第913話 朝の散歩!
エリーヌが去った夜、ユキノは遅くまで泣いていた。
俺は側にいるだけで、なんて声を掛けていいのかさえ分からずにいた。
すすり泣く声が、夜遅くに寝息へと変わった。
俺はユキノに布団を掛けて、一人で屋根に移動する。
「……弱いな」
気の利く言葉も思いつかずに、側にいることしか出来なかった自分を恥じていた。
夜空を見ながら明日、ユキノが起きた時に最初に掛ける言葉などを、いろいろと考える。
しかし、何度考えてもいい言葉が浮かんでこない――気が付くと、辺りが薄っすらと明るくなってきていた。
一旦、寝室に戻るとユキノが既に起きていた。
目は赤く腫れている。
「タクト様、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
憔悴しているにも関わらず、ユキノは笑顔だった。
「散歩でも行くか?」
「はい!」
気分転換にと思い、ユキノを散歩に誘うと二つ返事だった。
家を出ると、仕事の準備をしているドワーフたちやなどに、朝と挨拶をしながら歩く。
人気のない魅惑の森へと移動して、木々の匂いを感じながら、たまに遭遇する野生動物たちを見ていた。
「少し休むか?」
「はい」
俺とユキノは木の根元に座り、木に体を預けた。
「エリーヌちゃん……いえ、エリーヌ様との時間は楽しかったですね」
「そうだな。親の大変さを少しだが分かった気がする」
「そうですね。エリーヌ様は我儘を言われなかったので、それほど手のかかる子ではなかったのですけどね」
「そうか? 俺には我儘し放題のイメージだったけどな」
「それはエリーヌ様が、タクト様に甘えられていたのでしょうね?」
「ん~、どうだろうな」
「シロさんにクロさん。それに、アルシオーネ様とネロ様も含めて、短い間でしたが家族になれたことは、本当に楽しかったです」
自然とエリーヌの話題になる。
ユキノは、木々の間から、薄っすらと見える空を見ていた。
エリーヌが居ると思いながら、見ているのだろう。
「エリーヌ様は、元気ですかね?」
「多分、元気だと思うけどな……今頃、エクシズでの経験を、必死でまとめているんじゃないか?」
「そうかも知れませんね――あっ、そういえば!」
ユキノは、なにかを思い出したかのようだった。
「これ、見てください」
エリーヌは巾着袋から、幾つもの花で小さな輪になっているブレスレットのようなものを見せてくれた。
「これ、エリーヌ様が思い出にと作ってくれたのです」
「……エリーヌが?」
「離れていても、自分を忘れないようにと」
ユキノは精細なものを扱うかのように、優しく花のブレスレットを持っていた。
「恥ずかしいから、タクト様には内緒だと言っていましたよ」
「俺には何もくれなかったのにな」
「そうなのですね。タクト様が、エリーヌ様に厳しかったからですかね?」
「そうかも知れないな」
「私の場合、御父様が甘いので御母様がよく、御父様を叱っていましたわ」
「たしかに、国王は子供に甘そうだよな。とくに王女であるユキノや、ヤヨイには甘かったのだろうな?」
「今思えば、そうかも知れません。大人になってから、いろいろと知ることが多いですね。……ゴホ、ゴホ‼」
「大丈夫か⁈」
「はい、少しむせ込んだだけです」
ユキノが咳きこんだ。
俺は心配になり【神眼】を使用すると、ユキノの寿命ゲージが、以前に見た時よりも大幅に減っていた。
病は気からと言うが、エリーヌが居なくなったことで、ユキノの状態も悪化したのだろうか?
「痛いところとかはないか?」
「はい、大丈夫です」
俺の言葉に、ユキノは笑顔を返してくれた。
アルのおかげで、死に関わる痛みが緩和されているのだろう。
俺はそっとユキノに【回復】を施す。
「ありがとうございます」
ユキノは俺の行動に気付き、礼を口にした。
「でも、私は大丈夫です」
「そうか……悪かった」
「タクト様が謝られることではありません。家族である私にでなく、本当に困っている人たちに使ってあげて下さい」
「……そうだな」
良かれと思ったことだったが、ユキノの意思を尊重していなかったことに気付く。
「そろそろ、戻るか?」
「そうですね」
俺とユキノは朝の散歩を終えた。
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