Call20 喧嘩




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「メリーさん……ねーったらー、そんなにさっきの約束嫌だった?」

「……」



 食器を洗い終えて、学校の準備をしていた私は、そんな言葉をメリーさんにかけていた。

 メリーさんは私についてくるけれど無言のままで、表情もなんだか暗い。

 しかも声をかけても反応してくれない。

 ……なんだろう、そんなに私の約束したことが嫌だったのかと勘繰ってしまう。

 卒業しても……見えなくても聞こえなくても、メリーさんが近くにいると信じる。

 この約束そのものが嫌ってことはないだろうけど……。



「私、約束はちゃんと守るよ、だからなにか話そうよ」

「るーるーは、分からないのよ」

「なにを?」



 忘れ物がないかの確認をして、準備を終えた私は、鞄を閉じながらメリーさんに顔を向けた。

 カチと、学生鞄の蓋がしまる。



「和美の気持ちも、わたしの気持ちも」

「それは……まぁ、そうかもだけど」



 他人の気持ちが分かるかと言われたら、そんなに分からない。

 ただあの約束は、私が納得できなかったから約束しただけだ。

 まだ短い期間のオトモダチでしかないけれど、悲しんだり泣いてるなら放っておけない。 

 でも、勢いでしたような約束でも違える気はないし、それが気に食わないと言われても私は守るつもりだ。



「和美やメリーさんの気持ちがなんであっても、私は約束を守るよ」

「……」



 それにもまただんまり。

 鞄を持って玄関に向かう私に、メリーさんは無言でついてくる。

 こういうとなんだけれど、メリーさんが約束を怖がっているようにしか見えない。



「……もう、そんな拗ねないでよ。友達になにかしてあげたいのは当たり前でしょ」

「……るーるーは千穂とは違うのね」



 メリーさんが、ポソっとその名前を口にした。

 その名前を聞いた時……私の胸の内に少しだけ怒りが湧く。

 千穂は、私のお母さんの名前だ。

 靴箱から靴を出しながら、私はメリーさんに言い返す。



「違うのは知ってるよ。でも、お母さんと勝手に比べないで」



 私は別にお母さんの代わりじゃない、お母さんだって私じゃない。

 お母さんの代わりとしてメリーさんと約束したわけじゃない。



「私は私、お母さんと違うなんて当たり前。メリーさんが私をどう思ってるか知らないけどさ……」



 靴をはきながら私が言うと、メリーさんはふふ、と嗤ってくる。

 


「るーるーは、わたしと仲良くなりたくてオトモダチになりにきたわけじゃないでしょう?」



 違う……と、反射的に言いかけたけど、出会った夜に自分で言った言葉を思い出して、それを飲み込む。



「それはそうだけど……今なんの関係があるのさ」

「わたしもるーるーと同じなのよ」



 同じ?

 仲良くなる気はないってこと?

 それとも、私と同じように何か目的があったってこと?

 その意味を考えて……私は後ろに立つメリーさんに、言葉をぶつける。

 


「あっそう、私と仲良くなりたいんじゃないってことかな? お母さんの代わりとでも思ってるの? だから捨てないって言ったんだ、助けてくれたんだ」

「……るーるーと同じなの」

「いいよ別に。 お互い様だからね、私も怒んないよ」



 言葉とは裏腹に、私の語気は強くなる。

 靴を履き玄関の鍵を開けると、ドアノブを回して扉を開いた。



「これからもそれでいこうよ、ただのオトモダチなんだから」

「……」



 それに返事はなくて……私が振り返っても、メリーさんの姿は見えなかった。

 いなくなったのかな、と一瞬だけ思ったけれど、さっきの約束を思い出して、その考えを消す。



「いるんでしょ、姿消してるだけで……ま、いいけど」



 私は苛々とする気持ちを隠すこともせずに、そのまま玄関を出て家を後にする。

 蒼く晴々とした朝の空なのに、爽やかな気分にはなれなくて……むしゃくしゃとした感情を抱えたまま学校へと向かった。



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