みどりの冒険

オレンジ5%

第1話 謎の建物

辺りは夕暮れで薄暗くなり始め、少女の足下から延びる影は輪郭を失いつつあった。

少女は手に持った1枚のファンシーなキャラクターのメモ用紙を見つめつぶやいた。


「ここでいいはずなのに。」


目の前にあるのは古い洋風の建物だった。

みどりは友だちのエミちゃんに教えられたお店を探しに来た。手作りのかわいい小物を売る小さな雑貨屋さんがこの町にあるというので、隣町からわざわざ歩いて来たのだ。


本当はエミちゃんと一緒に来る予定だった。しかし、エミちゃんは水泳の習い事のテストがあるということを後になって思いだし、みどりに一人で行ってくれと言い出した。別の日にしようと言ったら、その日でないとセールが終わってしまうから、といった。


エミちゃんはその雑貨屋で目をつけていた筆入れを欲しがっていたが、それは手作りなだけあって、値段が高かったので買うことが出来ないでいた。セールは滅多にやらない店だから、絶対に今回手にいれなければならないのだという。


要するにみどりはおつかいを頼まれてしまったわけだ。みどりとエミちゃんは一年生の頃から仲のいい友達同士だったが、その間には暗黙の力関係があった。こういうのは悪気があってのことでは無いのはわかっている。みどりはエミちゃんの要求に嫌とは言えなかった。


本当は自転車を使いたかったが、運悪く自転車は故障中で修理に出していた。普段遠くへ行くときは父や母に送ってもらうことも多いのだが、この日に限って二人とも仕事と用事で居なかった。

電車やバスという手もあったが、みどりは、バスや電車を使いこなせるほど大人びていなかった。ほかの小学四年生がどのくらい一人で旅をできるかは知らないが、みどりは公共の乗り物が苦手だった。切符を無くしたりお金が足りなくなったりしたときの自分を想像すると、それだけで緊張してしまい、歩いた方がましだと思った。



ここまで来るのに、結構時間がかかった。何しろみどりは方向音痴だ。今まで自覚したことは無かったが。今回の外出で初めて気がついたのは、みどりの頭の中で描いている地図と現実の空間はなかなかシンクロしてくれないということだ。

しかし実際、知らない町を歩くのは楽しかった。目に新しいものを色々発見できたからだ。例えば知らない家の庭におかれた陶器の置物とか。


さすがに昼間から歩きっぱなしだったので夕方には疲れてしまった。時間がたっても店が見つからないので、焦りはじめた。

どうしよう、エミちゃんに筆入れが渡せなくなる。それに、エミちゃんは店の感想も求めてくるだろう。もしエミちゃんに教えてもらった店に行った感想を言えないことになったら、どんな反応が返ってくるか予想がつく。口では言わないが、きっとがっかりする。それがこちらにも伝わって来るだろう。エミちゃんは自分が可愛いと思ったものに賛同してもらうことが大好きなのだ。


やっとのことで間違いなく地図と同じ場所だと思われる所にたどり着いた。しかし、目の前にあるのはどう見ても「小さな手作り雑貨屋さん」なんかじゃなかった。むしろ、図書館か銀行か議事堂かと思われるくらい荘厳な雰囲気をたたえていた。


絶対にここじゃないという確信に近い予感を抱きながらも、みどりはその建物に惹かれていた。全体に茶色っぽい。そこまで大きくはないが、普通の家よりは高い。窓が縦に大きい。でも中は薄暗くて見えない。屋根が丸い。


こういう建物は見たことがない。こんなコンクリート色の町に突然現れる、景観に不釣り合いな建物は、一体誰がどんな用で使うんだろう?


みどりは確かめたくなった。

みどりは少し高い所にあるドアまでの階段を登ってみた。

そしてドアの前に立った。飾り文字の英語が一言書かれたプレートが下がっている。


welcome


ウェルカム………うちのアパートのドアにも同じ言葉のプレートがかかっている。我が家のは母が作ったトールペイントのプレートだ。前に言葉の意味を聞いたら、ようこそという意味だと言われた………。


この建物はみどりに歓迎の言葉を投げ掛けている?

ということはやはり店なのだろうか……。

こんな建物がもし本当に雑貨屋さんだったらとても素晴らしいことだ。素敵な秘密の宝物を受け取った気分だ。どうか店でありますように。いっそ雑貨屋じゃなくても店でさえあればいい。そうすれば私も「お客」としてこの建物に入っていいことになる。

もし違ったとしても、行って、中を確かめたい………。


みどりはそういう強烈な好奇心のなかほとんど無意識に、ドアを押し開けていた。ノックもしないで。


キィという軽い音をたててドアは開いた。木か骨のようなもので出来たウィンドチャイムがカラカラという音をたてた。


ドアの向こうには、薄暗い部屋が広がっていた。そこに待ち構えていたのは、やはり、雑貨屋の棚などではなかった。

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