8 二人の事情

 朝を迎えると、イサム達は早々に食事を済ませて出発した。

 ペルトの体調はまだ万全でなかったが大分復調したようで、今日は自力で歩いている。


「そういえば、どうして子供だけで森の中にいたの?」

 道すがら、ユーラはシーナとペルトの二人に尋ねた。

「……お祭りの準備のために、獲物を探していたんです」

 シーナは黙って口を開かず、ペルトがその問いに答えていく。


 ここらの村では夏に祭りを行っている。それは宗教的な行事ではなく、夏の暑さに体の不調で倒れる者や秋口から流行り出す病を防ぐために、皆で食材を持ち合い集めて精のつくものを盛大に食べるという、世俗的なものらしい。また合わせて娯楽も催され、猟師が弓の腕を競い、力自慢による村一番を決める力比べなどが例年行われる。

 子供も大人も、村人は皆が毎年この祭りを楽しみにしており、シーナもそれに漏れず祭りの時期の到来に胸を躍らせていた。普段では見られない娯楽、様々なものが沢山食べられる機会への期待もあるが、それ以上に村全体が祭りに備えて活気付くのがシーナは好きだった。

 しかし今年は祭りの時期が近付いても、その準備が始まることはなかった。ペルトがその理由を父母に問うと、今年は村長の指示で祭りは行わないことが決まったと告げられた。それはシーナ達の住む村だけでなく、この地域の村の全てがそうした対応を取るとのことだった。


「私がそれに納得しなかったんです。だって意味がわかんない」

 不服そうな顔のシーナがペルトの言葉を継いでそう語る。


 毎年の楽しみを奪われ、村には今回の村長の決定を不満に思う者が多かった。例年の活気は鬱屈とした空気へと置き換わり、シーナはそんな村の光景を見るのが辛かった。

 祭りができないとしても、せめで皆で美味しいものだけは食べたい。自身の不満に村の空気を払拭したい思いが重なって、シーナは猟師であるペルトの父親、イングにそれを提案した。だがイングがシーナに語ったのは、狩りですら今は村長に制限を課されているという話だった。無闇に村の外へ出ることは許されず期待に応えられないと、イングには残念そうに断られた。

 シーナはイングの話を聞くなり、不満を爆発させた。そして子供だけで森へ行くことを想定していなかったのか、村長が直接子供らにその決定を伝えていないことを逆手に取って、ペルトと二人で狩りをしようと村を飛び出したのだった。


「僕は止めたんですけどね……」

「いいじゃない。こうして卵が手に入ったんだから」

 ペルトの不満げな声に、シーナが軽く返していく。


 言葉だけ聞けば、シーナの頭には昨日の出来事などもう残っていないようで、ペルトはぽかんと口を開けて唖然としていた。

 そんなペルトの様子に、イサムは子供ながら大変な思いをしているなと思い、向ける視線には自然と同情が籠った。


 出発から一時間ほど歩き通すと、イサム達の視界に村が見えてきた。


 村の規模は今まで道沿いに訪れた村とは一線を画し、見える家屋の戸数は百に届くように思えた。今までの村では見ることのなかった胸まで高さのある木の柵が村を囲い、柵の向こうには壁になるように家屋が建ち並ぶ。家屋は基礎や土台が石材でしっかりと組まれているものや、石材のみで作られたものもあった。


 何処かしらで見た、西洋の農村を彷彿とさせる光景だ。旅立った当初の異界の想像がこんなものだったことを、イサムは思い出していた。


「商売が活発のようですね」


 ナリアの言葉を耳にして、改めてイサムとユーラは村の風景に注目する。


「あれは余所者が入らないようにするためのものですよ。それだけの人の出入りは、巡礼者だけじゃありえません」


 それだけで商売が活発なのか、イサムには判断することなんてできない。只、言われてみれば、シーナやペルトの着込んだ服は布をきちんと縫製したもので、それらは森で作れるものではなさそうだった。

 このまま巡礼路を進むと、もうすぐで森が途切れるらしい。森の外に一番近い村として木材を売り、その売ったお金で街から商品を買い込んでいるのかもしれない。

 けれど空も明るく、これから一日が始まるという時間帯なのに、人の行き交いが少ないように見える。これはシーナとペルトの話していた、村長の指示が影響しているのだろうか。


 村に近付くと、中からは騒々しい声が聞こえてきた。村の外からではその様子は窺えないが、数人の言い合いに、それを取り巻く多数の同意する声や宥める声がある。


 イサムはその喧噪を耳にしながら、ちらりと傍を歩くシーナとペルトを見た。村に戻って来られたことで安心したのか、二人の表情は明るい。その表情とは裏腹に、イサムは村の騒動の原因を思うと、この後の展開を想像して途端に気が重くなった。


 喧噪を耳にしながら、イサム達は村の入口に辿り着く。

 入口には外を背にして、村を眺めている黒髪の男が一人いた。イサムはその太った、中年らしき男に声を掛ける。


「すみません」

「うん? ああ、悪いね。今は取り込み中でね……」

 男は振り返ってイサムを見ると、それだけ言って再び背を向ける。


 ぞんざいな扱いは他の村と変わらない。本当に商売が活発なのか疑問に思えたが、男は村の喧騒が気になって他に気が回らないのかもしれない。雑な扱いに今更怒りは湧かないが、今回はそんな相手でも引き下がれないことが只々面倒で、それはイサムだけでなくユーラやナリアも同じようだった。


「バゴさん、私です」

 イサム達の様子を見かねてか、シーナが前に出て男に声を掛けた。

「うん? あれ!? シーナちゃんに、ペルトくんも! ちょっ、ちょっと待っててくれ!」


 バゴと呼ばれた男はシーナの声に振り向き、その視界にペルトも入れて驚いた様子を見せる。そしてこの場に言葉を残すと、村の喧騒の中に大きな声で呼び掛けながら走っていった。


 バゴの慌て様に、シーナとペルトは呆気に取られていた。

 一方でイサムは走っていくバゴの背中を見ながら、自分の先ほど想像が間違っていないことを確信していた。


 しばらくすると、聞こえていた喧噪の声が止んだ。

 そして中からこちらに向かって走ってくる、数人の人影がイサムの目に入った。


「父さんと母さんだ!」

 そう言うや否や、ペルトは村の中へ走っていく。


 走り寄る息子に気付いた母親だろう女が腕を広げて、ペルトがそこに飛び込んだ。母と抱き合うペルトの頭を、父親だろう男がくしゃくしゃと強く撫でる。


 イサムは親子の姿を目に映しながら、ふと自分の日本にいる家族のことを思った。東京にいる時はもっと長い間、連絡を取らなかったことがいくらでもある。けれど今この時に何をしているのか、それが無性に気になった。そんな自分の気持ちを不思議に思うが、そこに不快感はない。只、ほんの少しばかり日本が懐かしくなった。

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