番外編(マリー編-3)
「モテモテだね」
フランが嬉しそうに話しかけてきた。
「はぁ~」
私は大きくため息をつく。
何でこんなことに――。
事の発端は私だと分かっている。
取材を受けた際に、取材者からの質問だ。
「魔都ゴンドで行われた、四葉商会所属のフラン様の結婚式は、本当に素晴らしかったですね」
「ありがとうございます」
「マリー様とフラン様は、御友人とも伺いましたが?」
「はい、そうですね。四葉商会を立ち上げる前からの仲です」
「巷では、そろそろマリー代表御自身も? との噂が御座いますが、そのあたりは如何でしょうか?」
「残念なことに、私にはお相手がおりませんので、お相手を募集しているところです」
「そうでしたか‼ マリー代表のような美貌の持ち主であれば、お相手などすぐに見つかりそうだと思いますが?」
「そんなことは、ありませんわ」
この内容が雑誌に掲載されると、多方面からの問い合わせが多かった。
以前にヘレフォードさん経由で縁談を申し込まれた方や、新たに結婚を前提でお付き合いをしたいなど――。
直接、店に来て手紙を渡してほしいと懇願する人まで現れているので、業務に支障をきたしている。
「はぁ~~~」
私は深いため息をついた。
「それで、どうするの?」
「どうするって……」
フランの質問に、言葉が詰まる。
この状況を打開する必要はあるが、打開策が思いつかない。
言い方は悪いが、半分以上は四葉商会代表の肩書きがあるからこそ、アプローチをしてきているのだと思っている。
ただのマリーだけであれば、これほどの問い合わせは無かっただろう。
身分や肩書きを気にすることなく、誰にでも同じように接していた彼の姿を何度も思い出す。
イース王妃も、その肩書きが煩わしくなるときがあるようで、私たちとは友人関係でいたいと仰ってくれている。
今なら、イース王妃のお気持ちが少しだけ分かる気がした。
「じゃぁ、私は行くね」
「えぇ」
フランは仕事のため、部屋を出て行った。
「はぁ~」
私は何度もため息をついていた。
こんな時、彼なら――。
気軽に相談できる相手がいないのだと、この数年で痛いほど感じていた。
「大変そうですね」
顔を上げるとシロがいた。
「まぁ……ね」
「苦手分野の対応のようですね」
シロの言葉は、的をついていたので、私は何も言い返すことが出来なかった。
「本心ではないんでしょう?」
「えぇ……」
「誤解を招いたのであれば、きちんと訂正をするべきですね」
「それは分かっているけど――」
私自身、考えがまとまっていない。
「四葉の女帝も、恋愛については臆病なのね」
シロは私を揶揄っていた。
彼が居なくなって、彼の性格に似てきたと私とフランは感じている。
もしかしたら、シロなりに彼に近づこうとしているのだろうか?
「明日の晩餐会は、大変そうね」
「そうね」
明日はルーカス国王主催の晩餐会が開催される。
私は事前に聞かされているので、晩餐会が開催される理由を知っている。
アスラン王子の婚約発表だ。
御相手は地方の下流貴族令嬢だった。
ルーカス国王の生誕祭で、アスラン王子の目に留まったらしい。
正確には生誕祭の場でなかった。
生誕祭に間に合わせるため、数日前から貴族たちは王都に滞在する。
遠ければ遠いほど、遅れるわけにいかないので早めに王都に到着する傾向がある。
生誕祭までの数日の間は王都はお祭り騒ぎになる。
叔父のダウザー様の影響もあり、二人で町を御忍びで徘徊していた際に、馬車から降りて路肩でうずくまっている女性に駆け寄り、怪我の手当てをしたそうだ。
アスラン王子とダウザー様も駆け寄り、その令嬢と共に女性を介抱した。
周囲にいた人の話だと、前に通った馬車と接触したそうだが、そのまま馬車は通り過ぎてしまった。
明らかに気付いていたそうだが、身分の違いもあり女性も含めて、見ていた町の人たちも言い出すことが出来なかったのだと思う。
その姿にアスラン王子は感動したそうだ。
ダウザーは、その駆け寄った令嬢を知っているので、アスラン王子に令嬢の名が『ローリア』だと教えたそうだ。
その夜、アスラン王子はダウザー様と一緒に、父親であるルーカス国王に相談をする。
早速、国王は暗部を使って、ローリア様の素性を調べさせる。
暗部の仕事は早かった。
地方の令嬢ということもあるため、貴族とはほど遠い質素な生活だった。
その分、領民たちは幸せな生活を送っている。
ローリア様は領民にも慕われていると報告された。
話を聞いた私は、地位でなく人柄で選んだのは、アスラン王子らしいと感じた。
その後、アスラン王子は生誕祭の時に、ローリア様にお声を掛ける。
隣には町の時と同じようにダウザー様も一緒だったらしい。
声を掛けられたローリア様と御両親は、粗相でもあったかと思い、表情が固まっていた。
周りの貴族たちも、名も知らないような下級貴族の娘であるローリア様にアスラン王子がお声を掛けられたのが、不思議な感情と、嫉妬の感情が混じった視線を浴びていた。
アスラン王子がローリア様の耳元で話すと、アスラン王子とダウザー様の顔を見直したそうだ。
その後、詳しい話は教えてもらえなかったが、アスラン王子とローリア様は御婚約された。
嬉しそうに話すイース王妃の顔が、今でも忘れられない。
それだけ、ローリア様の事を気に入っているのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王族による晩餐会が開催される。
これは何か発表があることだと、集まった貴族や商会の代表たちは理解していた。
既に、騎士団長ソディック様と結婚したヤヨイ様が御懐妊されたや、貴族の爵位の変更などと、いろいろな噂をしていた。
アスラン王子とローリア様のことは、生誕祭の後に少し噂になっただけで、王子と下級貴族令嬢の立場の違いもあり、すぐに立ち消えたようだった。
晩餐会冒頭で、アスラン王子の御婚約が発表されると、会場がざわつき始める。
相手が誰なのかと考えているのだろう。
周囲の声に耳を傾けるが、誰もローリア様の名を挙げる人はいなかった。
そして、御婚約者としてローリア様の名前が発表されると、先程以上に会場がざわついていた。
ローリア様を知っている人たちは早速、ローリア様の御両親に駆け寄っていた。
王族に嫁入りしたことで、下流貴族から王族の親族になったからこそ、誰よりも早く媚びを売りたいのだろうと思いながら、遠くからその様子を見ていた。
その後、爵位の変更が発表された。
当然、ローリア様の御両親は王族の親族になりので、上級貴族に格上げされる。
貴族たちは発表により、一喜一憂していた。
格下げされた貴族は、その発表に異議申し立てをするが、大臣たちから領民たちへ酷い仕打ちをしている証拠を次々と公開されると、何も言わなくなる。
爵位はく奪された貴族もいた。
発表と同時に会場から退場させられていた。
これはある意味、見せしめなのだろう。
過度な税金により、領民たちの生活が損なわれることはエルドラード王国として許しておけないということを、無言の圧力で示した。
明日は我が身だと考えている貴族たちもいるに違いない。
そして、自由時間になると何人かの男性が私の所にやってくる。
両親と共に自分のことをアピールしてくる男性もいる。
分かっていたが、ほとんどが求婚だった。
アスラン王子とローリア様の御婚約もあり、王族とも繋がりのある四葉商会代表と是が非でも関係を築きたいのだろう。
最初こそ、笑顔で対応をしていたが、徐々に疲弊してきた。
「お困りのようですね」
声の主はヤヨイ様だった。
隣にはソディック様もいる。
ヤヨイ様とソディック様の登場で、私の周囲から人が散っていく。
「ありがとうございます」
私は御二方に礼を言う。
「これで私も肩の荷が下ります」
「まだまだですわ」
ヤヨイ様はソディック様と御結婚されたが、王位継承権は放棄していない。
今の言葉から、アスラン王子が御結婚されるまで……いえ、アスラン王子とローリア様に跡継ぎが生まれるまでは立場上、王位継承権を放棄出来ないのだろう。
「記事拝見致しましたわ」
「お恥ずかしいかぎりです」
「今の様子ですと、意中のお相手はいないようですわね」
私は苦笑いで返した。
ヤヨイ様はユキノ様が居なくなられてから変わられた。
イース王妃と共に、何度も四葉商会でお話をして強くなられたと感じている。
「自分のお気持ちを、正直にお話された方が宜しいかと思います」
「そうですね」
「マリーさんを軽視している人たちに、四葉の女帝を見せつけてあげましょう」
過激な発言をするヤヨイ様を、隣のソディック様は笑っていた。
「お手伝い致しましょうか?」
悪そうな表情をするヤヨイ様。
御顔は似ていないのだが時折、ユキノ様を思い出すかのような似た表情をされる。
……自分の気持ちの正直に‼
ヤヨイ様の言葉で、私は気付く。
媚びを売るのは彼が嫌うことだ。
私が私であることが、彼がもっとも望んでいることだ‼
「お願いできますか?」
「はい」
私はヤヨイ様と一緒に壇上いるルーカス国王たちの所へと移動する。
自意識過剰かも知れないが、移動中も私に声を掛けたいと思っている人たちの視線を感じていた。
「どうした、ヤヨイ?」
私たちが近づくと、ルーカス国王が何事かと思ったのか、身を乗り出していた。
「実は御父様に、お願いがありまして」
「……なんだ?」
ヤヨイ様はルーカス国王とイース王妃だけが聞こえる声量で話をしていた。
話を聞き終えたルーカス国王とイース王妃は薄ら笑いを浮かべる。
「面白いの」
ルーカス国王は大臣の視線を向けると、すぐにメントラ大臣が駆け寄ってきた。
メントラ大臣とは、何度も話をしたことがある。
真面目な印象のある大臣だ。
彼と関わってからルーカス国王と、イース王妃たちの心境に変化があったのか、業務に身が入っていないと嘆いていた。
その代わり、笑顔が増えたとも言っていた。
「マリー様。こちらに」
私はメントラ大臣に言われるまま、前に進むとヤヨイ様とアスラン様と四人で壇上を下りる。
「今、巷は四葉商会代表マリー様の、お相手の話題で持ちきりだそうですね」
メントラ大臣は、少し大きめの声で話を始めた。
「私も、そのような話をお聞きしましたわ」
ヤヨイ様もメントラ大臣に話を合わせる。
「ところで……マリーさんは、どのような方がお好きなのですか?」
皆に聞こえるように、更に大きな声量で私に質問してきた。
「そうですね……既に非常識な男性を知っているので、彼以上に常識に捉われない考えを持っておられる方ですかね」
ルーカス国王たちは大笑いしていた。
「そのような条件を出されれば、四葉の女帝を射止める人はいないですね」
質問をされたヤヨイ様も笑っていた。
私が言っているのは彼のことだと、彼を知っている人には通じただろう。
この気持ちが恋心かも知れないと気づいたのは、つい最近だ。
今でも……この気持ちが恋心なのかは私でも分かっていない。
そして今となっては、それを知る術もない。
私の友であり、私の心を振り回していた人。
そして、心から離れない非常識な冒険者‼
そう、彼の名はタクト。
彼以上に私の心を振り舞わず男性はいない――。
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