Call9 ひとりぼっち
意識が揺らぐ
記憶が揺らぐ
ひとりぼっち……そう和美が言った時、私は自分の記憶が、本来のものに戻っていくのを感じていた。
これまでの記憶に違和感はなかった、疑問もなかった。
気付くことなんて出来るはずもない……私はそれを当たり前に感じていたし、そうだと思い込んでいたのだから。
だけどそう……そもそも、だ。
私に……三井和美と言う名の友人は存在しない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私に友人はいなかった。
オカルトに傾倒して、いじめに抗って……結果として私は学校で孤立した。
今も、無視や孤立という形で、いじめは続いているのかもしれない。
だけど私に直接危害を加えないならそれでいい……そう割りきってるだけだ。
友人がいないことは、私にも原因はある。
入院させてしまったこと、本音を話してしまって会話の空気を壊したこと、相手が気にしているであろうことを指摘して喧嘩になったこともある……他にもきっと、私の知らない原因はあるだろう。
反省点はある……でも私はそれを後悔はしない、したくない。
いや後悔したとしても……自分の選んだことで、泣いたりなんかしたくない。
そんな私に今朝……どういうわけか、親友がいたのだ。
気楽に話せる相手が、深夜に学校に入るなんて馬鹿なことを助けてくれる悪友が、私の言葉を信じて、頼りになる親友が……確かにいた。
実際には、私は一人で深夜の学校に入ったし、知恵を借りれるような相手もいなかったのに。
七不思議だって和美から聞いたわけじゃない。
廃墟になんていった覚えもない。
いつの間にかに……昔の経験に、記憶に……和美という友人は入り込んでいた。
不気味には思う、怖くも思う……だけど、その人物がまやかしだったことが、寂しくも思う。
「……ひとりぼっちはね、たった一人のオカルト部員なんだ。その子が同じようなひとりぼっちの子をつれてく、そういう話」
暗闇の中で、和美の声が聞こえた。
「その子はオカルト研究部を作りたかったから、部員を集めて、やっとの思いでオカルト研究部の申請をしたの……。でも、部室の準備をしてた時にさ、高い場所の物を取ろうと机に乗ったら、バランスを崩して死んじゃった……なーんの救いもない馬鹿な子の霊」
この話を聞くことは、きっと一番目の不思議を知ること……それは、七不思議に連れ去られる条件を満たすこと。
だから私は耳を塞いで、扉を開けにいく。
声は、変わらず耳に聞こえた。
「その子の名前は三井和美、廃墟を回るのが好きで、オカルトが大好きだった子」
扉は開かない。
分かってる、こういう時に扉を開けてくれるおばけはそういない。
だって、誰かをつれていきたいんだから。
「その子が死んだから、オカルト研究部は活動する前になくなった。……それでもその子は待ってたの、ずっとずっと、誰かがその部を作ってくれるのを、誰かと一緒に活動する日を」
ふと、メリーさんに言われた言葉が浮かぶ。
なにかがあったら、電話……。
もしかしてメリーさんは、私がつれていかれそうになっている事に気付いていたのかもしれない。
「知っていた人はみんな卒業した、オカルト研究部の事件も、忘れられた……でも、そんな中で、その子を怪談話として噂してくれる人達がいた」
電話だ。
私はスマホを取りだそうとして……背筋が凍り付くのを感じた。
誰かの手が、私の手を痛いほどに握り……スマホを握るのを阻害する。
和美の声は遠くにあるのに、誰かが私を捕まえている。
「嬉しかった、忘れられていないことが。でも、話しかけても返事もなかった、気付かれなかった、噂をしない人達は、いつか姿すら見えなくなった。……だからその子は、自分の噂を話す人間をつれていった。そうすると気付いてもらえたから……」
離して、と叫ぼうとしたはずなのに……口が誰かの手に塞がれる。
手、手、手……無数の手。
足を、腕を、首を……あちこちから伸びてくる手が、抗う私を押さえつけてくる。
そんな私の手から……握っていたスマホが落ちた。
「オカルト部のことも、いつからかどうでもよくなった。ただ話してほしかった、ひとりぼっちのままが嫌だった。……だけどね、その噂をする人も誰もいなくなったの、みえなくなったの。馬鹿なその子は、自分の噂をした子をみんなつれていっちゃったから……。そうして一番目の不思議は語られなくなって……私はひとりぼっちになった」
暗い、暗い……身体が、どこかに沈んでいく。
嫌だ、死にたくない、死んでたまるか……そんな声すらも出せずに、私はただ、視界が塞がれたまま、涙を浮かべた。
「でも、そうしたらね……今度は私みたいにひとりぼっちの子をみつけられるようになったんだ。るーのこと見てた、ずっと見てた。長く見たいから、卒業の前につれていこうと思ってた……」
真っ暗な暗闇の中、意識が薄れていく。
でも、言葉だけは不思議と聞こえてきた。
「なのにるーは友達を作った、人間じゃない友達でも……だから迎えにきたの。メリーさんとるーが仲良くなる前に、友達になる前に……私の前から消える前に」
朦朧とする意識……聞こえてくる声は、どこか寂しそうで。
メリーさんの浮かべていた寂しげな表情が、なぜか脳裏を過った。
「飽きるまで話そう、るー。私はあなたを知ってる、分かってあげられる、私と親友になって……あなたが消えるまで話していよう」
きっと、ひとりぼっちなんだ……和美も、私も。
だから寂しくて、寂しくて……。
だけどね和美。
私はもし、メリーさんとオトモダチにならないで、誰とも仲良くならないとしても……ううん、もし和美みたいにずっと一人でいるとしても。
誰かをつれていくようなことはしない。
自分の孤独を癒すために、誰かをつれていかない。
私は私だ。泣いても絶望しても、孤独を癒すために犠牲なんて作らない。
それだけ考えると……意識が急速に、闇に閉ざされていく。
「へぇ、そうなの、私と同じになっても平気なの?」
和美の声が……怒りと憎悪と嘲笑の混じった声が聞こえてくる。
「なら、私と代わってよ。あなたが永遠に、ひとりぼっちになってよ」
(……やってみろ、私は泣かないからな)
もう……そう思うことしかできない。
深い深い暗闇の底に、意識が沈む……。
私の意識が、溶けていく……。
そんな中で……。
それは聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
着信音。
その音が聞こえただけで……溶けかけた意識が、沈みかけた意識が……明瞭になる。
怪異につれていかれかけていた私の意識を、命を……その電話の音は易々と引き戻した。
目を開く。
真っ暗な闇の中……私の目の前には、通話中になったスマートフォンが浮かんでいた。
『もしもし』
聞こえるのは、鈴を鳴らすような女の子の声。
もしもし……だなんて、あまりにも会話と関係ない、場違いな言葉に私は苦笑する。
私は彼女に助けを求められなかった……だけど考えてみれば、彼女に電話をかける必要はない。
一方的に電話をかけて近付いてくる……彼女はそういう都市伝説であり、七不思議なんだから。
そんな彼女が電話をかけるよう私に言ったのは、ただ私に頼ってほしかっただけなのだろう。
すぐに彼女は、私の場所に来るだろう。
きっと彼女は、いつも私を見ているから。
オトモダチだから、仲良くなりたいから……寂しいから。
――わたしメリーさん――
電話の向こうの彼女はそう言った。
そして誰かが、私を背中から抱きしめる。
その細く白い手は冷たくて、だけど、どこか優しくて……私を守ろうとしてくれて。
その囁きは、私の耳に静かに届いた。
――いま、あなたのうしろにいるの――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます