27 これからの二人

「……もう行ったぞ」

 ガフの声に、ペルトとシーナは頭を上げた。


 許されることはなかった。ペルトは自分がしたことの大きさをわかっているつもりだった。けれどあの人達ならば、許してくれるのではないか。そんな甘えがあったことは否定できない。

 謝罪を受け入れてもらえて、旅に同行させてくれるかもしれない。そんな淡い期待は露と消えたのだ。


 落胆するペルトを、シーナとガフが見詰めている。


 聖教会の者が去った後、ペルトは両親にこっぴどく叱られた。

 ペルトの行動は恩人の魔術師であるユーラを敵に回すもので、下手をすればペルトは無事に済まなかった。ユーラの実力は数日の狩りの中で村人達の間に周知されている。聖教会が村人を連れていくことより、息子が魔術師の怒りを買うことの方が、両親にはよっぽど恐ろしかったようだ。

 そうして散々ペルトを叱った後、ペルトの両親はペルトの無事と、他の家と同様に村の無事を喜んだのだった。


 ペルトは両親の愛情に嬉しさを感じる一方で、当然ながらそれがシーナには向けられていないことを知った。

 自分が好意を持つ者が蔑ろにされる。それも自分の親しい者に。人それぞれに物事の優先順位があることを、ペルトはシーナを助ける際に恩人を売ったことで理解していた。けれど割り切れない寂しさがある。

 自分が成し遂げたことに対する満足はある。シーナは村に残ることができ、ペルトのしたことは無駄ではなかった。只、そのことが村で評価されないことは両親を見て明らかだった。


「ペルト。お前とシーナのしたことを、村長として許すことはできない」

 一向にその場から動き出さないペルトに、ガフがそう話し掛けてきた。


 ペルトはガフの言葉に体を強張らせるも、抗弁しようとは思わなかった。


 宴の後にシーナと話してから聖教会が来訪するまでの数日、ペルトは罪悪感で押し潰されそうだった。誰かがシーナを止めることを願い、それを待った。だが当日を迎えても誰も動かなかった。そうなればいよいよ自分で動くしかないと、ペルトは覚悟する他なかったのだ。

 シーナを止めようとする中でナリアから話を聞いた時、それに飛び付いたのはシーナを助けたい一心か、罪悪感から逃れたい一心だったか、今はもう覚えていない。シーナや苦しむ自分を救おうとしない者に対する当て付けだったのかもしれない。

 ナリアには失敗の可能性も指摘され、そうなれば村は無事に済まないとも言われた。けれどペルトの決断は鈍らなかった。自分達を救おうとしない者を、村を敵に回しても怖くないと、その時は思っていた。


 今思えば、それは短慮だったとわかる。事を起こした後に、ペルトは自分が人を陥れることの意味を、十分には理解していなかったことに気付いた。簡単に決断をしたつもりはなかった。けれどイサムから向けられた怒りによって、その重さが想像以上のものだと思い知らされた。

 あの場では最早引き下がることを許されず、ペルトはナリアに支えながらも最後の意地を振り絞り、じっとそれに耐え続けた。

 今、ペルトの胸の内を占めるのは後悔の念だった。

 心の奥底で、どっしりと何かが重く澱んでいる。それはシーナに対して持っていた罪悪感とよく似ていた。必死に消そうとした罪悪感、その代わりとばかりに、それがしっかりと存在を主張してくる。


 もっと他に遣り様があったのではないか。騒動の後、ガフとナリアの言葉を耳にしてから、その思いがペルトの胸に渦巻き続けている。

 村を出て行くことは叶わず、今後にその機会があるかどうかもわからない。昨今、この巡礼路を進む人は明らかに減っていた。

 これから先も、ペルトは以前と同じように劣等感に苛まれながら、この村で生きていかなければならない。ペルトがシーナを優先して村すら危機に陥れようとしたことを、村長のように気付いた者はいるかもしれない。そうなると村での暮らしは、今以上に肩身の狭いものになるだろう。


「ペルト?」

 言葉を発さないペルトを心配したのか、隣にいるシーナが声を掛けてくる。

「……うん」

 ペルトは短く返事をすると、俯きがちだった顔を上げて、観念したようにガフの目を見た。


 ガフの表情にいつものような険しさはない。

 普段と違って何処かまごつきを見せる態度に、どんな処分が言い渡されるか、ペルトの内心は戦々恐々とした。


「お前達のしたことを村として許すことはできない。だがペルト」

 再び話し出したガフは一旦言葉を区切ると、ペルトと目を合わせてきた。

「よくシーナを助けてくれた。他の者は誰も、俺も何もできなかった。村長としてじゃない。シーナの父として、お前には感謝したい」

 ありがとう、とガフはいつものように素っ気ない調子で言葉を続けて、すぐに視線を村の方へ向けた。


 ペルトは自分の顔が次第に紅潮していくのを感じた。今まで自分に何ができるのか、ずっとそればかり探していた。その日々がガフの言葉にやっと報われた気がした。


「只、村長として罰は与えないといけない。覚悟しておけ」

 村を見たまま、ガフはそれだけ言うと二人を残して村の中へ歩いていく。


 ペルトは村へ進んでいくガフの背中を、そしてその先の活気に包まれた村をじっと見詰めた。


 いまだ浮つく気持ちが、村の活気を目にして少しずつ収まっていく。もしかしたら、あの活気が全て敵意に代わって自分に降りかかるかもしれない。そう思うと、ペルトは村へ戻ろうとするその一歩目が踏み出せなかった。


 その時、立ち尽くすペルトの左手が不意に握られた。


 手を握ってきたのは確認するまでもなく、隣にいるシーナだ。その手は自身の存在を主張するかのように、ペルトの手を離さない。だがその握りは軽く浅いもので、ペルトの反応を待っているかのようだった。


 その手の存在に、ペルトは再び後悔の念に囚われそうなところを引き止められた。

 罰は怖い。村人から向けられる視線も恐ろしい。しかしそれに立ち向かうのはペルト一人ではなかった。


 ペルトは隣に立つシーナを見た。シーナもペルトの顔をずっと窺っていたようで、二人の視線が絡む。


 シーナの目はペルトを心配しているようにも、助けを乞うているようにも見えた。


 ペルトは前へ向き直り、村を見据えた。そして伸ばされたシーナの手をしっかりと握り返すと、その手を引くように村へと一歩踏み出した。

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