第813話 説明責任ー8!
冥界から戻ってくる。
ユキノの寝顔を見ながら、俺は握っていた手を放して立ち上がる。
部屋を出ると、少し離れたところにイースとヤヨイが居た。
俺たちに気を使って、声が聞こえない位置まで移動したのだろう。
「ゆっくり眠っている。もう、取り乱す事も無いだろう」
「そうですか……ありがとうございます」
「いや、礼を言うのは俺の方だ」
俺の言葉にイースと、ヤヨイは戸惑っていた。
俺から礼を言われるようなことに、心当たりが無いからだろう。
「目が覚めた時、一人だと不安だと思うので、側にいてやっててくれないか?」
「分かりました。タクト殿は、どちらに?」
「先程まで、待機していた部屋で他の者たちと連絡を取りたい。王女の部屋だと起こしてしまうかも知れないからな」
イースは俺に笑顔を向ける。
ユキノのことを気遣ったことに感謝しているのだろう。
「何かあれば、知らせてくれ」
「はい」
イースはヤヨイを連れて、俺の横を通り過ぎる。
すれ違い際に軽く会釈をして、ユキノが眠る部屋へと入って行った。
部屋に戻った俺は、窓から街の風景を見ていた。
(……仕方ないよな)
ユキノの記憶が戻ったことに対して、ヒイラギに対して礼を言わなければならない。
しかし、俺が【神との対話】を使えば、エリーヌと顔を合わせることになる。
あんな、別れ方をしたばかりなので、なんとなく気まずい――。
……俺は、覚悟を決めて【神との対話】を使う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
元気のないエリーヌが俺の前に立っていた。
エリーヌから言葉は無く、無言だ。
俺とエリーヌの間に、なんともいえない微妙な空気が漂っていた。
「よっ、よう!」
耐えきれなくなった俺は、エリーヌに声を掛ける。
しかし、エリーヌの表情が変わることは無かった。
「ヒイラギ様に会わせて欲しい。用件はオーカス様との件だと言ってくれれば分かる」
「……はい」
小さな声で返事をすると、エリーヌは俺の目の前から消えた。
やはり、エリーヌも俺と同じで、心の整理が出来ていないのだろう。
なにより、同じ神が起こしたことにショックを受けているのかも知れない。
「久しぶり? と言う程でもありませんよね」
声と同時に、ヒイラギが姿を現した。
隣にエリーヌの姿は無かった。
「そうですね。オーカス様よりお聞き致しました。スキル【蘇生】の代償の件、ありがとうございました」
「あれくらいしか、私たちには出来ませんからね」
「スキルを使った三人以外にも、記憶が戻るようなことをオーカス様が仰られていましたが、詳しくお聞きしても宜しいでしょうか?」
「そうですね――」
ヒイラギは、淡々と説明を始めた。
まず、スキル【蘇生】を使用したユキノと、フリーゼの記憶は完全に戻っている。
そして、俺との記憶を失った時の事も覚えているそうだ。
感覚的には突然、過去の記憶がフラッシュバックする感じに似ているそうだ。
オーカスが俺との繋がりが強い者たちも、ユキノたちと同じように突然、記憶を取り戻すらしい。
俺と面識が無かったり、顔見知り程度であれば記憶がフラッシュバックするようなことはないらしい。
ヒイラギ曰く、数年以内には元通りに戻るそうだ。
アデムとガルプの悪行を、俺の記憶を戻すことで帳消しにしようとしているのだと感じた。
「誤解して貰いたくは無いのですが、これはガルプを討伐してくれた報酬になります」
「そうですか――」
アデムは関係なく、あくまでも
先程、俺が思っていたアデムとガルプが今迄、
「貴方には、これからも働いて貰わなければいけませんから」
「それは、神の使徒としてですよね?」
「それ以外に何がありますか?」
ヒイラギは不思議そうに聞き返した。
「――いえ、なんでもありません」
自分が
俺は自分が神であるヒイラギに対して、愚かなことを聞いたのだと悔いる。
「そうですか。他に用件はありますか?」
「はい、もう一点だけ宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「私の婚約者ユキノについてです」
「確か――エクシズにあるエルドラード王国の第一王女でしたよね」
「はい。ユキノの記憶が戻ったことで、私との関係も以前に戻りました。と、言うことはユキノは以前と同じように聖女になるということでしょうか?」
「――そういうことですか。その件は私も認識していませんでしたね。貴方は、どうしたいのですか?」
「私個人の意見であれば、聖女でなく今迄と同じ普通の人族を望みます」
「なるほど……」
聖女の存在は希少だということを知ったうえで、俺はヒイラギに発言した。
「いいでしょう。貴方の希望通りに対処いたします」
「えっ! いいのですか⁈」
俺は驚きの声を上げる。
ヒイラギが、あっさりと俺の提案を受け入れてくれたことが信じられなかった。
「はい。聖女は確かに特別な存在ですが、どうしても必要な存在ではありません」
聖女が誕生したことを喜んでいたエリーヌの顔が一瞬、頭の中を過ぎる。
「これで宜しいですか? それとも他にも、なにかありますか?」
「いいえ、他にはありません。ありがとうございます」
「分かりました。では、私からもいいですか?」
「はい」
「エリーヌのことです」
「エリーヌの?」
ヒイラギはエリーヌが、あれからかなり落ち込んでいるようだ。
自分の信じていた神が、世界を破滅させようとしていたこと。
そして、自分の使徒である俺が、その事に巻き込まれていたこと。
なにより、神という存在意義が分からなくなっているのだろう。
「それは、ヒイラギ様たち神の問題ではありませんか?」
「確かにそうですね。しかし、貴方はエリーヌの使徒ですよね。崇める神が苦しんでいるのであれば、助けてあげても良いのでは?」
ヒイラギの意図が読めなかった。
俺に頼る理由が見つからなかった。
神と言う立場が上の者であれば、俺に命令すれば言いだけだ。
もっとも、エリーヌはそんなタイプの神で無いことも俺は知っている。
「とりあえず、エリーヌと話をして下さい」
「えっ、ちょっと――」
俺の言葉を最後まで聞くことなく、ヒイラギは俺の前から消えた。
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