第5話 雄蜂の定め

 俺たちは再びコロニーの中を進み、大きな部屋に出た。その先は男女で分かれているようで、その先が風呂なのだろう。


「そう言えば着替えも必要だな。お前は先に入っているといい。着替えを用意させておく。上がったらここで待っていてくれ。部屋に案内する」


「ああ、わかった。んじゃ遠慮なく先にはいらせてもらう」


 脱衣所はまるで銭湯のような趣で、棚にかごがいくつか乗せられていた。いくつかのかごは衣類が入っていて先客があることを示している。俺はそのかごの一つを取り出し、脱いだものを入れていく。かごに入っていた小さなタオルで前を隠し、浴場に入った。


 浴場は床が石、風呂桶は木で出来ており、檜なのかいい香りがする。風呂には数人の先客がいた。


 近くにあった桶で体を流し、軽く洗ったあと湯につかる。風呂は10人以上軽く入れる大きさで十分に足を伸ばしてゆったり浸かることができた。


「君が例の人間かい?」


 唐突に話しかけてきたのは先客の一人。


「あ、はい。ゼフィロスと言います」


「かしこまらなくていいよ。僕たちは君を歓迎しているのだから」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」


 目の前の男性につられたように奥でくつろいでいた2人の男性が近寄ってくる。皆、整った顔立ちをしているがタイプがかなり分かれている。ヴァレリアやジュリアに比べ、やや小さく、華奢な感じが否めない。


「僕はグラン。ここの男たちの取りまとめをさせてもらっている。君の事を女王から知らされて、是非話をしてみたいと思っていたところなんだ」


「ええ、俺も聞いてみたいことがあったんでちょうど良かったです」


「ああ、そのことはついさっき、ヴァレリアから知らされたよ。僕たちが知ってる知識について知りたいのだろう?」


「ええ、ヴァレリアたちもよくわからないと言っていたもので」


「ふふ、彼女たちは興味がないだけなのさ。別に隠してるってワケじゃない。僕らが代々伝えてきた知識は『文明』つまり君が持っている知識そのものさ」


「えっ?」


「別に驚くことじゃないだろう? 僕らの祖先は君と同じ人間で、こうして昆虫や動物と融合できるほど高い知識と技術をもっていたのだから。それがいきなりなくなるなんてほうが不自然じゃないかい?」


「そ、それはそうですけど」


「君もここに来て感じたんじゃないかな? 『思ったよりまともな生活』をしているなと」


「ええ、それは確かに。あの事故で文明なんかすべて消し飛んだものだと思っていましたから」


「まあそれが普通だよね。ただね、人間ってのはどんなに形が変わっても求めるものは一緒だったのさ。快適な住居、うまい食事、そして異性」


「まあ、確かに」


「僕たちは持てる知識の中でそれらを満たし、なおかつ争いが起きないように使う知識に制限をかけたのさ」


 人が動物や昆虫と融合を始めた当時、様々な試みがなされた。そもそも生き物というのは全て、食と異性を求めて争うようにできている。


 当時の科学者たちが融合する相手に求めた条件はある程度の自活ができ、異性を求めた争いが起こらない種族。検討の結果、蜂や蟻などのコロニーを作る昆虫が一番適していると結論づけられた。


 一匹の女王に複数のオス、さらにそのオスをたくさんの生殖機能を持たないメスがワーカーとして面倒見る。提唱した科学者が男性だったこともあり、どちらかといえば男性よりの考えで候補が選ばれたとも言える。


 この考えに賛同できない科学者は別の候補を選び出した。ハーレム思想の強い男性科学者は複数のメスを従えるライオンを推したし、ある女性科学者はメスが強いクモやカマキリを推した。そして一夫一婦にこだわる科学者はオオカミに理想の姿を見る。

 会議は一向にまとまる気配を見せず、結局各々が望む姿に変化しようということになった。


 ただ、その際に知識と技術についてはプロテクトをかけることになった。再び悲劇を繰り返さないために。


 禁忌となった技術の代表格として動力が挙げられる。17世紀の産業革命以降、人類の行動範囲は地球全土に広がっていくがその元になった技術、つまり蒸気機関や電気で動くモーター、内燃機関などの動力を封じることで人類の行動範囲を制限。隣り合う者同士の小規模な争いは避け得れないとしても、大規模な軍事行動は不可能な形になった。特に蒸気と電気関連、それに火薬は様々な技術に発展する恐れがあるので厳重に封印される。


 そしてもう一つは通信手段。電波をはじめとした通信技術を放棄することで人の拡散を防ぎ、集落を自然と形成するように仕向けられた。


 これらのことで生産手段は手工業レベル、軍事技術は刀槍レベルに固定。たとえ戦争が起きたとしても小規模な被害に留まるよう設定される。

 その他の技術は各種族ごとに運用を任され、公平になるよう平等に知識と技術を与えられた。そして数世代を経て、それぞれの種族が安定した繁栄をするに至り、西暦は廃され、新暦が時を刻む。


 ところがここに来て大きな誤算が生まれた。一部の種族が絶滅したのだ。まずクモやカマキリなどの種族はその本能を押さえ込むことに失敗。交尾のあとオスを喰らうと言う悪しき慣習から抜け出せなかった。


 その結果、オスの個体数は激減。なぜなら人との融合で寿命の伸びた彼女たちは交尾の回数が増えたのだ。元々子孫を残すために行われた交尾は人間が混じることで快楽を得る手段にもなっていたのだ。

 仮に一体のメスが年に100回交尾をしたとすると、その都度相手のオスは喰われることになり、成人したオスが100体づつ死んでいく。オスが絶滅するまでの期間はわずか数十年。子孫を残せなくなったメスが絶滅するまでそれから200年ほどしかかからなかった。彼、いや彼女たちは自らの性欲によって滅びたと言っていいだろう。


 次に滅びたのがねずみやトカゲと融合した人々だ。彼らは繁殖力に優れ、環境への適応能力も非常に高かった為、一時は最大の人口を誇るに至る。しかし、放射能汚染と隕石のバクテリアで自然界の生物も大きく形を変えており、鳥や獣は見違える程巨大化していた。元々、ねずみやトカゲを捕食する生物がかったこともあって、彼らは図らずも食物連鎖の下位に位置してしまったのだ。技術制限により刀槍しか武器を持てなかったことも災いした。そう言った刃物は巨大化した生物の持つ牙や爪に文字通り刃が立たなかったのだ。

 彼らの作った単純なコロニーは次々に襲われ、捕食されていった。彼らはいつの間にかこの地上から姿を消していった。


 結局生き残ったのは蜂や蟻などの強靭なコロニーを作ることができる種族と元々食物連鎖で上位に位置していたライオンやオオカミなどの種族に限られたのだ。

 これらの種族は互いの生活圏を離し、お互い干渉しないよう生きていく。細々とした通商が行われるほかは互いの接点はほとんどないと言っていい。


 そのような形で数百年を過ごし、繁栄してきた彼らだがここで、新たな問題が発生する。

『コールドスリープ』の目覚めだ。人間としての形と知識をそのまま保全してきた彼らは、どの種族にとっても脅威と言えた。すでに核汚染は沈静化し、人間のままでもある程度行動できるようになっていたこの地上で彼らは覇権を得るべく行動した。


 目覚めた当初こそ、他の種族とも交流を持ち、互いに信頼とまではいかなくてもある程度の盟約を結ぶ事に成功した。住み分けについては合意に達し、技術封印についても彼らの体を環境に適応させるための遺伝子技術だけは認めるという条件付きながらも合意した。


 しかし彼らの奥底では人の形を失ってまで生きる浅ましい種族として他の種族を見ていた。

 彼ら、トゥルーブラッドと呼ばれた人々はその体を遺伝子技術によって、長命化した。これが『エルフ』の始まりだった。特に大きな肉体的アドバンテージを持たない彼らには秘策があった。


 失われた技術、アンドロイドがそれだ。彼らが住居として最初に選んた一帯は過去にアンドロイド製造工場が密集していた土地で、その跡地を掘り返し、アンドロイドを手に入れた。最も民間用の作業アンドロイドだったらしいが。これらにインプリンティングを施すために彼らは肉体改造を最小限に止めたのだ。

 つまり最初から仕組まれていた事だったのだ。

 

 当然、他の種族からは激しい抗議がなされる。ひとつの種族が圧倒的な力を手にすることは当然許されることではない。

 エルフは王を中心とした専制政治をその政治形態に選び、当時の王は他種族の排除を目標に掲げていた。抗議は内政干渉と受け取られ、エルフは他種族に対し宣戦を行う。だれもが恐れていた戦争が再発したのだ。

 エルフは他の種族のように厳しい環境の中、トライ&エラーを繰り返してきたわけではない。その分考え方が短絡的で、差別的だった。政治形態に専制政治を選び、中世風の封建社会を築いていた事もその現れだろう。肉体の変化により、アンドロイドを使える者とそうでない者に分かれた事も階級社会の土壌となったようだ。


 果たして戦争は起こり、何万と言う種族連合と数千のアンドロイドを保有するエルフとの戦いが行われた。数で勝る種族連合は全体としては押しているものの要所要所で敗北を喫した。

 種族連合の武器である、爪や牙、手工業で生産された刀槍は硬度に勝るアンドロイドを覆う特殊セミックを貫くことができなかったからだ。数百体のアンドロイドが前線に出てくるともはや種族連合側にできることは何もなく、只々命を散らして行くほかはなかった。


 数回の突撃のあと連合側は一抹の光明を見出した。アンドロイドに勝てなくともそれを操るエルフを討ち取ればアンドロイドは活動を止め、土に還ることが解ったのだ。

 これにより作戦の大幅な変更がなされ、アンドロイドは無視し、エルフを集中的に攻撃し始める。

 甚大な被害に悩まされたエルフ側はアンドロイドに指示を与えていたマスターたるエルフを後方に下げ、前線はアンドロイド独自のAI任せとした。

 いくら優秀なAIとは言え、所詮は民間用。対人戦闘にそれほどの効率を上げることは難しく、また、連合側も攻め手を欠いた。


 こうして膠着状態に陥ったまま数年が過ぎ、暫定的な和平が結ばれる。戦後処置として捕虜の処遇が話し合われるが元々捕虜を取る習慣のない連合側はすべて殺害したあとだったのだ。交換に応じることができなかった。

 このことによりエルフに囚われた連合の兵は全て奴隷とされ、エルフの中に他種族に対する新たな蔑みを生んだ。

 その後、新たに掘り当て、数を増やしたアンドロイドの力を背景にエルフは生活圏を増加、各種族の住む地域にまで入り込んでくる。各種族は辺境へと追いやられるように移動するしかなく、その場に残った者は差別と嘲りを受けた。


 世界はその中心たるエルフと蛮族扱いに貶められたそれ以外の種族という形に切り分けられた。


「と、長くなったけどこれがこのあたりの歴史さ。どうかな? 君の疑問の大半は解けたんじゃないかと思うけど」


「ええ、よくわかりました」


「それより、ここの女たちはどう感じた?」


「どう、と言っても、せいぜいみんな美人だって事と、あれこれ面倒見てくれる事位はわかりましたけど」


「正直な感想だね。蜂族の女は皆、男性に尽くしてくれる。言い方を変えれば世話焼きなんだ」


「それってすごくいいじゃないですか。理想の女性というか」


「その分悪いところもあるさ。彼女たちは独占欲が強いんだ。ちょっと病的なほどにね」


「そうなんですか?」


「だってそうじゃないか。僕らの生まれてから成体になるまでの時間を全て教育に費やされる。それは確かに大事な事だと思うけど、外に出るのが婿入りの時の移動だけってのはちょっとやりすぎだと思うんだよね」


「え? ってことは今まで一度しか外に出たことがないんですか?」


「そうなんだよ。まあ、子供の頃世話をしてくれた姉のワーカーたちはとても優しかったし、結婚した女王、イザベラも素晴らしい女性だからね、不満があるってわけじゃないんだけどたまには外で文字通り羽を伸ばしてみたいなって」


「そ、それはまた厳しい環境ですね」


「あはは、君も人ごとじゃなくなるかもよ? 何しろ君は男性だからね。知ってたかい? 僕たちインセクトやミュータントとトゥルーブラッドである君との間には子を成す事ができるんだ。しかも噂じゃ生まれた子供はとても能力が高いらしい。

 もしかしたらイザベラもそれが目的だったりして。まあ、君は若いから問題ないかもしれないけれど、蜂族の性欲を甘く見ないほうがいい。僕ら複数の男が女王の婿になるのも遺伝子の多様性を確保すると言う目的の他に、一人じゃ対応しきれないと言う現実問題も絡んでいるからなんだからね。僕としては新しい婿の存在は歓迎だよ。何しろ負担が減るわけだからね」


 そばで黙って話を聞いていた他の男たちも感慨深そうにうんうんと頷いていた。


「……あのぉ、もう一つ質問いいですか?」


「ああ、もちろんさ。君と話すのは僕にとって刺激的だからね。でもその前にそろそろ上がろうか?さすがにのぼせてしまいそうだからね。冷たい飲み物でも飲みながら続きを話そう」


「ですね」


 俺はグランと名乗る蜂族の男性にあれこれ習いながら髪と体を洗った。石鹸やそれを液体状にしたシャンプー、ヒゲを剃るためのカミソリなども用意してあり、ここの風呂はシャワーこそないものの、至れり尽せりの設備が揃っていた。


 風呂から出て脱衣所に行くと俺の脱ぎ捨てた服は持ち去られており、代わりにふんどしのような真新しい下着とゆったりとした寝巻きが置かれていた。剣や銃も持ち去られていたがインプリンティングしてあるので危ないことはないだろう。


 寝巻きに着替え、案内された休憩所ではワーカーの女性が冷たい飲み物を用意してくれた。テーブルには葉巻と据え置きのライターまで完備してあり、灰皿を含めたそれらは細かい装飾が施されたいかにも高価そうななものだった。


「豪華な部屋ですね、ここ」


 俺は勧められた豪華な椅子に腰掛けながら素直な感想を漏らす。


「まあね、僕たちは大事にされてるから。その分制限もきついけどね」


 一緒にいた男性2人は俺に短い挨拶をすると部屋を出て行った。


「彼らは今日の当番なのさ」


「当番?」


「決まってるだろう? 夜のお相手をするってことさ」


「え? 二人も?」


「ああ、交代でね。僕たちもそうだけど融合を果たした種族にとって交尾は子をなすためのものだけじゃないんだ。どちらかというと快楽を求めるための意味合いの方が大きいくらいさ。君たちだってそうだろう?」


「まあ、そりゃそうですけど。でも一晩に二人も相手するなんて」


「君もイザベラにはあったのだろう? 女王たる彼女の大きさは他の一族と比べても一回り大きいんだ。体が大きければ求める物も大きくなる。ただそれだけのことさ」


「ちなみに男性は何人いるんです?」


「僕を含めて5人さ。さっきの二人と別に二人いる。今頃その二人は死んだように眠り続けているだろうけどね」


「え?」


「昨日の当番がその二人だったのさ。翌日は立ち上がれないほど消耗するからね」


「そうなるとグランさんは一人でお相手するんですか?」


「だからこそだよ! 君が新しく婿になれば僕の負担は半分になるんだ。いいよね? 婿になってくれるよね? このままじゃ僕、早死しそうなんだよ! それにあんなイイ女とセックス三昧なんて男の理想みたいなものでしょ? だから僕と一緒に彼女の相手しようよ。それがお互いの為だから!」


 グランさんは今までのクールな仮面を剥ぎ取り、それこそ土下座しかねない勢いで懇願する。


「――すまない。取り乱したようだ。まずは君の質問が先だったね」


 彼は一心地付けるかのようにテーブルの果実水に口を付ける。俺もそれに習って口をつけたあと、葉巻に火をつけた。


「こういう言い方は自分でもどうかと思うんですけど、ここの女性たちは俺に対してあまりに無関心というかなんというか。いくら女王様から伝達があったとは言え、違う種族の俺に対してもっとリアクションがあってもいいんじゃないかって」


「ましてや君は男だからね」


「ええ、そうなんですよ。警戒するなり好奇の目を向けるなりが普通だと思うんですよね。それなのにさも当たり前のように接せられると逆に戸惑うんです」


「そうだね。君の言わんとすることはわかるよ。で、答える前に聞きたいんだけど、君から見て彼女たちは魅力的だったかい?」


「さっきも言いましたけど、とても美しいと思いますよ」


「そういうことじゃない。彼女たちに色気を感じたかってことさ」


「えっと、グランさんの前でこういうこと言うのはどうかと思うんですけど」


「気にしないで。正直に言って欲しい」


「その、女王様と対面したときは、すごく妖艶な方だなって思いました。でも、ヴァレリアたちはこうなんていうか、同姓の友達みたいな気軽さがあるんですよね。言い方はわるいんですけど女の匂いを感じないというか」


「うん、そうだろうね。僕が聞きたかったのもそこなんだよ。ぶっちゃけて言うとね、彼女たちは『女性』ではあるけれども『女』ではないんだ」


「どう言う意味ですか?」


「うん。彼女たちは性別は『女性』。だから胸もあるし女性らしい体型もしている。けれども彼女たちは恋をすることもなければ子供を産むこともないんだ。あ、できないわけじゃないよ。それだけの機能は備わっているから」


「ますますわからないんですが」


「彼女たちは女王によって、一連の『生殖機能』にプロテクトをかけられているんだ。一種の呪いみたいなものかな」


「女王様は呪いをかけるんですか? 自分の娘に」


「もちろん悪意あってのことじゃないさ。種族的なものでね。僕たちがスズメバチと人間の融合体だって事は知ってるよね。そのスズメバチの遺伝子を色濃く受け継いだ僕たちは生き方までも似てしまったんだ」


 グランさんは一息入れるように葉巻を咥え、火を点けた。


「僕らの種族の女性は世代による能力の差こそあれ、生まれた時は皆同じなんだ。女王もワーカーもソルジャーもね。違いが出るのは成体になる時。成人の儀式の日、女王は娘達に特別な蜜を与える。その蜜の種類によって割り当てられた仕事に最も適した体に成長する。

 ワーカーであれば生産や作業に適した形に、ソルジャーであれば戦う事に適した形に。逆に言えば、いらない機能にプロテクトがかけられるということでもあるんだけどね」


「そして彼女たちはその割り当てられた仕事の事だけを考えて生きていくんだ。死ぬまでずっとね。さっき君が言ってたよね、彼女たちのリアクションが薄いって。それはね、彼女たちにとって君は興味を覚える対象じゃないんだ。女王が『君を家族として扱う』と宣言した以上、君は家族以外の何者でもないんだよ」


「要するに彼女たちは『自分で考える』ということをしないんだ。もちろん日常的な仕事の中では自分で考え、行動しているよ。ただ、それ以上のことはしない。ワーカーであれば、コロニーを保全と食料の確保しか考えないし、ソルジャーであれば外敵の駆除。それを成すことが彼女達の幸せであり、生きがいなのさ」


「つまり、独自の考えや価値観はもたないってことですか?」


「考えるのは女王で、自分たちはその決定に従う。その結果例え自分が死ぬことになってもね。それが蜂の生態であり、僕らの生き方なんだ。だからその生き方をする上で最も不必要な物、つまり生殖機能は厳重にプロテクトされる。恋愛感情や性欲は特別視や独占欲につながるし、誰にとっても我が子は一番大事だからね。本来、人間にとって一番重要な感情が彼女たちにはないんだ。これが彼女たちから色気を感じなかった理由さ」


「でもグランさんは違いますよね? 自分で考え、判断している。例えば今、俺にどこまで話すかということも含めてね」


「僕たち男はプロテクトされないからね。知識を受け継ぎ、それを元に判断して女王に助言する。それが僕らの役割さ。それがなかったら僕らは単なる種付け役でしかないからね。それはともかく、君も実験してみるといいよ。君の世話役はヴァレリアだったね。試しに彼女のおっぱいを触ってみるといい。きっと咎めることもなく、無反応だと思うよ?」


「……それは実に、実に興味深いですね」


「そうだろう? そしてここの女を気に入ったならば僕のように女王の婿になるといい。蜂族の女は最高だよ? 美人だし、とても優しいし。アッチの方も極上さ」


「グランさんは他の女性とも経験あるんですか?」


「ば、馬鹿を言っちゃぁイケない。そんな命懸けの事できるほど僕の肝は座ってないよ。僕たちは女王の庇護の下、暮らしてるんだ。浮気なんかしようものなら間違いなく死ぬね。むごたらしく殺されるね」


 よほど苦い記憶でもあるのか苦々しげに顔を歪めながら首を掻き切る仕草をする。


「でも極上って言ってたから比較対象があるのかなって」


「そこはさ、ほら、知識だよ。蜂族や蟻族は女王を中心とした一妻多夫制だからね。肝心の女王が魅力的じゃなきゃ早晩コロニーは滅びちゃうよね。だから女王は姿かたちだけでなく性的な技術も高い。男が喜ぶような仕草や技が受け継がれているのさ」


「女王様すげえ!」


「とは言え、物には限度ってものがあってね。流石に一晩で5回も6回も求められると苦痛になるんだ。3日に一度のハードローテションだしね。最近はさ、快楽よりも命が削られていくのが実感できるようになってきてね。割とマジで。

 ゼフィロス君、君の存在は僕にとっての救世主だと思っていいよね?一緒に女王の婿になってくれるよね? ね?」


「……考えさせてください。あ、ヴァレリアが待っていてくれてると思うのでそろそろ失礼しますね」


 ガックリとうなだれるグランさんを尻目に、俺はヴァレリアと待ち合わせをした広間に急いだ。

「僕はあきらめないからね」と言う恐ろしげな声が後ろから聞こえてきたが無視する事にする。

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