第88話、窮鼠を噛むヒーローが一人。

「死ネェェェェェェェェェッ!」


「う、動き出した!? こっちへ向かってくるというのか……! くっ、もう金縛りに必要なネズミが……足りないッ! もう、動きを止めることが……できないッ!」


「ウガァァァァァァ!」


 活力、爆発力、全身全霊ッ!


『オリオンマッスル・エクスパッション』


「つ、次はなんだッ!?」


『ファースト・トランスインパクト』


「その構え……まさかっ、頭突き……だと!? わしに頭の形で挑むなど……ッ! クソがァァァ!」


「ウガァァァァァアアァァアアアアァァァァァアアアァァァァッ! 死ネェエエエエエエェェェェェエェェエエェェエエエェェェェッ!」


「ぬぐぅぅぅぅぅぅぅううぅぅううぅぅうううううぅッ! コイツ……何だこの火力……ッ! なんだこの熱は……ッ! わしの……わしの体を……押し返してくる……ッ!」


「ウガゴァァァァァァアアァァアアアアァァァァァアアアァァァァッ! 死ネ死ネ死ネェエエエエエエェェェェェエェェエエェェエエエェェェェッ!」


「体が……体が焼けて……焼けていくッ!」


 殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!


「負けて……負けてたまるか……ッ! ぐぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおッ!」


 ──。


「ガルルルルル……」


 ──。


『お金が足りません』


「……」


 ──。


「グッ……ッ」


 イ……識が……朦朧ト……。


「……あぁ、えっと。その……終わったみたいだな」


 完全な勝利だ。少しずつ脳が処理を初め、立ちくらみにも似た目眩から開放される。と同時に、様々な懸念事項が頭をよぎった。


「……出部太田でぶふとた、大丈夫か!?」


 まず一番気にすべきは彼だ。俺の電撃に巻き込まれているのでは無いだろうか……!


「我の名前は細柳小枝ほそやなぎこえだです」


 突然自動ドアが音もなく開き、腕組みをした肥満の巨漢が現れた。どうやら、窮鼠は俺に金縛りを行うために、全てのネズミを使ったらしい。おかげで彼の金縛りが解けたのだろう。俺の放電から身を守るために外へ避難してくれていたようだ。


「まったく、危ない技を使わないでくださいよ!」


 彼の怒りはご最もだ。俺の使う牡羊座は完全なバーサーカーモード。自分でもコントロールができない。正直な話、何が起きていたのか自分ですら明確に把握出来ていないのだ。

 そしてこれは、よく事故を起こす。敵味方関係なく、強い者から狙って攻撃するようになってしまう。この能力は俺の怒りに起因来ているからだと、昔言われたことを思い出した。


「ごめんごめん。本当は使うつもり無かったんだけどさ。でも上手くいってよかった」


 口座内の金銭は、ちょうどトランスインパクトを放った分で使い切ったらしい。ガトーショコラとの戦いで、どれくらいお金が消費されるのかだいたい覚えてきた。


 もし仮にお金が多すぎれば、窮鼠を倒した後にも暴れまくっていたことだろう。俺の意思で変態は解除できないから。

 また、もし仮にお金が足りなかった場合は、トランスインパクトの不発に終わり、強制的に生身に戻されていたはずだ。


「割と、賭けだったんだけどな」


 俺は、細柳小枝を安心させてやろうと、飛びっきりの笑顔を作って見せた。


「そんなことより、これ。無くされたら困りますぞ!」


 少し不機嫌ながらも、細柳小枝は俺の手に小銭を握らせてきた。


「戦いの隙を見て、我なりに必死に集めました。全部とは言いきれませんが……」


 まさか、俺と窮鼠との戦いの中、危険を冒してまで飛び散ったお金を集めてくれていたとは思いもしなかった。


「あ、ありがとう」


 思わぬ優しさに、思わず拍子抜けた返事をしてしまった。


「い、いや。そんなことより、怪我とかない?」


 慌てて細柳小枝の体を観察するため目を皿のようにする。そんな姿が面白かったのだろうか、細柳小枝は唾を飛ばして笑いながら両手を広げて首を竦めた。


「ははは、見ての通りピンピンしております。全て松本くんのお陰ですぞ」


「……そうか、それならよかった」


 妙な安心感が俺の胸いっぱいに広がったのを感じる。

 その平和を噛み締めながら、俺は飛び散ったお金全てを携帯端末に再入力する。


「ふむ、9,700円か。意外とまだ使えるな」


 今日の戦いで300円も使ってしまったのか。と思ったが、まだ行けるだろう。


「むしろ、一万円もあるって余裕が凄いな」


「やはり一万円は無敵ですな!」


「無敵だね!」


 互いに笑い合いつつ、廊下の先を見る。

 点滅を続けた蛍光灯の下で、エレベーターは口を開いたまま薄ら明かりを灯している。


『上へ参ります』


 完全にこのビルは敵の罠だ。入口から十分に強すぎる相手が待機していた。ダメージを受けなかった分、消費金額も少なくて済んだが、これから先どんな敵が現れるかは想像できない。


「細柳、変えるなら今のうちだぞ」


「いいえ、我は着いていきたい……そう思ったのです!」


 むしろ邪魔なのだが、あえてそうは言わずに頷いた。


「ヤバいと思ったら、お前だけでも逃げろよ。そしてヒーロー協会にSOSを伝えてくれ」


「……それって」


「俺の生死を、お前に託すぞ。相棒」


 俺の言葉を、彼は真剣な眼差しで受け取った。


「よし、上へ参ろうか!」


「はい! お供します、松本くん!」

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