【書籍販売中!】【完結済】異世界に転移させられたけど、ネゴってゴネッて女神も魔王も丸め込む!【WEB版】(旧題:無職で異世界をフラフラする!)

地蔵

0章

第0話 プロローグ!

「……ここは」

 目を覚ますと辺り一面に白い空間が広がっている。


 記憶を呼び戻して状況を確認してみる。

 名前は、天草 拓人アマクサ タクト、四二才。

 ……ここまでは間違いない。


「その通りです」


 頭の中で何かを感じた。


(誰だ?)


 そう思った瞬間、


(エリーヌと申します。あなた方でいう神です)


「……神」


 自称神のエリーヌ曰く、俺は半年前の夜、仕事をしていて先に部下を帰した後に、一人でビールを飲みながら、


「三六協定って何だよ!」

「有給休暇って食べ物で美味しいのか? ブラック企業のバカヤロー!」


 愚痴を言いながら、残務処理をしていたらしい。


 仮眠をとる為に椅子を並べて寝ていたら、心筋梗塞で死んだそうだ。

 人生なんてあっけないものだ。厄年なのに厄払いしなかったせいなのか……。


(そんなに落ち込まないで下さい)


 エリーヌが頭の中へ話しかけてきた。

 落ち着くと勝手に思考を読まれることに腹が立ってきた。


「スイマセンが、言葉は聞こえますか?」

(はい)

「では、思考を読まずに言葉で会話しませんか?」

(何故ですか?)


 エリーヌは不思議そうに答えた。


「まずですね、考えていることをこちらの了承もなしに勝手に読み取るのは失礼だと思いませんか? あなたも、何処の誰かも分からない存在に思考を読まれたら嫌ではありませんか?」

(そうですね、こちらの配慮不足でした。申し訳御座いません)

「では、姿を見せて下さい」

(えっ!)

「あなたが私をここに呼んだのは、理由があるからだと思いますが、姿も見せず、勝手に思考を盗み読む神と名乗る者を、信用する事は出来ません」


 完全な八つ当たりだが、怒りの矛先はエリーヌにしか向けられないので仕方ない。


(……確かにそうですね。重ね重ね申し訳御座いません)


 エリーヌが話し終わると同時に上(空?)より一閃の光が降り、一人の女性が現れた。

 うん、美人だ。

 金髪ロングヘアで大きな目と優しそうな口。

 生きていたら間違いなく惚れてしまうレベルだろう。


「改めまして、エリーヌと申します」


 一礼をして、俺をここへ呼んだ理由を話し始めた。


 エリーヌは、異世界エクシズの神に就任したばかりで、その世界は神への信仰がほぼ無い為、年々その神力を弱めており、秩序や存在を維持する神の力が及ばなくなった事でその世界は崩壊の一途を辿っている。

 その打開策として異世界から人を転移させて、その者を使徒として布教活動をさせるという事だった。


「なんで、私なんですか?」


 わざわざ、こんなおっさんを呼ばなくても、他に幾らでも人がいるだろうに何故だ。

 エリーヌの回答は意外なものだった。

 既に前任者が何人か転移したらしい。正確にはしていた。

 最初は若い男だったが、力に溺れ傍若無人な振る舞いをするようになり、最後は民衆に殺された。

 次に年老いた男を転移させたら、魔術で若い女を唆してハーレムを作ってしまい、最後は同じ様に民衆に殺された。

 その後、老若男女問わずに何度も転移をしてみた。

 しかし、何故か転移者達は布教活動をせずに、世界が滅びる要因を増やしていったらしい。

 そんなことがあり、前任者である神が能力不足の為、他の世界に左遷されたのでエリーヌが後任の神に就任する事になった。


「その説明でも、私が選ばれた理由が明確になっていないけど?」


 エリーヌは、目を反らす。


「まず、過酷な労働条件でも文句を言いながらもきちんと仕事をしてくれる人。つまりブラック企業に長年勤めてそれなりに人望のある人を第一条件として、死んでもプライベートでさほど影響のない人物から選びました」


 言い終わってもエリーヌの視線は別の所を見つめたままだ。

 確かに、この年まで独身で高校卒業間際に両親を事故で亡くしている。

 兄弟も居ないし、親戚といえる間柄も、ほとんど付き合いが無い。

 近年は仕事以外で人と接する事が少なかった為、人間関係は限りなく薄い。

 家にも殆ど帰らずに仕事場で泊まりそのまま仕事の繰り返し。

 休みも年間で数える程しかなく残業代も付かないのに、何故か馬車馬の様に働いた。

 世間からみれば間違いなく『社畜』と呼ばれる人種だ。

 ただ、自分の中では『趣味』が『仕事』で『仕事』が『趣味』だったのだろう。


 エリーヌからみれば、確かに適正な人材かも知れない。

 ただ、この条件でも他にも何人かはいた筈だ。

 俺が最終的に選ばれた理由にはならない。


「その条件でも、他に当てはまる人はいた筈です。最終的に私になった理由にはなっていません!」


 エリーヌは目線を逸らしたまま、申し訳なさそうに、


「私から話すのも何ですから、これを見てもらっても良いですか?」


 人差し指の先をこちらに向けると、テレビのように映像が流れだした。

 それは、俺の現世での死んだ後の状況だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 事務所で死んだ俺は、朝出勤してきた部下に発見された。

 警察と消防に連絡されて、死亡が確認。

 社長が、給料相殺でしたであろう簡素な通夜と葬式が行われた。

 その後、労働基準監督署の会社への立ち入り調査が行われ、時間外過重労働や賃金不払いに裏帳簿の発覚など次々と不正が摘発されて、ワイドショーのネタとしては申し分ない為、連日テレビで放送されていた。

 当然だが、残された社員達は逃げ出すきっかけを得て大量退職。

 世間のイメージダウンで取引の契約が激減したうえ、社員不足による業務停滞、会社は深刻な経営不振に陥っていた。


「俺一人の死で、ここまで影響あるのか……」


 正直、ブラック企業に勤める普通のサラリーマンの死で、ここまで社会や他人に影響が出るとは考えられなかった。

 酷く落ち込んでいた様に見えたのだろう、エリーヌが慰めるように「続きがあります」と映像を再生し始めた。

 そこには、葬式帰りの喪服に身を包んだ見慣れた部下達の顔があった。


「俺、天草さんが居たからこの会社で今まで、続けられたんですよね」

「そうだよな、天草さんありきの会社だったからな。俺も随分と助けて貰ったし……」

「この仕事終わったら、皆で独立しませんかって言おうって決めてたのにその矢先だもんな」

「けど、最後は死んで会社に嫌がらせなんて、天草さんらしいよね」

「ふふ、確かにツンデレですもんね」

「これから頑張らないと、天草さんが化けて出てくるかもな!」

「はははっ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 各々が悲しみを隠しながら、必死で明るく振舞っているのがよく分かった。

 目頭が熱くなりながら、俺はこんなにも部下達から慕われていたんだと死んでから再認識した。

 しかし、死後半年も経ってから呼ばれたのが不思議だったが、今更聞いてもしょうがない。


「これが最終的に、貴方を選んだ理由です」


 エリーヌが優しい口調で、語りかけてきた。

 後輩達が頑張ろうとしている姿を見て影響されたのだろう、自然と言葉が出てきた。


「分かりました。あとは転移の条件と転移先の状況、私のメリットを御教え下さい」

「そうですね……」


 考えながらエリーヌが条件を話し始めた。


「先程も御話しした通り、私を神とした布教活動がメインとなります。信仰自体が寂れている為、教会はありますが機能はしておりません。信仰自体が広まれば良いので形式には拘りません。転移先エクシズですが、地球基準ですと大きさは地球の約半分です。種族は大きく分けて人族、獣人族や魔人族、魔物等になります。動物や昆虫等も居ますが地球と大差はありません。力ですが、人間族の場合ですと地球の平均を一〇とした場合、八くらいです。戦闘系獣人は十二くらいですね。魔族は種族によって特徴が様々ですので一概には言えません。ここまでで質問はありますか?」


 ファンタジーの世界に近いのか、学生時代にやったRPGの感覚に近いという事か……。


「魔法や、スキルは存在しますか?」

「はい、存在します。ステータスで確認する事も可能です」

「俺は、生きていた時の力で転移されるのですか?」

「そうですね、メリットのひとつとお考え下さい。続けてメリットですが、メリットと言われますと、二度目の人生が送れるという事くらいしか御座いません」

「えっ! どこかの王みたいに地位の高い人物や、魔王と戦う勇者とか有名人じゃなくて?」

「はい、只の平民つまり一般人です」


 ダメだ、期待しすぎた自分が悪いのか、モチベーションが下がりまくっているのが良く分かる。


「さっきの説明だと、前任者は転移者にかなりの力を与えていたように聞こえたんですが……」

「はい、それが原因で最初から力を持たせるのは危険と判断しました」


 なるほど、エリーヌの言い分も一理ある。しかし、


「……断っても良いんですよね」

「えっ!」


 エリーヌが明らかな動揺している。

 断られる事は考えてなかったのだろうか?


「別に人生をやり直したいとも思いませんし、布教活動も要はあなたの為に、給料も出ないのに無償で働けってことですよね?」

「い、いや、あのですね、違うんですよ」

「何が違うのですか? 働いたらその分の対価を支払うのは常識ですよね。ただ働きしてこき使うのがあなたの神としての本質なんですか? 使えるだけ使って使えなくなったらボロ雑巾の様に捨てる。そういう事なんですよね、そんな信仰は広める自信もありませんし、絶対に広まりません。いいですか、そもそもこの場ではあなたと俺は対等な立場での取引ですよね。自分の都合ばかり押し付けて、人を道具みたいに」


 次の言葉を発しようとした瞬間、


「だって~、初就任だからよく分からないんだもん。そこまで言うことないじゃない~」


 座り込んで泣き叫んでいる。

 ……先程までの、優雅な立ち振る舞いをしていた女神は何処に?


「私だって、一生懸命やっているんだよ~」


 こちらが素で今までは何とかボロが出ないように、頑張っていたのだろうと確信をした。


「こちらも、言い過ぎた悪かった」


 とりあえず、こちらもヒートアップしてしまったので詫びる。


「……分かってくれれば良いよ」


 完全にメッキが剥がれたが、逆に話しやすくなった気分だ。


「とりあえず、転移を承諾するか断るかは、内容を全て聞いてから判断する。こちらにメリットが少ないと感じても、そちらの誠意が伝われば承諾しても良い」

「……本当に」

「あぁ、嘘は言わない。だからそちらも嘘は無しで話してほしい」

「……分かったわ」


 とりあえず、ポケットからハンカチを出し、エリーヌに手渡した。

 エリーヌはハンカチを受け取ると、鼻をかみポケット? らしき物にしまった。


 えっ、涙拭く為に差し出したんですけど……。


 泣き終えたエリーヌは何事も無かったかの様に詳細説明を始めた。

 ・転移条件は、転生ではないので現状の姿となる。

 ・力についても現状の力のままになる。転移先からは怪力位にしか思われないらしい。

 ・レベル一からのスタートになる。通常の成人一般男性(平民)でレベル五くらいだそうだ。

  ……これって、完全にデメリットでは?

 ・初期装備は、最低限の装備で転移する。

 以上。


 ……だめだ、メリットが何も見当たらない。

 労働意欲が湧きそうな興味も特にない。

 どうしたものか。

 考え込んでいると、不安そうにエリーヌが、


「私の特権で少しなら便宜というか恩恵ユニークスキルを与えるから、それで了承してくれない?」

恩恵ユニークスキルとは?」

「例えば、世界に混乱が生じない程度であれば、スキルを追加や調整したり、姿形を変更したり等かな」

「こちらが何か渡せば、対価としてより恩恵ユニークスキルを追加してもらう事は可能ですか?」

「うん、それは可能だよ。ただし、世界に影響が無い事が前提ね」


 とりあえず、メリットというか自分自身の転移する理由を考えなければ、


「布教活動って、一つの土地限定ですか?」

「いや、旅をしながらでも大丈夫だよ。むしろ、その方が望ましいわ。ただしその場合、魔物等の戦闘が発生する危険もあるからね」


 ……魔物との戦闘? ということは、


「ギルドの様なものはあるのですか?」

「うん、『冒険者ギルド』があり、各拠点の『ギルド会館』が活動拠点になるね。『商人ギルド』もあるけど、都市や大きな町にしかないね。こっちの活動拠点は『産業会館』だよ。各々ランクがあり受けられる依頼や、扱える商品が異なるかな?」


 魔物との戦闘か、子供の頃夢見たよな。

 ゲームの世界に行きたいって何度思ったことか……。

 考えてみればゲーム世界の要素満載だ。

 どうせ死んだのだから、ゲーム感覚で楽しむか!

 まず必要になるのが情報。

 これを怠ると思うようには進めない。


「知らない世界で無知のままでは生きていくのさえ辛いので、【全知全能】みたいなもので御願い致します」

「【全知全能】とは?」

「分からない事等を、頭の中で問合わせると世界の知識から回答してくれる案内係というか、知恵袋みたいなものです」

「なるほど、それは必要だね。他人にも見つかる危険も少ないし、いいよ」

「あと、女神様とも話せなくなるのは辛いので、女神様とも話が出来る様にしても貰いたいかな」

「そこまで言うなら、特別に追加してあげるよ。へへへっ」


 【全知全能】と【神との対話】を取得した。


 これで、情報と知識、そしてエリーヌとの通話が手に入った。

 次は、戦闘関係のスキルだ。


「これ以上の便宜は図れませんけど……」


 これ以上、引き出すのは厳しいか。


 しかし、ここからが本当の交渉だ。

 相手のペースで無くこちらのペースで話を進めてみるか。


「あと、出来ればですが右も左も分からない土地に荷物持っていて襲われる可能性もあるのですが、その対処法は?」

「アイテムボックスというものがあるよ。上級スキルだから一部の者しか使う事が出来ないよ」

「最低のレベル一で良いので取得出来ないか?」

「レベル一だと収納は無限だけど、小石サイズの物しか入らないよ」

「それでもいいよ。女神様の髪の毛でも頂いて、御守り代わりに無くさないように大事にしまっておくだけだから」

「あっ! そういうことなら仕方ないね」


 【アイテムボックス:レベル一】を取得した。


 しかし、この女神もしかして褒めれば調子に乗るタイプか?

 強めに出ると泣くし、交渉相手としては最適じゃないか?


「もう一つ確認させて貰っていいか?」

「うん、何?」

転移先エクシズの言語はどうなっている?」


 転移して、言葉が通じなかったり、読み書きが出来ないのはリスクが高過ぎる。


「地方によっては若干の違いはあうけど、基本言語は共通だよ。自然に対応できるようにしておくね」

「全ての言葉や、言語が分かるという認識で良いですか?」

「うん」


 全ての言葉! なるほど少し強気に出てみるか。


「ありがとうございます。動物と話すの夢だったんだ」

「えっ!」

「えっ! 今、全ての言葉って言いましたよね、もしかして嘘ですか?」

「……こちらの言い方が悪かった様です。タクトが過剰に解釈したのはこちらの説明不足でした。声での会話になると混乱が生じる恐れがあるから、知能の低い相手には『念話』という対象の直接頭へ問い掛ける形式になるよ!」

「了解した。こちらも過剰解釈して申し訳ない」

「いいよ、お互い様という事で!」


 エリーヌは笑いながら答えた。

 【言語解読】と【念話】を取得した。


 しかし、だんだんとフレンドリーな話し方になってきたな。

 俺も呼び捨てだし……。

 こちらも、タメ口にするか!


「じゃあ、転移の準備するね」

「ちょっと待った! 対価を払いたいが、レベル一〇〇からレベル一〇にした場合のように、数値が大きい方から小さくした方がリスクが大きいので、対価も大きいという事で良いか?」

「うん、そうだよ!」

「では、四二歳の肉体から一七歳までの肉体を対価にします」

「えっ! どういう意味?」

「言葉のままだよ、四二歳から一七歳の肉体差を対価として捧げます」

「それって、若返るって事だよね? 対価ってリスクで無いと……」

「先程と言っていることが違うよね、大きい値から小さい値にした方がリスクって言ったよね」

「えっ! それは物の例えで……」

「嘘は言わないと約束したよね!」

「……はい」


 エリーヌはしぶしぶ条件を承諾した。


「それで、望むものはなんですか?」

「俺の希望は【全スキル取得】。知らない世界で生きていくのは辛い。自分の適性を見極めながら旅などをして信仰を広めたいと思う」

「それは、素晴らしいね! 承諾するよ」

「あっ、全スキルですから、魔族や他族も含みますからね」

「えっ! 人間族だけじゃ!」

「一言も人間族とは言っていませんよ。全スキルなので、他族を含む全てだ。それとも人間族以外はスキルが無いのですか?」

「……人間族以外の他族にもスキルはあります。一度承諾したので仕方無いです」


 【全スキル取得】を取得したことで、肉体が一七歳まで若返った。

 腑に落ちない様子のエリーヌだが、これ以上はまずいと思ったのか、


「先程の大きい値から小さい値の方がリスクというのは訂正します。小さい値から大きい値にした場合の方がリスクとなります」

「それは、体重が五〇キロから一〇〇キロになった場合と、同じ考えで良いですか?」

「そう!」


 エリーヌはここぞとばかりの、どや顔で返事をした。

 しかし、これは俺の望んだ展開だ。


「では、私は生まれた直後の〇歳から三歳までの記憶を対価として捧げる」


 幼児の記憶なんて元々無いに等しいが、子供の覚える吸収速度が早い。

 肉体に比べれば、少ないが情報量は多いはずだ。


「えっ、三歳までの記憶ですか……」

「はい、そうです。何か問題でも?」

「いえ、先程と同じリスクでは……」

「先程とは逆ですよ。女神様の言う通りにしたのでリスクですが、また嘘ですか?」

「……スイマセン、こちらの解釈違いでした。望むものは何?」

「【不老不死】」

「残念だけど、【不老不死】は世界のバランスが崩れるから無理」

「世界のバランスが崩れるとは?」

「不老不死の噂が広まると、権力者達が我先にと手に入れようと、混乱の元になりえるからだよ」

「ようするに、後処理が面倒くさいと」

「そうそう!」


 エリーヌはしまったという顔したが時すでに遅し。

 この女神大丈夫か……。


「では、【レベル上限解除】で御願いします」

「……それも難しいね」


 あれ? 簡単かと思ったが出来ないのか?


「何故?」

異世界エクシズではレベル一〇〇が上限なの。

一〇万人に対して、ひとり程度しか到達しない領域だけど、それ以上のレベルがもし他人にそのことが知れたら、世界のバランスというか常識が崩れる」


 なるほど、異世界エクシズの世界観が分からないが、たしかにレベルが高ければ政治や、貴族派閥等の争いに巻き込まれる可能性はある。

 エリーヌの言う通り、パワーバランスが大きく傾くのは間違いない。


「他人に見られて混乱が招くのであれば、ステータス表示はレベル一〇〇とする。しかし、自分もしくはステータスを開示しても良いとした人物のみ、本当のレベルを見せる事にすれば問題は起きない。そもそも一〇万人にひとり程度しかなれないかも知れないレベルなので、解除しても到達するかも怪しいですよね」

「そうだね! 確かに通常到達出来るレベルじゃないし、仮にその隠蔽方法であれば問題ないね。承諾!」


 エリーヌは、先程と同じ様にスキル付与の作業をしていたが、


「三歳までの記憶では対価不足だね。六歳までの記憶が必要だけど、どうする?」


 対価不足か!

 これからどうなるか分からない状況で、幼稚園時代の記憶を残しても、メリットとして大きくあるとは思えない。


「六歳までの記憶で結構」


 【レベル上限解除】を取得したかわりに、生まれてから六歳の記憶を失った。

 これ以上は難しいな。別の角度から攻めるか。


「女神様、すこし休憩しませんか?」

「もしかして疲れた? 今の肉体は疲れが無いはずだけど?」

「いや、これから信仰を広めるに辺り、女神さまの事を詳しく知りたいので、御話を頂戴したいと思いまして」

「そういうことなら喜んで!」


 エリーヌは、補佐として幾つかの世界を干渉してきたが、正式に神として就任したのは今回が初だそうだ。

 新人神という位置付けになり、まだ二つ名(○○の女神)は無いらしい。

 二つ名は信仰が強くなると必然的に名付けられる。

 その後、中級神となり幾つかの世界での掛持ちが可能になる。

 信仰は、教会での祈りや日常的に敬う気持ちから大きくなる。

 本人曰く、同期では出世が早いそうだ……。

 本当かどうか怪しい顔をしたら、本当だと言ってきたので信用することにした。


 前任者は『ガルプ』といい、やる気が無くのらりくらりと言い訳をしてばかりの神だったそうだ。

 上級神や、中級神への媚売りは抜群で、今迄何百年と御咎めもなかった。

 しかし、前回の転移者が魔人と手を組み、人族を滅ぼそうとして好き放題に破壊を繰り返して、人口を四分の一まで減らしてしまった為、特別処理により上級神により転移者が消去された。

 尻ぬぐいに、上司が出てくるのはどの世界でも同じだな……。

 今も、一部の魔人達の間ではガルプは、神として崇められているらしい。

 エリーヌは、今回の就任にあたり、毅然な態度を示すように、先輩より言われたらしい。


「女神様、良いですか?」

「何ですか?」


 あと一つ、いや二つはどうしても取得しておかなければ、異世界エクシズでの生活にかかわる。


「女神様は、どういった世界にしたいのですか?」

「そうね、その前に女神様って止めない。なんか慣れていないのでむず痒いんだよね。エリーヌでいいよ!」

「そんな、気軽な感じでいいのですか!」

「いいのいいの、気にしない。だってあなたは、私の使徒として異世界に行ってもらうんだから」


 俺は頷いた。


「私はね、出来れば人族や魔族関係無しにみんなで仲良くして欲しいんだ。種族同士の争いは無くならないのは分かるけど……。上司の命令に従って、自分を押し殺してまでの争い事は嫌なんだよね。神だから理想論になっちゃうけど基本干渉出来ないから、悪い方に進んで行くと落ち込むんだよね」

「なるほどね。じゃあ使徒として頑張ります」

「宜しくね」


 エリーヌは少し寂しそうな顔をしながら答える。


「エリーヌ!」

「なに?」

「エリーヌって紋章とか印みたいなのって無いの?」

「ん~、まだ就任したばかり無いかな」

「そうですか、転移したらその紋章を身に着けたり、グッズにすれば信仰も広まりやすいかなと思ったので……」


 エリーヌが両手も握り、目をキラキラさせながらこちらを見ている。

 よほど嬉しかったのか?


「無いなら、今決める?」

「うん」


 唸りながら考えているが既に、二時間近く悩んでいる。

 まぁ、決めたら簡単には変えられないから当たり前か……。

 これ以上待つのも、厳しくなってきたので、


「今決められないなら、後にしようか? 転移後に教えてくれてもいいから」


 後ろから声を掛けると、振り向き様に、


「タクトが、真剣に考えてくれた案なのに、いい加減な事は出来ない!」


 半泣きに近い状態のその顔は、思うようにデザインが出てこずに悩んでいるデザイナーとも、問題が解けない学生に近い表情だ。

 邪な気持ちで発言した自分が、逆に申し訳ない気分になった。


「とりあえず、鼻水出てるから拭きなよ」


 笑いながら、ポケットからハンカチを出そうとしたが無い。

 そういえば、エリーヌが鼻かんでどこかにしまったんだった。


「さっきのハンカチはあげるから、それで鼻かんですっきりしよう」

「うん!」


 エリーヌは太もも辺りから、ハンカチを出して鼻をかむと、ハンカチをじーっと見ている。


「鼻から変なものでも出たのか?」


 気になったので訪ねてみる。


「このマークって何?」


 マーク? 普段ハンカチなんて興味が無く、適当に買っているだけだったので自分自身も覚えが無い。

 エリーヌ越しに見てみると、隅っこに四葉のクローバーの刺繍がされていた。


「これは、四葉のクローバーと言って、見つけると幸せになると噂されている植物だよ。小学校の頃に探したけどなかなか見つからなかったんだよな……」

「……これにする」

「ん?」

「私のマークは四葉のクローバーに決めた!」


 ……本気ですか! よくフリー素材で使われている一般的に出回っているようなデザインだぞ!


異世界エクシズには、クローバー系の植物は無いのか?」

「似たような三葉はあるよ。でも四葉は存在しない筈。だから、タクトの言うように仮に存在してもそれは奇跡に近い確率なのね! そう、まさに幸運を手にすることと同じなの!」


 よほど気に入ったのか、ひとりでハンカチを握りしめて、笑っている。

 女神の鼻水が、丸見えなんだが……マニアには御褒美なんだろうな!


「マークの報酬というか、追加の恩恵ユニークスキル何だけど、いいかな?」

「いいよ。こんなに凄い事を考えてくれたんだから」

「少しでも早く一般民に追いつきたい。経験値とスキル値の取得値を二倍にして欲しい」

「そんなことで良いの? はい、承諾」


 タクトは、【経験値取得補正(二倍)】【スキル値取得補正(二倍)】を取得した。

 ヨシ! エリーヌは最後の恩恵ユニークスキルの重要さに気づいていない。

 これで準備整った。

 機嫌の良いエリーヌから、補足事項とわずかなアイテムをもらった。

 ステータスはイメージしたら目の前に自然と表示された。

 このスキルであれば、なんとかなるだろう。


「じゃあ、エリーヌを神として広めて、皆と友達になれるように頑張るわ!」

「宜しくね。私も祈ってるね!」


 エリーヌの笑顔に見送られ、光の中へと進む。

 光の中を抜けると、森の中に出た。

 あー、本当に転移したんだ。

 とりあえずは、異世界生活を楽しんでみる事にする。

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