第921話 終活‐8!

フランを座らせると、マリーは俺を睨みつけて話の続きを聞こうとする。


「タクトが死ぬことを回避することは、不可能なの?」

「あぁ、残念だが不可能だ」

「……決定事項なのね」

「あぁ」

「それで、死亡予定は?」

「まだ、正確な日時は不明だ」

「死亡時期不明なのに、死亡することは確定しているのね」


 マリーが俺から視線を外して、飲みものを口にする。


「このことを知っているのは、私とフランだけ? 他に知っている人はいるの?」

「アルとネロに……領主のリロイと領主夫人のニーナにも報告はしている」


 マリーは疑問に感じたことを質問してきた。

 俺は正直に答える。


「これから伝える人はいるの?」

「そうだな……ライラには伝えようと思っているが、泣くだろうし悩んでいる」

「間違いなく泣くわよ。タクトの事を本当の兄だと慕っていたしね」

「だよな」


 マリーとフランに伝えるのとは別の難しさがある。


「それより、国王様たちも知らないの?」

「あぁ、一介の冒険者が一人死ぬことを逐一、国王が知る必要はないだろう」

「一介の冒険者ね……はぁ、確かにタクトは表向きは、そうだけど」


 マリーは深いため息をつき額に手を置くと、頭を左右に振った。


「国王様に言わないということは、ダウザー様たちにも言うつもりは……ないってことね」

「あぁ、そうだ」

「なんで、国王様よりリロイ様に言うのかが、私には理解できないわ」


 リロイが半魔人で、ニーナがサキュバスだとは、今は言えない。


「言う必要があったとだけだ」

「そう……」


 フランは何を話していいのか迷っているようで、話す俺とマリーを交互に見ている。


「シキブさんや、ムラサキさん。それにトグルさんたちにも言っていないの?」

「あぁ、シキブはお腹に子供がいるから、余計な心配を掛けたくないし、トグルも新婚だからな」

「そういう所には、気が利くのね。はぁ――」


 マリーは深いため息を、もう一度ついた。


「とりあえず……」


 マリーは立ち上がると、座っている俺を見下ろす位置に来る。

 部屋に大きな打撃音が響いた。

 マリーが俺の頬を叩いたからだ。


「なんで……どうして……」


 マリーは精一杯の力で俺を叩き続けた。

 目からは涙が流れている。

 俺は抵抗せずに、マリーの気が済むまで叩かれ続けた。

 叩かれている俺よりも、マリーの方が痛いだろう。

 いや、痛いのは手だけなく、心も――。


「マリー‼」


 フランがマリーに駆け寄り、必死で止める。

 そしてマリーは、その場に崩れ落ちた。

 マリーに頬をぶたれるのは、これで二回目だ。

 一度目も俺が勝手に死んで、冥界から返ってこなかった時だった。

 それに、ここまで感情を表に出したマリーを見るのも、父親の件があった時以来、二度目になる。

 マリーもフランも、俺に恩があると思っている。

 その恩返しが出来ていないと、リロイやニーナ同様に思っているのだろう。

 俺的には、もう十分に恩は返して貰っていると思っている。


「前回同様に、勝手に死んでしまって悪いな」

「本当よ‼」


 化粧も崩れるほど、大粒に涙を流していた。

 抑えきれなくなった感情が爆発したのだろう。


「マリー」


 泣きじゃくるマリーをフランは抱きしめると、フランも泣き始めた。

 この光景は、俺が何も言わずに死んだ場合、死後に見られる光景だったのかも知れない。

 怒りをぶつける俺がいないことで、マリーは抑え込んだ感情を放出することが出来たのだろうか? と、いろいろと想像してしまう。


「シロ、ありがとうな。シロに言われなければ、俺自身も後悔するところだった」

「いいえ」


 シロは、こうなることを分かっていたのかも知れない。

 俺よりも長く生きているので、人の生死については俺よりも詳しい。

 だからこそ、俺に後悔をして欲しくない気持ちから、マリーとフランの二人にも事前に報告することを進言してくれたのだろう。


 抱き合い座り込むマリーとフランを見て、自分の勝手さに心が痛んだ――。

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