22 裏切り

「その女が亜人だ! そいつが来てからこの村はおかしくなったんだ!」

 精一杯張り上げられた声、そこにはまだ幼さが残っていた。


 その声は村人達の中から聞こえた。皆の視線が集まって、探すまでもなく声の主は判明する。聖教会の者からも確認できるだろう村人の集団の前列に、ユーラを指差しながら睨み付けている子供がいた。


 イサムは自身の目を疑った。

 今も指を差し続けているその子供はペルトだったのだ。


「早く出て行け! お前のせいで皆が迷惑してるんだ!」


 ペルトの続けられた言葉に、皆の視線がユーラへと向けられた。

 村人や聖教会の者の視線を浴びる中、ユーラは動揺しているようで動かない。

 ユーラの傍で、イサムもまた頭を真っ白にして固まった。


 何が起きているのかわからなかった。向けられた言葉の意味は理解している。けれど言葉を向けられたその理由に、心当たりが全くなかった。感謝をされても、害意を向けられる覚えはない。


「……そうだ! お前らのせいだ。早く出て行け!」

「恩着せがましく村に居座りやがって!」

「村を巻き込むな!」


 ペルトの言葉が呼び水になったのか、他の者からも次々と言葉が飛んでくる。


 どうしてこんな状況になったのか。イサムは記憶からペルトの行動のきっかけを探してみるが、飛び交う声に思考が乱されてまとまらない。奮い立たせた気持ちが空転して、混乱だけが募っていく。


「おい、フードを外せ」

 聖教会の者からユーラに向けて、声が飛んだ。


 イサムは咄嗟に縋るような目でガフを見た。


 ガフも事態に動揺しているようだったが、イサムの視線を受けると慌てたように村人達へ向き直る。

 しかしガフの口は開いたものの、そこから言葉は発せられない。


 ペルトに呼応した者はわずかだ。多くの村人はこの事態に戸惑いの表情を見せている。只、戸惑いながらも、ペルトや呼応した者を止めようとはしない。それはまるで、事態がこのまま進んでいくことを望んでいるかのようだった。


 そうしてガフはそのまま何も言わず、顔を伏せた。


 裏切られた。

 真っ白だったイサムの頭の中が、赤く染まっていく。


 イサムは怒りのままにガフや村人達、この事態を引き起こしたペルトを睨み付けた。


 ペルトは既にユーラへ向けていた指を下ろして、今は落ち着かない様子で立っている。そしてイサムの向ける視線に気付くと、一瞬泣きそうな表情を見せて視線を逸らした。

 そんなペルトを落ち着かせるためか、誰かの手がペルトの背中に回され、支えるのが見えた。


 元凶であるペルトのそんな様子に、イサムは苛立ちを覚えた。またそんなペルトを支える手の持ち主も気に入らず、その手を目で辿っていく。


 手から腕、肩と続いて顔へと辿り着けば、そこにはよく見知った顔があった。その者はイサムの視線から目を逸らすことなく、逆に気の毒そうな視線を向けてくる。何てことはない。手の持ち主は集合時からペルトの脇に立っているナリアだった。


 そのままナリアを睨み続ければ、その口元が微かに笑みを刻んでいることに気付いた。


 ナリアの笑みに怒りを増しながらも、思考は急速にまとまっていく。そしてイサムは遂に思い至った。同時にナリアにしてやられた事実に気付かされ、赤く染まった頭の中がさらに沸き立ちそうになる。心の内で自身に落ち着けと言い聞かせて深呼吸を繰り返すが、心臓の動悸は収まらない。


 そもそもナリアが村人の中に立っているのがおかしいのだ。イサムとユーラはナリアの同行者としてこの村に入った。糾弾されるのならば、ナリアも一緒でなければおかしい。そうでないということは、つまりナリアはこの事態を事前に了解していたということだ。

 思えばペルトの様子には、聖教会の者が来る前から不自然なところがあった。それにいくらシーナを救うためとはいえ、恩人を売るような決断を子供が簡単にできるわけがない。

 不自然といえば、シーナが逃げたのだっておかしい。最初は怖くなったのだろうと思った。けれどあれだけ村のことを考えていたのに、わざわざ混乱させるような真似をするとは考えづらい。

 全てナリアが、あの女が糸を引いていた。何の真似だか知らないが、シーナとペルトを唆し、その負債を全部ユーラに押し付けたのだ。


 イサムは怒りを何とか胸の内に収めると、ナリアに向かって一歩踏み出した。


「イサム」


 隣から諫めるような声が小さく聞こえたが、さらに一歩足を進める。


「イサム!」


 再び掛かった声は鋭さが増していた。

 同時に伸ばされた手がイサムの手を握り、離そうとしない。


「よく考えて。私達のやることは何も変わってないわ」


 ユーラの言葉に、イサムの足が止まった。


 確かにやることは変わらない。今はもう後に引けなくなっただけだ。しかしそれに臨む心持ちが全く違う。こんなに非難を浴びながらとは誰が考えていただろうか。


 振り返れば、頷くユーラがイサムの目に映る。冷静な程度を見せているが、その手から伝わる震えは不安を隠し切れていなかった。


 イサムは自身の無力さを、今ほど痛感したことはなかった。どうしてナリアを一人で行動させたのか。不信感を抱いていたはずなのに、いつの間にか警戒心が薄れていた。自身の未熟さ、甘さがこの事態を引き起こしたのだ。


 気落ちしたイサムの頬を首元の蛇が舐めてくる。


 俯いて蛇を視界に入れると、イサムの中に思い浮かぶ光景があった。出会った時の、森の中に転がる小動物の死体の山だ。


 この蛇の毒を以ってすれば、ユーラの力なしに事態を切り抜けられるかもしれない。しかし毒に程よい加減なんてものはないだろう。使えばきっと相手は死ぬ。自分が人を殺す決断をできるのだろうか。


 覚悟を決めなければならない。

 イサムは奥歯をぎゅっと噛み締めた。


 イサムの手を離して、ユーラは聖教会の者の前に進み出る。そして皆の注目を集める中、静々とフードを脱いだ。

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