第50話、それは花言葉で。

「それって、どういう……?」


 動揺を隠し切れない俺に、ガトーショコラはゆっくりと近づく。


「そのままの意味よ、ダーリン♡ ダーリンだってトランス能力者なんだから、分かるでしょう……? 願いには必ず対価が付きまとうって」


 彼女の言葉の意味は十分理解できる。俺の場合は金。力を欲した代わりに、金を失う。俺に能力を与えてくれる星座は、俺から金を巻き上げる。それが対価だ。


怪人フラワーも一緒よ。コイツらはアタシが召喚する過程で行動原理を入れ替えてる。だから人の願いを邪魔するために襲うことはあれど、人の願いを叶えて食らうことは無い」


「つまり、お前が召喚してない場合は」


「願いを叶える代わりに、その人間を食べて成長する。ダーリンって貧乏だけど頭は良いっぽいから、聞いたことあるんじゃないかな? この言葉」


 いちいち一言余計だが、それにツッコミを入れるほど悠長な会話ではなくなってしまった。


「……桜の樹の下には死体が埋まっている」


 ガトーショコラの瞳が、真っ直ぐと俺を見つめた。眼光が冷たく刺さる。


「まさか」


「たくさん栄養があると、綺麗な花を咲かせるのよ♡ 怪人も、人間も」


 ガトーショコラは、そう言い切ると俺から距離を置いた。その時、ほんの少しだけ、彼女の鼻息を感じた。化け物ではなく、普通の人間の女の子としての。


「アタシだって、人が死ぬのは嫌だもん。だから、怪人フラワーの目的を逆転してるの。願いを叶えないと食事ができないコイツらの思考をちょっといじって、絶対に願いを叶えられないようにする。アタシはそのために能力を使っていた」


「お前、まさか人類の味方……?」


 今まで、怪人フラワーを召喚し、街を破壊することで何らかの悪事を働こうとしているラスボスとばかり思っていた。しかし、勘違いしていたのかもしれない。


「あはは♡ それを決めるのはアタシなのかな?」


 ガトーショコラは答える事を避けた。その理由は分からない。しかし、なぜだか憎めないと思ってしまう。


「もし、お前が召喚しなければ、どうなるんだ?」


 恐る恐る問いかける俺に対し、ガトーショコラは満面の笑みを浮かべた。


「それは無理。アタシが存在し続ける限り、アタシの願いを叶えるために怪人フラワーは自然と現れるの♡ それこそ」


 彼女の瞳孔が、白く輝く。蛇に睨まれたカエルの気持ちを、今初めて知った。


「人類が滅亡するまで、永遠にね♡」



 彼女の言葉に嘘偽りは無い。彼女が存在し続ける限り、人類の脅威になりうることは変わらない。しかし、俺にコイツを倒すことは出来るのだろうか。それは、強さという意味合いもそうだが、それ以上に。俺はガトーショコラという存在を受け入れ始めていた。


「ところで、そこにいるサフラワーはどうするんだ」


 問いかける俺に、ガトーショコラはステッキを振って答えた。


「サフラワー、和名ベニバナ。染料や植物油として利用される植物。菊の仲間」


 彼女のステッキから、紫色の光が溢れ出る。


「花言葉は、『化粧』『包容力』。その願いは、コイツらに取り憑かれている間、絶対に叶わない。だから、母親はいつまで経っても美しく化粧されず、息子は誰にも受け入れられない」


 紫色の光は、サフラワーの全身を包み込む。それは程なくして、強いエネルギーを放出した。


 ──ドゴォォォォォオオオオオオオオン……。


 地面がえぐれるほどの、大爆発。特大魔法を使うまでもない、完全な瞬殺だった。


「ダーリンはヒーローだからね、人間の為にも、超頑張ってね♡」


「ははは、お前のせいで仕事が増えるんだっての」


 思わず笑いが込上げる。

 そんな俺を見て、ガトーショコラはそっと笑みを浮かべた。とても優しい笑顔だった。今まで見せてきた、ラスボスとしての表情ではない。ひとりの女の子としての、とても優しい表情。


「ダーリン、アタシの話をちゃんと聞いてくれてありがとう。アタシ、ダーリンの事を殺そうとしたのに、信じてくれてありがとう」


 改まってそんなことを言われると、どう返せばいいものか分からない。


「アタシ、ダーリンに大事な話があるの」


 そう言えば、そんなことを言っていたな。


「なんだ、大事な話って」


「聞いてくれるの……?」


 目を潤ませてこちらを見つめてくる。その表情、どこかで見覚えがある気がしたが、少し考えてみてもやはり思い出せそうには無かった。


「……ちっ」


 なんだか、しんみりとした空気は性にあわない。むず痒くなる。


「んで、何の用だよ。さっさと済ませろよな。せっかくの亜月ちゃんと初登校だってのに。お前のせいで遅刻したらシャレにならないだろ」


 溜息混じりに鞄を担ぎ、わざとぶっきらぼうに言い放つ。少し首を傾げ、後頭部を掻いた俺に対し、ガトーショコラはクスリと笑って涙を拭いた。


 それから彼女は、まるで舞台役者にでもなったみたいに両手を広げて笑った。大声で、笑ったまま語り出す。


「アハハハハハハハハ! よくぞ聞いくれたねぇ! 勇者よ。アタシは君の愛しのヒロインの体を奪い、その心の隅に住まう邪悪な悪魔。ガトーショコラ様だ!」


 ようやく、いつもの調子に戻ったらしい。

 俺も、ほんの一瞬だけ深呼吸して目を吊り上げた。


「辞めろ、見ていて痛々しい」


「ガガーリンッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る