ツン、としてデレッ!

さつきふたば

第1話「暴君と呼ばれる少年」

 暴君と呼ばれる少年が居た。

 己の腕っぷしの強さだけで街に蔓延る不良達を制し、気付けば同年代敵なし。最強と謳われ、街を歩けば高校生にまで頭を下げられる程その名を轟かせる少年が居た。

 その少年の特異だった所はその体格であろう。

 この春高校生に上がる少年の身長は150センチと同年代の子供の中でも際立って低く、一見するともう数ヶ月で16才になるとは思えない程幼く見える。

 事実彼と対峙した者はまず始めにその身長を嘲笑う。こんな小柄な子供が暴君と呼ばれ恐れられているのかと嘲笑し、誰もが最初は油断し、中には嘲りをそのまま言葉に出してしまう輩まで居る。

 だが、悪人と善人が見た目で判断できないように少年の強さも体格に反して人並み外れていた。

 その小さな体格には不釣り合いな程筋力に恵まれていたのだ。

 握力は優に100キロを越え、未開封の缶ジュースを握り潰す事が出来る。

 勿論腕力も常人の域を越え、本気で拳を繰り出せばコンクリートブロックくらいならば粉砕する事が出来た。

 そんな彼を嘲笑った者は先ずその腕力の洗礼を無防備な状態で受ける事になる。

 大抵の男は初撃で昏倒する事になる。初撃を耐えきった男もその余りにも強い打撃で悶絶する中、繰り出される二撃目で沈められる。

 為す術無く倒される屈強な男達。それをつまらなさそうな顔で見下ろす智夏。

 その理不尽なまでの強さ故に暴君と呼ばれ彼は恐れられていた。

 しかし、それが瀬名智夏の本来の気質ではなかった。本来の彼は漫画も読めば、バラエティーを見て笑う事もある。

 スイーツが大好きで、家に居れば親が買って来たスイーツを食べて幸せそうに破顔する事もある。

 少しだけ母親の影響が強く乙女寄りな部分が強くなってしまった。極々在り来たりな少年であった。

 それなのに気付けば暴君などと呼ばれ崇める者さえ居る始末だ。

 彼の噂が先行して今では近付いて来る人間など皆無……、と言っても幼馴染は一人居たが。それを除けば友人はゼロであり。本来なら放課後友達と何処かへ遊びに行って青春の思い出を作りたい所であったが。残念な事に彼には友達と呼べる人間が居なかった。

 何故自分が――。そうは思えど目の前で虐げられる人間が居れば体が勝手に動いてしまう。

 その結果求めても居ない悪評に尾ひれが付きまくり、孤独の中に居る訳なのだから世話が無い。

 そう自嘲気味に笑いながらも、彼は自分の信念を曲げる事だけは絶対にしなかった。したくなかった。

 誇らしい……、と思う事は無かったが自分は間違っていないと確固たる正義感が智夏の中には根付いていた。

 だが、やはり孤独は辛く何故自分が……。と堂々巡りだけが繰り返され、答えを導き出した筈の問答を繰り返してしまう。

 そんな彼にも転機が訪れる。この春から高校生になるのだ。

 仕切り直すのだ、自分の人生を。

 普通の青少年ならば高校デビューと銘打って不良の道へはみ出してしまうものだが、彼はその逆を狙っていた。

 真面目な学生を演じ、暴君と呼ばれる悪評から脱却し、高校こそ普通の学生生活を謳歌して沢山友達を作る!

 その為にわざわざ自宅から通学に一時間も掛かる学校に進学したのだ。

 心強い事に進学した学校には彼の兄と幼馴染が居た。

 彼の二つ上の兄はどう云う訳か彼とは正反対の人間であり。身長は180センチを優に越え、喧嘩は驚くくらい弱い癖に、頭が良く人望が厚かった。

 聞けば高校では今季の生徒会長まで務めていると云う。

 同じ遺伝子の筈なのにどうしてそんなに対極に育ってしまったのか……。

 とは言っても兄弟仲は非常に良く、別に妬み等は抱いてはいなかったが。それでも少しだけ神様の気紛れに不満を持っていた。

 そんな優秀過ぎる兄に頼み込んで中学三年の夏から必死に勉強を教えて貰った。

 それはそれは血の滲む……、と言うより血反吐を吐いてしまいそうな日々だった。

 元々智夏自身が勉強が苦手と云う事もあったが、頭脳明晰の兄が通うような高校だ。生半可な学力で通えるような学舎では無く、それに比例するように兄の教えも厳しいものだった。

 一日5時間、休みの日ともなれば10時間以上机に向かい。鬼と化した兄に指導されながら、血の涙を流しながら進学勉強に励んだ結果ギリギリではあったが何とか目標の高校に合格する事が出来た。

「智夏もやれば出来るじゃないか」

 合格した事を聞いた兄があからさまに上からの物言いでそう言った時、智夏は少しだけ兄の事が嫌いになってしまったが。それは彼だけの秘密だった。

 兎にも角にも暴君瀬名智夏は高校デビューに向けて順調な道を歩き出した。

 煩わしいと思い続けた暴君と云う称号から解き放たれるべく。

 夢にまで見た普通の学園生活を送るべく。

 瀬名智夏の新たな学園生活が始まりを告げようとしていた。

 のだが……、そんな小さな智夏の野望も一人の少女との出会いによって脆くも崩れさってしまう。

 彼の住む隣街で魔王と呼ばれ畏怖される少女によって、彼の「普通」は「異常」に塗り替えられてしまう……。

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