第885話 別れの時……!

 話はピンクーのことに変わる。

 俺は預かっていた立場になるので、エリーヌの意見を先に聞く。

 エリーヌは自分の意見よりも、ピンクーの気持ちを優先したいと話す。

 もし、戻りたくないと言ったら、自分からモクレンに事情を話すそうだが、その表情は険しかった。

 既にモクレンに、そのことを伝えて却下されているのだろう。

 それを承知で、俺に自分の思いを伝えたかったのだと思った。


「そうだな。俺もピンクーの意見を尊重するつもりだ」


 俺も素直に思いを伝えた。


「どちらにしろ、当事者のピンクーがいなければ話が進まないだろう」

「そうね……今から、呼ぶわ」

「あぁ、頼む」


 エリーヌがピンクーを呼んだ。

 突然、呼ばれたピンクーは最初に会った時の、ジャイアントモモンガ姿だった。

 少し戸惑っているのか、周囲を警戒するように見渡していた。


「あっ、エリーヌ様。お久しぶりです‼ あれ、親びんもいますね?」

「眷――ピンクー久しぶり!」

「もしかして、なにかしましたか?」


 エリーヌは笑顔で答えた。

 俺とエリーヌのいる場所に呼ばれたピンクーは、少し警戒し始める。

 身に覚えのない失敗でもしたのかも知れないと、記憶を遡っているようだった。


「まぁ、落ち着いてエリーヌの話でも聞いてくれ」

「はい……」


 エリーヌは順を追って話を始めた。

 まず、既に十分強くなったこと。

 そして、俺との契約を解除して今後は、神の眷属としてこの世界エクシズでエリーヌのために働くこと。

 話を聞くピンクーは驚きを隠せずにいた。


「そんな……私は、まだ強くありません‼」

「それは、シロやクロと比べてだろう?」

「はい、そうです。二人に比べたら、私なんて――」


 正直、比べる相手が悪すぎる。

 シロとクロが相手であれば、殆どの者が弱いことになってしまう。


「ピンクー、自信を持っていいぞ。お前は強くなっている」

「……親びん」


 くりくりした瞳を滲ませて、俺を見る。


「親びんがそう言うなら――分かりました」


 ピンクーは俺との契約を解除して、エリーヌの眷属に戻ることを受け入れた。


「親びんに付けて頂いた、この名前ともお別れですね」

「いいえ、ピンクー。貴女さえよければ、これからもピンクーという呼び名でもいいわよ」

「本当ですか‼」

「えぇ」


 ピンクーは嬉しかったのか、大きな声で答えた。

 逆にピンクーの声に驚いたエリーヌが、上手く言葉を返せずにいた。


「その……私からもお願いがあるのですが……」


 ピンクーはエリーヌでなく、俺を見ていた。


「なんだ?」

「その従者でなくなっても、親びんのことを親びんと呼んでもいいですか?」


 申し訳なさそうにピンクーが話す。

 俺は「全然、構わない」と笑顔で答える。

 もちろん、シロやクロたちも今まで通りの呼び方で構わないことも付け加えた。


「ありがとうございます‼」


 ピンクーは嬉しそうに笑う。

 笑顔のピンクーにエリーヌは衝撃的な話を始める。

 まず、俺との契約を解除した場合、人型への変化は出来なくなること。

 これはレベルの話なので、レベルを上げれば人型への変化は可能になる。

 足りないレベルは、あと少しらしいので時間の問題のようだ。

 そして、俺たちとの接触することは禁じられていないが、この世界エクシズの状況を把握するため、世界中を飛び回ることになるので、そのような時間もないこと。

 救いは俺が『神の使徒』としているので、俺の周囲のことは調査する必要が無いので、そこまで多忙でもないらしい。

 つまり、俺の周り以外で、世界中を飛び回るので、俺たちと会う機会はそうそうないということなのだろう。


「シロ姉や、クロ兄に教えてもらったことを忘れずに、エリーヌ様の眷属として恥じないよう頑張ります」


 ピンクーは体の前で拳を握り、気合を入れるように話す。


「頑張れよ」

「はい‼」


 ピンクーの姿を見て、成長したと俺は感じる。

 最初に会った時は……やめておこう。


「そろそろ、いい?」


 エリーヌがピンクーとの契約解除をするつもりのようなので、エリーヌの指示に従う。

 ピンクーとの契約で、俺の体に出来た紋章にピンクーが触る。

 エリーヌがピンクーの手の上に手を置き、詠唱を始める。

 ピンクーの手越しに温かい感じが伝わる。

 そして、何かが切れる感覚を感じた。


「ふぅ~、これでタクトとの契約は解除されたわ」


 エリーヌが一仕事終えたかのように、疲れた表情を浮かべていた。


「親びん。今まで、ありがとうございました」


 ピンクーは俺への感謝の言葉を口にする。


「ピンクーも頑張れよ」

「はい‼」


 ピンクーの円らな瞳は、強く光っているように思えた。


「エクシズに戻すから、別れの挨拶をしてから去っていきなさいね。別れの挨拶を終えたら、一度こちらに戻て来てもらうから」

「はい、エリーヌ様」


 ピンクーは姿が消えるまで、俺に手を振ってくれていた。

 寂しい気持ちだが、仕方がないと思い俺も手を振り返す――。



 ピンクーがいなくなり、俺も戻ろうとするがエリーヌは話があると、俺を引き止めた。

 これ以上の問題事は御免だ‼ と思いながらも、エリーヌの話を聞く。


「その、なんていうのか分からないけど、今回のシーランディアの戦いは他の神たちも閲覧することになっているの」

「はぁ?」


 アデムとガルプの件は、神たちの間では大事件だったので、知らぬ神はいない。

 前回、優秀な成績だった使徒の俺が、どのように問題を解決するかを他の神たちへの参考にすることが決定しているそうだ。


「モクレン様は、なにも言っていなかったぞ?」

「うん。このことは、私からタクトの直接、伝えるように言われていたからね」


 俺への評価はエリーヌへの評価でもある。

 エリーヌの評価は、上司であるモクレンの評価でもある―― 間接的に、無様な戦いをするな‼ ということなのだろう。

 俺が意見したところで、何も変わらないことは分かっているので、この見世物になる件は黙って受け入れることにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺がエクシズに戻ると、止まっていた時間が動き出した。

 ピンクーと顔を見合わせると、ピンクーは頷いた。

 そして、ピンクーはシロやクロ、ユキノにアルとネロに対して説明を始めた。

 誰もが黙ってピンクーの言葉に耳を傾ける。

 説明を終えると、きちんと自分の言葉で感謝を口にする。


「また、どこかで会えると思いますが、どうかお元気で‼」


 笑顔で最後の挨拶をすると、俺たちの言葉を待たずにピンクーの姿が消える。

 エリーヌも、もう少し融通を効かせて、俺たちにも最後の言葉くらい言わせてくれれば……と思ったが、後の祭りだった。

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