第769話 他人行儀!

「二人とも、良かったな」


 嬉しそうに戻って来たアルとネロに声を掛ける。


「べっ、べつに嬉しくはないぞ」

「そうなの~」


 二人は言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情で頭に乗っている花冠を触っていた。


「その花冠は、どんな商品よりも価値があるよな」

「勿論じゃ! これは、妾の宝物じゃ。お主が欲しいと言っても、やらんからな」

「私もなの~」


 二人して両手を頭に乗せて、花冠を守るような仕草をする。

 若干、睨まれているようにも感じた……。


「別に取らないから、安心してくれ」


 俺の言葉に安心したのか、両手を花冠から外す。


「タクトよ。すまぬが、妾たちは何をして感謝されたのか、教えてくれんかの」


 アルは申し訳なさそうに、俺に尋ねた。


「そうだな……」


 俺はアル達がいることで、村が守られていること。

 そして、子供たちとも遊んだりしていることなどを話す。


「どうして、それで感謝されるのだ?」

「感謝とは違うかも知れないが、アルとネロはゴンド村にとって掛け替えのない存在なんだろう。それに、いつも頼ってばかりいるから、形として伝えたかったんじゃないのか?」

「そういうものなのか?」

「よく分かんないの~」


 不思議そうな顔をする二人。

 恐怖の対象である魔王が、きちんと感謝される機会が今迄に無かったのかも知れないと、俺は話をしながら感じる。


「その花冠は、大切にしろよ」

「勿論じゃ!」

「大事にするの~!」


 二人は嬉しそうに、花冠を触りながら答えた。


「お主は、ユキノやマリーと会っていかんで良いのか?」

「あぁ、会ったところで何か良い方向に、事が進むとは思えないしな」

「そうなのか?」

「今以上に、悪い関係になる事だって考えられるから、出来る限り接触を避けている」

「師匠、大変なの~」

「今の俺は只の冒険者だ。勿論、四葉商会とも無関係だから……」


 話し終える前に、部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「はい、どちら様ですか?」


 俺の代わりにシロが口を開く。


「四葉商会の代表をしております、マリーと申します。こちらに、冒険者のタクト様がいらっしゃるとお聞きして伺わさせて頂きました」


 俺はアルとネロを見る。

 二人とも、頭を左右に振り「知らない、何も喋っていない」とアピールしていた。

 シロも俺の答えを待っているようなので、俺は頷く。


「どうぞ、お入りください」


 シロの言葉で、部屋の扉が開く。


「お初にお目に掛かります。四葉商会代表のマリーと申します。突然の訪問、申し訳御座いませんでした」


 部屋に入る前に再度、自己紹介をして頭を下げた。


「あぁ、気にしなくていい。入ってくれ」


 シロがマリーをテーブルまで誘導する。


「妾たちは用事があるから戻る」

「またなの~」


 アルとネロは、気を利かせたのか席を外す。

 マリーとすれ違う際、マリーはアルとネロに頭を下げていた。


「……それで、四葉商会の代表が俺になんの用だ? っと、俺の【呪詛】を最初に説明しておいた方がいいな」


 俺は【呪詛証明書】をマリーに提示して、簡単に説明する。


「わざわざ、御説明有難う御座いました」


 マリーは【呪詛】の説明に対して、礼を言う。


「それで用件は?」

「はい。不躾で申し訳御座いませんが、タクト様は……その、四葉商会の関係者ですか?」

「はぁ?」


 俺は思わず、声を上げる。


「いえ、その、自分でも何を言っているのか分かっておりませんし、変なことを言っていることも分かっていますが……取引先の魔物たちが、必ずタクト様のことを口にされて、詳しく聞こうとする度に毎回、話をはぐらかされますので……」

「魔物たちってのは、クララたちアラクネ族か?」

「はい。それとこの村に居る方々たちです」

「なるほど……」


 魔物たちを責める気は毛頭ない。

 今まで通りに話している時に、ふと俺のことを口にして、記憶が消されていることを思い出して誤魔化しただけだろう。


「その……どうなのでしょうか?」


 俺は答えに困る。

 今の俺は、四葉商会とは無関係だ。

 しかし、魔物たちとの関係を説明することが出来ない。


「今は何も言えないが、四葉商会の敵ではないことだけは事実だ。代表が心配するようなことは何もないから、安心して欲しい」


 こう答えるのが精一杯だった。


「分かりました。タクト様にも事情があるようですので、これ以上のことはお聞き致しません。貴重な御時間、有難う御座いました」


 マリーは表情を変えずに礼を言って、部屋を出て行った。


「宜しかったのですか?」

「何がだ?」

「本当のことを、マリー様に伝えなくてです」

「言っても混乱するだけだろう。まぁ、俺の記憶が戻る保証は無いから、何も知らない方がいいだろう」


 マリーがババ抜き大会の会場から俺を見ていたのは、俺という存在を確認したかったのだと分かっただけでも良かった。


 しかし、他人行儀のマリーを見て、悲しい気持ちになったのも事実だった……。

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