転生幼女 信長の下克上!
寛喜堂秀介
一 夢幻のごとくなり
時は
本能寺の変。
天下人、織田信長に対する、家臣、明智光秀の
万を越える明智の軍兵が、信長の宿所、本能寺に押し寄せる。
ほどなくして火の手が上がった。炎は見る間に本能寺を呑みこみ、燃えさかる。
その中で、戦闘はなおも続いている。
ときの声。
剣戟の音。
打ち倒されていく敵味方の断末魔。
すべてを呑みこんでゆく紅蓮の中心に、ひとりの男が居た。
舞っている。
迫りくる破滅の足音に眉一つ動かさず、身を焦がす業火に悲鳴一つ上げず、ただひたすらに、男は舞う。
舞いながら歌うは、
「――人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり……」
舞い手の名は織田信長。
自らを魔王と謳う乱世の覇者。
天下統一を目前にしながら、しかし、その命はまさに燃え尽きようとしていた。
「無念……無念か。是非も無し」
だが、信長の瞳に、人間らしい未練の色はない。
むしろ、滅せんとしている己に、奇妙なおかしさを覚えるような……そんな皮肉の笑みを浮かべながら、乱世の魔王は太刀を払い抜いた。
「無に還るか、あるいは地獄か……いずれにせよ」
炎に照らされ、白刃が朱に輝く。
朱の刃を己に向けながら、凄絶な笑みを浮かべて、信長はこの世に別れを告げる。
「さらばだ、
鮮血がほとばしる。
血の池が広がり、炎の海がひときわ大きく波打った。
死を前に、なお凄絶な笑みを浮かべる信長の姿は、炎のうねりのなかへ消えていった。
戦国乱世を己の色で染め抜いた一代の覇王、六天の魔王と恐れられた男の、それが最後……
――の、はずだった。
はるか時空を超えた先、
その一角、
「おぎゃぁっ!」
その声は、赤子にもかかわらず、圧倒的な
◆
「……解せぬ」
信長はつぶやいた。
つぶやいたつもりだが、口をついて出る言葉は、なぜか「ほぎゃ、ほぎゃ」。
完全無欠の赤子である。しかも女。
そのくせ魔王オーラは健在で、乳母らしき女は、近づくにもおっかなびっくりといった風情だ。
ままならぬ体で、信長は考える。
ここは伊豆。
それも、どうやら北条の屋敷らしい。
――つまりは、北条家の娘に生まれ変わったか。
関東の覇者、北条家。
――くっくっく。
置かれた状況を噛みしめながら、赤子は心の中で笑った。
――死んで無と化すか、それとも地獄かと思えば、またこの世か……それもまたよし!
「この世を、味わい尽くしてくれようぞ」
「ほぎゃ、ほぎゃ」と、赤子は不気味に笑う。
全力で放たれる魔王オーラに、侍女たちが悲鳴をあげてひれ伏した、その時。
どたどたと騒がしい音を立てながら、ヒゲ面の若い男が、満面の笑みを浮かべて部屋に駆けこんできた。
「おお、赤子が生まれたか! ぐふふ、でかした! 我が娘よ! わしが父の
「……ほぎゃ!?」
時に
伊豆国の豪族、北条時政に一人の女子が誕生した。
◆
北条時政……北条政子の父。鎌倉幕府の初代執権として権勢をふるった。子沢山。嫁も沢山。
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