジュウちゃんは荷物を引き寄せた。
「姉貴、支度は済んだか?」
「ああ、で、布はあったのか?」
「碌なのが無くてよぉ。ま、アタシの趣味じゃねえがこいつだ」
その布の色は血の色だった。それ、誰の趣味にも合わないよね。
『ちょっと、そんなきったない色! 勘弁してよね!』
「ま、見分けがつけばなんでもいい。ほら、巻いてやるぞ?」
『く、くるしい! ちょっと、ゼフィロス! ぼさっと見てないでこの馬鹿女を止めなさいよ!』
「ね、ね、ヴァレリア、そんなにしめちゃ苦しいって。 ほら、貸して。このくらいにしておかないと」
「そうか、私は飛んでも落ちぬようしっかり絞めておかねばと」
『こいつはバッカなのよ! 死ね、死ね、クズ女!』
「さて、そろそろ出るか。ジュリア、くれぐれも後は頼むぞ?」
「ああ、こっちは心配いらねえ。姉貴こそ。ゼフィロスになんかあったらアタシが許さねえからな」
「それこそいらぬ心配だ。では、頼んだ」
「ああ、ゼフィロス、気を付けてな!」
「うん、行ってくるね。女王様たちによろしく!」
ヴァレリアに抱きかかえられて外に飛び立つ。外にはソルジャーが十人ほど。それと軽く百を超えるオオスズメバチが飛んでいた。
「これより評議会に向かう! 警戒を厳にせよ! 眷属は半分が先行! 何かあればすぐ伝えろ。ソルジャーは周囲を警戒、左右に散れ。残りの眷属は私と共に来い!」
「「はいっ!」」
ソルジャーの人たちとスズメバチたちはヴァレリアの指示通りに陣形を作った。えっと、話し合いに行くんですよね。果し合いじゃないですよね?
「ふふ、どうした? そんな顔をして」
ヴァレリアは飛びながら、不安そうにしている俺の肩に顔を乗せ耳元でそう言った。
「いや、ずいぶん物々しいなって」
「これでもかなり軽くしたのだ。いずれにせよ即応戦力は必要だからな」
「えっと、話し合いに行くんだよね?」
「無論だ」
『これは当然よ? 舐められちゃ話も何もないもの。あたしがいれば大丈夫。安心して』
荷物を抱えてとなりを飛ぶジュウちゃんはそう言うが、こういう事に関しては誰もあてにならない。そもそも話し合いが何なのか、それを知っているかどうかも怪しいのだ。
大空を蜂の大部隊が進んでいく。俺は上下左右、そして前後を蜂に囲まれた中央にヴァレリアに抱きかかえられて進んでいた。やっべえすんごく緊張する。完全に行軍だもの。
途中、沢のあるところで休憩する。ソルジャーの半分は警戒の為、空を飛び、眷属のスズメバチたちも半分は空に上がっていた。荷物を下ろしたジュウちゃんはどこかに飛んでいき、戻ってきたときには大きな桃を抱えていた。
『どう? おいしそうでしょ。一緒にたべましょ?』
「ほう、桃か、気が利くな」
そう言ってヴァレリアは槍を作り出し、その桃を割った。いくつかに割られた大きな桃をそこにいたソルジャーたちとみんなで分けて食べた。すっごく甘くて思わずにやけてしまう。
「うむ、これは中々だな」
『どう? おいしいでしょ』
「おいしい。すごいね、このスズメバチは。そうそう、彼女は十番目の娘なんでしょ?」
「そうだな。私たちとおなじ、ファーストだ」
「なら、ジュウちゃん、って呼ぶことにするね。おいしかったよ、ジュウちゃん」
そう言ってジュウちゃんを撫でてやると嬉しそうに身を擦り付けた。
「余り近寄るな。花粉やらなんやらついて汚れては困る」
『ほんっと失礼な女ね! 身繕いぐらいちゃんとしてるわよ!』
まあまあ、とジュウちゃんを撫でてやる。沢で水を飲み、木陰で用を足す。そんな事をしていると向こうから鎧姿の蜂族の女が何十人かやってきた。
「伯母上。話は聞いた。私たちアエラの娘、30人も加勢する」
「うむ、ご苦労だな。此度の一件は我ら一族にとっては譲れぬ事。頼りにしている」
「無論、全て皆殺しに」
またもや話の分からなそうな人が加わった。そしてさらに、あちこちからオオスズメバチがやってきて、そこを飛び立つときにはすごい数になっていた。
ヴァレリアとジュウちゃんは何やら険しい表情で話し合い、そこからはジュウちゃんが俺を抱えて飛んだ。荷物は別のスズメバチが抱えてくれた。
「何、どうしたの?」
「そろそろ町に着く。
「ああ、俺を抱えてちゃ好きに動けないものね」
「うむ、不自由をかけてすまんな」
『馬鹿にはああ言っとけばいいのよ。あたしのほうが体も大きいから楽でしょ?』
確かに、柔らかさには劣るけど、抱えられて飛ぶ分にはジュウちゃんのほうが楽だ。羽音はうるさいけどね。
そうこうするうちに遠目になにやら見えてくる。ゴーグルで拡大してみるとそこには土で出来た壁で囲まれた街。大きな木を中心に、その周りに家が建っていた。
「あれが評議会のある町、セントラル・シティだ。あの大きな木の中で評議会は行われる」
ついに、様々な種族のいるその街に着く。心の中に、緊張と恐怖、それにいくばくかの興味が同居していた。
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