第58話、赤き髪の女自販機を灯して。
「んじゃ、また明日ですな。松本くん」
「あぁ! またヒーローについて話そうぜ!」
偶然隣の席になった男子生徒に手を振って、俺は校舎を後にした。結局のところ、入学式には思ってたよりも猶予を持って間に合った。入口をくぐれば、すぐ目前にはクラス表が用意されており、その教室に向かうようにとだけ書かれていた。
なんとも残念なことに、俺は佐藤亜月さんとは別のクラスになってしまったのだが、しかし仕方の無いことだと割り切ることでその日一日を無事に乗り越えることが出来た。正直な話、朝の一件について色々と弁明したい気持ちでいっぱいだったのだが、結局のところそれを解消するには至らなかった。ガトーショコラの不意な告白に、拒否を示す俺、そして勘違いしてしまった佐藤亜月。まいったな、どうやって誤解を解こう。同じクラスになってくれたら、ホームルームが終わった直後に話しかけて一緒に帰る約束に漕ぎ着けることも出来ただろう。しかし、いざクラスが別れてしまうと、わざわざ会いに行くのも気まずくなってしまうのだ。意気地無しの根性無しの根無し草な俺は……いや、ルームシェアだから住む家はあるのだが。とにかくそんな心の弱々しい俺は、佐藤亜月を避けるようにしてそさくさと帰路につくのだった。
「また、明日ですぞッ!」
隣の席に腰掛けた、ふくよかな肉体の男子生徒が俺の背中越しに手を振る。ヒーローに憧れるヒーローオタクなのだそうだ。俺の髪の色を見た瞬間、「昨日の駅前で女の子を助けた鬼龍院刹那ですな?」と声をかけてきたのが切っ掛けだった。面倒な奴に絡まれたと思ったが、話してみれば悪い奴じゃないということも分かり、なんとなく意気投合したわけだ。
「しかし……」
名前を聞きそびれた。どんな名前だっけ……たしかクラスで自己紹介していたな。かなり特徴的な名前だったことは記憶している。えっと、
「ちなみに我、自己紹介を忘れていましたな! 我、
突然大声で叫んできた。お、おう。名前は痩せてたか。
「も、もちろん覚えてるよ! また明日ね出部くん!」
間違えた。
「ほ、細柳くん!」
セーフ。あとは振り返ることなく、ひたすらに黙って家に帰ることを意識した。
にしても、今朝はガトーショコラとやいやい言い合っていたから気にも止めていなかったのだが、この街は本当に入り組んでいるな。なんと言うか、一人で歩くと心細いと感じてしまう。とても、暗く不気味なのだ。
「大都会とは聞いていたが、町外れの住宅密集地帯ともなればこんなもんか」
と、自分に言い聞かせはする。しかし、いつどこで何が出てくるかも分からない不気味さに溢れかえっていた。妖怪とか。例えば、背後をぺたぺたと着けてくる癖に、振り返っても姿は無い。だとか、それこそ赤ちゃんや子供の泣き声が突然聞こえてくるとか。
そんな想像をした瞬間だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
突然子供の泣き声が聞こえてきたのだ。
「まさかっ!
怖い想像をしていても、ヒーローとしての活動が長いせいだろうか。悲鳴が聞こえてくると咄嗟に駆け出してしまう。いや、むしろそれでいい。俺は自分の生まれ育った村を
幸いなことに、声はすぐ近くから聞こえてきた。きっとこの先の角を右に曲がれば、何らかの植物種が悪さをしているに決まっている!
「辞めろッ!」
角を曲がり、腰に手を当てた。トランス代償の金が枯渇していることを細柳小枝に話したお陰でご布施してもらった5000円が俺にはある。これで思う存分戦えるわけだ。まぁ、金が無いからくれとせがんだのは俺な訳だが。いやしかし、ヒーロー好きがヒーローの助けをできるなんて光栄な事だろう。と勝手に解釈しておく。
さぁ、いざ戦闘だ! ガトーショコラにボコられた鬱憤を晴らすつもりで、思いっきり暴れてやる。と思ったが、そこに居たのは
「助げでぇぇぇぇ」
ランドセルを背負った少年の胸ぐらを掴み、天高く持ち上げる人物がそこにいたのだ。
「なんじゃ、うぬは?」
その人物は、腰まで伸びた真っ赤な髪の毛をふわりと揺らしてこちらを振り返った。赤い瞳がじっと俺の顔を見つめる。まるで大河ドラマから抜け出してきたかのような、赤と黄色を基調とする派手な和服に身を包ませた女だ。
「ぼ、ぼくたちのともだちをかえせ!」
「おいこの! はなせ、はなせ!」
「うわぁぁぁぁぁっぅっううっうわぁぁぁぁん」
女に胸ぐらを捕まれ、顔面を涙と鼻水でグチョグチョに濡らす少年。そんな彼を救い出そうと蹴りや拳を健気に放つ子供が二人。
そんな小さい子らを、女は冷たい目で睨みつけて口を開いた。
「うぬらは使えぬな。おいそこの男、うぬに妾は問うぞ」
彼女は、片手で持ち上げていた少年を投げ捨てると、隣にひっそりと佇む自販機を殴りつけた。
「こやつ、如何にして水を吐きよるのじゃ」
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