第857話 ムラサキの両親!

 セイランの話をきいた俺は確認をする。


「それで、その弟は喜ぶのか?」

「多分、嫌がると思う。しかし、私は何もできないのも嫌だ!」


 借金の額が分からないが、ただの冒険者にそのような知恵があるとは思えない。

 多分、その商人が絡んでいるのだろう。

 もしかしたら、商人ギルドもグルかもしれない。

 女性を借金漬けにさせて、自由を奪うやり方には嫌悪感を覚える。

 たしかに、家族に借金を背負わせることもあるが――。

 今回、証書がある。

 その内容に支払えない場合は、家族が支払うとあれば、家族の合意が必要なはずだが……。

 俺は、その冒険者と商人たちを一度、調べる必要があると感じた。


「まぁ、私が勝手にしていることだから、気にしないで」


 セイランは笑っているが、その表情は無理をしているようだった。

 俺はセイランの話に出て来た姉弟の冒険者の名前を聞く。

 姉はアンティア、弟はトルステンと教えてくれた。

 アンティアが借金をしていた冒険者たちの名は、全て分からないようだったが、面識のある冒険者の名前を数人教えて貰った。

 そして、借金を立て替えた商人の名は、レッテバというそうだ。


 俺とセイランは、【転移】でトゥラァジャ村へと移動した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 いつも通り、目的地よりも少し離れた場所を移動先にした。

 ……最初の転移先は、俺が遠すぎた。

 しかし、魔物暴走スタンピードの被害の大きさを感じさせるには十分なほどの光景が目に入った。

 セイランは、ジークに来るまで同じような光景を何度も目にしたことがあるのか、驚く様子はなかった。

 今から行くトゥラァジャ村も同じような状況なのが、想像できる。

 俺はセイランに謝ってから、トゥラァジャ村近くまで【転移】をし直した。


 しかし、風景は大きく変わらない。

 見渡す限り、荒れた土地だった――。


「じゃあ、行きましょうか」


 セイランが俺より先に歩き始めた。

 今、歩いているところも、かっては道だったのあろう。

 魔物暴走スタンピードで踏み固められた道の復旧にも時間が掛かる。

 道が復旧されないと、物流が滞る。

 その結果、都市から離れた村は貧困に陥ることとなる。

 そんなことを思いながら、足を進めているとトゥラァジャ村らしき場所に到着する。

 トゥラァジャ村らしき場所と表現したのは、瓦礫があるだけで、家屋は既になく生活していたであろう場所があったのだろうと、かろうじて分かったからだ。

 トゥラァジャ村は壊滅したといっていいだろう。


 何人かが瓦礫などを撤去していた。

 作業している人も多くないので、時間が掛かっているのだろう。

 異臭もすることから、もしかしたら亡くなった人たちが腐敗している可能性もある。

 なにより、衛生的によくない。

 疫病などが発生すれば、二次被害も出る。

 だからこそ、早急な対応が必要なのだろうが――。


 セイランが両親を見つけて、声を掛ける前に俺はムラサキとセイランの両親が分かる。

 なぜなら、他の作業している人たちより体が一回り以上大きい。

 それに角が見えているので、間違いなく鬼人族だと分かったからだ。


「父さん! 母さん!」


 セイランが両親を呼ぶ。


「……セイラン⁈」


 突然、目の前に現れた娘に驚く父親。


「あんた、一体どうしたの?」


 母親も驚き、セイランの所へと歩いて来た。


「ちょっと、用事があってね」

「……用事?」

「うん。父さんと一緒に話を聞いて欲しいんだけど、時間ある?」


 遅れて歩いて来た父親を交えて、セイランが同じことを、もう一度聞いた。


「あぁ、いいぞ」


 父親は作業員たちに、休憩の指示を出していた。

 どうやら父親は、ここのリーダーのようだ。


「それよりも……」


 母親はセイランの後ろで、黙ったまま立っている俺のことが気になっているようだった。

 セイランも気がついたようで、俺のほうを向く。


「冒険者のタクトだ。ちょっとした事情があって、今だけセイランと一緒にいる」

「……タクト?」

「タクトって、あのタクト?」


 俺の名を聞いた父親と母親の二人は、セイランに答えを求めているようだった。


「兄貴やシキブさんが話していた、冒険者ランクSSSのタクトよ」


 セイランが答えると、父親と母親の表情が一変する。


「そうか! ムラサキが話していたタクトか! 俺はムラサキとセイランの父親でコンテツだ、よろしくな‼」

「私は母親のモエギよ。よろしくね」

「こちらこそ」


 セイランは父親のコンテツに似ていたが、ムラサキは母親のモエギ似だと思いながら、二人を見て挨拶を返した。

 この両親であれば、ムラサキとセイランの体格の良さも納得できた。


「立ち話もなんだし、場所を変えましょう」

「そうね、私もそのほうがいいいわ」


 俺とセイランは、コンテツとモエギに案内をされる。

 なぜかは分からないが、少し緊張していく気分だった。

 そして、さきほどの作業員たちが休憩していた場所に到着をした。

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