第463話 敵対視の理由!

 ルーカスの態度が急変した事に、フリーゼは驚く。


「国王は、そこまでタクトを信頼しているのか?」

「勿論だ。ユキノの結婚相手という訳でなく、損得を考えずに誰にでも平等に接するタクトは、十分に信頼に値する男だ」


 ルーカスは真面目な顔で、フリーゼの問いに答える。


「そうか、そこまで信頼しているのか……。カーディフにセドナ、御前達もタルイへは同行しろ!」


 フリーゼの突然の言葉に、セドナは驚く。

 カーディフは馴れなのか、予想していたのかは分からないが平然としていた。


「しかし、その間は誰がダンガロイ様とフリーゼ様の護衛をするのですか?」

「心配無い。私も王都に滞在するので護衛は不要だ」


 フリーゼの発言は寝耳に水だったようで、ダンガロイは驚きフリーゼの顔を見る。

 ダンガロイの苦労が、他人事では無い気がする。

 立場が違えど、俺もエリーヌというポンコツな女神に振り回されていたからだ。


「タクトよ。御前とユキノとの結婚について、私は認めて無いからな!」

「いや、別に領主夫人に認めて貰わなくても問題無いぞ」

「はぁ、王族の婚姻というものが、どういう事か分かっているのか?」

「どういう事だ?」

「余から説明しよう」


 意味が分からない俺にルーカスが説明をしてくれる。

 一応、王族から嫁ぐ者や、王族に嫁ぐ者は親族の同意が必要になる。

 今回の場合は、エルドラード家とルンデンブルク家に、ピッツバーグ家になる。

 アスランが国王になり子供が結婚するとなれば、ユキノにヤヨイの旦那や、アスランの嫁兄弟が、その立場になる。

 反対する者は居ないので、形式上の儀式らしい。

 今迄、王族の親族になる者は品行方正で、身分も高く人族として問題の無い者達だからだ。

 親族への挨拶は、この行事も兼ねているそうだ。

 ルーカスやイースも形式的な挨拶と思っていたので、そこまで深くは考えていなかったようだ。

 元々は、皆から祝福される事を目的としているようだと説明してくれた。

 ……面倒な親戚のおばさんが居ると、こんな感じなのか?

 王族や貴族は、こういった事があるので嫌だったのだが……。

 俺は、ふと重要な事に気が付く。


「それは、王位継承権を辞退する場合も同じなのか? 王族ではなくなるんだよな?」

「……今迄、そのような事例が無いから、分からん」


 ルーカスは困惑していた。

 まぁ、ユキノも反対する者が居れば、心から喜べないかも知れないので、俺的には不本意だがフリーゼに認めて貰う努力が必要という事だろう。


「領主夫人が俺を認めてくれれば良いんだな」

「勿論だ」


 フリーゼと一瞬でも同世代であれば、良い友人になれると思っていた自分を後悔する。


「領主夫人が反対していると知ると、ユキノが悲しむから内緒で頼む」

「……分かった」


 ユキノが悲しむ事を伝えると、流石のフリーゼも申し訳なさそうにしていた。

 なんだかんだと言っても、ユキノ達を可愛がっているのは間違いないようだ。


 しかし、フリーゼに認めさせるというのは、どうすれば良いのだろうか?

 俺が魔族を人族同様に扱っている事を止めれば問題無いのだろうが……。

 フリーゼはどうして、そこまで魔族を憎んでいるのか根本的な原因が分からないので、まずはそれを知る必要がある。


「どうして、領主夫人はそこまで魔族を敵視しているんだ?」


 単刀直入に聞く。

 話すのを躊躇っているフリーゼ。

 俺はルーカスやダンガロイを見るが、二人共知らない動作をする。

 ……今迄、誰も疑問に思わなかったのか?


「私が十代前半の頃の話になる」



 フリーゼがまだ王都に住んでいた少女時代に、街の外で狩り等を行った際に一人の小さな魔人と出会う。

 その魔人は、フリーゼを見ても驚かずに逃げようとしない。

 そればかりか、「見逃してやるから、さっさと行け」と屈辱的な言葉を掛けられる。

 幼少期より同世代は勿論、年上の者とも対等に戦っていたフリーゼは、自分よりも小さい魔人が相手であれば勝てると思い、戦いを挑む。

 その魔人が人族に危害を加えていたからでなく、魔族は悪という教育を受けていたのも影響していた事や、プライドを傷付けられた事が大きな要因なのは間違いない。

 フリーゼは人族に危害を加える前に討伐するという、自分に都合の良い勝手な解釈をした。

 それに何より、魔人相手に自分の力を初めて試せる事に、フリーゼは歓喜していた。

 しかし、余裕で勝てると思っていたフリーゼの思惑とは異なり、戦闘が始まるとフリーゼの攻撃は全て避けられ、指一本で弾かれると樹に激突して、体が悲鳴を上げる。


「まだ、負けていない」


 負けを認めないフリーゼに、その魔人は笑いながら答える。


「暇潰しには丁度良い。暫くはここに居るので、いつでも掛かって来い」


 そう言うと、その魔人は森の中へと姿を消す。

 意識が遠のく中、フリーゼは初めて心から敗北を認める。

 次の日、治療士により回復したフリーゼは、前国王の目を盗み、魔人と出会った森へと馬を走らせる。

 門番が止めようとするが御構い無しに振り切り、街の外へと飛び出す。

 先日と同じ場所で、フリーゼは叫ぶ。


「魔人よ。出てこい!」


 フリーゼの呼び出しに、空から魔人が現れる。


「いつでも良いぞ」


 フリーゼをあざ笑うかのようだ。


「昨日と同じだと思うな」


 フリーゼは一気に斬りかかるが、魔人は余裕で躱す。


「芸が無いの。昨日と同じで型通りの面白味の無い攻撃じゃ」

「五月蠅い!」


 今迄の自分を否定されたと、フリーゼは感じる。

 徐々にフリーゼの体力が無くなる。


「面白くないの」


 そう言うと魔人は、一度もフリーゼを攻撃する事無く、その場を去って行った。

 フリーゼは屈辱だった。

 剣において絶対の自信があり、今では王国騎士団の団長クラスとも同等に戦えていた。

 フリーゼは自分の存在全てを、否定されたような感覚になる。


 それから、三日間フリーゼは通い詰めるが、一度も攻撃が当たることなくフリーゼが疲れて動けなくなると、笑いながら去って行くだけだった。

 四日目には、前国王より監視が付き軟禁状態となり、城から外出は勿論、部屋から出る事も出来ないでいた。

 当然、魔人へ挑戦する事が出来なくなる。


 数日後、監視の目を盗み抜け出すと、一目散に魔人の場所に向かったが、その時には呼べど叫べど魔人は姿を現す事は無かった。


「あの魔人は、私の誇りを汚したまま逃げて行った卑怯者だ」


 フリーゼは、拳で机を叩き、大声を上げる。

 俺は今の話を聞いて、色々と突っ込みたい気分だった。

 まず、警護していた騎士達はどうしていたのかを聞きたかったが、じゃじゃ馬娘だと想像が出来たので、騎士団を撒いたのだろうと想像出来たが、仮にも王女を見失う護衛って……。

 それに、前国王も軟禁するのが遅すぎる。王女であるフリーゼに、何かあったらどうするつもりだったのだろう。

 そしてフリーゼの魔族への嫌悪感は、自分のプライドを踏みにじられたまま、勝ち逃げされた事を怒っているだけだ。

 俺に言わせれば、魔族全般への八つ当たりか逆恨みにしか感じない。

 余程、親兄弟や子供を魔族に殺された者達の方が、魔族への恨みは強い。

 王族や貴族は、プライドが高い人種なのだと考えさせられたが、思春期に及ぼす影響は、かなり大きい事も事実だ。

 その魔人への思いが、魔族イコール絶対悪と言う概念をより大きくしてしまっているのだろう。

 魔族が悪と言いながら、積極的に魔族を討伐したとは聞いていないし、自分の中で納得が出来ていないジレンマがあるのかも知れない。


「あの龍人は、絶対に許さん」


 フリーゼは目を血走らせながら、呟く。

 ……龍人で、小さくて暇を持て余している?

 しかも、王都の近くだ。

 俺は該当する者が一人、頭に浮かんだ。

 俺だけでなく、数人は同じ龍人が頭に浮かんだ筈だ。

フリーゼに、その龍人の特徴を詳しく聞く。


「その龍人と、もう一度戦って納得出来る勝負が出来れば良いのか?」

「……私の誇りを取り戻せれば良い」

「その龍人を呼んでやろうか?」

「今の私の話だけで、何処に居るのか分かるのか!」

「多分だけどな……」


 十中八九間違いないと思う。


「おい、タクト。その龍人を此処に呼ぶのか?」

「領主夫人が、希望するならな」

「いや、それはちょっと……」


 ルーカスは歯切れが悪い。

 やはり、俺と同じ龍人が頭に浮かんでいるのだろう。


「特訓場に呼べ。今すぐに相手になってやる」


 勢いよく叫ぶフリーゼだが、個人的には完膚なきまでに負けて欲しいと思いながら、心当たりの龍人に連絡をする。

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