第642話私も初耳なのですが?

「ぴゃあああああーー!!?」


「うおっとい!? なにしてくれてんのお前!?」


「可可可可。言っただろう最後の報酬と」


 投げ付けられたミコトをキャッチして龍神に早速抗議すると、なんかすげー良い顔で笑いながら言いやがった。


「は?」


「お前には我が娘、ミコトをくれてやる」


「「ハァ?」」


 あまりの言葉に私とミコトの声が重なり、周りも事態をようやく飲み込めたのかザワザワと騒ぎ始めた。


「りゅ、龍神様なんと言うことを仰っているのですか!?」


 あまりの事態に一人が声を上げ、それに続いてどんどん不満の声が上がる。


 まっ、そりゃそうだ。


 しかし龍神はそんな事などまるで意に介さない。


 むしろ声を上げている奴らに目を向け、ひと睨みして黙らせる。


「おかしな事を言うな。貴様らは散々我が娘のことを侮っていただろう? それが力を獲た途端にこれとは全くもって嘆かわしいな」


「そ、それは……」


「貴方達は今更文句言うけれど、ハクアちゃんは最初から違っていたわよ。ハクアちゃんは龍神様の娘などではなく、ミコト様を個人として見ていた。それがあなた達との差ね」


「ちょうどいい、水龍王。今回の事で此奴らが如何に怠惰に過ごしているのかわかった。少し揉んでやると良い」


「ええ、どうやらそのようですね。フフフ」


 冷たく言い放つおばあちゃんと龍神に反対の声を上げていた全員が押し黙る。いや、震え上がって声を発せないようだ。


 おばあちゃんの特訓とか、光栄ではあるけど自分はやりたくないみたいな感じなんだろうなぁ。


 まあ、そんな事より。


「ミコトさーん。そろそろ戻っておいで」


「ハッ! そ、そそそ、そうだね! ち、父上どういうことなんですか!」


 私の腕の中で顔を真っ赤にしながら処理落ちしていたミコトを再起動させると、ババっと離れて龍神に食ってかかる。


「どうもこうもそのままの意味だ」


 ミコトに詰められながらニヤリと笑って受け答えする龍神は少し楽しそうだ。


 おばあちゃんもニコニコと微笑ましいものを見るようにしている。


 こんな普通のやり取りすら、今までは元老院の目を欺くために気軽に出来なかったのだから、それを知るおばあちゃんからすればこんな表情にもなるか。


 それにしても……うーん。親子関係歪んでると言うよりもアイツの愛情表現が歪んでんじゃね?


「で、どういうつもりだ? いきなりこんな事言って」


 ミコトを笑いながらあしらっている龍神に問いただす。


「先から言ってる通りだが?」


 しかし龍神は私の言葉すら軽くあしらってくる。


 それどころか妙に楽しそうに、一矢報いたとでも言いたげにニヤニヤとしている。


「ミコトを連れてくのは良いとしても、それをアンタが決めるのは違うだろ」


 ちょっとイラついたのでそう言うと、龍神はますます顔をニヤつかせる。


 しかしその姿はイラつきを超えて、私に嫌な予感を感じさせた。


 具体的に言えばなんか変な汗が吹き出てきたんですけど、もっと言えばなんかスキルの危機察知がさっきからすげー反応してる気がするんですけど。


「そもそもなにか勘違いしているようだが、これはミコトが望んだ事だ」


「へっ!?」


「その本人が一番驚いているんだが?」


 私の言葉に首が取れるんじゃないかと思うほどミコトが頷いているが、やはり龍神の余裕は崩れない。


「フフフ、ハクアちゃん。実はハクアちゃんがミコト様とした古の契約。あれ実はツガイの契約なのよ」


 ……ツガイ?


 ツガイ……ツガイ……ツガイ…………ああ、番か。って、番ですと!?


「番」は「つがい」と読み、「ふたつで1組になるもの」を意味する。


「つがい」の由来は、動詞「つがう」の連用形で、「二つのものが一つに組み合わさる」という意味。


 動物のオスとメスが組み合わさった様子や、夫婦を指す言葉。


 また、人間では若い男女のことをカップルと呼ぶのに対し、夫婦のことを「つがい」と呼ぶこともある。


 って、詳細な説明を思い浮かべてる場合じゃねぇし!?


「そ、そそそそそ、そうだったのハクア?」


 更に顔を真っ赤にしたミコトがシュバッと私に詰め寄り問いただす。


 速い!? って、こんなバトル調の展開とちゃうくて。


「いや、私も初耳なのですが?」


「……ふーん。そうなんだ……」


「あれ? ちょっと怒ってます?」


「別に〜……」


 そんな頬を膨らませてジト目で見ないで、ご褒美か! ではなくて、本当に覚えがない。


 私が見た本にもそんな事は書いてなかったはずなのだが───。


「あれね。ちょうどそこら辺の部分がカスれてたり古くなったりで読めないのよね」


 うん。考えを正確に読んだ挙句、的確に答えないで欲しい。


 なんで私の周りの奴らは、私の考えが細かく分かるのだろうか?


 しかし確かに言われてみればそうだった気もする。


 術式や内容自体は補完出来たから気にしてなかったが、確かに色々とカスれたりなんだりで読めなかった部分があったような気がする。


 しかしまさかその部分にそんな事が書かれていたとは───そしてその部分だけが綺麗に抜け落ちてるって作為的なものを感じるんだよ。


 これが世界の意思か……って、んなわきゃない。


「ふっ、まあ冗談はさておき……ミコト」


「は、はい!」


「お前はお前の好きにするといい。今まではいろいろな理由からこの地にお前を縛り付けてきた。我───いや、俺自身、父としてお前と付き合うことが出来なかった」


「……父上」


「良い父にはなれなかったが、お前はお前の望む通りに生きると良い。これから先、この地を統べるにも外の世界を見て回るのはお前の為になるはずだ。今なら良き友も居る事だしな」


 チラリと視線を寄越す龍神。


「まっ、そこまで言うなら私に否はないよ……で、ミコトはどうする?」


「えっ、私?」


「そりゃそうだよ。ぶっちゃけ龍神の言葉なんかどうでも良いから、ミコトはどうしたいの? 行くも残るもミコトの自由だけど」


「えっと……私は……」


 言い淀むのもしょうがない。


 あまりにも突然の展開に頭がついて行かないようだ。


 だから私も助け舟という名の勝手なわがままを一つ。


「ここで私から」


「ハクア?」


「全部取っ払って本音で言えば私は一緒に行きたいな」


 これは私の素直な本音。


 龍神が認めたのなら私とて遠慮する必要はない。


「私もまだまだこの世界は初心者だからさ。一緒に色んな所に行って、色んなものを見て、この世界を遊び尽くそうぜ」


 だから私もミコトに手を差し出し本心を口にする。


 今この瞬間、この気持ちに素直に従って思いの丈を口にすれば良いのだ。


「自由で勝手だなぁ。ハクアは」


「うん。大変不本意ながら何故かよく言われる」


 本当に何故か皆そういうんだよね?


 こんなに色んなしがらみの中で生きているというのに、私のどこをどう見ればそう映るのか。


「でも、だから私も……」


「ん?」


「ううん。私は私の思う通りに……か」


 ボソボソと呟いたミコトが顔を上げる。


 そこにさっきまでの迷いはない。


「それじゃあハクアこれからも宜しくね!」


「うん。遊び尽くそう、食べ尽くそう」


 色々と面倒な事もあるだろうけど、それは明日以降の私が考えればいい。


 何やら身の危険をヒシヒシと感じなくもないが、明日以降の私に是非頑張って貰いたい所存である。

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