第59話、赤き髪の女怒りに身を任し。
「えっ、み、水ですか?」
突然の出来事に、理解力が追いつかない。いや、自販機を知らないのか? それ以前に、なんで子供いじめてた? な、何だこの人。とまぁ、怪訝な表情を浮かべてしまったわけだが、無論その感情は俺の顔を通して相手に伝わってしまう。
「ほう、うぬよ。今妾の事を常識知らずの激ヤバマンボーと思ったであろう」
んっ? ん? ん? んんん? げ、激ヤバマンボー? なんだそれ。
「おう、今もそのようなやばたにえんのわーおお茶みたいな表情じゃな。妾、流石に激おこプリプリ大噴火になるぞ」
な、なんだこいつ。めちゃくちゃ真面目な顔をして変な言葉を連呼してるっ!
見た目から推測するに、年齢は20代前半だろうか。黄色人種らしい肌に、真っ赤な髪と深紅の瞳。よく見れば、右は赤が強く左は黄色がかったオッドアイだ。服装は紛れもなく伝統的趣のありそうなもので、教科書や資料集に描かれていそうな赤と黄色の着物。頭の上には、おそらく髪留めだろう。日輪をイメージしたかのような円と三角を基盤としたお洒落なものが刺されており、そしてやはり苛立った様子で俺を睨んでいた。
「あー、えっと、自販機の事ですよね?」
「然り。正確に言うならば自動販売機。エジプト人が聖水を無人販売するために開発したものであろう。話には聞いておる。何せ妾は神であるからな」
うーん、こいつ、関わっちゃダメなタイプだ。
「へ、へぇ。エジプト人が作ったんですか。凄いですねぇ」
適当にやりすごして、子供だけ回収したらそさくさと逃げよう。と決めたはずなのだが、そうは問屋が卸さない。
「おい白黒」
「白黒?」
誰が白黒だ。殺すぞ。
「うぬの頭の事じゃ。おい白黒。妾に水を奢れ」
なんて態度だ。腹が立つ。人に物を頼む態度ではない。むしろ、召使いや従者に命じる感じだ。
「生憎、あなたのために時間を費やす暇は無いんです。俺はこれから用事があって、めちゃくちゃ忙しいんです。俺のこの頭見てくださいよ。めっちゃ白いでしょ。これ、苦労したら起こる若白髪って現象でしてね。頭白くなるくらい頑張ってるんです。ということで、さよなら」
さぁ、少年達よ共に帰ろう。ヤバいやつとは関わらない方が身のためだ。そう表情に浮かべて小学生三人組に歩み寄る。しかし、流石はガキンチョ。俺の意図をまるっきり汲み取ってくれない。
「コイツ、コイツよくもやってくれたな! ライダーキィィィ──」
「少年ッ! 年齢的にどハマりするのは分かるけれどそれ著作権的にやばそうだから叫ばないでぇー!」
直感で、少年の身に危険が及ぶと感じた俺は駆け出した。そう、危険を察知したのだ。別に文体的にアウトなワードが飛び出しそうだったとか、そういう訳じゃない。断じて違う。これはあくまで、ヒーローを生業としている者として持つ超直感みたいなものだ。
「えい! えいえいえいえい!」
「やっちゃえやっちゃえ!」
「おれもきーーーっく!」
しかし、予想に反して女は無反応極まりなかった。子供達の懇親の蹴りも、パンチもタックルも、どれも無力化されるのだ。ビクともしない。ただ着物が揺れる程度。
「なんじゃうぬらは。暇なのか? 暇ックスピーポーオンザビーチ姫なのか? 仕方ないのぉ。妾は喉が渇いたというのに」
また訳の分からない日本語が飛び出してきたが、彼女は恥ずかしがるような素振りを一切見せない。まるでそれが正しい言語であると心底から信じきっているみたいに。
「仕方がないの。軽く遊んでやるわい」
彼女はそう言うと、懐に手を伸ばした。それと同時に、俺の脳裏を嫌な予感が横切り、冷や汗が流れ落ちる。
子供の首根っこ捕まえて持ち上げるような女だ。何をしでかすか本当に分からない。それこそ、ナイフや銃のような危険物を取り出す恐れだってある。
「や、やめろっ!」
慌てて腰に手を当てたが、遅かった。女は懐から少し大きめの円鏡を取り出したのだ。まるで資料集に乗っているような。
「って鏡かーい!」
同じ事を思ったのだろう。少年もツッコミを入れる。
「それこっちに向けんなよ!」
「おっぱい」
「そーだそーだ! 自分の顔見とけババア!」
一人、懐の隙間からなんか見てるぞ。教育上よろしくないもの見ちゃってるぞー。おっぱなんとか見ちゃってるぞー。けしからん。
「今お主ら、なんと言った?」
ほら、案の定キレた。彼女は子供達に向けていた鏡を懐に仕舞うと、突如として少年の首根っこを掴みあげる。
「やはりうぬは死ぬべきだったな」
いや怖い怖い。子供にやることじゃないし、なんでそんな鬼みたいな変顔してんの。鬼のような形相って言いたかったけど、あまりにも鬼そっくりでもはや変顔に見える。いや、鬼と言うより……なんだろう。もっと不定形な顔だ。ってか子供に突然ガチギレするのなんなの?
「おい、子供。よく聞け。妾の名はバーニング。これよりうぬを焼き殺す」
唐突のヤキコロ宣言により、子供の涙の大合唱が沸き起こったのは言うまでもない。
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