第15話
何かの始まりをとらえたのは、警戒活動をしていた海上保安庁と海上自衛隊だった。
海上保安庁の巡視船から何日も前から監視を行っていたはずの船舶が、レーダーから全て消えた。
「航海科より船長へ。レーダーが故障しました! 周囲の船舶の位置確認ができません!」
「復旧の目処は」
「原因調査中のため、目処はたっておりません」
「本部へ連絡を! それから甲板に見張りを立てろ。目視確認を怠るな」
「はい!」
幸い海上の視界は良好で、航行に支障はなさそうだ。しかし、夜になると話は変わる。いくら巡視船のライトが明るくても、小型船舶の発見に遅れを取りかねない。
「視界良好のうちに、帰還した方が良さそうだな」
「そうですね。それにしても、こんなこと初めてです」
その頃、同じ海域で潜水艦の救難活動を開始しようとした海上自衛隊の救難艦にも変化がおきていた。
「艦長! 潜水艦からの交信が復活しました。エンジンがかかったそうで、浮上したいので周辺の安全確認を頼みたいと。ソナーは依然反応なしとのこと!」
「わかった! とにかく浮上できるなら早く上げたい。しかし、周りの目が多すぎるな」
極秘で活動している潜水艦が突然浮上してしまえば、隣国から何を言われるか分からかい。国防の観点から姿を晒すのはできるだけ避けたかった。
「尖閣からできるだけ離せ。浮上はそれからだ。いいな! うまく誘導しろ!」
隣国の刺激を避けるため、また、潜水艦の性能性を問われる事態も避けたかった。できるだけ、彼らの目から遠ざける必要があった。
救難艦が対処している間、鹿島たちは、海上保安庁の巡視船の異常をキャッチしていた。安全に帰港させるため、空からサポートをしようと哨戒ヘリコプターを発艦させようとしていた。
「管制より連絡。システムに異常が見られるため発艦できない」
艦橋内に緊張が走った。艦長の時田は落ち着いた声で通信員に問う。
「理由は」
「不明、です」
「艦長! 先ほど那覇基地からスクランブル発進したF-15が2機とも、嘉手納基地に緊急着陸したそうです。理由は計器異常とみられる!」
「なんだと」
海上保安庁、航空自衛隊、そして海上自衛隊と原因不明のシステムトラブルに見舞われた。こうも同じタイミングで起こりうるものなのか。
それを聞いていた鹿島は直感的に言葉を発する。
「海底で、何かおきているんじゃ……!」
「鹿島、どういう意味だ」
「艦長、おかしいと思いませんか。何かを取り囲むように船舶が集結し、たまたま近郊を潜行中の潜水艦にトラブルが起きた。警戒活動をしていた海保、スクランブルで偵察に上った空自のイーグル。そして我々のヘリコプター。共通しているのは場所です。狂わせるような何かが、起きているとか」
「その何かは、なんだ……」
考えても出る確かな答えはなかった。
鹿島が口にしたことは間違いではないことが後に確認される。在日米軍基地の情報部はこの海域から不明な電波をキャッチしていたのだ。そしてほぼ同じ頃、自衛隊情報本部および警視庁外事技術調査官室も怪しい電波を傍受。しかし、どこから発信されたものなのか、どの機関もまだ特定できていなかった。
◇
その頃、山崎は那覇空港を経由し石垣島に入った。水産庁職員と落ち合わせ、彼らの船に乗り込んだところだ。
あのあと山崎は本気で県警が保有する警備艇を乗っ取ろうとしていた。もう後先など考える余裕などなく、目の前からどんどん遠くなる白いクルーザーを追うことしか頭になかった。そう、自分に船舶の免許がないことすら抜け落ちていたのだ。
まさか、泳いで行くわけにもいかず、なす術もなく警備艇の前で呆然と立ち尽くしたのは、山崎にとって恥ずべき状況だった。しかし、それを打開したのは上司である相馬だった。
『
――ボスが俺の名前を呼ぶなんて何年ぶりだ。ヤバイな、俺。けど、もう引き返すつもりはない!
いつも冷静でいい男の代表のような相馬が、山崎に対して感情を剥き出しにした。それは、自分が持ちうるすべての権力を使って、この捜査に挑もうという証だ。もう、山崎に失敗は許されないのだ。山崎が転ければ相馬だけでなく、全国に散って潜む捜査官の身分が危うくなる。
『今から言う通りに動けよ、いいな。直ぐに福岡空港へ戻れ。那覇経由で石垣に入る。水産庁の職員がお前を迎えに来るから、その足で現場に迎え』
相馬は短時間で得た情報を山崎に話した。夏恋を乗せたクルーザーは水産庁と海上保安庁がレーダーで監視しているという。もちろん監視している彼らも潜入捜査官である。
『忘れるなよ! お前は婚約者と休暇を楽しんでいる最中に、妙な事件に巻込まれて、やっきなって婚約者を追うやっかいなサラリーマンだからな!!』
身分回復は認められない。相馬が出した答えに変わりはないようだ。少々設定に無理があるように思えたが、山崎には
――俺は、やっかいなサラリーマン……か。
「山崎さん。間もなく現場付近です。これの着用願います」
「これは?」
水産庁職員から渡されたのは、全身がほぼ黒になる服と防弾衣だった。水産庁はこのような装備は持たないはずだ。
「小回りのきく船に、移るそうですよ。私は何も知りませんが、海保の巡視船があなたを引き受けると」
――まさかこの男も俺と同じ……いや、やめておけ。知ってどうする。余計な情は、仕事の邪魔だ。
今は彼女のことだけをと山崎は無言でそれを着用した。過去、一度だけ、警察学校で着たことがある。あの頃のよりも重く感じるのは、年齢のせいではないはずだ。
「船が来ました……ご武運を」
水産庁職員は小さな声でそう言うと、山崎に小さく敬礼をした。それを見た山崎はすべてを理解した。やはり、彼も自分と同じ潜入捜査官だったのだと。そしてこの先、山崎が彼に会うことはないだろう。
「あなたも」
山崎が返せる言葉は、それくらいしかなかった。
そして、山崎は海上保安庁の巡視船に乗り移った。そこには自分が着た服と同じ保安官が数名乗っていた。胸に小さく海上保安庁と、部隊マークだろうか腕に矢車のワッペンが確認された。海上保安庁の特殊部隊、通称SSTだ。この部隊は選びぬかれた優秀な保安官から組織されている。全貌は明らかにされおらず、彼らの名簿などは公には存在しない。自らの所属は家族にも伏せられており、まさに彼らは海上保安庁の影の部隊だった。
――やっかいなサラリーマンに、ここまでさせるのかよ……。
相馬のことだ。やるなら徹底的にやれ! そう言いたいのだろう。海保の特殊部隊に紛れれば、誰も山崎の存在を追求することはない。
すると、一人の保安官がやって来て、山崎の服装をチェックし始めた。ベルトなど緩い部分をキツくしめ直された。そして、その保安官は無言で山崎にある物を手渡した。
――マジか……
拳銃だった。
「護身用だ。お前は余計なことはするな。それから、途中アレに乗り換える」
隊長だろうか。とてつもない威圧感があった。SSTは決められた人数でしか動かず、高いチームワークが求められる。一人でも勝手な動きをすれば、そのチームは全滅してしまう。全員で乗り込み、必ず全員で帰還することがモットーだ。
目標に近づいたら黒いゴムボートに乗り換えるという。ターボエンジンが付いたボートで、テロリストを追ったり、相手の船に移乗して立入検査などするときに使うものだ。
――SSTが配置されるほど、事態は切迫しているのか!
「情報共有はしておく。どうもあの中心部で得体のしれない物が動き始めたらしい。俺たちはそれが何なのかまだ知らない。周辺にたむろってる船の正体は不明。やつらが暴れるようなことがあれば、制圧のため突撃する。以上だ。質問は」
「八代港から人質を乗せたままここに来た船がいるはずです。人質の救助はしないのですか」
「俺たちは、上からの命令のみで動く。しかし、お前は俺たちの仲間ではない」
山崎は隊員のその言葉が意味することを考えた。彼らは命令でのみ動くため、行動に制限がある。しかし、山崎はチーム外の人間であるからその命令に従う義務はない。
「ということは」
「俺たちの部隊に、一匹狼はいらない。ただ、それだけだ」
これ以上は聞いてくれるな。もう話すことはない。お前はお前の責任で動けと言われた気がした。
「では少しの間、身分をお借りします」
戦闘ヘルメットを被りサングラスを下ろせば、もう彼は特殊部隊の一員だ。遠い昔に学んだ制圧法を頭の中で復習しながら、巡視船は白いクルーザー目指して動き出した。
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