第569話 名演技?

「助けてくれー」


 俺は棒読みで、オークから逃げる。

 と言っても演技だ。

 オーク一匹なので、出来るだけ無様に逃げ惑う。

 対戦相手のオークの手首に腕輪のような物がある。

 あれが奴隷アイテム何だろう。


 観客席から笑い声に交じって、「早く殺されろ!」という声も聞こえてくる。

 オークには斧が持たされて、俺は素手だ。

 数十分もすると笑い声は完全に無くなり、怒号が飛んでくる。

 仕方が無いので、疲れた振りをするとオークが勢いよく斧を振りかざし、突進して来た。

 俺は叫びながら、紙一重で斧を避ける。

 そして、体勢を崩したオークが自滅したかのように見せる為、斧をオークの脚に押し込む。

 オークは断末魔を上げて転がっている。

 俺はその場に座り込んで、その様子を見ていた。

 暫くするとオークは戦闘不能と分かったのか、槍を持った者が二人現れて、オークを串刺しにして、死体と共に引き上げて行った。


「これは運が良かったとしか、言いようが無いですな。次はゴブリン二匹との対戦を御覧頂きましょう」


 ノゲイラが言い終わると同時に、闘技場の扉が開く。

 剣を持ったゴブリンが俺を睨んでいた。


「うわー」


 棒読みで叫びながら、俺は先程同様に逃げる。

 ゴブリンは俺を殺そうと必死で追いかけて来た。

 最初は二匹で追いかけていたが、挟み撃ちにした方が良いと思ったのか、両方から俺を追い詰めて来た。

 完全に挟まれた状態になると、観客席から「殺せ!」と大きな声が聞こえる。

 片方のゴブリンに剣が振り下ろせない様に体を密着させると、もう片方のゴブリンが俺との距離を詰めて斬りかかる。

 俺は躓く演技をすると、密着状態から解放さえたゴブリンが剣を振りかざして俺を切ろうとするので、【転送】を使い少しだけ距離を調整すると、ゴブリン同士で斬り付け合い、その間に偶然俺が居るような感じになる。

 俺は四つん這いになり、無様な演技をしながら、ゴブリンの間から抜け出る。

 観客席からは、オーク戦以上にブーイングが出ている。

 自分達が見たいと思っている情景とは異なるものばかりを見せられているからだろう。

 しかし、俺を引っ込める事は出来なくなった筈だ。

 俺を退場させれば、観客達が文句を言うだろう。

 進行役のノゲイラが俺を睨んでいるのが分かる。

 俺のせいだが、今回の奴隷不足に貢献しているので、文句でなく褒めて欲しいくらいだ。


「どうやら、この奴隷は運をまだ持っていたようです。しかし、それもここまででしょう。次の相手はコイツだ!」


 勢いよく扉が開くと、ソニックタイガーが現れた。

 ソニックタイガーはノゲイラを見つけると飛び掛かろうとする。


「ちっ、まだ調教が出来ていないか」


 ノゲイラは手首の輪に手を添える。

 ソニックタイガーが、その場に倒れこみ苦しがっていた。


「見ての通り、調教出来ない程に狂暴な魔獣です」


 ノゲイラは大きな声で、ソニックタイガーの凶暴さをアピールする。

 ソニックタイガーは、苦しそうな表情をしながらもノゲイラを睨んでいた。


(おい、聞こえるか? 俺は、お前の目の前に人間族だ)


 俺は【念話】でソニックタイガーに話し掛ける。


(ここに居る奴を殺させてやる。だから俺の言う通りにしろ)


 ソニックタイガーに向けて殺気を込めた視線で睨むと、大人しくなった。

 ノゲイラは自分の調教の成果だと思っているようだ。

 ソニックタイガーは知能が高い。

 それに、縄張り意識も強く、常に仲間数人と行動を共にしていると、図鑑を作る時にシロから聞いた記憶がある。


(こう見えても俺は第四柱魔王だ。分かるか? 分かるなら尻尾を左右に二回振れ)


 ソニックタイガーの尾が二回左右に振れた。

 俺はソニックタイガーに向かって、適当に俺を蹴飛ばしたりしろと命令する。

 勿論、本気でだ。

 俺の命令通り、ソニックタイガーは俺を、前足で叩き飛ばす。

 俺も大袈裟に吹き飛ぶ振りをする。

 観客は大喜びしている。これこそが本来、見たいと思っていた殺戮なのだろう。

 ソニックタイガーは俺の息の根を止めるつもりで、俺を何度も吹き飛ばす。

 その度に、観客席から歓声が沸き上がる。

 俺はソニックタイガーに激しく動いて土煙を起こさせるように言う。

 突進してきたソニックタイガーは俺の腕に噛み付き、左右に体を揺らした。

 観客からすれば、とても興奮する光景だろう。

 左右に揺らされながらも俺も土煙が出やすいように協力をする。

 俺の姿が土煙で見えなくなったのを確認すると、俺は【分身】をして、ネロ用に用意しておいた自分の血を分身にかける。

 これだけ溜めるのに、物凄く時間が掛かった事を思い出しながら、血だらけになった自分の姿を見る。

 ソニックタイガーに分身を咥えさせて、俺は【隠密】で姿を隠す。

 土煙が納まり、ソニックタイガーが血だらけの俺を咥えている姿をみると、観客達は歓喜の声をあげる。

 一方で、決定的な瞬間を見れなかった事を嘆く者達も大勢居た。

 俺はソニックタイガーに、俺の分身をノゲイラに向けって放り投げるように命令する。

 ソニックタイガーは俺の言葉に従って首を振り、俺の分身を勢いよくノゲイラの方に放り投げる。

 ノゲイラに届く前に結界石の効果なのか遮られて、無残に俺の分身は落下して地面に叩きつけられた。


 その光景に観客達は、より一層盛り上がっていた。


「成程! 狩った獲物を主人に渡そうとするとは、我が僕ながら感心します」


 無残に横たわっている俺の分身に、ノゲイラの部下達が駆け寄り死亡している事を告げる。

 分身なので、心音とかはしないので死亡している事は簡単に判別出来る。

 それよりも、その死体に全く外傷が無い事に気が付いていない。

 血の量だけで判断している様子だった。

 

 ソニックタイガーは、ノゲイラの部下と共に退場させられる。

 俺の分身も一緒だった。

 俺はソニックタイガーに着いて行き、魔獣達が居る控室へと移動する。


 魔獣達は檻に入れられていた。

 ノゲイラの部下達が目を離した隙に、分身を解く。

 死体が居なくなった事に気が付いたノゲイラの部下達は慌てていた。


「おい、どうする」

「……ノゲイラ様には黙っておくか?」

「そうだな。説明が出来ないしな」


 隠蔽する事で話が着いたようだ。


 俺は魔獣達を見る。

 しかし、知能が高いのはソニックタイガーだけのようだ。

 俺はソニックタイガーに礼を言うが、【隠密】のスキルを発動している為、ソニックタイガーは俺の姿を探していた。

 とりあえず、ソニックタイガーの奴隷アイテムを外して、その事をソニックタイガーに伝える。

 俺は闘技場に戻り、次の対戦を一番近くから観戦する事にした。

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