Call22 最初の部活と人面犬と




「はー、退屈……」



 私は椅子に座ったまま、そんなことを呟いた。

 あの校庭で見た変なのが顔を出さないか不安になってカーテンを開けたから、今多目的室には、夕陽が窓から射し込んでいた。

 暗いのはやっぱり怖いし、一人でいると寂しくなる。


 そんな自分に、はぁ、とまた、ため息をついた。



(なーにやってんだろ、私)



 一人っきりのオカルト研究部……なんて息巻いたものの、話し相手もなく一人で多目的室にいると、やっぱり虚しくもなってしまう。

 和美はそんな状態で何年も何十年もいたのかな……と思うと、誰かをつれさりたくなる気持ちも分からないではない。



「……私はそんな真似しないけど」



 ぽそっと言っても、誰かが言葉を返してくれるわけではなくて……陸上部のかけ声だけが校庭から聞こえてくる。

 退屈になった私は、鞄から都市伝説にまつわる本を一冊取り出して、その場で時間を潰すことにした。

 きさらぎ駅やサルユメ、赤マントや口裂け女……口伝やネットで広まったいろいろな都市伝説を見ていると、あるページに目が止まる。

『メリーさんの電話』

 言わずと知れた、メリーさんにまつわる都市伝説だ。

 今さら読むような部分もないけれど……朝からの事を思い出して、複雑な気持ちにもなる。



(メリーさんかぁ……今なにやってるんだろ)



 本当は、この部を設立する前にメリーさんに頼んでいたこともあったのだ。

 わざわざ電話までしたのに、朝の様子だと実行してくれるかは怪しい。



(いいや、どうせ仲良しごっこだし……)



 形だけのトモダチ……。

 メリーさんはお母さんを知っていた。

 それならあとは、お母さんの謝罪をメリーさんに伝えるだけで、私がメリーさんに関わる理由はほとんどなくなる。

 悲しくなんてない、メリーさんだって、私をお母さんの代わりくらいとしか思ってないんだから。



「おい」

「なに?」



 なんだか不機嫌な気分になった私は咄嗟に返事をしてから……ふひゃあっ! と声をあげた。

 私の座る椅子の足元から声がしたからだ。



「俺だっての、いちいち驚くんじゃねーよ」 


 面倒くせぇな……と、なんだか気怠そうな声を出しているのは……。



「あ、人面犬さん、来てくれたんだ」



 机の足の近くに視線を向けると、倉庫裏で見た人面犬の顔がそこにあった。

 弛んだ頬の中年のおじさんの顔。

 それが犬の身体にひっついている様は、相変わらず冗談みたいな姿に思える。



「来てくれたんだじゃねーよ、あいつに頼んだのお前だろ?」

「え……あーそっか、ちゃんと呼んでくれたんだメリーさん。来てくれてありがとうございます」



 私はこの部を設立する前……校舎裏の倉庫でメリーさんに電話をした。

 その時メリーさんに頼んだのは、メリーさんのオトモダチを、このオカルト研究部に呼んでもらうことだ。


 ここは私一人のオカルト研究部だけど、それはあくまで人間に限った話。

 人間ではないものを部に呼んでしまおうと、私は考えている。


 都市伝説や幽霊……メリーさんが集められる子をここに呼んでもらって、ここを交流の場にする。

 どうせメリーさんと関わるなら、メリーさんやメリーさんの知りあいとも仲良くなれるかなと思って、この部活をオカルトとの会話の機会にしようと私は思ったのだ。


 最初の夜を思い出すと怖そうだけど……こっそりワクワクもしていた。

 もっとも、今は仲良くなろう……なんて気分でもないけれど。 

 

 

「礼はいいよ、てめーには言わなきゃなんねぇこともあるからな……」



 人面犬さんはそう言うと、器用に私の目の前の机に飛び乗った。

 なんだろう……と私は思うけど、それより先に聞いておきたいこともある。



「あ、先に質問いいでしょうか?」


「いいよ……てーか敬語やめろ、前も思ったがなんかむず痒いんだよな」


「え? あ、は、はい……えっと、じゃあ……人面犬さんのことなんて呼べばいい?」



 敬語をため口に変えてから、私は人面犬にそう聞いた。

 ジョンは嫌そうだったけど、かと言って人面犬も呼び辛い。



「なんでもいいよ、勝手に呼べ」



 勝手に……。



「じゃあケンさんでいいかな」


 じんめんけんだからケン……安直だけど、名前なんて簡単なのでいいんだ。

 変に目立つ名前をつけると、私みたいに悲しい運命を背負うことになる。

(どうだろう? 気に入るかな……)

 反応が気になってわくわくして待つと、人面犬が返事をした。



「ジョンのがマシだな」



 ジョンのがマシ?

 まさかの返答をした人面犬に、私は目を丸くする。

 あれ? 意外とジョン気に入ってるの?

 いちいち否定してたのに?



「……じゃあ太郎」

「…………太郎より、ジョンのがまだいいな」

「……ジェームズ」

「……悪くねぇがジョン以下だな」

「じゃ、じゃあ次は……」





 ジョン……ジョン……ジョン……。

 私のつける名前はことごとく、ジョンと言う名に打ち負ける。


 なんでもいいとか言ってなかった?


 私はじと、と人面犬を見る。

 すると、人面犬は素知らぬ顔でそっぽを向く。



「……ジョンって呼ばれたいの? もしかして」

「……ちげーよ」

「ジョン」

「ジョンじゃねー」



 あ、尻尾振ったこいつ。

   


「それで花子さんもメリーさんもジョンって呼んでたわけか……なんでいちいち否定してたの?」


 机の上でぱたぱた尻尾を振るおじさんに聞くと、さもめんどくさそうに口を開く。


「さぁな。おい嬢ちゃん、次は俺が話す番だ」



 首を傾げた私の疑問に答えず、無理矢理に話を打ち切った人面犬は、机に乗ったまま真剣な表情を浮かべる。

 さらりと話を流したけど、なにか理由でもあるんだろうか?

 疑問に思いながら、私は人面犬……改めジョンに、話を促す。



「いいけど、なに?」

「お前、俺達のこと勘違いしてんだろ」

「勘違いって……え?」



 私が疑問の声をあげたのには理由があった。

 一つは、人面犬が何をしようとしているのか理解出来なかったから。

 もう一つは、目の前で何が起きたのか分からなかったから。



 巨大な顔、巨大な口。

 冗談みたいに大きな口が開く、そこに並んだ歯は人の物にしては鋭くて……。


 人面犬の顔が不自然なほど大きく膨れあがり、その口を開いたのだと……スローモーションのような世界の中で、私は気付いた。



 人の顔を丸ごと貪れるような口が、椅子に座った私の眼前に接近する。

 人面犬の口からこぼれる、生暖かい嫌な息が顔を撫でても……唐突なその光景に、私の思考はついてこない。

 これじゃあまるで……。



(え? え? なに、なんで……)



 私を……食べようとしてる?



 私がそう考えた直後……人面犬の口が、バクンと閉じられた。





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