第443話 気遣い!

 対決前にカーディフが真剣だと、万が一の事がある為、使用を差し控えたいと申し出る。

 俺への気遣いだろう。


「俺が切られても、何とかなるから気にしなくて良い。真剣勝負で無いと、領主夫人も納得しないのでは?」

「確かにそうですが……」


 立場的な事もあるのだろう。


「こういう言い方は変だが、気にせず攻撃をしてくれ。俺が切られても文句言う奴は誰も居ない」


 そう言うとルーカス達の方を見る。


「カーディフよ。気にせずに、タクトを切り刻んでも良いぞ」


 ……切り刻むって、表現が残酷だと思う。


「国王も、ああ言ってるから全力で向かって来てくれ。手を抜くのは、俺に対して失礼だろう?」

「……分かりました」


 カーディフは全力で戦う事を、了承してくれた。


「なかなか、男らしいの」


 フリーゼの中で、俺に対する評価が上がったようだ。


「勝負は、どちらかが気を失うか、降参で良いのか?」

「そうだな。それで良い」


 勝敗の決め方が曖昧だったので、俺から提案をして決める。

 特訓場を見ると周りには、特訓を終えた衛兵達が俺達の戦いを観戦するつもりで待っている。


「カルア、例の奴を頼めるか?」

「そうね。被害が出る前に仕込んでおかないとね」


 カルアは、フリーゼに結界魔法を施す事の承諾を取る。

 フリーゼは「大袈裟な」と言うが、ルーカスとイースの助言もあり、【結界】を施す事許可を出した。

 カルアが【結界】を施した後に、俺とカーディフが特訓場に入る。

 ルーカスやフリーゼ達も特訓場の結界外から観戦をする。


「いつでも良いぞ」


 俺は首を左右に傾けて、準備が出来た事を伝える。


「私も、いつでも大丈夫です」


 カーディフも剣を抜いて構える。

 フリーゼが立ち上がり、「始め!」と開始の掛け声を上げる。


 開始と同時に、攻撃を仕掛けてくるかと思ったが、カーディフは少しずつ間合いを詰めながら、俺の様子を見ている。

 いきなり攻撃をしてくる脳筋とは、やはり違う。


「行くぞ!」


 カーディフの目を見ながら呟く。

 一直線にカーディフに向かい走り、カーディフの間合いだろうと思う場所で、カーディフの左側に周り込み、脇腹に右足で蹴りを入れる。

 しかし、カーディフも体を反転させて、俺の攻撃を避けながら横から剣で切り掛かって来た。

 俺は、軸足の左足だけで後ろに飛ぶ。


「今のを避けて反撃とはな」

「タクト殿こそ、一瞬で死角から攻撃とは、流石です」


 俺もカーディフも自然と笑っていた。

 間違いなくカーディフは強い。

 この重圧や、攻撃に対する反応速度、俺が今迄戦った人族では上位に入る。


 同じ手は通じないので、距離を詰めていながら考えているとカーディフが先程の俺と同じように呟く。


「行きますよ」


 言い終わらない内に、一気に間合いを詰めて切りかかって来た。

 剣は振り下ろされることなく、構えた位置から突きが繰り出される。

 突きの速度は速いが、見切りながら反撃しようとすると、突き出された剣が軌道を変えて斜めに振り落とされる。

 しかし、俺はそれを避けて一歩踏み込むと、下から剣が振り上げられるのが分かったので、そのまま横に飛んで避ける。


「これも避けますか!」


 カーディフは驚く。

 佐々木小次郎が使ったとされる、燕返しのような技なのだろうが、俺の動体視力の方が上回っていた。


「まぁ、ギリギリだけどな」


 そう話す俺は、楽しんでいた。

 小細工しても避けられるのであれば、正面から勝負をしてみる。

 この考えは、脳筋の思考なので俺もその類なのかと思いながらも、カーディフに向かって突進する。

 俺の突進に合わせてカーディフが、剣を振り下ろす。

 そのタイミングに合わせて、俺は剣を握っている右手を狙って拳を振りぬく。

 拳が当たった瞬間に、右手から剣が離れるが、すぐに左手で剣を掴み再度、剣を振り下ろす。

 俺は更に一歩踏み込んで、カーディフの鳩尾に拳を叩きこむと、カーディフはそのまま吹っ飛び、壁に激突する。

 本気で殴っていないので、死んでは居ないと思うが……。

 土煙の中から、【風刃】が飛んで来た。

 魔法攻撃だと、文句を言おうとするが、カーディフの斬撃だと分かった。


「……距離を取っても、この技があるという事か」

「近距離での戦いは、タクト殿に分があるようですので、少し戦い方を変えさせて頂きます」


 話しながら斬撃を俺に向かい放つ。

 技を出す動作が遅い為、簡単に避ける事が出来る。

 何かを狙っているのは、分かっていた。

 避けていても仕方が無いので再度、突進をすると、俺の両側と足元に連続で斬撃を放つ。

 仕方が無いので、ジャンプをする。


「これで逃げられませんよ」


 空中では自由が利かないと思っているのか、俺に向かい斬撃を放つ。


「残念だったな」


 俺は一言カーディフに向けて話すと、【飛行】のスキルで簡単に避ける。

そして、上空からカーディフを見下ろす。


「……【飛行】のスキル持ちでしたか」


 この攻撃で俺を倒せると思ったのだろう、カーディフが落胆する。


「なかなか、良い攻撃だったぞ。俺でなければ、倒せていただろうな」


 カーディフもかなり体力を使ったのか、少し肩で息をしていた。


「では、改めて」


 俺は地上に下りるとカーディフの周りを最速の速度で回る。

 途中で、死角から攻撃をするが、カーディフは剣で防ぐ。

 何回か攻撃した後で【分身】を使い、一人また一人と人数を増やしていく。

 徐々に、俺の攻撃を捌ききれなくなったカーディフは膝を着く。

 俺は速度を緩め、【分身】を解除して、カーディフの目の前に立ち、戦闘の意思を確認する。


「まだ、やるか?」

「……そうですね。これ以上、戦ってもタクト殿に勝てないでしょう。タクト殿の本気が見れなかったのが、悔やまれますね」

「何故、本気じゃないと思う?」

「そうですね。戦っている間も、余裕があるのが分かりますし、最後の攻撃も鳩尾への攻撃に比べて、威力が弱かった気がします」

「全力で戦っていない俺を、軽蔑したか?」

「いいえ、本気を出せば一瞬で私を殺せたのでしょう。あくまで余興になりますので、仕方がありません」

「そう言ってくれると、俺としても罪悪感が薄れる。ありがとうな」


 俺は右手を出して、カーディフを立ち上がらせる。


「ちょっと待っていろ」


 カーディフに【神の癒し】で傷を治す。


「これは……」

「俺の魔法だ。傷も治っているし、体力も回復しているだろう」


 カーディフは驚いていた。


「これは内緒だから、人には言うなよ」

「分かりました」


 俺はフリーゼの方を向き、勝負が着いた事を伝える。

 フリーゼは、大声で笑う。

 ルーカス達は、これから起こる事が分かるのか、後ずさりしていた。


「タクトとやら、今度は私と勝負しろ!」


 この発言で、俺の中ではフリーゼは戦闘狂だと認識された。

 どうやって、断ろうか悩んでいると、カーディフがフリーゼに向かい話始めた。


「フリーゼ様。タクト殿は、私達よりも全然御強いです」

「そんな事は分かっておる。強者と分かっているからこそ、戦うのだ」


 ……完全に戦闘狂だ。

 こんな人物が、領主夫人で大丈夫なのか?


「その、大変申し上げ辛いのですが、タクト殿は全然、本気ではありません」

「なんだと!」

「多分、本気を出せば、あっという間に勝負はついていた筈です。それを私の攻撃を全て受けてくれた上で、勝負頂いたタクト殿には、感謝しか御座いません」


 カーディフが、いつの間にか俺を美化し始めた。

 そんな事を考えた事も無かったし、単純に楽しかっただけだったのだが……。


「……そんなに強いのか?」

「はい」


 フリーゼの問いに、カーディフは即答する。


「姉上。タクトの強さは桁外れなのです。本気を出せば、どんな魔獣でも、あっと言う間に討伐出来る冒険者です」

「……どんな魔獣でもだと」


 ……ルーカスが余計な事を言ったのが、直感で分かる。

 フリーゼを見ると、先程とは違う笑みを浮かべていたので、それが確証に変わった。

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