18 集会(3)
日が落ちて、森は薄闇に包まれていく。夜の訪れに動き出す生き物たちによって、そこに静けさはなかった。
そんな夜の森を村人達は進み、佇む小屋の中にぞろぞろと入っていく。
集会はもうすぐにでも始まりそうだった。
結局イサムはガフの家に戻っても、十分な休憩を取ることはできなかった。
ガフの家に戻ったイサムとナリアを迎えたのは、居間ですっかり待ちくたびれた様子のユーラだった。
ユーラは不機嫌そうな顔をイサムに向けてきて、イサムは誰のせいで遅くなったんだとそれに呆れた。
イサムは物言いたげなユーラを避けると、居間の椅子に腰掛けて机に突っ伏した。感じるユーラの視線を無視して、眠ろうとする。しかしユーラの態度に覚えた苛立ちが、疲れているにもかかわらず眠気を妨げ、いくら待っても眠りは訪れてこない。
そうこうしている内にシーナが集会の再開を知らせにやって来て、イサムはガフの家を休む暇なく出ることになったのだ。
村人達に続いてイサムもユーラ、ナリア、シーナと共に小屋の中へと入った。
小屋の中は既に多くの村人で埋まっていた。その中にはペルトの姿もある。イサム達は入口の傍に空いた場所を見つけると、そこに移動して腰を下ろした。
奥には先ほどの集会のようにガフとバゴが立つ。二人は何か話し合っていたが、村人達が集まったことを確認すると、座る村人達へと体を向けた。
「始めよう」
放たれたガフの短い言葉で、再び集会が始まった。
「早速だけど、誰か考えてきた人は?」
バゴがそう口にして、発言を促すように村人を見回す。
その言葉を受けて、一人の者がすぐに立ち上がった。
すらりとした体格で背が高い。伸びた背筋の先にある頭は人から離れて狐のそれが付いていた。
体格から男のようだが、イサムは確信が持てなかった。狐の顔を見るとなぜだか女性的に思えて、判断がつかない。獣化病の種類はどれだけあるのだろうかと、ふとイサムの頭にそんな思いがよぎった。
村人の注目を集めながら、その者は口を開いた。
「俺は村から避難することを提案する」
イサムが女性的だと思うその顔から、男らしい低い声が発せられる。その口調からも男だということがわかった。
狐顔の男の言葉に、ガフの顔は苦々しく歪む。
「それは村人全員で、ということか? 一体何処に?」
バゴは表情を崩さず、その男に質問を返していく。
「当然、村人全員は無理だろう。俺達、亜人だけだ。場所は森の中しかない」
「子供が多いんだぞ。わかっているのか」
男の答えを聞いて、ガフが間を置かずに言い返す。
狐顔の男はそんなガフの言葉に笑った。
「村長は村に篭もってばかりだから知らないんだろう。亜人は、あんたのとこのシーナだって、もう村の男より狩りが上手いんだ」
それはガフを馬鹿にしたような挑発的な物言いだった。
「俺達はあんた達とは違う。森の中だって生きていける」
狐顔の男の言葉に、獣化病ではない村人達がざわついた。
だが狐顔の男の言葉は獣化病の村人の総意ではないようだ。獣化病の村人もまたその多くが戸惑ったり、安易に同調することなく考え込んでいたりした。
「……周りは魔物ばかりなんだぞ。何もない森の中で本当に暮らしていけるのか? 子供達に何かあったら責任を取れるのか」
村ではシーナとペルトの件があったばかりだ。ガフの言葉には説得力があった。
狐顔の男が何も言い返さないでいると、ガフは言葉を続けた。
「それに残された者はどうする。教会は本当にいないのか村の中を探すだろう。畑が見つかれば村人全員が只では済まされない。村長として、それを見過ごすことはできない」
「じゃあ俺達に残って教会に捕まれと、生贄になれっていうのか!?」
「そうさせないために話し合っている。誰が好き好んで家族を売るんだ!」
ガフと男の言い合いは次第に熱を帯びていき、それに村人も当てられて、小屋の中のざわつきは度合いを増していく。
狐顔の男の提案はイサムが巻き込まれた、先ほどの話し合いの中でも考えられたことだった。
しかし亜人狩りとは関係なしに、今まで獣化病となった若者が村から去ることで、少なくない数の村が廃村となったらしい。聖教会に亜人を連れて行かれるのは勿論、自主的に亜人が村から去ることも止めなければ、結局森の中に村は維持できなくなるのだ。
村が今後も存続していくためには、獣化病の村人を村に留めながら、彼らを守らなければならなかった。
イサムは先ほどの話し合いの中で、いっそのこと村人全員で他所の村に逃げたらどうかと提案した。
だが村を維持することは税を支払う代わりの義務となっており、勝手に放棄すれば罪になる、よってその選択はできないとのことだった。
「ビケの言うことは俺達も考えたんだ。だけど若者が出て行けば、結局村は持たない。もし逃げるとするならば、負担が大きくても村人全員でだろう」
ざわつきを収めようと、バゴの大きな声が小屋の中に響く。
イサムの言葉で逃げることを真剣に検討した結果が、バゴの言葉のそれだった。
他所の村が駄目ならば、全員で森に逃げればいい。しかし人の手の入っていない森の危険を考えれば、無事に済むわけはないことは想像に難くなかった。
ビケと呼ばれた狐顔の男は一度深呼吸をすると、落ち着いた様子を見せる。他の村人達はバゴの言葉の続きを待った。
「ナリアさんとも話し合ってどうすればいいか考えた。しかし出てきた結論は、犠牲なしにこの事態を解決することは無理だということだった。……誰か一人が志願すれば、後はナリアさんがどうにかしてくれる」
村人の視線がナリアに集まる。それに動じず、ナリアはその場で立ち上がった。
「一人。一人いれば、場をそれで収めます」
そう言うと、ナリアは村人一人ひとりに目を合わせていく。その視線に獣化病の村人達はびくついた。
「やっぱり、俺達の中から生贄を出せということじゃないか!」
ビケが堪らずに声を上げた。幾人かがそれに同調する。
「村人全員で森に逃げれば、犠牲はきっと一人では済まない。どちらにしろ犠牲は出るんだ」
バゴはそれだけ言うと、押し黙った。
バゴの言葉は事実だろうが、ビケの言葉もまた真実だ。人数に差異こそあれ、獣化病の村人を犠牲にしようとしていることには変わりない。
「村人の総意があれば、犠牲を覚悟して村を捨てよう。只、この中で誰か一人でも、村を救うために教会に名乗り出ようという者はいないか?」
ガフがそう言ったのを最後に、小屋の中には沈黙が広がった。
この村に孤独な身の上の者はいないらしい。自身が犠牲になることを拒めば、逃げた先の森の暮らしで身内に犠牲を強いることになるかもしれない。だからといって自身を犠牲にすることを決断をするには、明らかに時間が足りていなかった。
そうして誰もが声を上げず、皆が皆の視線を避けるように下を向いていた。
「……仕方ない。村に戻って全員の総意の確認をしよう。村を捨てるならば、荷物をまとめて村を出る準備をしないといけない」
ガフの言葉を聞いて、獣化病の村人達の間に気まずい空気が流れる。
獣化病の村人は自身の無事に安堵しながらも、代わりに犠牲になるかもしれない家族の誰かを思って、顔に喜色を浮かべることができずにいるようだった。
そんな空気の中で、イサムの傍で誰かがが不意に立ち上がる。
「……私が、私が教会に行きます」
その声は大きなものではなかったが、小屋の中によく通った。
ペルトが振り返り、呆然とした表情でこちらを見ている。他の村人達も同じだ。
イサムは村人達の視線を追い、自身の横に目を向けた。
そこには立ち上がり、毅然とした表情でガフとバゴを見るシーナがいた。
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