第878話 王都を去る日!

 ユキノと正式に夫婦になった。

 よって、ユキノはエルドラードという名を返上する。

 時期が時期なので、豪華な式典は行わず、報道機関などに知らせるだけとなる。

 持っていくものも、俺が用意した服などだけで、豪華な衣装や家具などは、妹のヤヨイに全て譲ったそうだ。


 旅立ちの日、ユキノがルーカスとイースに別れの挨拶を告げていた。

 当然、アスランやヤヨイもいる。

 世話になった大臣や使用人たちの多くも集まっていた。

 これはユキノ「出来るだけ多くの人に礼を述べたい」と頼んだからだ。


 ユキノの言葉を聞いたルーカスやイースは涙ぐんでいた。

 周りに集まった者たちも同様だった。

 ユキノも涙を堪えて、必死で笑顔を作っていた。

 笑顔で別れをしたいと決めていたからだろう。


 ユキノの挨拶を聞き終えると、ルーカスとイースがそれぞれ、ユキノに激励の言葉を送っていた。

 ルーカスとイースから、俺は何度も頭を下げられた。

 娘を嫁に出す親というのは、全員がこんな感じなのだろう。

 そして王族いや、家族との挨拶は終わった――。


 挨拶を終えたユキノは、早急に城から退去する必要がある。 

 部屋を出た俺たちは、城を回っていた。

 そして、ユキノは顔を合わせた使用人たちに、今まで世話になった礼にと、袋に仕舞った通貨を手渡す。

 中身を知らない使用人たちであったが、受け取りを拒否する者もいた。

 しかし、いつになく強引にユキノが説得をして最後には受け取ってもらっていた。

 それを何人にも行う。

 時間の掛かる作業だったが、ユキノは「どうしても直接礼を言って、手渡したい!」と話した。

 最後だからこその思いが強かったのだろう。


 何日も掛けて、一生懸命に使用人一人一人に手書きで用意したものだ。

 漏れが無いようにと、俺やシロにクロ、ピンクーも手伝った。

 このお礼の通貨は、ユキノが王女として貯蓄していたものだ。

 王女として蓄えたのであれば、還元すべきものだとユキノは考えたようだ。

 余った通貨は寄付するそうだ。

 つまり、ユキノは無一文で俺の所に嫁ぐことになる。

 しかし俺は、ユキノの考えに賛同した。

 税金で暮らしていたからこそ、平民になる自分には持っていくことが出来ないものだと認識していたのだろう。


 大臣などにも同じ枚数の通貨なので、区別はしていなかった。

 そこら辺もユキノらしいと感じていた。


 幾つもの場所を回り、最後に訪れた場所は厨房だった。

 これは仕込みなどの時間があるため比較的、手の空いている時間帯を選んだだけだ。


 俺たちの姿を見つけた料理人は、料理長のビアーノに知らせていた。

 慌てた様子で俺とユキノに駆け寄るビアーノ。


「どうしましたか、ユキノ様。王女である貴女が来られるということは……」

「うふふ、料理長。私は、もう王女じゃありませんよ」

「あっ、そうでしたな。しかし、なにか御用があってでは?」

「皆様に、これを――」


 ユキノはビアーノに言葉を掛けて袋を渡す。


「そんな、私如きに――」

「もう、料理長の料理が食べられないと思うと、残念ですわ」

「そんな、勿体なきお言葉」


 ビアーノは、少し涙ぐんでいた。

 しかし、ビアーノは何かに気付いたのか、動揺していた。


「もしかして、ユキノ様は……これからはガイルの料理を食べたりするのですか?」

「えっ……それは」


 返答に困ったユキノが俺を見る。


「そうだな、ジークに行くことがあれば、ガイルの店で食事をすることになるだろうな」

「やはり、そうですか――」


 ビアーノがガイルに嫉妬しているのが分かる。

 そこまで対抗心を燃やさなくても……と、俺は感じていた。


「まぁ、ゴンド……に来ることがあれば、腕を振るってもらうことも可能だろうな」

「そうですな。その時は、さらに美味しい料理をお出しできるように腕を磨いておきましょう」

「期待しているぞ」


 俺はランクSSSの冒険者として、城を訪れることもあるだろう。

 ユキノにとっては今後、足を踏み入れることはないかも知れない。

 それが、愛する肉親の死でもだ――。

 もちろん、その時は公でなく秘密裏に訪れることは出来るだろう。


 料理人たちに全て袋を渡すと、用意していた袋は全て無くなった。


「では、皆さん。お体には気を付けて下さい」


 ユキノは一礼した。


「じゃぁ、行くか?」

「はい‼」


 寂しさを気付かれないようにと、笑顔を作るユキノ。


 城を出ると、多くの使用人が集まっていた。

 大臣だけでなく、使用人たちがユキノを送り出そうとしてくれていたのだ。

 仕事を放棄して大丈夫なのか? と俺は思いながらも、感謝をしていた。

 俺たちは温まる気遣いのなか、城を出る。

 

 町でも沿道に人が溢れていた。

 規制を掛けた訳でも無いのに、大通りの中央を行き交う人はいなかった。

 誰かが、今日でユキノが王都を去ると聞きつけたようで、自発的に集まったようだ。

 当然、衛兵もいない。

 なぜなら、ユキノは平民だからだ。


「御幸せに!」

「ユキノ様。今までありがとうございました」

「タクト‼ ユキノ様を泣かせるなよ」

「タクトのバカ野郎‼」


 祝福の言葉の中に、俺への誹謗中傷も混じっていた。

 人々に好かれたエルドラード王国第一王女ユキノ・エルドラード。

 彼女のしてきたことが間違いではなかったと証明された瞬間でもあった。

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