28 そして、まだ終わらない

 村から続く森の道はすっかりと整備がされており、道幅は馬車がすれ違うことができそうなほどに広がっている。

 そんな道の広がりに、イサムはもうすぐ森が切れることを期待したが、その時はなかなか訪れなかった。


 そうして三人は会話もなく、道を進む。


「やっぱり納得がいかない」

「……まだ何かありますか?」

 そんな中でイサムがぽつりと呟くと、ナリアがうんざりした調子で反応した。

「結局、ナリアさんは何がしたかったんですか? あの村を助けようとしたのはわかりますけど」

 歩きながらも考えつつ、イサムはゆっくりと言葉を選んで話し始めた。

「さっきの質問にもまだ答えてもらってません。ペルトを誘導してまで回りくどい方法を取る必要があったんですか?」


 会話をしながらも、イサム達は足を動かし続ける。

 イサムの横を歩くユーラは会話を聞いているようだが、口を挟んではこない。


「……順序が逆ですね」

「逆?」

「ペルトに止めさせようとして、あの方法になったんです。それは、ラーメンさんのせいでもあるんですよ」

「うん?」

「私、言いましたよね。ペルトを教会に行かせたくないと」


 ナリアの言葉に、イサムの顔が次第に強張っていく。


 思い返せば、確かにナリアからそんな話を聞いた覚えがある。しかしそれが大層な事態を招く重大な会話だったとは、イサムは思ってもみなかった。


「つまりあれは、ペルトに止めさせることで、ペルト自身の教会行きも止めさせるためにやったんですか?」

「そう捉えてもらっても構いません」

 イサムは唖然となって、言葉が続かなかった。

「もしかして、あなたが村に教会の人間を呼んだの? あなたの知り合いだったみたいだし」

 そんなイサムから会話を引き継いで、ユーラが口を挟んできた。

「あれは偶然です。私が呼んだわけではありません」

 ナリアは心外だと言わんばかりに、少し声を荒げる。

「最初はシーナにペルトを止めてもらうつもりでした。むしろ教会が来たことの方が想定外です」

「……シーナにペルトが教会に行きたがっていることを教えたのは、ナリアさんなんですか?」

「教えてはいないですね。ペルトに村人へ話すことは口止めされましたから」

 気を取り直してイサムが質問するも、ナリアの答えは要領を得ない。

「ペルトの教会行きのこと、何処で話したか覚えていますよね?」

 怪訝な顔をする二人に、ナリアはそう問い掛けてきた。


 いつの間にか三人は横に並び、真ん中を歩くイサムの左側でナリアが二人を見ている。


 最近のことだ。記憶を辿るまでもなく、イサムはすぐに思い当たった。ナリアとペルトのことを話したのは夜、ガフの家でのことだった。そこには当然家主のガフがいれば、その家族のシーナも住んでいる。


「一つ屋根の下です。ましてやシーナは獣化病ですから」

 イサムが確認するようにナリアを見ると、ナリアはイサムの態度に察したようでそう続けた。


 あの夜のナリアの態度は、イサムにはペルトの心配をしているようにしか見えなかった。

 シーナがそれを耳にしたのは偶然なのか、ナリアが狙ったものなのか。只、もしもあの夜にシーナが話を聞いていなかったとしても、きっと何かしらの手段を用いて、ナリアはシーナにペルトのことを伝えただろうとイサムは思った。


 ナリアの行動に、イサムは強烈な意志を感じた。それはこの旅に出る時に、ユーラから感じたものと似ていたが、異なるものだ。ユーラのそれに憧れを持つイサムには、ナリアのそれがひどく歪なものに思えた。


「まぁ、あそこまでしたのですから、ペルトも教会へ行くことを諦めたでしょう」

 話を元の方向に戻すように、ナリアが再び話し始める。


 イサムはナリアがペルトに肩入れし過ぎているようにも思ったが、それを指摘することがなぜか躊躇われた。


「それでもペルトが教会行きを目指したら、どうするの?」

「どうもしませんよ」

 ナリアはユーラに答えながら、イサムの向こうにいるユーラへ視線を向ける。

「あれだけやって止まらないならば、遅かれ早かれ教会へ行ったんじゃないでしょうか」

「……そうならないことを祈るわ」

「結局、決めるのはペルトですから」


 ナリアの投げやりとも思える言葉を耳にしながら、イサムはユーラと思い同じく、自分達の行動が無駄にならないことを祈った。




 それから二時間ほどが経過した。時刻は夕方近くに至り、森は赤く染まりつつある。

 三人は時折休みを入れつつも、ずっと歩き続けていた。


「それにしても、ペルトのために村全体を振り回したのはやりすぎだったんでは」

 足に溜まった疲労を紛らわすように、イサムは口を開く。

「状況を利用しただけです。そもそもあの事態は防ぎようのないものでした。それを解決するためにあの状況を作り出したのは村長や村人自身で、私は途中で横から口出ししたに過ぎません」

 ナリアの声も疲労を感じさせるが、話している方が気が紛れるのか、言葉を返してきた。

「私達がしようがしまいが、変わらなかったってことね」

 会話に混ざってきたユーラも同様のようだった。

「でも次は、きっと犠牲が出る」

「結果は私達によって変わりました。今回彼らのした覚悟は無駄となり、そして次は今回のことが邪魔になって、犠牲を伴う覚悟をすることが難しくなったかもしれません。けれど追い出しもせず、彼ら自身が私達余所者を巻き込んだのですから、私達が何か言われる筋合いはありません」

 村を出た時よりもナリアの言葉は厳しく、イサムはその言い様にたじろぐ。

「今回彼らには私達がいた。それは神の采配だったのでしょう。そして私達の役目は終わりました。次は犠牲が出るかもしれません。しかしそれこそ、行きずりの私達が考えることですか?」

 その言葉に、イサムは黙ることしかできなかった。


 話し込む内に随分と先へ進んでいたようで、イサムが意識を眼前へと戻したその時、唐突に森が終わった。


 森を抜けると、そこには草原の広がる丘陵が地平線の向こうまで続いていた。

 イサム達の歩く道はそのまま草原を切り裂くように伸びていて、遠くの方で枝分かれしている。


 三人は示し合せるでもなく、自然とその足を止めていた。


 赤い夕焼けが草原を照らす光景をじっと見詰め、イサムは改めて自分が随分と遠くまで来たことを思った。


 そして景色に見入る三人の中で、それに一番初めに気が付いたのはユーラだった。


「さっき、村の次の犠牲は考えることじゃないと言ったわね」

 ユーラの声を耳にしながら、ユーラの視線の先にあるものをイサムもまた見ていた。

「あれを見ても、同じことが言えるのかしら」

 その言葉に答える者はいなかった。


 道の向こうからこちらへ進み来る集団があった。

 集団の中には、夕日に照らされて光るものがある。イサムの目にはまだおぼろげにしか見えないが、どうやら鎧を着ているようだ。


「やられました……」

 ぽつりとナリアが呟いた。


 村を訪れた聖教会の者は三人。騎士とはいえ、たった三人で狩りと称されるほどの人集めなどできるわけがない。

 彼らが簡単に引き下がった理由はこれだったのだ。


 イサムはアルドと呼ばれた男が別れ際、ナリアに忠告した光景を思い出した。

 その首元で、蛇が警戒を促すように短く鳴いた。

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