第49話、それは怪人の正体で。

「ダーリン、花言葉って知ってる?」


「ウギガギギグギガァガガアアアググ」


「そかそか、やっぱり知らないよね」


「ウグググガガガガギギグガギギガギ」


「あはは♡ 可愛い」


 ガトーショコラは、嬉しそうにステッキを振った。それと同時に紫色の光が宙を舞う。


 ──ボンッ。


 また、とても小さな爆発が起きた。


「んじゃ、花言葉について教えてあげるね♡」


「ウガァァアアアアアアアアアアッ! ママはまだお化粧ゥガアアアアアアア!」


「うるさい♡」


 ──ボンッ。


「お前、そろそろ解放してやれ? 流石にサフラワーが可哀想に思えてきたぞ……」


 呆れた声を出す俺に目線を合わせ、ガトーショコラは慌てた声を出す。


「えっ! 幻滅した? もしかしてアタシ、ダーリンに嫌われることしちゃった?」


「それ今更じゃね?」


「ガガーリンッ!」


 そのネタ、まだ引きずってたか。


「んで」


 俺は石英と大理石が入り交じった道路に腰を落ち着かせて胡座をかく。そのまま話を切り出さなければ、永遠とガトーショコラによる拷問シーンを見続けねばならないだろう。


「花言葉がどうしたよ」


 呆れた風を装って訊ねる俺を向き、ガトーショコラは人差し指を空へ向ける。


「説明しよう! 花言葉とは、花それぞれが持つ特殊能力のようなものである!」


「何言ってんだお前」


 花って、あれか? 道端とかに生えてる。それを特殊能力と言っていいのか?


「あはは♡ ダーリンにはまだ難しかったでちゅねー」


「殺すぞ」


「はい、ごめんなさい」


 彼女は小馬鹿にした態度を改めて、真面目な顔を必死に作りながら説明を再開した。


「花にはね、種類ごとに花言葉があるの。人間が思いを込めて付けてあげたんだけどね。その花言葉には、なんて言うかな……言霊、そう。言霊が宿っているの」


「言霊……?」


 ガトーショコラは嬉しそうに頷いてから、サフラワーの葉っぱを引きちぎる。


「この植物にも、昔の人間が願いを込めたの。それが花言葉。ダーリンもトランス能力者だから分かると思うけど、人の願いっていうのは結構強い力を持っているのね。それは時に、超能力者を生み出したり、アタシ達みたいなトランスを生んだり。そして時には『人ならざるもの』を生んだり」


「人……ならざるもの」


 幽霊や妖怪、魑魅魍魎の類。人のすぐ側にあって、人ではないもの。


怪人フラワーもそうなの。コイツらは怪人なんて大層な呼ばれ方しているけれど、本来は妖精みたいなもの。花言葉に従い、人の願いを叶える存在なの」


 そこまで説明すると、彼女はまたサフラワーの伸び始めた根を爆破させる。彼女曰く、逃げないようにする為だとか。なかなかにヘビーなことをする。


「待てよ、怪人フラワーが花言葉に従い願いを叶える存在だとしたら、良い奴なのか?」


 ふと浮かんだ疑問に対し、彼女は首を横に振って応えた。


「良い花言葉はとても多いわ。でも、出現したフラワーのほとんどが人間に害を成す存在よ」


「何故だ?」


 今までの話だと、コイツら植物は人間の願いを叶える存在のはず。


「まさか、人間の願いがそれほど醜いってことか……?」


 自分の冷や汗が、まるで他人に吹きかけられたもののように感じるほど冷たい。俺は、人の醜い執念と戦わなきゃならないのだろうか。


「ん? 何言ってるのダーリン?」


 しかし、ガトーショコラの反応は想像とは違った。まるで俺が見当違いなことを言ったかのように首を捻り、あははと笑う。


「ダーリンもう忘れちゃったの?♡ もー、おバカなんだから♡」


「殺すぞ」


「はい、ごめんなさい」


 彼女は真顔を必死に繕って続ける。


「アタシのガーネットの特大魔法で召喚したのがほとんどよ? ガーネットの空間魔法、忘れちゃった?」


 平然と、さも当然のように、ガトーショコラは一切悪びれる様子なく言い放った。


「アタシの空間魔法の影響で、『人間の願いを叶える』という強い思いが『人間の願いを叶えさせない』っていう目的に変更されたに決まってるじゃな──」


「ファースト普通のパンチッ!」


 彼女が最後まで言い切るより先に、俺の右ストレートが顔面にヒット。ど阿呆女をぶっ飛ばす。


「全部てめえのせいじゃねぇか!!!」


「……てへ♡」


 ずっこけたまま舌を出す。いや、てへじゃねぇよ!!!


「もしそうだとしたら、怪人フラワーもお前の被害者じゃねぇか!」


「まぁ、そうなっちゃうかなー。だって仕方ないじゃん! どうしても花占いしたかったんだもん!」


「他人に迷惑かけずにやっとけッ!」


 俺の右足がガトーショコラの腹部にクリーンヒット。


「お前はもう少し自分のやったことを反省しろ!」


「あう……だって」


「だってもヘチマもねぇよ!」


「ヘチマ?」


 言い回しが完全に父親の受け売りだ。伝わってない。


「とにかく、フラワー達を助けてやれ」


 頭をかいて溜息一つ、そんな俺に、ガトーショコラは答えた。


「無理よ。だってアイツら、願いを叶えたらその人間を栄養分として食べちゃうもの」

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