番外編(マリー編-2)
いつものように仕事をしていると、アンガスさんから連絡が来た。
直接、アンガスさんから連絡が来るのは珍しい。
私は嫌な胸騒ぎがした。
「……はい」
「マリー様。突然のご連絡申し訳御座いません」
「いえ――その、ヘレフォードさんに何かあったのですか?」
私の問いに、アンガスさんは暫く黙っていた。
「――我が主人のアンガスが先程、亡くなりました」
私の嫌な予感が当たる。
以前、私と会った後すぐにヘレフォードさんは、正式にグランド通信社の代表の座を退いた。
同時に、アンガスさんも副代表補佐を退いていた。
新しい代表には、副代表だったオージーさんが就任した。
これは大々的に発表されたので、エルドラード国民は全員知っている。
私もグランド通信社に挨拶に伺っている。
その時も、ヘレフォードさんのことをオージーさんに聞いたが、妻で秘書のシャロレーさんの顔色を見ながら、なにも教えてはもらえなかった。
フランもグランド通信社の人と仕事をした時に聞いてみたそうだが、やはりヘレフォードさんが体調を崩していると、社内でも噂になっていたそうだ。
社員たちもヘレフォードさんが居なくなったグランド通信社の将来に不安を感じているようだと教えてくれた。
何人かのグランド通信社の社員から、四葉商会で求人していないかと相談まで受けたそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘレフォードさんの葬儀には私とフランで参列した。
「わざわざ、有難う御座います」
私とフランを見つけたアンガスさんが、小走りで駆け寄ってきた。
かなり憔悴しているのが、見た目で分かる。
「この度はお悔やみ申し上げます」
アンガスさんにお悔やみの言葉をかける。
「ありがとうございます」
多分、家族よりも長い時間をヘレフォードさんと共に、過ごしてきた人だと思う。
その悲しみの大きさは分からない。
だが、私も同じような経験をしたことがあるから、アンガスさんの気持ちは分かるつもりだ。
それは隣にいるフランも同じだと思う。
その後、オージーさんと シャロレーさんに挨拶をして、ヘレフォードさんの葬儀を後にした。
「グランド通信社……どうなるんだろうね」
「私たちには分からないわ」
「そうだよね」
今後、私たちを取り巻く環境は一気に変わるだろう。
代表を退いたとしても、ヘレフォードさんの名は絶大な影響力があったのは事実だ。
私自身も、ヘレフォードさんと懇意にさせていただいていたことで、いろいろと恩恵を受けたこともあった。
その分、これからは商売敵が多くなるだろうと思っている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――二年後。
この国一番で、グランド通信社が業界第一位から転落した。
オージー代表が、より会社を大きくするためにと、新たに進めていた幾つか事業が全て失敗をしたからだ。
グランド通信社の社員たちも大量に別の商会へと移って行った。
特に優秀な社員たちは、早い段階で退社していたこともあり、今迄の業務でさえ支障をきたしていたそうだ。
今は四葉商会だが、元グランド通信社のエイジンの所にも、元部下たちから相談があったそうで、私にも相談をされた。
エイジンには新しい事業の立ち上げをお願いしていた。
慈善事業の色合いが強いこともあり、エイジンは快く引き受けてくれた。
相談されたエイジンも元部下だけに、割り切れない気持ちがあったのだと思う。
実際にエイジンから相談を受けて、エイジンの判断で何人かを四葉商会に来てもらったが、さすがはエイジンの元部下というべきか、優秀な人材ばかりで助かっている。
反対に優秀な人材を引き抜かれたと思ったグランド通信社から、クレームを受けたこともあったが、やましい事もないので冷静に対処はした。
業務提携のこともあるので、グランド通信社としても強くは出られないようだった。
それに、クレームを言ってきたグランド通信社の社員も立場上、言わないといけない状況なのだと分かっていた。
このクレームは四葉商会だけでなく、他の商会にもあった。
私への侮辱を許されなかった彼に潰された『ヴィクトリック商会』。
そのヴィクトリック商会から、グランド通信社の次に取引先の商人たちを引き入れた『ジョウセイ社』。
元々、業界第三位だったジョウセイ社は、業界第一位だったグランド通信社との差は大きく縮まっていた。
そのジョウセイ社の代表から聞いたので間違いない。
四葉商会は規模こそ小さいが、業界第三位となっている。
「嘆かわしいことです」
目の前にはアンガスさんが座っている。
その隣にはエイジン。
エイジンからアンガスさんが元気が無いので、三人で食事でもどうか? と言われて、ここにいる。
アンガスさんは、シャロレーさんから何度も会社への復帰を打診されているそうだ。
会社が傾いた要因の一つは、アンガスさんの退社も関係しているのだと分かっているのだろう。
しかし、アンガスさんの意思は固く、復帰することはなかった。
決定的だったのは、グランド通信社のことを考えるのであれば、早々に代表の座を退くべきだと進言したことが、シャロレーさんの逆鱗に触れてしまったようで、それから連絡が無くなったそうだ。
シャロレーさんとしては、幼い我が子にグランド通信社を継がせたいと考えているので、それまではオージーさんが代表でなくてはならないのだろう。
幼いころのシャロレーさんを知っているアンガスさんだからこそ、厳しい意見を言えたのだと思う。
「会社は私物であってはならない。社員たちと一緒に作り上げるものだ」
小さな声でアンガスさんが呟いた。
「代表の言葉ですね」
エイジンさんが懐かしそうに話す。
代表というのはヘレフォードさんのことだというのは、聞かなくても分かっていた。
社員たちや商人たちが可哀そうだと話すアンガスさんだったが、自分の都合で復帰を拒んでいる自分には、オージーさんを批判する資格が無いと、自分を責めるように話していた。
「多分、マリー様とお会いするのも、これが最後かと思います。いろいろとお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。お体には十分気を付けてくださいね」
「有難う御座います」
アンガスさんは常にヘレフォードさんと会社を大きくすることに尽力を尽くしてきた。
そのため、アンガスさんは未婚で身内は既に居ない。
だが、生まれ育った村で余生を過ごすと決めたそうで今晩、王都を旅立つそうだ。
今生の別れではない。縁があれば会えると思っている。
「エイジンも元気で」
「アンガスさんも……」
二人は立ち上がり、固い握手を交わしていた。
エイジンの目には涙が溜まっていた。
「イリアさんにも、お体を大事にして丈夫な子を産んでくださいと伝えて下さい」
「はい……伝えておきます」
エイジンの妻で、四葉商会の従業員でもあるイリアは現在、妊娠している。
最近知ったことだが、エイジンはアンガスさんに教育を受けたこともあり、尊敬していたそうだ。
ちなみに関係ないが、友人のシキブさんも第二子を妊娠している。
「では、これで」
私とエイジンは去っていくアンガスさんの背中を、見えなくなるまで見続けていた。
「なにか、私の中で一つの時代が終わった感じがします」
寂しそうな表情のエイジンを見て、かける言葉が見つからなかった。
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