第73話、悪魔にも似た契約を恐れよ。中

「ダーリン、マリーゴールドが自爆した時の経緯と正確な時間を教えて!」


 なぜ、突然ガトーショコラが慌てだしたのかはまるで見当がつかない。しかし、彼女の表情から事の重大さはすぐに分かった。

 敵になぜ情報を与えなきゃならないのか、そもそも召喚したのはお前だろう。絶対教えてやらねぇ。という小さな怒りこそあったが、前日の激しい戦闘や、その後彼女と交わした会話も加味して、俺は即座に返答する。


「時間については明確には覚えてないけど、俺が家の玄関を開ける10分くらい前かな。なんか太陽の光を吸収し続けて、突然燃えたんだよ」


 ガトーショコラは少し悩むように首を傾げ、問いを続ける。


「その時マリーゴールドはなんて言ってた?」


 なんて言ってたっけ……。確か。


「えっと……『輝け』だったかな?」


 そう答えると、ガトーショコラは頭を捻ったまま動かなくなってしまった。真っ白の瞳がギョロギョロと蠢く様は異様で、よく言えば火の通った魚の目、悪く言えばウジの湧いた死体のような目が気持ち悪かった。

 しかし、そんな俺の引き気味な感情とは裏腹に、興味は前のめりになっているのが自分でも分かる。

 召喚士たる本人が謎を抱えているのだ。ラスボスの想定を遥かに上回る何かが起きようとしていることは間違いないだろう。


「うーん、やっぱりおかしい」


 しばらく沈黙を続けていたガトーショコラは、突然そう呟くと残ったチャイを一気に飲み干して俺の顔を訝しげに睨めつける。


「本当に『輝け』って言ったのよね?」


「そうだった……と、思う」


 俺自身あまり自分の記憶が正しいという確証は持てていない。というのも、その後やって来た火車の存在が衝撃的すぎたからだ。


「火車って何よ?」


 ふと油断した隙に、この女は俺の思考を読み取りに来る。


「別に好きでやってるわけじゃなくて……♡ えっと、ガトーショコラの初期状態は、常時発動型の空間魔法で結界を作り出してて、条件発動型のテレパシー能力が使えるようになるだけなの♡ その条件ってのが、お互いに興味を持って10秒間見つめあった時ってだけ♡ アタシは……その、ダーリンの事前々から興味あるって言うか……好きだから、その、見詰めちゃうけど……♡ この能力が発動するってことは、ダーリンもアタシに興味があるってことよね……?」


 俺は即座に目線を逸らし、佐藤亜月という名前で脳内を埋めつくした。


「んもう、ダーリンのバカ!」


 ガトーショコラは頬を真っ赤に染めて俺を吹き飛ばす。俺に触れることなく。


「って、魔法使ってんじゃねぇよ!!!」


「ふんだ! もう知らないもん!!!」


「いや、拗ねる前に教えてくれよ!」


 ジト目で俺を睨めつける彼女に、俺は慌てて補足する。


「マリーゴールドの事だよ。何がおかしいんだ?」


 それを聞いた彼女は、チャイのおかわりを自分のカップに注ぎながら溜息をついた。


「あぁ、それが気になってたからテレパシーが発動したのね。まぁいいわ♡ 教えてあげる♡」


 ニヤっと笑った彼女は、身振りを混じえながら語り始めた。


「アタシが行った花占いはね、基本的にアタシの身の回りで起こる出来事を予言してくれるのよ。まぁ、怪人フラワーが暴れちゃうのはその弊害みたいなものなんだけどね……。って、そんな顔で見ないでよダーリン♡ 怪人フラワーも願いを叶える能力が逆転しちゃってるから、人を食らうことは出来ないんだし。ね♡」


「……ね♡ じゃねぇよ。とりあえず続けてくれ」


 コイツはマジでいつか倒さないとな……とは思うが、今は彼女の話を聞くことを優先しよう。


「まぁ、それで今回出たのはマリーゴールド。まぁ、占いの結果は言うつもりないんだけどさ。その能力と叶えてくれる願いは『太陽になること』なの♡ よく恋愛系の作品でイケメンが言うじゃない? 『君は僕の太陽だ。そして僕は月』って。つまりこの怪人フラワーは悩み多き女性を輝かせてくれる能力があるわけ♡ まぁ、アタシのせいでその能力も逆転してるから、相手の輝きを奪い取り、対象を醜い日陰者にする能力とかになっちゃってると思うんだけど♡」


 そんなに楽しそうに言うことじゃないだろう。


「まぁ、そういうわけで本来なら悩みある人の悩みを増幅させるために動きまくってるはずなんだけど……自爆した。それがよく分からないのよ。なぜ燃えたのか」


「ってことは、マリーゴールドの能力による自爆じゃないってことか?」


「うーん、そうだとおもうんだけどなぁ♡ でもダーリンと赤いおばさんしかその場には居なかったのよね……。あ、そう言えば火車ってなんなの?」


「それなんだけどさ」


 俺は彼女にまだ伝え切れていなかった情報を開示する。


「火達磨のタイヤみたいな妖怪……えっと、魑魅魍魎だったかな? それが突然やってきて、マリーゴールドを連れてったんだ」


 ガトーショコラはじっと俺を見つめる。俺は彼女に心を読まれないよう、そっと目線を外した。嘘をついている訳では無い。ただ、嫌いな女に心を読まれるのはあまりいい気がしないのだ。


「ダーリン、頭でも打った?」


 その一言で俺は、こいつの頭を思いっきり殴ってやりたい気分になった。

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