第28話 覚醒

京都を出発してから数時間、車窓の風景もすっかり山々に囲まれてきた。


「上田くん、もうすぐ地原ダムや!ここから先は、一般人は侵入禁止や。」


「え?じゃどうやって入るんですか?洞窟ですか?」


「まさか(笑)僕はここの管理責任者と顔見知りなんだよ。」


「あっ、そういうことですか(笑)」


 笑顔で会話をしてるが、張りつめた空気が車中に漂っている。


「着いたで、ここが地原ダムや。」


 ゴクッ……。


「ここが地原ダム…。」


 早朝の地原ダムは静寂に包まれていた。

 深山幽谷。確かに何かとてつもないものがいる。そう思わせる雰囲気がある。


 突如、沖で何かが蠢いた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴー!!!

 ズバっシャーーーーン!!! 


 沖にいた鵜の群れが何かに飲み込まれた… 。


「大浦さん!あれが??」


「せや、あれが地原ダムに棲む最古のビースト。ダリロフや!」


「だ、ダリロフ…。」


 ゴクっ…大きさは五メートル程だろうか?確かに天竜湖のビーストと比べると見劣りするが、とにかく動きが早い。高台から見ていても、動きが補足しきれない。獰猛さも、天竜湖のビーストとは比べものにならなそうだ。手当たり次第に何かを捕食して動き回っている。


「さ、上田くん、山田くん、準備に取りかかろう。」


 そう言って、大浦さんは、僕にストレングスマイルドを手渡した。


 ストレングスマイルド…、僕に使いこなすことが出来るのだろうか?この竿を持てばライギョマンに変身できるのだろうか?


”先刻の不安が的中してしまった……。ストレングスマイルドを持つだけではダメだったんだ……。どうすれば?どうすれば??”


「なっ、奈緒美さーーーん!!!」


 奈緒美さんに危機が迫っている。どうしよう。やっぱり僕にはまだ早かったんだ。僕は成す術なく、茫然と立ち尽くしている。ダリロフは奈緒美さんにトドメを刺そうと距離を詰め始めた。


「上田くん!何しとんねん!早く、ライギョマンに変身せんか!ストレングスマイルドは飾りやあらへんぞ!」


 分かっている。分かっているが、どうしたらいいのか解らない…。変身しようにも、変身の仕方がわからない。ストレングスマイルドを手にしても何も変わらない。マズイ、マズイぞ?このままだと、奈緒美さんは確実に殺られる!


「えーい、クッソー!上田くん、ストレングスマイルドを貸すんだ!俺が行く!早く!」


「え、あ、はい…、あ、あーーー…。」


 コロコロコロコロ…


 マズイ!ストレングスマイルドを崖から落とした…。早く取りに行かないと!


「何グズグスしとるんや!俺が行く!」


 そう言うと、大浦さんは崖を下っていった。大浦さんは、ストレングスマイルドを拾い上げると、奈緒美さんに襲いかかろうとしているダリロフに攻撃した。

 バコっ!!

 大浦さんの攻撃でダリロフが怒りの矛先を大浦さんに変えた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ!


「君は、山田くんを救出してくれ!俺が時間を稼ぐ!早く!」


「はっ、はい!」


 奈緒美さんを救出し振り返った瞬間、ビーストは大浦さんを襲った。


 バシャッバシャッドっゴーーーン!


「大浦さーーーーん!」


「上田くん!後は任せた!ストレングスマイルドを受け取ってくれーー!」


バキバキッ!グシャグシャァァァァァ


「うわーーーー!大浦さーーーん!」


 ストレングスマイルドを放り投げ、大浦さんは、ダリロフに飲み込まれた。


「うわーーーー!まただーーー!また僕のせいでーーーー!」


 ゴホゴホっ、


 ??


「奈緒美さん!気がついたんですか?」


「なっ、何をしているんですか…?そうやって立ち尽くして…、ダっ、ダリロフにやられるのを…、待っているだけですか…?そ、それともまた誰かが助けに来てくれると思っているんですか…?ゴホゴホっ…。」


「もう喋らないで下さい。分かっています。分かっていますが、どうやったらいいのか解らないんです…。」


「きっと、あなたは…、いつもそうやって…、逃げてきたんでしょうね…?」


「はい。その通りです…、子供の頃から、何をやっても、全力を出すことをためらい…、誰かが助けてくれることを願い、途中で投げ出してきました…。」


「わかりました…、ゴホっゴホっ…、そ、そうやって、いつまでも逃げ続けて下さい…」


 そう言うと奈緒美さんは、よろよろと立ち上がった。


「た、立ち上がるなんて無理です!早く逃げましょう!」


「わ、私は…、最期まで戦います…、上田さんは…、に、逃げて下さい…。」


「なぜそこまで??」


「あ、あなたには説明しても…、り、理解できないでしょう…、はっ、早く逃げて…。」



 どうして?どうして皆、そんなにボロボロになってまで戦うんだ?ビーストなんて放っておけばいいよ…。

 またか?また僕は逃げるのか?皆に助けてもらってばかりで、剛三さん、堤さん、飯見さん、大浦さん…、ダメだ!ダメだ!もう逃げる訳にはいかない!僕がやらないとダメなんだーーーーー!!!!


 ピカーー!!!!


 僕の全身が光に包まれた。

 

 その後のことはよく覚えていない。

 

 気がつくとダリロフの死骸が僕の脇に転がっていた。今まで味わったことのない、高揚感、全身にみなぎる力、どうやら僕はライギョマンに変身できたようだ?


「や、やれば、で、できるじゃないですか…。」


「奈緒美さん!あなたのおかげです!あなたのボロボロになってまで戦う姿に心打たれた結果です!ありがとう!」


「お、お礼を言うのは、私の方です。父の敵を討ってくれてありがとう。」


 ニコっ。


 ”ホッ。よかった!やっと、奈緒美さんに笑顔が戻った!なんて、かわいいんだ!”


「な、な、な、奈緒美さん?」


「なんですか?」


「あ、あのー…。」


「ん?」


「ぜ、全部、終わったら…。」


「終わったら??」


「ぼっ、ぼっ、ぼっ、僕とデートして下さい!」


 な、何を言っているんだ?僕は…。


「いいですよ♪」


 え、え、え、えーーーーーー!!!


「ほんとですかーーーー!!!」


「はい♪でも、とりあえず私を病院に運んで下さいますか?」


 僕の中で燻っていたものが、全て解決できたような気がした。

 

 ”よし、待っていろ!天竜湖のビーストよ!”


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